『緑の都市』水上パレード 其の六
最終調整してくる、とパーシーとエイデルを伴って天幕を出て行ったドルニカさんを見送った僕は、レース会場付近に設置されたおもてなし本部用テントに移動していた。
「定例報告お願いします。あー、B地区の統括は今僕が捕獲……所用で今僕と一緒にいるので、大使室のモンスターが統括へ報告して。トラブル発生してますか?」
ウェルデ主要街のマップが張り出されたホワイトボードの前で、フードを脱いだ僕はインカムから聞こえてくる各地区の報告に耳を傾ける。左手には逃亡しようとしたところを襟首を掴まれ捕獲されたロイドが。てへっ☆と舌を出してキャラキャラする兄のその頭に拳骨を落として沈め、ペンを片手にふむふむと頷いた。
「C地区の水上劇用機材トラブルは、今公演中のA地区での水上劇が終了次第そちらで代替し対応してください。A地区水上劇班の方、劇終了後機材持ってC地区の班と合流で。その代わりA地区の16時から予定していた『人魚姫』の公演はゴンドラレース会場付近のC地区で行います。広告班聞こえますか?ゴンドラレース終了までに16時からの水上劇の公演場所変更の告知を各媒体で出してください。それから会場内放送で……」
次々と上がってくる報告を聞いて指示を出していく。管理職として仕事をするなんて初めてなので正しい指示が出せているか不安だが、しかしインカムの向こうのおもてなし本部の面々からは反論はなく、キビキビとした返事が返ってきたので一旦ほっとする。
おもてなし本部のメンバーとして抜擢されたモンスター達は皆優秀だ。大使室の皆と同様、ほとんどのモンスターは元々王城の内政官をしていたモンスターなので、こういった催事運営にも慣れておりトラブルにも臨機応変に対応してくれている。
仕事を振ることしか考えていない政策窓口の内政官共とは全然違うな、と叩き返した書類の山々を思い出してへっと吐き捨てる。
指揮系統としては、総勢50名のおもてなし本部所属の内政官がA~Fまでの6つの地区に割り振ったウェルデ主要街に配置され直接トラブルに対応し、何か報告事があればふたり一組で各地区に配置した僕直属の親善大使執務室のメンバーへ報告。
そこで対応できないものに関しては僕か幹部に報告が入る。とりあえず今のところはこれで問題なく回っているので大丈夫だろう。
大きなトラブルもC地区の水上劇に使用する機材のトラブルだけのようだ。この調子なら無事に切り抜けられそうだな、と考えたところで傍らのロイドが不穏な顔で頷いているのに気が付いた。
「……中継カメラの映像俺の端末に回せるか?各地区に通達だす」
「なんかあった?」
各地区からの定例報告を終わらせインカムの通話を切る。ロイドが少し苦い顔で振り返った。
「不審者情報。ウェルデ主要街のモヴ避け結界装置にいたずらしてる奴がいたらしい」
「ええ……お祭りだからって羽目外しすぎでしょ。その不届き者は捕まえたの?」
「いや、本部所属のモンスターが声を掛けたら逃げてったって。憲兵にはもう連携済み、結界装置の点検にはミモザと第一の奴らが向かったらしいから一応は大丈夫って話だが」
「指示を出さなくともちゃんと考えて動いてる……優秀が過ぎる……。いたずらされた結界ってどのあたりの?」
「ここだな」
そう言ってロイドが指さしたのはゴンドラレースのゴール付近、丁度海と運河がぶつかる拓けた地点だった。ここの結界は海からくるモヴを弾く大事な結界だとウェルデ都市庁舎のモンスターから聞いている。わざわざ都市防衛の要と言っても過言ではない部分の結界にいたずらするなんて、と心配が募った。
「見に行った方がいいかな」
「お前さんは動かねえほうがいいだろ。もうレースも始まるし。B地区の大使室のモンスターが一応もう一回見てくるって言ってたから報告待っとけ」
「……そうだね」
マギホを弄るロイドにそう窘められて、不安を覚えながらも椅子に腰かける。すると突然ロイドが僕の顔を鷲掴んだかと思ったら口に何かをぶち込んできた。
「んもごぉ!?」
「それでも食ってろ。さっき俺から強奪したドーナツしか食ってねーんだろ、空腹が顔に出てんぞ」
「もごご……っ、んぐ、あのねぇ!!女の子の口に食べ物ぶち込むってどういう了見な訳!?」
