ゴンドラ・レース 其の二
だいぶふざけました。次話が真面目なので息抜きです。
『────さあ、両名とも準備が整ったようです!それでは参りま、ショウッ!』
「いやああああ!!やっぱり嫌だあああ怖いよぉぉぉ」
「あれぇ……?なんか体動かな……縛られて」
『ス、タァアアアアアトッ!!』
開始の合図とともに、スタートラインに並んだ二隻のゴンドラがドバシャァァアッと凄まじい音を立てて急発進した。通常のゴンドラと比較して軽く数倍の推進力を生む特別製『水流操作』の魔術は、まるで新幹線のごとくゴンドラを押し出した。ウェルデ領主の絶叫と博士の「る」という言葉が置き去りにされる。
「うはは、何度見てもやばいな」
「第一って時々とんでもねー魔道具作るんだよなぁ……」
「あれ作ってる時の第一の皆さん目キマってたもんね。やっぱリライヴェッジの研究者ってぶっ飛んでんねみんな」
「俺を一緒にするな」
いやぁ君も大概だけどね。パーシー絡みは特に、という言葉は、テントで涼むロイドの顔を見て飲み込んだ。隣に並んで座り、会場の至る所に浮かび上がった中継モニターホログラムを見上げる。
このレースのルールは単純明快、大運河の端からスタートし、約6km先の反対端のゴールまでどのゴンドラがいち早く到達できるかというものだ。
転覆したり、操舵手や荷物として運搬される同乗者が落ちたら失格。また相手ゴンドラを沈めるために魔法や武装装備による攻撃が認められているので、ゴンドラにも張られている魔法障壁が破られても失格である。
とはいえゴンドラ自体に張られている魔法障壁は安全機構であるためかなり強固なものだ。攻撃の威力にもよるが数度の極大魔法の直撃には耐えきれるようには設計されている。王国魔導師団の協力の元実証実験済みです。よっぽど的にされたり、複数のゴンドラから集中攻撃を受けたりしない限りは問題ないというのも実証されているので、死者が出ることはないだろう。……多分。
嬉々としてミモザと共に武装を取り付け怪しげな笑い声をあげる第一研究員と、パーシーの天然ゆえに極悪な提案を嬉々として検討する第一研究員達を思い出し一抹の不安を覚える。通常ゴンドラ100隻作成と同時進行での作成依頼のためかなり無茶を言ったと思うのだが、しかし彼らはとても輝く笑顔であった。
元々物作りが好きなモンスターが多い、とは聞かされていたが、あれは物作りが好きなんじゃなくて武装を取り付けることに興奮しているんだと思う。
「ラウ親善大使!同乗者を砲丸として射出させて相手ゴンドラの魔力障壁をぶち壊す機構を思いついたのですが!」じゃないんだよ。確実にゴールまで運搬するのが目的だって言ってんだろうが。運搬する荷物を射出しようとするんじゃない。
そんな凶悪な武装機構に目を輝かせる研究員達が作り出した二隻の最高傑作は、流星もかくやというスピードで運河を突き進んでいく。先頭ゴンドラを撮影するドローンと、2㎞間隔で配置されたロイドの近衛頭蓋骨による中継撮影によってそのド迫力で凶悪な攻防は余すことなく会場の見物客の目に映っていた。
「くそ、早い……!止まってもらうぞ、いけ!錨キャノン砲!」
単純馬力ではミモザが乗るゴンドラに負けるパーシー号が、操舵手の合図とともに巨大な錨を前方へ吐き出した。ジャラララッという鎖が伸びる音と共に錨の爪がミモザ号の魔力障壁外に出ている武装に引っ掛かる。途端、先行していたミモザ号ががくんっとスピードを落とした。
その隙にパーシー号が、鎖をすさまじい勢いで巻き取ることで生まれたスピードでミモザ号に追い縋る。
「うぉっふ」
「くう……小賢しい!離れろぉ!ですぅ!」
固定されていない首がガックンガックン揺れて具合の悪そうな博士を気にすることもなく、可愛い顔で舌打ちしたミモザは船尾に取り付けられた武装のレバーを蔦でぐいっと引っ張った。
瞬間、ミモザ号の船尾がバチバチバチッとスパークする。轟音と共に放たれたレールガンは、慌てて連結解除し面舵を切ったパーシー号の脇を掠めていった。
「ぶくぶくぶく……」
「危ないな!そっちがその気なら……っ」
泡を吹いて白目をむくウェルデ領主を気にすることもなく、不敵な笑みを浮かべたパーシーが徐に運河へ手に持っていた水晶の嵌め込まれたステッキの柄を突き刺す。
「『凍土形成』!!」
詠唱に反応してステッキの先端の水晶が水色に輝く。硬質な轟音と共にステッキを中心に運河の水が凍りついていく。ド派手な氷魔法に中継モニターを見上げていた見物客たちからおおおっ!と歓声が上がった。
そのまま氷は途轍もないスピードでミモザ号の元まで辿り着く。ゴンドラの船底ごと凍らされたミモザ号は、ガリリリッと氷を削る音を立てた。ミモザが度々の妨害に苦い顔を浮かべる。
「ええ……?パーシーあんなヤバイ魔法使えんの……?何アレ……」
「氷系統の大魔法だな。そういや補助魔道具があれば使えるようになったって言ってたなぁ。流石パーシー、努力家だぜ」
ブラコンが腕を組んでうんうんと誇らしげに頷いている。だ、大魔法……?リリィの聖剣ではパーシーが大魔法を覚えるのはゲームストーリーの中盤頃だったと思うんですけど。しかもあんな運河を流れる大量の水を、一部とはいえ凍らせるようなヤバイ魔法じゃなかったと思うんですけど……?
