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ゴンドラ・レース 其の三

「ドルニカさん」

「───、……大使様」


ぼんやりと、運河の傍でミモザを胴上げしパーシーの背中をバシバシ叩いて健闘を称えるウェルデの領民達を、石橋の上から眺めていたドルニカさんに声を掛ける。


正直「神聖なゴンドラに何してくれてんだテメーッ」と胸倉掴まれても致し方なしという心境で若干恐る恐ると声を掛けた僕であったが、しかし予想に反して彼の表情は静かなものであった。


僕を振り返ったドルニカさんは視線を落として何かを言いかけ、そしてまた口を噤んだ。他の元ゴンドラ協会員達も複雑な表情を浮かべている。皆一様に大盛り上がりの様相を見せる石橋下をチラチラと気にしており、このレースに思うところがあるようだ。果たしてそれが僕にとって良い感情なのかは測りかねるが……僕はふ、と息を抜くように笑い、ドルニカさんの腕を引いた。


「ほら、行きますよドルニカさん。皆さんも何突っ立ってるんです?早く来てください」

「は!?え、ちょ……」


驚いて思わず足を踏ん張るドルニカさんだったが、残念なことにこの一か月の間に一般モンスターの平均を大幅に上回る膂力を、日々の訓練により獲得してしまった僕の前ではその抵抗は無きに等しい。問答無用で石橋の中央に彼を引きずり出した。


計ったようなタイミングで僕にマイクを差し出す美女筆頭補佐官。今日も制服をキッチリ着こなした優秀なサキュバスに目で礼を伝えた僕は、すう、と息を吸い込んだ。


『皆様、本日の催し物はお楽しみいただけましたでしょうか。今回のこの催しは、こちらにいらっしゃる元ゴンドラ協会長ドルニカ氏からいただいた意見を元に考案したものでございます』

「なぁ!?」


ギョッと目を剥いて僕を振り返るドルニカさん。しかし僕はしれっと顔で続けた。


『ドルニカ元協会長は仰いました。早く、確実に、物資を、モンスターを運ぶことこそが彼らゴンドラ乗りの誇りであり、矜持であると。例えその誇りが時代によって貶められたとしても、彼の、彼らの誇りは消えていません。僕らおもてなし本部はその誇りに敬意を表して今回の企画を立ち上げました。以前と同じ形での復元は無理でも、新しい形で皆様にも彼らの誇りが絶えていなかったことをウェルデに住む皆様へお伝えしたかったのです』


きっと、彼は僕にゴンドラでの催しを諦めさせるために言っただけだろう言葉。しかしそれは確実に彼らの本心でもあるわけで。


ドルニカさんはぐっと唇を噛みしめて黙って僕を見ていた。そんな彼の後ろに見覚えのある顔を見つけ、僕は苦笑いでちょいちょいと小さくそちらを指し示す。思わずそちらへ視線を移した彼は驚いたように目を見開いた。


『────当ゴンドラレースを含む『緑の都市(ウェルデ)』活性化事業、水上パレード案はまだ検討段階ではございますが、開催の暁にはきっとウェルデに住まう皆様の、そしてウェルデを支えてきたゴンドラ乗りの水夫の方々のためになる事業になると確信しております。どうぞ、皆様忌避なきご意見を僕らおもてなし本部へ、もしくはウェルデ都市庁舎へお聞かせください。本日はご参加いただき誠にありがとうございます』


開催の挨拶の時とは非にならないほどの大きな拍手に、微笑みを浮かべながらこっそり胸を撫で下ろす。傍らのドルニカさんは、石橋の向こうでキラキラと輝く顔で自らの父を見上げるガキ大将と、その後ろで困ったような笑みを浮かべる奥様に眉尻を下げていた。


「……ドルニカ協会長、そしてゴンドラ乗りの水夫の皆様」


マイクを下ろした僕は、今日まで不遇に耐えてきた彼らに向き直った。女にしては身長の高い僕よりも高い位置にある顔を見渡し、マギホを操作してとある資料をホログラムで浮かび上がらせる。


