『緑の都市』水上パレード 其の五
お待たせしました。ちょっと短いです。
「おい、なんでこれ止めなかった?」
「僕も初見ですぅ……」
世界各都市からの出店が立ち並ぶバザールを3にんで覗き、目を輝かせるパーシーをロイドと共にほっこりと眺めまわす僕が次に向かった先は、ゴンドラレースの会場であった。
スタート地点近く、選手控室として立ち上げられた天幕の中、僕とロイドは遥か頭上にあるパーシーの姿を死んだ目で見上げていた。
「兄様!今日こそぼくが一位獲りますから!」
「う、ん……その前に出場できるかなぁ……」
張り切った様子のパーシーがロイドに優勝を捧げると鼻息荒く宣言するが、しかし僕と共にゴンドラレースの参加要項を覗き込むロイドは非常に微妙な顔である。僕はパーシーが跨るそれに胡乱気な視線を向けた。
「おいエイデル。こんな所で何してる」
『エイデル違う。パーシーのゴンドラ』
「無理があるでしょ。生き物としての誇りを持て」
薄目で見てもゴンドラにはとても見えない白くて巨大なモフモフに話しかける。自称ゴンドラは僕の視線にぷいっと顔を背けた。
『お祭りなのにラウ達が置いてくのが悪い。ロイも構ってくれないし』
「などと申していますが?実験体の管理どうなってるんです?第零研究室筆頭研究員殿?」
「……え、エイデルは室長の管轄ですので。俺はもう一体の方の実験体のお世話で忙しいので……」
気まずげにぷいっと顔を背ける僕の世話係に湿度を多分に含んだ眼差しを送る。そんな言い訳が通じると思ってんのかこの野郎、なんで極秘機密取り扱ってる研究室の実験体がほいほい外出してんねん。
しかもまるで僕が手のかかる実験体みたいに言いやがる始末。最近碌に世話してないでしょうが、僕が忙しすぎたせいだけどさ。
博士に全責任を投げようとするロイドに詰め寄っていると、僕の懸念を理解してんだかしてないんだか分からないパーシーが輝く笑顔でサムズアップした。
「大丈夫だラウ!参加要項にはゴンドラでなくてはいけないという項目は無かった!」
「当たり前のことだから書いてないんだよパーシー」
その参加要項を作ったのは僕だよパーシー。ゴンドラレースなのにゴンドラ以外を持ち込むモンスターがいるとは僕も想定してなかったんだよパーシー。しかも身内がやるとは露にも思わないよパーシー?もはやどこから突っ込めばいいのかと痛む頭を抱える。
パーシーにお願いしていた仕事とは、本日正式開催するゴンドラレースへの出場である。当初パーシーには参加者が定員割れした場合に備えての、いわゆるサクラとして参加をお願いしていたのだが、しかし憂慮の甲斐なくゴンドラレースへの参加希望者は定員を大きく上回った。それ故にパーシーが参加する意義はなくなったものの、デモレースを見ていた水夫の方々、いや、動画投稿サービスに都市庁舎名義で投稿したデモレースの動画を見た水夫の方々からも熱い要望を受け、彼は正式に参加を表明。今に至る。
ちなみにデモレース優勝者のミモザにも勿論お声はかかったのだが「そ、そんな大勢の前でレースなんてできませんんんっ!」と恥じらって全力拒否していた。デモレースの時も相当観客居たと思うのだが、基準が分からん。
という訳で、デモレースで使ったゴンドラではなく新しいゴンドラでレース参加者を蹴散らしていやると息巻いていたパーシーだったのだが……なんでこうなった。どうして生き物連れてきた。っていうかいつの間に仲良くなっていたんだ。
まるで怯える様子無くエイデルの上で「絶対勝つぞ、エイデル!」とこぶしを握るパーシーと、『うむ。一位獲る』とヤル気満々のエイデルにため息が止まらない。ついこの間までは捕食者と非捕食者みたいな関係性だったのにこの一か月で何があったのだろうか。ふたりと碌に会えていなかった昨日までに日々が悔やまれる。
「……あー、大使さん。一応審査は通ったから今回限りということでOK出したんだよ、俺が」
やる気満々のパーシーとエイデル、そして「モフモフに埋もれるパーシー可愛すぎるな……」とポンコツ発言をしながらマギホでパーシーを撮影しまくるアホに囲まれてげんなりする僕。カオスすぎる天幕に、そう言って入ってきたのは日焼けした肌を晒す赤髪の魚人、ウェルデゴンドラ協会協会長ドルニカさんだった。
この一か月何度と知れず顔を突き合わせ、もはや気心知れた仲となった彼を睨む。
「節操なしすぎません?ドルニカ協会長。レースが面白くなるならって何でもかんでもOK出しすぎです」
「いいじゃねえか。聞けばパーシー君はロイドさんの弟さんで、エイデルちゃんは大使さんが所属するリライヴェッジ研究所のペットなんだろ?じゃあ平気だろう。大人しいし」
「そりゃまあエイデルは賢いので暴れるとかはしませんけど。でもこれゴンドラレースですよ?ゴンドラの概念根底から覆ってますけど」
