『緑の都市』水上パレード 其の三
お待たせいたしました。歓送迎会の季節ですね……肝臓が……。
ちゃんと投稿リズムを戻していきたいと思います……。
「……全然平気だったじゃない。心配して損した」
開会式も終わり、ウェルデ主要街一周の旅用に用意されたゴンドラに乗り込む手前。傍らのベルが笑顔のままぼそりと呟いた言葉に僕は目を瞬かせた。
「平気じゃないけど。今も足ガックガクよ?ほら見てみ?」
「アタシ足無いからそれがどういう状態なのかイマイチわからないのよね」
「じゃあ手握るか?僕の手今汗でヤバいぞ」
「アンタの体液危険物っぽそうだから嫌」
た、確かに……。身も蓋もない発言に親善大使スマイルに罅が入りかける。何とか堪えた僕は陛下と博士が二階建ての豪奢な装飾がなされたゴンドラに乗り込むのを眺めながら、何となく憮然とした目をするベルに笑う。
「なになに?ベルさん僕のこと心配してくれてたの?やだもうツンデレなんだからぁ」
「……ラウ、アンタちょっとロイドに似てきたわね」
「え゛っ!?」
「四六時中一緒にいると似てくるのかしら」
四方八方から向けられるパレード参加客からの視線にファンサを返すベルを思わず振り返りかける。
いや最近は別に四六時中一緒ではないが、でも確かに一番接する時間が長いのは間違いなく彼ではある。飄々としたブラコンを思い出しなんとも複雑な感情を覚えた。
ロイドのことは尊敬しているし、一番信頼している。だが似てると言われるのはまた話が別なのだ。あんな適当で笑い上戸で弟溺愛の鬼畜なショタジジイアンデッドと一緒にしないでほしい……。本モンスターに聞かれたら間違いなく制裁を加えられることを考える。
「……あのブラコンが無ければ、多分まだ……」
「アタシとしてはそこも似てるって話なんだけど。ちなみにアレはもう不治の病よ」
「そうね……」
陛下と博士が二階の定位置につく。さて乗り込むか、と踏み出したところで蛇の尾がするすると前に出た。
そしてゴンドラの上で振り返ったベルが恭しく僕に手を差し出す。予定にない行動に動揺するが、なんとか飲み込みその手を笑顔で取った。どこからから悲鳴のような歓声が聞こえる。
「……僕の手握るの嫌なんじゃないの」
「あとで洗うわ。入念に」
「本当に身も蓋もないな……本当にそういう路線で売り出す気?」
「金になるなら一考の余地ありね」
観衆に見えないように悪い顔で笑うベルの手に引かれながら揺れるゴンドラに乗り込む。きっとベルは陛下から「親善大使との親密アピールよろしくね」って言われてるんだろうな。トップモデルと仲良しというだけで興味関心を引くから。どこまでも抜け目ない黒狼陛下に内心でため息をつく。
黄色い歓声に紛れて「親善大使様ー!」という声も聞こえた。ウェルデ領民かな。路肩の石程度の注目度だと思っていたが、ちゃんと認識してくれているモンスターもいるようで胸にじんわりと安堵が広がる。
この後はゴンドラで主要街を一周し、再び特設ステージに戻る手筈だ。そしてその後主要街を東西に分断するメインストリートを二チームに分かれて歩くことになっている。
僕とベルは領主邸を背に西区側へ、陛下と博士は東区側へ向かう予定だ。ちなみに打ち合わせ段階で博士は僕と歩くとしつこく要求したが、僕が断固拒否したのと、主要街東側はどちらかというと貴族の邸宅や高級ショップ等が並ぶ貴族街である為、貴族への影響が大きい陛下と博士が歩くことになった。
対して西区は一般モンスター向けのカフェやレストラン等が並ぶ地区であり、貴族や他都市のモンスターに比べて比較的僕に友好的な感情を持ってくれているウェルデ領民が多くいる側となる。
ゴンドラレースのデモンストレーション以後、僕やおもてなし本部へのウェルデ領民の態度は軟化してきている。きっとゴンドラレースを目の当たりにした領民達の方が僕のことを受け入れやすいだろう。そんな打算の上で僕はベルと共に西区を担当することになった。出来れば僕としても石投げられたくないしね……。
「……石、ね」
「なに?どうしたの?」
「いや……ねえベル。モンスターってさぁ、ニンゲンのことどう思ってるのかな……」
ぼんやりとした頭でベルに尋ねる。余りにも質問がざっくりしすぎたせいで真意を測りかねているのだろう、ベルは口元に笑顔を張り付けたまま視線で続きを促してきた。
僕らが乗り込んだことでゴンドラが動き出す。波に揺られるゴンドラの上で、ウェルデに吹く風にマントをはためかせながら僕はここ一か月……いや、この世界に来てずっと考えないようにしてきた漠然とした疑問を口にした。