それはゴンドラの個別支給に関する契約書だ。彼らは夢現のような目で拡大投影されたそれを見上げた。


「僕らはこの事業案を何としてでも通して見せます。その暁には貴方方水夫の方々へ、水上パレードおよびゴンドラ・レースの参加をお願いしたいと思っています。その際のゴンドラの扱いについて、おもてなし本部が提示する内容です。期限付の貸出し支給となり、期限については個別相談とさせていただきます。……あわせて」


契約書内の一文を拡大する。僕が指さした部分を読んだドルニカさんは疑問をありありと張り付けた表情で僕を見下ろした。


「希望者には、貸し出しではなく買い取り前提のリース契約を取り交わしたいと思っています」

「リース……?」

「はい。契約開始より最低3年間、貸出し料をお支払頂きつつこのパレードの構成員として所属し貢献してくださったら、ゴンドラの所有権を譲渡いたします。勿論、今までのゴンドラと違い危険物ですから使用制限は設けさせていただくことなるとは思いますが……」


ドルニカさんの話を聞いた後、なんとしてでも彼ら水夫を引き込むために色々と考えた。


給与を上げる、職を紹介する、領主を追い出す……色々な交換条件を考えてみたのだが、結局どんなにいい条件を提示してもきっと彼らは彼らが一番に不満に思っているところを解消してあげない限り、また同じことを繰り返されると首を縦に振ってくれることはないだろうという結論に落ち着いた。


彼らの不満。それは金ではない、職ももうきっと皆見つけている。領主交代については既にそれとなく打診している。そうではなくて、彼らの不満は『強引にゴンドラを取り上げられた』ことだ。

また商売道具を取り上げられるかもしれない。そんな不満や懸念を抱えたまま水上パレードへの参加表明をする水夫はきっといない。


だから僕はその不安を取り除くような提案をする。


「しかしながら危険物であるために、おもてなし本部から所有権を譲渡した後のゴンドラについては、基本他者への譲渡・貸出は()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「っ!……そ、それは」

「所有権の譲渡は、基本的に現在の所有者が認めた後継者にのみ可とします。いかがですか?」


危険物であるため、何があっても、どんな理由があっても、相手が誰であっても────例え領主であろうが国であろうが、譲渡元である僕らおもてなし本部であったとしても譲渡してはならない。()()()()()ということを明確に表記した契約書。僕は同様の文言が記載された紙の契約書も差し出した。


リース期間を設けたのは、その間に危険物である武装ゴンドラをきちんと安全に取り扱えるモンスターであるかどうかを見極める為である。あんなものをレース以外の場でぶっ放されたらたまったもんじゃない。


勿論気軽に武装を使用できないような機構を取り付ける予定であるが、それがなくとも安全に使用できる良識あるモンスターであるかどうか、しっかり見極めてからでないと渡せないという判断の元だ。

まああとは気軽に水上パレードの要員を離脱させないという目的もあるが。


ドルニカさんは、その目に驚愕と、わずかな期待の光を浮かべた。リースの金額を表記した用紙も手渡す。そちらもじっくり読み込んだドルニカさんは眉を顰めた。


「……大型魔道具の、それもあれだけの武装を積んだもののリースだってのにこの金額か……?安すぎないか?」

「ぶ、武装はあの、アレが平均だとは思わないでほしいんですけど……ごほん。はい、その金額で間違いありません。名目上は業務に必要な物品の支給ですから、通常よりも安くしています」

「それにしたって安すぎる。そっちの利益が見込めないが」


ちゃんとした大人であるドルニカさんは、僕に疑いの眼差しを向けた。そりゃそうだ、自分だけ利益がある取引とか裏がある気がしてならないよね。当然な疑いである。

しかしながら心配はご無用。僕らの腹は何にも痛んでいない。それはちゃんと貴方方への()()であるので。


「……今回の件が発覚した折、以前にウェルデが水夫の方々に出した見舞金って適正だったのかなって疑問に思った方がいらっしゃったんですよね」

「あ?……まさか」


微笑んだ僕は、チラリと王都方面の空を見上げた。それだけで『誰が』『何をした』のかを悟ったドルニカさんの頭の回転は速い。流石元とはいえ協会長を務めていただけある。見た目は強面でシュークリームが似合わなそうなおっちゃんなのだが……こほん、失礼。