「ははは、もはやそのゴンドラももうゴンドラとは言えねえのばっかだし良いんじゃねえか?」
「はあ……どこもかしこも武装狂いばっか……」
快活に笑うドルニカさんに頭痛が加速する。このモンスター、レース参加者が申請するとんでも武装に対して「レースが盛り上がりそうだな」とか言って何でもかんでも許可だすのだ。そしてそれを助長する第一研究室のゴンドラレースチーム。もはや無法者の宴と言っても過言ではないゴンドラ関係の会議を思い出す。会議のたびに「誰がこの申請通したぁぁぁあ!?」と僕の絶叫が上がるのだ。異常すぎる。もういっそ僕も気狂った方がマシだとすら思ったもん。レーザーキャノン標準装備なんて許可したら予算も街も壊れるわ。現に僕の喉は壊れたし。
会議の度に必ずのど飴を大袋で差し入れてくれる優しい筆頭補佐官ちゃんのあの憐みの顔が忘れられない。僕の喉破壊の元凶その1であるドルニカさんに恨みがましい視線を向けると、彼は苦笑いで手を振った。
「デモレースでとんでもねえゴンドラ披露するのが悪いと思うぞ」
「ですからあれの責任を僕に押し付けないでください!あれは第一研究室の連中の所業だと何度も説明したでしょう!」
「そう言われてもなぁ。みんなあのデモレースが忘れらんねえんだ……新時代のゴンドラ乗りとしてはアレを目指すのは当然だろう?」
へへっと照れたように鼻の下をこするドルニカさん。もう嫌、僕はその場に崩れ落ちた。
このモンスター(と第一研究室)ときたら、僕が過剰武装にダメ出しするたびにデモレースを引き合いに出してくるのだ。だからあれはデモンストレーションであって、実際のレース内容とは一部内容が異なる場合がありますと何度も言っているだろうが……。
まともなのは僕しかいないのか?突っ込み疲れて項垂れているとロイドが僕の肩を優しく叩いた。
な、なによ兄様、もしかして僕のことを労わってくれ……違うコイツ目で「お前も大概だぞ」って言ってるわ。ブチギレてその顎にアッパーを繰り出すが半笑いで避けられた。むっかつくうう!
「そうだ大使さん。うちの嫁と息子が悪かったなぁ、騒ぎ起こしたって」
「え、ああいや!とんでもない!むしろ庇っていただいて!ガ……息子さんと奥様には本当に感謝しています。それにレースに参加されるおふたりにも。……嬉しかったです」
ニヤニヤする性悪アンデッドの顔面を握りつぶさんと無言の攻防を繰り広げていると、気まずげな表情でドルニカさんがそう言った。僕は慌ててロイドを投げ捨てて頭を下げる。
先程のメインストリート散策での一幕を知らないふたりと一匹が怪訝な顔をした。いやロイドはインカムからの通信を聞いて何となく事態を悟っているのか、苦笑いを浮かべている。
ポリポリと気まずげに頬を掻くドルニカさんは少し考えるように目線を宙に投げ、そして僕に向き直った。
「……まあ風当りは強えよな、大使さんの立場は。俺も色々考えさせられたし。……んでも、アンタが先陣切ってくれるんなら和平もなんとかなるんじゃねえかって俺は……ウェルデの連中は思ってるよ。頑張ってくれな」
「……はい。期待を裏切らないように頑張ります。とりあえずは今日のパレードの成功からですけど」
「こんだけ集客できてりゃ大成功だと思うがね」
天幕の出入り口の幕を上げ、外の様子を伺うドルニカさん。眩い陽光に目を細めながら僕もその向こうを見る。ゴンドラレース開始まで1時間を切った大運河端には多くのモンスターが集まり始めていた。
貴族風のドレスやタキシードを纏って仮装写真を撮るモンスターもいるし、パンフレット片手に次の水上劇の観劇場所取りに向かうモンスターもいる。出店の食べ物を片手に今か今かとレースの開催を待つ親子も見えた。
憎き宿敵であるニンゲンの祭りをモチーフにしたパレードであるというのに、彼らの顔は皆一様に楽しそうで。
「やっぱいいなぁ。楽しいのが一番だ。こんなにウェルデが活気づいたのは久しぶりだ。ありがとうな大使さん」
「……はい」
一番楽しそうな顔をしたドルニカさんに見下ろされて胸がいっぱいになる。頑張ってよかった。報われたような気分になる。
素直に頷いた僕にニカッと笑ったドルニカさんは、気合を入れるように拳を手の平に叩きつける。
「さて、このパレードの目玉であるレースの盛り上げは任せてくれ。見た奴全員の記憶にハッキリくっきり残るような刺激的なレースにしてやるからよ!」
「ははは……お願いですから死傷者だけは出さないでくださいね……」
頼もしいんだが恐ろしいんだか。全く頼りになりすぎる好戦的な笑みに、僕は今度こそはっきりと苦笑いを浮かべるのであった。
───ちなみにパーシーとエイデルには騒ぎになるので『時空渡り』は使わないように厳命しておいた。滅茶苦茶不服そうだったが。