「兄の気遣いだろうが、ありがたく受け取れよ。足りねえんならおかわりさせてやるけど?」
「自分で!食べます!!」
誰かからの差し入れだろうか、本部テント内に用意されていた可愛らしいラッピングがなされた箱からシュークリームを取り出してにっこり笑う兄。その手から危険物を奪い取った僕はがるるっと唸りながら齧り付く。サクサクのシュー生地とカスタードクリームが美味しい悔しい。もそもそと食べているとロイドがふっと息を抜くように笑った。
「……そんなあれこれひとりで抱え込まなくていいよ。レースの最中は観客の前出なくていいんだろ?ここで休憩しとけ」
「……兄貴ぶりやがって」
「口わる。可愛くねえ妹だな」
悔しいかな、きっとロイドには僕が抱えていた葛藤とか不安とかは全部バレている。その上で見守ってくれていたのであろう兄兼世話係に照れ隠しで可愛くなくてすみませんね、と舌を出すと頭をぽんぽん撫でられた。ムカつく。鬼畜ブラコンポンコツアンデッドのくせに。
ニヤニヤ笑いで僕を見下ろすロイドにギリギリと歯噛みをしていると、ふと本部のテントに誰かが入ってきた。
「ど、どうも……ラウ親善大使」
「領主様?どうされたんです?体調が優れないと伺っていましたが」
でっぷりとした腹を抱えて、ふうふうと汗をハンカチで拭う顔色の悪い狸獣人を見て慌てて立ち上がる。緑色のネクタイを締めたウェルデ領主は僕の顔を見てぺこぺこと頭を下げた。
本当であれば(一応まだ)『緑の都市』領主である彼も水上パレード開催式に姿を見せて演説を行う予定だったのだが、本日の朝領主邸より「体調不良のため急遽休ませてほしい」と連絡を受けていたのだ。だから今日は顔を出すことはないだろうと思っていたのだが。
まあどの面下げて参加するんだろうとは思っていたので、休みの連絡がきたときはそうだろうなと思ったし来ない時に備えて進行パターンは二通り考えていたので何の問題もなかったのだが。
予想だにしないモンスターの登場に驚いていると、狸領主は汗をふきふきしながら気まずげに口を開いた。
「ご迷惑をおかけして……一応まだ私はこの都市の領主ですからな。生まれ変わったウェルデをこの目で見なければと思いまして」
「そ、そうですか……」
心の中の独白を聞かれたのかと若干焦りながらも狸領主に席を用意する。その傍らに仕事の顔に戻ったロイドと共に控えていると、ぼんやりとした顔で華やかになった自分の都市を眺めていた狸領主がぽつんと呟いた。
「……私じゃ、ウェルデをこんなに賑わせることはできなかったでしょうな……」
「……」
後悔のような、事実を述べただけのような、感情が籠っているようなそうでないような。複雑すぎる声色で呟く領主様。同意するのも否定するのも違う気がして押し黙る。
領主様が過去にしたことは許されないことだ。領民から仕事道具を奪い、職を奪い、碌な補填もしなかった。部下には威張り散らして無理難題を押し付けているらしいし、正直領民からの支持率も悪い。悪徳領主と呼ばれても仕方がないと思う。
このモンスターが領主だったから、ウェルデは衰退の一途を辿る羽目になったと言っても過言ではない。
だが、この領主がウェルデの為にと動いていたのは間違いではなくて。例えその根底にあるのは承認欲求だったとしても、自分が諸悪の根源であると認められずとも、彼はウェルデをもっと発展させたいとは思っていた。だからこそ陛下は僕を紹介したのだ。そして彼がとった行動は今、目の前の光景に繋がっている。
「……領主様の最大の功績は、あの恐ろしい陛下に助けを求められたことだと思います。僕じゃ無理です」
「……確かに、陛下は恐ろしかったなぁ……」
顔にも声にも諦観を滲ませた領主は運河に掛かるアーチ橋上に現れた黒狼に視線を向けた。アンバサダーであるベルリアナと騎士達を率いたかの国王は、国民の歓声にこたえるように朗らかに笑いながら手を振っている。チラリと僕らを横目で見る陛下に苦笑いした僕は、もう一つこの領主様が成し遂げた功績を口にした。
「あとあの激ヤバゴンドラに同乗員として乗られたことですね。僕は絶対に無理です。マジで」
「……忘れたかったことを思い出させるのはやめてくれませんか……?」
しっかりトラウマになってるじゃん。レース見るならこれから嫌でも思い起こされると思うんだけど大丈夫そ?
