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『緑の都市』水上パレード 其の二

お待たせいたしました。インフルエンザになっておりました……。少し短いです。

ウェルデ領主邸前に設営された巨大特設ステージ。

ウェルデ初の大規模イベントである水上パレードの開会式を目前に控え、ステージ前に集まった大勢のモンスター達は今か今かと騒めきながらステージを見上げていた。


「ねえ見た?ゴンドラレースの動画!」

「見た見た、アレCGじゃないってホント?ヤバくない?」


「陛下が一都市のイベントにご参加なさるって凄いよな、しかもこんな間近で見れるなんて……」

「いかにあの政策に本気かって話だよな。本当にニンゲンと友好条約結ぶつもりなんだなぁ」


「うわぁ、ウェルデがすごい華やかになってる!あっちこっちにお花が飾られてて……今まですごく静かな都市って感じだったのにね」

「すごーい綺麗ー!あ、そうだ!開会式終わったら仮装しに行こうよ、アルバストスからお店出てるらしくてさあ」


「早くベルリアナ出てこないかなぁ……」

「オレあとあの子も見てみたい、ほらもうすんごいテレビに出てきた狐のモンスター。名前なんだっけ?」


集まったモンスター達が思い思いにウェルデ水上パレードへの所感を口にしている。ステージの裾からそっと外の様子を覗き込んだ僕は、予想以上のモンスター数にぐらりと眩暈を覚えよろめいた。


「なんやこれ……」

「落ち着きなさいよ。躾のなってない犬みたいにそわそわそわそわウザったいわね。しかもなんでロシェ弁になってんのよ」

「ロシェ……?いやいや口調も乱れますわ。何この数、今から僕この量のモンスターの前出て話さなきゃいけないの?無理なんだけど」


呆れ顔のベルに泣きつく。どんだけ多いかって、かつてニンゲンであった頃に行った国内最大のテーマパークの開園入場待ちを思い出すレベルなのだ。あの駅を出て開場ゲートに向かう道すがら、遠目から見て「これに今から並ぶのか……」とげんなりするレベルのモンスター混みが、何故か今僕の目の前に広がっている。あまりのスケールの大きすぎる話に足の震えはいっそ止まったが、心はとても落ち着かせられなかった。


ステージの向こう、開会式の開始を待つモンスター達があちらこちらで呟く言葉がざわざわとした大きな音の波となって耳に届く。会場整理のスタッフたちが必死に列を整列させようと声を張り上げるのも聞こえた。


ここにいるのは僕とベル、そして少し離れたカーテンで仕切られた控えのスペースに陛下と博士しかいない。ロイドとミモザは僕らが陛下の控室から特設ステージに移動する際に持ち場に移ったし、大使室のみんなもパレード開始後のトラブルに備えて主要街のあちこちに散らばっている。

ドルニカさん以下、ゴンドラ乗りの皆さんやおもてなし本部の所属モンスター達も同様だ。何が何でも成功させるという圧がインカムから感じられる。


ああ、今更ながらなんたる大事。しかもこんな大勢の前で挨拶なんて……練習は死ぬほどしたし、やれることはやってきたが心配でしょうがない。噛んだらどうしよう。


っていうかそもそもパレードが失敗したらどうしよう。超弩級のトラブルが発生したらどうする?おもてなし本部所属のモンスターも、大使室のみんなもすごい頑張ってくれたのに、滅茶苦茶失敗したら……そしてこの量のモンスターに売国奴だって石投げられたら流石にもう立ち直れない……。


何故こんなことに、とこの世界に来てから何度と知れず口にした泣き言が今日も口から零れ落ちた。


「……それよりもアタシは陛下の警備の方が心配よ。魔力障壁は張ってるし平気だと思うけど……はあ、なんであの虎まだ戻ってこないのよ……」

「ああ、アジェル……一応連絡はついたみたいだけどね……」


嫌な想像に顔を青くする僕の傍らで、ベルが憂いた顔でため息をつく。

しばらく顔を合わせていないあの虎侍騎士アジェルだが、アルバストスへミモザに贈るプレゼントを探しに……もとい、鉱山地帯の地盤沈下調査に行って依然行方不明だったが、つい3日ほど前にようやく連絡が付いたらしい。