義理の弟の秘めたるポテンシャルに恐れ慄きながらも、勝負の行方を見守るべく中継モニターから目は離さない。司会シルクハットさんの大興奮な実況が会場に響く。
『何たる攻防!!んなぁーんたる迫力ぅ!!なんとなんと運河を凍らせて物理的に相手の動きを止めてしまいましたァ!!どうするブリリアントシャイニングタイガー号!』
「やべー名前つけてんなミモザ」
「僕は止めたんだけどね……。アジェルに知られませんように……」
「小癪な!我がブリリアントシャイニングタイガー号を舐めるなですぅ!」
冷静になったら絶対に後悔間違いなしであろう名前のゴンドラの上で、ミモザは大仰にボタンを押し込んだ。すると纏わりつく氷を強引に叩き割りながら、ゴンドラから硬質な羽のようなものが飛び出した。ゴンドラをぐるりと囲むように生えたその飛行機の羽のような、ギロチンの刃のような平べったい6枚のそれは、突如ジェット噴射を始める。
何故かシートベルトをし始めたミモザが、とても乙女がしてはいけない狂気の笑みを浮かべて再度ボタンを押し込む。瞬間、ミモザ号改めブリリアントシャイニングタイガー号はその場で高速回転を始めた。ギャリリリリッと今更だがとてもゴンドラから出てるとは思えない音を立てて氷を割り、そのまま何故か上に飛んだ。観客側から大絶叫が上がる。シルクハット司会者が『えええええ!?』と驚愕の声を響かせた。
「大・回・転!!からの脱出ですぅ!!
「博士死んでない?」
「性格変わりすぎて怖いんだけど。俺あんな奴とこれから一緒に仕事できねーよ」
視界の端でドルニカさんが白目を剥いてぶっ倒れる姿が見えたが見てないことにしつつ、空中で魔法ガトリング銃を用いて眼下の氷を割りバッシャンッと水の上に着水するとんでもゴンドラを眺める。ミモザが第一のモンスター達とこそこそ作ってたのこれかぁ。もうゴンドラじゃないんだよなぁ。僕もぶっ倒れたいなぁ。
第一研究者たちの発狂してるんじゃないかと思うほどの大興奮な歓声を遠くで聞きながら、ロイドと共に遠い目でレースの行方を見守る。二度も妨害を突破されてしまったパーシーだが、しかし彼も負けていなかった。
「流石だなミモザ!頭がおかしすぎる!」
「失礼なことを言わないでくださいパーくん!!」
「しかしぼくも負けていられない!このKING・UNDEAD号の誇りにかけて……っ!」
「おたくの弟君もゴンドラにやべー名前つけてますね」
「パーシー……っ!そんなに俺のことを……っ!!」
どこもかしこも頭のおかしい奴らばっかだな。常識モンスターは僕しかいないんかい。
感涙するロイドの隣でもはや疲れた顔を取り繕うことにも疲れた僕だったが、しかし次の瞬間展開されたKICHIKU・UNDEAD号の新たな武装に目を見開き思わずガタッと立ち上がった。
「食らえっ!KING・UNDEAD号の真の力を!!うおおおおおっ!」
少年漫画さながらの裂ぱくの叫びをあげるパーシー。鬼畜アンデッド号はその気合に呼応するかのようにその姿を変えていく。ゴンドラの両側面からカシュンと何やら足のようなものが伸び、瞬く間にそれは巨大な円……自転車の車輪のように展開されていく。ゴンドラを挟んで両脇に立ち上がったその車輪にはロケットモーターが取り付けられている。かつてニンゲンであった頃、資料で見たことのあるその姿に思わず驚愕の声を上げていた。
「●ンジャンドラム!?パンジャン●ラムじゃないか!!」
「パ……?なにそれ」
「ニンゲンが大昔に作った兵器だよ!相手の陣地に転がりながら向かって行って最終的に爆発する代物なんだけど、推進力を生むロケットの出力がバラバラすぎて横転したり急に自陣に向かって走ってきたりするんだ!」
「それは兵器じゃなくて愉快なランダム自爆装置だろ。もしかしてニンゲンってバカなのか?」
兵器だよ!頭に珍が付く兵器だけどな!まさかお目にかかれるとは思っていなかった伝説の兵器に目が輝く。
しかもどうやら鬼畜アンデッド号に取り付けられたアレは、しっかりと倒れることもなく操舵手の思うがままに進んでいた。完全体だ!