「ニンゲンってさ……まあモンスターからしたら最悪な侵略者だよね。憎い敵でしょ。そんなニンゲンの文化を広めようとする僕とかさ、控えめに言ってモンスターの敵だと思うんだよ。現にウェルデに住んでる子供たちからは売国奴って言われたし、さっきの僕の開会式の挨拶の時も懐疑的な視線も多かった。……でもさ、そういう態度のモンスターがいる一方で、このイベントに凄く期待してくれてるモンスターもいっぱいいるんだ」
デモンストレーションの後、都市庁舎や臨時設置した水上パレード問い合わせ窓口に寄せられたご意見を読むと、今まではパレードや政策に対して非常にマイナスな言葉が多かったのに、娯楽が増えてうれしいだとか、観光客が増えそうだから商売に張りが出るとか、水上パレードへ期待を寄せる言葉がかなり増えていたのだ。
やはり何だかんだウェルデ領民も娯楽に飢えていたということだろう。分かり易い娯楽を持ってきた僕を評価してくれている……そう思うようにしていたが、それでもその程度でニンゲンへの意識が好転するものなのだろうかという疑問をいだかずにはいられない。
第零研究室や陛下、ベルの態度だってよくよく考えればおかしいのだ。博士は最初こそ僕を脅していたが、結局娘として認めた後は僕のことを疑う素振りはないし、ロイドやミモザに至っては僕に敵意を向けることは一切ない。ベルも僕の内面を除いた後はすごく力になってくれている。陛下は……本音は何考えているか分からないけど、まあ多分悪くは思ってなさそう。
それが不思議でしょうがない。
僕は元ニンゲンなのに、元とはいえ敵と同じ種族なのに、みんな僕に期待してくれている。
ニンゲン文化を広めようとする僕を敵だと認識するモンスターと、ニンゲン文化を楽しみにしてくれているモンスター。どちらがモンスターの本音なのかが分からない。
忙しさを良いことにあまり考えないようにしていた疑問が本番を前にして口から溢れる。寝不足のせいで纏まっていない問いだったが、しかしベルはよく考えたうえで口を開いた。
「……きっと、どっちも本音よ。ニンゲンなんて信じられないってのはアタシだって今も思ってる。魔導師団長が勇者侵攻対策の概要を聞いて来たときの荒れっぷりも見てたし。でも、こういう魔法界が盛り上がるような催し物が生まれるのは悪いことじゃないとも思ってる。それがニンゲン文化を元にしたものだったとしても。……でもね、多分だけどモンスターみんなが考えているのはもっと違うことだわ」
「違うこと?」
「もうみんな、疲れてるのよ」
岸辺を離れるゴンドラ。観客の姿が少し小さくなる。手を下したベルは視線を遠くに投げた。
「アタシたちはニンゲンとの戦争を経験していないけど、ニンゲンの残酷さは教えられてきたわ。ニンゲンがやってきたこともね。そしてその上で『またいつニンゲンが攻めて来るか分からないから』って言われて生きてきた。いつ来るか分からない敵にみんなビクビク怯えてる。怯えて、備えて、威嚇して……でも、目に見えない敵相手にそんなことし続けるの、疲れるわ」
「……」
「だからみんなアンタに期待してるのよ。アンタの正体を知ってる奴らは、未来を知ってるアンタが来てくれたお陰で何百年も続いた戦争に終止符を打てるって本気で思ってるし、何も知らない奴らももう怯えなくていい未来が来るのかもって期待してる。アンタからしちゃ勝手にそんな期待背負わされて堪ったもんじゃないかもしれないけどね」
「……僕は、そんな戦争に終止符を打つためにしてるわけじゃ……あくまで、今回の勇者を生み出さないようにって」
「分かってるわよ。それでもモンスターはそんなアンタに縋っちゃうほどに疲弊している」
炎のような真っ赤な髪が風にたなびくのを眺める。
そう言えば前に魔法界の勉強を学者先生としているときに聞いた。モンスターの寿命はニンゲンよりずっと長い。平均150歳、種族によっては180歳まで生きる者もいる。
ニンゲンにとって200年前というのは遥か昔の話だが、寿命が長いモンスターにとっては200年前は割かし最近の話なのだろう。風化させるには短い期間なのだ。
そして寿命の長さゆえかモンスターは出生率が著しく低い。200年前までの戦争によって減ったモンスター口はまだ全盛期に程遠い数だ。こんな状態でニンゲンにまた戦争を仕掛けられて大量の死者が出たら、今度こそ滅亡する。だからこそモンスターはずっと今日まで怯えてきた。