開発計画が白紙になった後に『緑の都市(ウェルデ)』名義で水夫に支払われた見舞金という名のゴンドラ補填金だが、それはゴンドラ売却額とその後の慰謝料を考えると到底足りているとは言えない額であった。

じゃあ浮いた分のお金ってどこ行ったのって話だが……まあそれは僕が知ったところでしょうがない話なので聞いていない。


ただまあ、先ほど陛下より『今月末には返還するって』というメッセージが届いていたので、大体どこに行ったか分かるってものだな。都市の運営予算として組まれていたとしたら、いくら陛下に脅されたとしてもそんな早急に返還に応じるなんてこと物理的にできないだろうし。


恐らく快適な特別製ゴンドラ旅によってグロッキー状態であったウェルデ領主に、容赦なく『今すぐ領主の座を追われたくなければ、早々に不足分を提出するように』と追い打ちをかけたであろう陛下の慈悲深さに思わずぶるりと震える。


そんな経緯の元、『緑の都市(ウェルデ)』のメンツもあって直接水夫の方々へ返還する訳にもいかないその訳アリのお金をどうするのか。それは既に決まっている。僕はドルニカさんの手に握られたリース料金の一覧表から視線を上げた。


「……残念ながら、貴方達が大事にしてきた先祖代々のゴンドラは取り戻せませんでした。申し訳ございません。ですがそれ以外の全ては取り戻して見せます。職も、誇りも、名誉も。……是非とも貴方方には、ここから新たに子孫に受け継ぐゴンドラを作ってほしい。そのゴンドラをもって、貴方方にこのウェルデの繁栄の為の先陣を切ってほしい……と僕は思っています」

「……大使様、オレは」

「ああ、あともうひとつ」


ドルニカさんの言葉を遮った僕は、今度は別の契約書を空中に浮かび上がらせた。こちらは『雇用契約書』である。

話を遮られたドルニカさんはきょとん、と目を瞬かせる。僕は彼と水夫の皆さんに悪戯をした子供のような笑みを浮かべて見せた。


「僕らおもてなし本部は、領主様と水夫の皆さんの間にはゴンドラの扱いに関して思想の違いからくる()()()()()()()()()()があったと認識しています。今回の水上パレードのスタッフとして雇うモンスターは、通常ウェルデ都市庁舎の所属とする予定なのですが、思想の違う上司の下で働くのは皆さんにとっても大変でしょう?ということでゴンドラ乗りの方々は例外的に僕らおもてなし本部の所属メンバーとさせていただく運びとなりました」

「ええっ!?」


ざわ、とどよめく水夫の方々の反応に僕は更に笑みを深めた。


「つまり今回の話を受けていただいた場合、貴方方は僕の部下ということになり、活動範囲はもはやウェルデを超えてこの魔法界中となる訳ですが……」


わざとそこで言葉を切った僕は、顎に指を当て小首を傾げた。


「ちなみにドルニカさんは狸と狐、どちらがお好きです?」

「────」


僕の問いにドルニカさんはぽかんと口を開けた。水夫の方々も呆気に取られたような顔をしている。


自信満々に胸を張る。が、そこで大事なことを言っていないのに気がついて手をポン、と叩いた。


「でも、レースだけじゃなくてパレード用のゴンドラ操舵もやってもらいますけどね。……やっぱり、チャラチャラしたもののためにゴンドラは出せませんか?」


そう言ってベルとロイド仕込みの意地の悪い顔をする。口をぽっかり開け間抜けヅラを晒していたドルニカさんだったが────やがて、豪快な笑い声をあげた。


「く、くくく、ワーハハハハッ!あんなとんでもねえレース考えたアンタのパレードがただチャラチャラしてるだけな訳あるかよなぁ!?ワハハハ!ほんっと豪胆な姉ちゃんだな、ええ?」

