『緑の都市』水上パレード 其の四
ベルと共に運河沿いのメインストリートを歩く。前も後ろも厳戒態勢の騎士たちに囲まれてはいるものの、しっかりと水上パレード参加者達に姿が見える近距離でのんびり歩く僕らは、あちこちから視線とマギホを向けられていた。
うーん、ひと時も気が抜けない。常に穏やかな笑み、というか楽しそうな親善大使の表情を浮かべていないといけないことに早くも疲労してきたが、それすらも押し留めてのんびりと歩く。
傍らのベルは流石なもので、全く辛そうではない。まるで自然体な彼女に畏怖と尊敬を抱く。
「今上演中のあの劇は、ニンゲン界で有名な人魚……セイレーンとニンゲンの王子との悲恋を描いた物語です。王子に一目惚れしたセイレーンの姫が王子と恋仲になる為に魔女に声を売り渡す、という内容なんですよ」
「ふぅん、水の上でやるには最適な演目ねぇ」
運河の上で上映中の『人魚姫』の演目をベルに説明する体で、付いてきている観客達にも説明する。今回の水上パレードで行う演目の中にはニンゲン界の物語も仕込んでいる。
勿論人魚姫もベルも観客達も全く未知な物語であるのだが、ベルが聞き上手なお陰で非常に解説がしやすい。助かる。
劇は丁度おどろおどろしい魔女が登場するシーンで、運河の水の底から魔女の格好をした女優が見る者を威圧するような魔法効果と共に登場した。姫が乗るゴンドラの水夫が水魔法で運河の水を激しく波立たせると、そこだけ嵐に見舞われたような光景に様変わりする。
観客達がワッと騒めく。やはり水を操ることに長けている水夫の方がいるだけで水上演劇に箔が出るな。感謝と尊敬の眼差しで水夫の方を見ていると、僕の視線に気づいた水夫さんがこっそりサムズアップしてくれた。いいモンスターだ。
物語終わりまで観客達と共に観劇する。時に息を呑み、時にため息をつく歓声たちの様子に好感触を悟る。ニンゲンが出てくるからと忌避されるかと思ったが意外とそんなこともなく、劇が終わるや否や割れんばかりの拍手が俳優たちに向けられた。
「面白かったわね。この後の演目は?」
「1時間後に東区の運河で『大聖霊アレスラーン』が開始します。海を司ったと言われる大聖霊様のお話ですね。お時間ある方は是非」
ベルが上手いこと振ってくれるので、観客に向けて次なる演目の宣伝を行う。ちなみに大聖霊アレスラーンとは、『黄の都市』に本拠地たる大聖堂を構える聖霊教会が祀っている大聖霊一柱らしい。詳しくは知らないが、まあニンゲン界の物語ばっかりやってもあからさまだし、ポピュラーな演目だというのでいい具合だろう。
そんなこんなでベルのフォローを受けながら街歩きを続ける。メインストリート脇に出ている出店を冷やかし、時に領民達と話しながら歩いていると「ラウー!」と僕を呼ぶ声が聞こえた。
振り返った先にいたのは例のゴンドラ協会協会長ドルニカさんの息子率いるガキ大将軍団であった。わちゃわちゃと水鉄砲片手に駆け寄ってくる子供たちを護衛の騎士が止めようと動くが、「知り合いです」と小声で伝えることで制止させる。
「こんにちは。久しぶりだね、楽しんでる?」
「おう!……ラウなんかいつもと声ちげーぞ、ぶりっ子して……」
「楽しんでくれているならよかったよ」
口さがないガキ大将に目線を合わせてにっこり微笑む。いつもと同じ声に決まってるでしょう?全く意地悪なんだからガキ大将くんは〜。
笑顔で顔を覗き込むと僕の言わんとすることを余すことなく理解したらしいガキ大将は口を閉じた。賢い賢い、流石ドルニカさんの息子だ。
わっしわっしと頭を撫でてやる。ついでに他の子たちにも視線を向けると心なしか怯えたような目で返された。解せぬ。
「と、父ちゃんがゴンドラレース見に来いって言ってたぞ……」
「勿論。ドルニカ会長張り切ってる?」
「うん!今日もすげー早起きしてゴンドラ整備してたんだ!嬉しそうに!あとなー今度休みの日にゴンドラの操縦の仕方教えてくれるって!」
「そっか」
そう言って自分自身も嬉しそうに語るガキ大将についつい頬が緩む。そこにはもう父のことを語るたびに寂しそうにする少年の姿はなく、偉大な父の姿に目を輝かせる未来のゴンドラ乗りがいた。
周りの少年たちもワクワクとした目で「俺の父さんも出るんだー!」とか、「早く始まってほしーんだけど!」とゴンドラレースへの期待に顔を明るくさせている。