もっとも『マテ、モウスコシ』と怪文書のような意味不明なメッセージしか返ってこないらしく、騎士団長を始めとする関係者はブチギレていたようだが。


「あんなんでも騎士団のエースだからね。陛下の後ろに黙って立ってるだけでも抑止力になるってのに……」

「もう地盤沈下調査終わってんだよね?何に嵌ってんの?あの虎」


ちなみに、アルバストスの鉱山地帯に派遣された別の騎士達で構成された調査チームはもう帰ってきている。現地で合流したはずのアジェルだけが何故か帰ってきていないのだ。合流した騎士たち曰く、「帰る段になったら突然行方をくらませまして……」とのこと。本当に何してるんだよ、騎士さんに迷惑を掛けるな。


と、そんな頭の痛いことを考えていると、何の前触れもなくポンッポンッ!と号砲が打ち上げられた。次いでステージ前に集まったモンスター達がワッと沸きだす。その圧にビクッと体を震わせると、ため息をついたベルが蛇の尾で僕の背中をバシッと叩いた。


「慣れなさい、親善大使。こんなんで泣き言言ってるようじゃ潰されるわよ。……生きたいんでしょ」

「っ。……うん」


ベルの言葉にハッとする。そうだ、生きる為だ。生き残るためなら何でもすると言ったのは他でもない僕だ。こんなのはあくまで通過点でしかなくて、僕の最終目標はこれを乗り越えたその先にあるのだ。怖気づいている暇なんてない。


ぞわぞわと震える腹にぐっと力を込めて前を向く。すると背後から音もなく陛下とフリント博士が歩み寄ってきた。

僕の隣に並び立った陛下が、ふふ、と静かに笑って僕を見下ろす。


「コツを教えてあげよう、ラウ親善大使。こういう時はね、楽しもうと思い込むんだ」

「楽しむ、ですか?」

「そうとも。この一か月、君は時間が足りないなりに一生懸命頑張って来ただろう?今日はその成果の発表の場だ。『どうだ、アレもコレも僕が考えたんだ。すごいだろう』という気持ちで臨むとね、気が楽になるものだよ。最も、このコツは心の底から一生懸命頑張ったという自負がある者にしか使えないけどね。……その自負はあるだろう?」

「……はい」


間違いなく頑張って来た。ニンゲンとして生きてきた時も含めて、僕史上この一ヶ月が一番大変だった。時間も足りないし、正直モンスター手も足りてるとは言えない状況だったけど、それでもやれることは全てやってきた。……ならば、陛下の言う通りあとは楽しむだけなのかもしれない。今更ジタバタしたってどうしようもないのだ。


「ラウ、大丈夫だよ。もし嚙んでもこのお父様が何とかしてあげるとも!」

「博士……」

「とりあえずラウが噛んだらこの号砲を観客に向けてぶっ放すよ!そうすればセリフ噛んだことなんてみんな忘れるさ!」

「博士……?」


勇気付けているんだが心配事を増やそうとしてんだか訳分からない行動は控えてくれないか。相変わらず頭のネジぶっ飛びまくっている博士の言葉に、しかし悔しいかな少し気がまぎれた僕がいる。


博士の頭のおかしさを来場客にお見せする訳にはいかないな、と軽く噴き出す。3にんの励ましで気持ちが少し軽くなったのを感じ、僕は大きく深呼吸した。


「……じゃあ、さて。行こうか」


スタッフがステージに上がるよう僕らに合図を出す。何の気負いもなくゆるりとステージへと歩みだした陛下の後に続いて、僕もライトに煌々と照らされるステージへと足を踏み入れた。










歓声、歓声、歓声。


賢王と名高い国王陛下と、稀代の天才であるリライヴェッジ研究所所長、そして魔法界一の美貌と謳われるトップモデル。


この世界において誰もが名前を知る有名な3にんのモンスターが現れたことで、領主邸前に集まっていたモンスター達から爆発的な歓声が上がった。


ビリビリと空気が嘶く。歓声の圧で手が震えそうになる。落ち着け、この場において僕への注目度など路肩の石程度のものだ。石如きがが怯えてどうする。せめて浮かないように、この場にいて当然という表情を浮かべて堂々としていろ。自分にそう言い聞かせながら背筋を伸ばすと、マントがバサリと翻った。


親善大使にふさわしい笑顔はもう意識しなくとも浮かべられるくらいには慣れた。化粧も美容の最高峰たるベルが施してくれたから大丈夫。服も正装。問題は僕のメンタルだけだ。なら何の問題もないな、弱気は根性で捻じ伏せろ。