「褒め言葉として受け取っときますね。それで返答は?」

「くっくっ……どうせ化かされるなら、ムカつくデブ狸より綺麗な狐の姉ちゃんの方がいいわな」

「ふふ、光栄です」


ドルニカさんが手を差し出す。ゴンドラ用のオールを毎日握り続けてきた、タコだらけの大きな手を僕は強く握り返した。


途端、ワッと成り行きを見守っていた水夫の皆さんが歓声を上げた。「ドルニカぁ!!やったなぁ!」とか「俺も参加するぞぉ!!あんなゴンドラ見せられたら乗りたくなるだろうが!」とか涙交じりの野太い声にもみくちゃにされる。


ドルニカさんに飛びつくガキ大将、石橋の下で一部始終を見守っていたウェルデの領民達、そして撤収作業をしながらこちらを伺っていたおもてなし本部の面々。みんなの笑顔を見渡した僕は、実は今にもへたり込みそうになる震える膝を叱咤して、ほっと安堵のため息をつくのであった。


「よっしゃやるぞお前らァ!!あのクソやべぇゴンドラに負けねえ最強のゴンドラ作るぞォ!」

「あ、いや、あの、アレはデモ用の超特別製なので……アレは目指さないでほしいというか……その……」


青い顔をした僕の言葉は、彼らのおおおおおっ!という気合の入った雄たけびにかき消されてしまったのはご愛敬、ということで。













「───という訳で、ウェルデ領主様?期日は明日ですが折角お会いできたのですし、よろしければこの場で事業案についての回答をお聞かせ願いたいのですが」

「ひいっ!?」


凶悪ゴンドラが引き上げられ、見物客たちも楽し気に水上パレードやゴンドラレースへの期待を口にしながら帰路へとつく中。

こそこそとモンスター混みに隠れるようにその場から離れようとするウェルデ領主と都市庁舎職員の前に立ちふさがった僕は、にーっこりと笑顔を浮かべた。


僕の後ろにはロイドとミモザ、そして大使室の面々も揃っている。大所帯でウェルデ領主を囲むと、領主はガタガタとまるで暴漢にでもあったかのように怯えだした。


ちなみにパーシーは、第一研究室の研究員達と共にピクリとも動かなくなった博士を回収してリライヴェッジに先に戻っている。


「いやぁ、領主様ならびに都市庁舎の皆様にご協力いただいたお陰で、無事にデモンストレーションを終えることができました。運河の運航禁止出していただきありがとうございます」

「ええと、あの、その……」


運航禁止なんてしなくとも運航するゴンドラなんて無いけどな。領主と共に僕らに取り囲まれる職員たちにも笑みを向ける。


「大盛況でしたね。本番が楽しみってものです、ねえ?」

「ははは……」


気まずげに視線を逸らす職員たち。まあ君らは領主に逆らえるような立場じゃないだろうからね、今後一緒に仕事するということも考えて詰めるのはやめておいてあげよう。


ぐるんっと領主に視線を戻す。びくびくぅっ!と更に体を縮めこませる領主の顔を覗き込んだ。


「それで、いかがでしょう?陛下からも恐らく『よくよく頼む』とお話があったかと思うのですが……」

「へ、へい……うばばばば」

「ウェルデの皆さん、すごく楽しみにしてくださっていますねぇ。水夫の方々も乗り気になっていただけましたし。……この状況で、まさか事業取り止め、なんて回答……ウェルデのことを第一に思っている領主様に限ってあり得ないですよねぇ?」


取り立て屋にでもなった気分で領主様に詰め寄る。今にも泣きだしそうな領主様は、遂に観念したように頷いた。


「……………………全力で、取り組ませていただきます」

「はい、よろしくお願いしますね。領主様♡」


安心してよ、陛下ほど無慈悲ではないよ。僕はね。



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