微笑ましい光景に頑張ってよかったな、と誇らしげな気持ちを抱く。しかしその感情に水を差すような言葉が聞こえた。
「……へっ、子供使ってお涙頂戴か?やることがこっすいなぁ、親善大使って」
「うぜーくらいテレビに出るしなぁ。もうお前の顔見たくねーって」
若い男達の声だ。鼻で笑うような声はやけに場に響き、一瞬祭りの喧騒が静まったような錯覚を覚えた。チクリと僅かに胸が痛むも、別に想定していたことだしと気にしないように努める。むしろ今まで直接こういった否定的な言葉をぶつけられていないことの方が正直不思議であったくらいだ。
恐らく傍らのベルも聞こえたのだろう。気遣わし気な視線を向けられたが、気にしていないと伝えるように微笑む。それよりも今の言葉が子供たちに聞こえていなかったかと心配になり、ガキ大将の顔を覗き込み────メラメラと燃える怒りを宿した目をしたガキ大将に目を見開いた。
次いで甲高い「おい!!」という怒声が上がる。
「今ラウの悪口言ったか!?なあ!ラウはこすくなんかねえ!父ちゃんたちの『ほこり』を守ってくれたんだぞ!隠れて悪口言う方がこすいぞ!」
「え」
キッと声のした方を睨むガキ大将の言葉に呆気にとられる。すると周りの少年たちも「そーだそーだ!」とわあわあ声を上げ始めた。
「ラウはすげーんだぞ!めちゃくちゃ足早ええんだからな!!」
「泳ぐのもめっちゃ早いんだぞ!」
「あの狸よりもラウが領主になればいいのにってみんな言ってるんだ!」
「ラウをバカにすんなー!!」
少年たちのあまりの勢いにぽかんと呆ける。まさか僕を庇うような言葉が出るとは思っておらず思考が停止する。すると少年たちが目を向けた方から、何やら言い争うような声も聞こえだした。
「おや、兄ちゃんたち。水夫の救世主さんに何か文句かな?」
「余所の都市から来てくれたんだなぁ?いやぁ嬉しいねぇ。どうだい威勢のいい兄ちゃん達、今日のゴンドラレースの同乗員になってくれねえかぁ?」
「はぁ!?っだよ、離せや!」
割れたモンスター垣の向こうから姿を現したのは、筋肉隆々のモンスターと彼らに肩を抱かれる獣人ふたり組だった。非常ににこやかな笑顔のムキムキモンスターは、デモレースの際にドルニカさんが連れて来てくれ、今回の水上パレードの為におもてなし本部と雇用契約を結んでくれた水夫達だった。
ミシミシと音が鳴りそうなほど力強く肩を抱かれる獣人たちは、その手から逃れようと藻掻いている。すると今度はその彼らの顔面目掛けて突如黄金色の物体が剛速球で飛んで行った。
「うぼぁ!?」
「うぎゃ、な、なんだこれ!?」
「親善大使様がテレビやら雑誌やらで散々褒めてくれたうちの自慢のシュークリームだよ!!サービスしてやるから心して食いな!」
彼らの顔面にぶつかってはクリームを飛び散らせるそれ───見覚えのあるシュークリームにギョッとして飛んできた方を見ると、ドルニカさんの奥様と奥様が経営するカフェの店員さんがシュークリームを両手に肩を怒らせていた。
その周囲のモンスター達も、数にんだが奥様達と共に獣人のふたりを睨みつけている。想像もしていなかった事態に目を白黒させると、ガキ大将がぎゅっと僕の足に抱き着いてきた。
「ラウの悪口言ったらな、みんなお前らを怒るからな!」
「親善大使さんは俺らの上司でもあるんだ、あんまり悪口言わねえでくれや。な?」
「街がこんな活気付いたの何年ぶりだと思ってんだい!水差すんじゃないよ!」
まるで波のように広がっていくウェルデ領民達の声。僕とウェルデ領民との関係性を知らないために、困惑の表情を浮かべていた他都市から来たであろうモンスター達も「今言うことじゃないよねー」と、獣人たちに非難の眼差しを送り始める。
その責めるような視線に遂に耐えきれなくなったのか、獣人のふたりは水夫達の腕を振り払って逃げるように観客の輪から抜け出した。
「え、あ、あの……」
「……ラウ」
おろおろと狼狽えていると、傍らで事態を静観していたベルが僕の肩を叩いた。助けを求めるようにベルを見ると、困ったモンスターを見る目で微笑まれる。
そして惚れ惚れするような一礼を観客に見せた彼女は、高らかに観客へと声を上げた。