そんなこんなでゴンドラレースは本番を迎えた。号砲が空に打ち上げられるとレースの開始を心待ちにしていた観客達がワッと沸く。
ワクワクとした観客達の前に躍り出たのは、デモレースでも起用したロシェの商会員兼エンターテイナーのシルクハット司会者だ。今日も今日とて、否今まで見た中で一番のハイテンションで口上を上げる彼を眺めていると、傍らのロイドがくいっと僕の服の袖を引いた。
「そういやデモの時とはちょっと仕様が違うんだろ?何が違うんだ?」
「あー、ロイドはゴンドラの方には携わってないもんね。そうだなぁ……一番の違いはHPバーの可視化かな」
「HP?ヒットポイント?」
「そそ。つまりゴンドラの耐久値だね。それを魔道具で見えるようにしたんだ」
この世界にもゲームはあり、操作キャラクターの体力としてHPという概念はあるので詳しい説明は省いていいだろう。僕は予選を潜り抜けた十隻のゴンドラ(内一隻は生物の疑いがある)が運河に並べられる様を指さす。
ゴンドラの上には格ゲーなんかでよく見る緑色のバーが表示されていた。ダメージを受けて残HPが警告域に入れば黄色に、瀕死になれば赤色に変わるよう設定されている。
「今回は十隻も一斉に走るからね、乱戦になる可能性が高いでしょ?一応基本ルールはゴンドラを転覆させず、かつ荷も……同乗員を振り落とすことなくいち早くゴールできたゴンドラが勝ちってのはデモレースの時と変わっていないんだけど、乱戦になったら転覆どころか場合によっては大破の可能性もあるじゃない?大破は流石に不味い訳ですよ、死傷者的にもゴア表現的にも」
「最悪の場合観戦に年齢制限が付きますね……」
「でしょう?だからゴンドラの耐久値をHPバーとして表示させて、大破する前に戦闘不能で退場できるようにしたんだ。ちなみに戦闘不能になったら超強力魔法障壁が自動展開されるから安全に離脱できるようにしています」
「レースへの熱意がすごいな。流石第一……」
慄くロイドと顔を青ざめさせる領主様に頷く。第一研究室の皆さん、もはやウェルデゴンドラレース専属になるべくリライヴェッジ辞める可能性すら出て来てるからな。あの狂気じみた武装への執着は一体何なんだろう。
何となくまた喉が痛くなったような気がして摩っていると、一際大きく歓声が上がった。
『そしてぇ!!当レース一、二を争う人気の高さを誇るのはこのふたり!!エントリーナンバー1番、ウェルデゴンドラ協会会長ドルニカ選手と!エントリーナンバー8番、王国魔導師団新人のパーシー選手だぁ!』
物々しいゴンドラの上に立つドルニカさんと、白いモフモフゴンドラの上に跨るパーシーが観客達に向かって笑顔で手を振る。ちなみにエイデルは風魔法に適性があるらしく、術者を浮かせる『飛翔』なる風魔法を足に纏わせることで水上に立っているらしい。ゴンドラとは……もういいや。飛ばなきゃいいよ、跳ばなきゃ。
ドルニカさんのゴンドラに同乗員として乗り込むのは、同じく水夫のモンスターだ。消して大きくないゴンドラに筋肉隆々の男たちが詰め込まれている。暑苦しい光景だな。
対して、エイデ……パーシーのゴンドラに共に乗り込むのはなんとまさかのフリント博士であった。
「フリント博士!よろしくお願いしますね!」
「任せたまえ。義理の息子に格好悪いところは見せられないからね」
フッと髪をかき上げる博士。しかしながらその体にはシートベルトがぐるぐるに巻き付かれており、体に博士を括りつけられたエイデルは非常に嫌そうな顔をしていた。
博士、遂にパーシーのことも息子認定したらしい。まあ家系図的に考えれば間違っちゃないけどさぁ。オールディス家の長男ロイドくんをチラリと横目で見ると、笑顔で殺意交じりの怒気を発していた。真後ろからの圧に領主様がビクビクゥッと体を跳ねさせる。
さもありなんと頷いた僕はウェルデゴンドラ協会が発行している新聞を真剣な表情で広げた。
「やっぱりこのふたりが一番二番人気か。単勝でそれぞれ買っとこ。あと5番のモンスターも結構いい線行くと思うんだよね……。いやでも大穴で6番も買っておこうかな、オッズが……3連単……」
「なあ、お前さんまさか本当にこのレース公式賭博にしたのか?今単勝とかオッズとか3連単とか聞こえたんだが?なあ、おい、こっち見ろラウ」
「はははははは」
ロイドに襟首掴まれてがっくんがっくん首を揺らされる。何言ってるか分からないし全然詳しくないんだけど、僕こういう時配当高いのと低いの両方買っちゃうんだよねぇ。やっぱロマンは捨てきれないじゃん?
絶対にロイドの方を見ないようにしながらマギホをポチポチして夢のある券を購入するのと同時に、『さあ、すべての選手の準備が整ったようです!』という声が会場中に響いた。
『それでは参りましょうっ!!第一回ゴンドラレース、ス、ッッッタアアアアアアット!!』
「あ、ほらほらレース始まったよロイド。パーシー可愛いよ」
「パーシーはいつも可愛いだろうが……っ!」
意味不明な怒りを露にするブラコンを宥めながら中継モニターを指さす。そこには今まさに水を掻き分け運河を爆走し始めた十隻のゴンドラが映っていた。