ベルの隣に並んでまっすぐに観客側に目を向ける。視界の端で、更に一段上がった壇上に陛下が上がるのが見えた。


『皆、今日はよく集まってくれた』


マイクを通して響く声に、騒めきは一瞬で静けさに変わった。支配者の声に誰もが耳を傾ける。


『この集いは、非常に意義深いものである。皆も知っているとは思うが、我々は今、長年の敵であった存在との今後を考える岐路に立たされている。敵と手を取り合い、良き隣人という新たな関係を築くべきか、それとも依然このままであるべきか。……我々は、今まで彼らによって辛酸を舐めさせられてきた。余りにも多くの血を流し、命を奪われてきた。それは紛れもない事実だ。そんな相手の言葉など信じるに値するものかと、そう思う者も多いだろう。……当然だ。私は、その思いも肯定する』


ゆっくりと、浸透させるように声を響かせる陛下。

陛下の演説を聞きながら僕は改めて考える。果たして、今日に至るまで魔法界を脅かし続けてきたニンゲンとは一体誰なのだろうかと。


僕が学んだ歴史に、『魔法界との戦争』は一片の欠片すら存在しない。なんて言ったってニンゲンにとってモンスターとは空想上の存在。漫画やアニメでしか存在しない生き物。そんな存在との戦争を、生きているニンゲンに全く悟られる事なく繰り広げられる存在ってなんなのだろうか。


まず間違いなくその存在はサーシャと繋がっている。だからもしその存在の正体を暴くのであれば、サーシャとの接触が必要だ。

しかしサーシャは記憶喪失である。そして記憶を取り戻させれば彼女は勇者になってしまう。サーシャを勇者に変じさせるのだけはダメだ。その未来だけは絶対に阻止する必要がある。

しかし阻止すれば魔法界を脅かす存在に辿り着くことができない訳で……。


こちらを立てればあちらが立たず。何とも解決策が見えない問題に頭を悩ませる。しかし今考えることではないな、と僕は意外にも余裕がある自分に内心で笑いながら余計な思考を振り払った。


『その手を取るべきか。それを判断するにはまずは相手のことを知るべきだと、私はそう思ったのだ。だからこその政策だ。そしてこの政策には皆の協力が必要不可欠となる。どうか力を貸してくれまいか。今後の魔法界のために。───そして、魔法界のためにと先陣を切る彼女らのために』


思考を現実に戻してすぐ、ばっちりと陛下と目が合ってしまった僕はびっくりと目を瞬かせた。打ち合わせにはなかった筈だが、と一瞬焦りかけるも、しかし陛下は何事もなかったかのように視線を来場客に戻した。


『……まあ。ここまで話してなんだが、実は今日の私の本当の目的は亡き妻との思い出の品であるシュークリームを食べることでね。今日はその店も出店として出店していると聞いて来たんだ。楽しみでしょうがないよ。皆も、堅苦しいことは忘れて目一杯楽しんでくれ』


お茶目にウインクをする陛下の言葉に、歓声と拍手が上がる。人心掌握ならぬモン心掌握が上手いな。

っていうかシュークリームってまさかドルニカさんの奥様の店のシュークリームだったりする?と、先日ロイドと共に食べ、パーシーにお土産として手渡した非常に美味な焼き菓子を思い起こしていると、進行役から呼び出される。


「……へたれるんじゃないわよ」

「ん。ありがと」


蠱惑的な笑みを浮かべたまま、口を殆ど動かさずに素直じゃない激励を送ってくれるラミア。ツンがデレしているその言葉に、僕は素直に感謝を述べる。


パンプスのヒールがステージを叩く。そういやこのパンプス、着用者のサイズに変化する魔術が掛けられた魔道具なのだとか。第一研究室の発明品で、一般に出回ってはいるが超の付く高級品らしい。そんな恐ろしい話履いた後に聞かせないで欲しかったよなぁ、と陛下の控室での一幕を場違いにも思い出している内に僕の体はステージの壇上に上がっていた。


息を吸って、吐く。そうだ、楽しめ、笑え。大丈夫、万が一言うこと飛んだり噛んだら博士が号砲打ってくれる……いやなんも大丈夫じゃないな。大丈夫じゃないから気合入れろ。


声が震えないように胸を張る。声を出すときは腹から、自信があふれる表情は声にも自信を与えてくれる。ベルから教わったことを思い返しながら僕はマイクに口を寄せた。


『───本日はお集まりいただき、ありがとうございます。ご紹介に預かりました、モンスター・ニンゲン友好条約締結対応政策委員会おもてなし本部、親善大使のラウです』






……毎度思うけど、この政策名長すぎていつか絶対噛むなぁ。

思ったよりもすんなりと声が出たお陰で、僕の中でそんなどうでもいいことを考える余裕が生まれたのであった。




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