僕とモンスターとの認識の剥離を目の当たりにされた気分で俯く。本当にこんな僕がモンスターの期待を背負う親善大使でいいのかと、この二ヶ月何度も飲み込んできた思いが胸中を占める。と、突然背中を強い力で叩かれた。
「うおっ!?」
「背中丸めんじゃないわよ。伸ばしなさい。笑顔も消えてるわよ」
「ああ、うん……」
前につんのめった僕の腕をベルが掴んで引き上げる。ぐいっと近づいた距離に運河の端からまたしても黄色い歓声が上がった。モンスターって結構こういうの好きなのか?と胡乱気な目を向けそうになったところで、ベルのため息が頭上から降ってきた。
「……アンタにこんな期待背負わせて悪いとは思うけどね、そもそもと言えばアンタがあのマッド博士を頼ったのが悪いわ。陛下ならまだましだったのに。諦めなさい」
「う、ぐっ!し、仕方ないじゃん……」
「でもアタシ案外アンタのこと気に入ってんのよ、ラウ。忙しいからってスキンケアさぼるし、女のくせに口悪いし、ロイドに似て来てるけど……馬鹿正直者で、文句言いながらも一生懸命頑張ってる奴は嫌いじゃない。アタシの趣味に理解もあるしね。酒も強いし」
は、とベルの言葉に顔を上げる。偉そうにふんと鼻を鳴らしたベルは腕を組んで微笑んだ。
「だからアンタにとって重荷であるその期待はアタシが一緒に背負ってやるわ。困ったらアタシを頼りなさい。助けるかどうかはアタシの気分次第だけどね」
「ベル……」
全然素直じゃないベルの言葉に、でも何故か胸が少し軽くなったような気がした。呆れたように、でも救われたように笑みを浮かべた僕はベルに向き直る。
「…………じゃあ早速、頼ってもいい?」
「いいわ、今のアタシは注目を浴びて機嫌がいいから」
「さいですか。そしたらね」
ウェルデの街並みを振り返る。太陽の光に反射する運河の水、花がそこら中に飾り付けられた活気ある街、モンスターでごった返すストリート。
一週間前までとはまるで違う、生まれ変わったかのような『緑の都市』を眺めて、この活気ある光景を作った自負がある僕は胸を張って言いはなった。
「────今にも船酔いで吐きそうです」
顔を引き攣らせた親友のマントを、逃がさねえぞ言わんばかりに僕は青ざめた笑顔でガッシリと握るのだった。
「……あぶねえ、マジで吐くところだった」
「ふざけんじゃないわよ!ミモザ居なかったらアウトだったわよ!?」
「あはは、間に合ってよかったですぅ」
ゴンドラが元の乗り場に戻ってきた瞬間ベルを伴って優雅に迅速に建物の影に隠れた僕は、ベルの要請を受けて待機してくれていたミモザの鎮静の香と酔い止めのおかげで何とか一命(親善大使生命)を取り留めていた。
狐面を取ってハンカチを口に当てる僕の頭をキレたベルがはたく。まあまあ、とミモザが宥めに掛かっていた。
仕方ないじゃん……僕そもそも乗り物しやすいんだよ。車ですら場合によっては酔うのに、船とかもっと無理だよ。しかも寝不足だし。
酔わない訳がない状況下でここまでもったことを褒めてほしい。とりあえず何があってもあのゴンドラレースの激ヤバゴンドラだけには乗らないようにしようと心に決めながら立ち上がる。
「もう平気なんですかぁ?ラウちゃん」
「何とか。ありがとうねミモザ、ベルも」
「早速自分の言ったことを後悔したわ……全く」
ぷりぷりと怒るベルに「ごめんって」と謝っていると、大通りの方から僕とベルを呼ぶ声が聞こえた。どうやらメインストリートを歩く準備が整ったようだ。慌てて狐面を再装着し、何事もなかったかのように声を掛けてくれた騎士の元へと歩み寄る。
「私は担当エリアに戻りますねぇ。何かあったら呼んでくださぁい」
「うん、ありがとう」
そう言ってにこにこ笑うミモザに手を振る。ここからは王国騎士団の騎士達の先導の下、愛想を振りまきながら西区をベルと共に歩き水上パレードを楽しんでいる風に見せるというフェーズだ。トップモデルが歩けばその後をついてくる観客は多い。
それを逆手にとって観客達に水上パレードの見所などを僕が紹介する、という手はずだ。そしてそれさえ終われば一時の休憩時間である。よしっと気合を入れ直した。
「……ん?トップモデルとデートしてるモンスターとか嫉妬の対象じゃ?やっぱ石投げられる気がする」
「バカ言ってんじゃないわよ。行くわよ」
ベルに背中を押されて建物の影から出る。するとワァッと歓声がそこかしこから上がった。圧に思わず一歩足が後ろに戻りそうになる。
しかしそれを何とか押しとどめて、僕はベルと共にウェルデ主要街西区へと一歩踏み出すのだった。