「ウェルデにお住いの皆様。これから行うゴンドラレースの宣伝、ならびにウェルデの新たな名物『シュークリーム投げ大会』のデモンストレーションへのご協力、誠にありがとうございます」
「はぶぇわ」
とんでもない単語に思わず『はあっ!?』と絶叫しかけるも、その口を勢いよく蛇の尾で叩かれる。地味に痛すぎる攻撃に涙目で悶えていると、ベルは妖艶な笑みを浮かべた。
突拍子もないベルの言葉に僕と同じようにぽかんとしていた観客達も、『魅了』を乗せたウインクを受けて彼女に目を奪われる。
「また他都市からお越しの皆様、そして悪者役を買って出ていただいたおふたりにも感謝申し上げます。当パレードは住民の皆様との密な連携が必要不可欠な事業でございますが、既にこんな即興で宣伝とデモンストレーションを始められる程に親善大使とウェルデの皆様との間に信頼関係が築けているとはわたくし思っておりませんでしたわ。親善大使の上司として非常に嬉しく思います。皆様、引き続き親善大使を、そして我らがおもてなし本部をどうぞよろしくお願いいたします」
嘘八百並び立てた壮大な演説に、しかし魅了された観客達はベルの言葉を疑うこともなく『そういうもの』だと納得した顔でわああっと歓声を上げた。悪者役と言われた獣人たちを締め上げていた水夫達と、シュークリームをぶん投げた奥様と店員さんも特に咎めることなく苦笑いで拍手をしている。
ようやくベルの演説の意図に気付いた僕は詰めていた息を吐いた。
つまり、こんな衆人環視のある中で親善大使を発端としたトラブルが起きたとなれば僕のイメージダウンは必至なので、トラブルではなくそういう催しだったと無理やり宣言したのだろう。
いくら内情がウェルデ領民達が僕を庇おうとした結果のものだとしても、その事実が全モンスターに正確に伝わることは不可能だ。イベント開始早々トラブルを起こした親善大使、というイメージが纏わりつかないようにという配慮であろう。
咄嗟にそこまで考えられる頭の回転の速さと行動力、そしてその豪胆さに思わず笑ってしまう。するとベルは僕の背中をどんっと突飛ばした。
「何してんのよ。早く場を締めなさい」
「えっ!?僕が!?」
「あたりまえでしょうが。アンタ以外に誰がいんのよ」
よろめきながら前に出る。魅了によって浮かされた観客達が僕を見つめる。掠れないようにぐっと喉を鳴らした僕は、ぺこりと頭を下げた。
「……皆さん、ありがとうございます。これからもよろしくお願いします」
ようやくウェルデのモンスター達に「庇ってもらえた」という事実が胸に落ちてくる。頑張りを認めてくれたようで、自分のやっていたことが間違いじゃないと言ってもらえたような気がして、それが嬉しくて────僕は親善大使の笑みも忘れて、ふにゃりと情けなく笑ってしまったのだった。
ぺこぺこと観客達に頭を下げ、真っ先に僕を庇ってくれたガキ大将達と、水夫の方々とドルニカさんの奥様方にもお礼を言い、そして場を収めてくれたベルにもお礼を言いながらなんとかメインストリート散策を終わらせた僕は、モンスター目を避けるようにフードを目深に被ってウェルデ主要街を足早に歩いていた。
確かこの辺り、とキョロキョロとあたりを見回す。普段の十倍はモンスターが多い今日のウェルデでモンスター探しは骨が折れる……と、ようやく僕は前方にお目当ての兄弟を発見した。
「兄様、このドーナツ美味しいですよ。食べますか?」
「お、いいのか?じゃあ遠慮なく……」
出店で買ったであろう一口ドーナツを仲良くシェアしようとしている、背の高い羊獣人と少年然としたアンデッドに背後から忍び寄る。おもてなし本部の制服を着ているくせに堂々とサボっているアンデッドが差し出されたドーナツを迎えるべく大きく口を開けたところで、ふたりの間に割り込んだ僕はそれを口で攫っていった。
「え!?あ!?」
「あ?」
「うん、もうふぃーふぇほえ」
「おいコラ!!何してんだラ、もがが」
大声で僕の名前を呼ぼうとするパーシーの口を塞ぐ。もごもごと口を動かしながら白いフードをちょいちょいとつまんで見せて、そしてしーっと口の前に人差し指を立てた。
「んぐ。……お静かに?一応路肩の石でもこんな所にいるのバレたら騒ぎになる」
「路肩の石……?ああ、変装な」
怪訝と胡乱を混ぜた目線で僕を上から下まで眺めたロイドは、「路肩の石」発言はともかく僕がパーシーの口を塞いだ理由には納得したようだ。軽い認識阻害の魔術が施された白いフード付きのローブを纏った僕はその視線に正解、と頷く。