「進めぇKING・UNDEAD号!兄様と領主様に勝利を!!」
「なあ!?待ちなさいですぅ!ブリリアントシャイニングタイガー号!全速前進!!」
ズバババッと車輪を高速回転させ水を掻き分け爆速前進していく鬼畜号。虎号も左右翼以外の翼を収納してジェット噴射で追い縋る。突然のデッドヒートに観客達が沸きだした。
そんなこんなしている内にレースはいよいよ終盤戦だ。両者一歩も譲らず追い抜き追い抜かれと刻一刻とゴールに向かっていく。
その最中にも二隻のゴンドラからは砲弾やら氷の弾丸やらガトリングやら魔法砲やらが引っ切り無しに放たれており、バッシャンバッシャンと運河の水面は大荒れだ。
なんだかんだ最初は困惑一色であった見物客たちも、目の前で繰り広げられたレースに今や大歓声であった。そんな好感触なレースだが、しかし僕の頭は痛む。
これ仮に企画通ったとして再現性あるかなぁ……。あの特別製ゴンドラ滅茶苦茶お金かかってるんだよなぁ。あんなのレース用に量産したら予算えらいことになる。デモンストレーション用の超特別製ってことにすれば納得してくれるかなぁ。ルール改定して武装制限設ければいけるか……?これからのことを考えて乾いた笑いがこぼれる。
「まあでも感触は上々だし、これならいざ開催しても集客的には問題はないかな……?うーん、いっそ賭博化させることで……胴元に何割か還元で……公的賭博にすれば……予算源として……ゴンドラの武装費……」
「ヘイシスター。隣で危ない発言するのはやめてくれねーか?」
最近僕のことを遂に(というか渋々)妹として認め始めたロイドに漏れ出た心の声を聞かれてハッと我に返る。いけないいけない、とロイドに照れ笑いを向けた。
「ごめんごめん。まずはこの世界の賭博法を調べてからだよね」
「そういう話じゃねーんだよ。……お、決着か?」
呆れ顔で僕を見ていたロイドが、テントの外でドッと沸いた歓声にモニターへ再び視線を戻す。僕もならって視線を上げれば、丁度二隻のゴンドラがほぼ同時にゴールテープを切ったところであった。
『決着ぅぅぅうう!!勝者────ブリリアントシャイニングタイガー号ォォォオオ!!』
「やったー!ですぅ!!」
「クソォッ!!あともうちょっとだったのに……っ!!」
ワアアアッとウェルデ主要街大運河にて大歓声が上がる。ゴンドラから降りたふたりへ司会者がインタビューを始めた。観客達が賞賛を口にふたりを取り囲む様子が見える。
デモレースだというのに本番さながらの盛り上がりに僕はひとりほっと息をついた。一応、これで全くモンスター達の琴線に引っ掛からなかったらどうしようかとはずっと心配していたのだ。
ゴーレム・タグやスノーボールファイト公式戦の盛り上がりを見ていたので、こういう催しは嫌いではなさそうとは踏んでいたし、事前構想の段階でおもてなし本部のみんなや第一研究室の研究員にもヒアリングをした上での決行だったので問題はないとは思っていたが、それでも不安は常に付きまとっていたのだ。なんとなく肩の荷が下りたような気分だ。
だがしかし、僕の本当の仕事はこれからだ。立ち上がった僕に、ロイドは頑張れと言わんばかりにひらりと手を振る。ついてきてくれないんかい。
薄情なんだか、信頼して送り出してくれてるんだか分からない兄であり同僚の激励に苦笑いでため息をついた僕は、ぼーっと水の上に浮かぶゴンドラと、そして当レースの操舵手を務めたふたりを遠くから眺める赤髪の中年魚人族の元へと足を踏み出した。
ファンタジーなのに魔法での攻防があんまり出てこなかったのウケます。