休憩に入るなら、とベルから手渡されたこのローブは聖霊教会の巡礼者が着るものだ。顔を隠せるほど深いフード付きのそれは一見着た者を不審者チックに見せるアイテムだが、しかし背中に大きく聖霊教会の紋章が施されており、教会関係者だと示すものなので怪しまれることは無いらしい。お忍びでちょっとした外出をするなら持ってこいだとベルも愛用しているのだとか。
なんでこんなの持ってるのと聞いたら怪しい笑みを浮かべられたが。
出所が気になりすぎるが、藪蛇どころか藪ラミアなので黙って受取った僕は、気を取り直して意気揚々とパーシーと合流すべく街に繰り出したのだ。
ちなみにこのローブを貸してくれた当のラミアは、現在陛下の控室で女王よろしく優雅に休憩中である。
「っていうかおい、何食ってんだよ。返せ」
「返していいの?ここで?」
「ふざけんな、ぶっ飛ばすぞ」
こめかみに青筋浮かべるロイドにはーあ、とため息をつく。返せと言ったり返すなと言ったり、全くわがままな兄である。
口を塞ぎがてらパーシーの頬の毛の柔らかさを堪能していた手をぺいっとロイドの手によって引っぺがされてしまった僕は、恨みも込めて狭量な兄でありここにいない筈の幹部を睨みつけた。
「こんな所で何してんの兄様?持ち場Bエリアでしょうが」
「あー……大丈夫大丈夫、何かあったらすぐ近衛が動くよ」
「仕事を放棄するんじゃない!!」
「パーシーと祭り回ること以上に大事なことなんてねーだろうが」
全く悪びれないロイドの胸倉を掴んで揺らす。ロイドには割り当てた地区の見回りとトラブル対応における指揮統括をお願いしていたのだが、この怠けブラコンアンデッド、幹部で統括のくせに持ち場抜け出してきたらしい。
いやまあそんなことだろうとは思ったよ?パーシーに今どこ?ってメッセージ送ったら「兄様と出店回ってる」って返ってきたから全て悟ったよ。
だから一応ここ来る前にB地区の本部のモンスター達に状況は確認して本当に問題発生していないのは把握しているし、担当モンスターから「トラブル起きそうになったらめっちゃくちゃ強そうな全身甲冑騎士が出張ってきて無言で制圧してくれるんで大丈夫です~」って報告上がってるからいいけどさ!それでもさぁ!と腑に落ちない気持ちで揺らし続ける。
「僕が胃を痛めながら必死に愛想振りまいてる時に!パーシーとお祭り回り役は僕が変わるから持ち場に戻れや兄様ァ!」
「嫌だね、お前さんこそさっさと仕事に戻れ。た・い・し・さ・ま?」
「今休憩になったばっかだわ……っ!」
「もう、こんな所でも喧嘩するんですか?邪魔になりますからやめてください」
手四つで組み合う僕とロイド。お互い身体強化をかけているので、組んだ手から紫と青の魔力が漏れる。くそ、魔力量差で負ける……っ!
パーシーがもはや慣れた顔でため息をついて宥め、やれやれとばかりに僕らの背中を押して道の脇へと誘導する。
そんな彼の本日の服装はおもてなし本部の制服ではなく、いつもの執事服だ。おもてなし本部の所属メンバーであるものの、準幹部という立ち位置である彼は今日はお休み……というか、別の仕事を与えているので私服(?)で祭りに参加してもらっているのだ。
「ああ……パーシー可愛いねぇ……いつも寒いヴィオレットでしか会わないから新鮮だよ……」
「まあ流石にコートは暑いからな」
クロックコートを脱ぎ、涼し気なワイシャツに紐タイ姿のパーシーを拝む。背が高いからサマになるなあ、と頷いていると「おい、パーシーを如何わしい目で見るな」とロイドが僕の頭を上からグイッと押さえつけた。失礼すぎる発言と、乱暴な行動にビキ、と目元が引き攣る。
「あはは、ロイドぉ?背低いからって嫉妬しちゃったぁ?兄様にはそのミニマムな感じがとても似合ってて可愛いと思うよ?」
「ほう?もっかい死にてーみてえだなぁ。兄様の偉大さをその身に沁みさせてやるよ」
「なんでふたりともぼくが絡むと仲悪くなるんです?普段普通に仲いいのに」
そりゃアンタ、パーシーを巡って血を血で洗う関係だからよ。片方血じゃないけど。
笑顔でメンチ切りあう僕とロイドを尻目に、パーシーは仕事前だというのにもう疲れたような顔をするのだった。




