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ゴンドラ・レース 其の一

急いで書いたのでもしかしたら後で書き直すかもしれません。

7月3日、午前10時。オーリライトの橙が映える快晴。

まだ午前中にも関わらず早くも汗ばむような日差しが照り付けるウェルデ主要街、大運河にかかる石造りの橋の上。


「大使様」


ザワザワとウェルデ主要街に住む多種多様のモンスター達が何事かと運河の傍に集まる中、拡声器の調子を確かめる僕に背後から声を掛けるモンスターが居た。

振り返った先に見えた赤髪にぱあっと自然顔が明るくなる。


「ドルニカさん!朝早くからすみません、ありがとうございます!」

「ああ、いや」


脅し……もとい、懇切丁寧にお願いしたかいあって、時間通りにウェルデの大運河の石橋に現れた魚人族のおっちゃん。感謝よ届けと手を取ってぶんぶん振る。気まずげな表情を浮かべる彼の後ろには、これまた気まずげ、というか不審げに僕を見るガタイのいいモンスター達が10にんほど。彼らの正体にあたりを付けた僕は更ににんまりと笑みを深めた。


「集めていただいたんですね。ありがとうございます」

「……まあ、オレが協会長をやっていた頃の何分の一って感じですがね。一応都合が付くモンスターは全員呼びましたよ」

「たった一週間足らずで、しかも何を見せられるのかも分からない状態でこれだけ集まれば上々ですよ。初めまして。モンスター・ニンゲン友好条約締結対応政策おもてなし本部のラウと申します。ウェルデの伝統産業を支えてきたゴンドラ乗りの方々にお会いできて光栄です」


ひとりひとりに握手を求める。しかし笑顔の僕とは対照的に彼らの表情は硬い。敵対に近い目で会釈される。失礼な態度であるかもしれないが、だが彼らの境遇を思えば当然の反応なので気にしない。彼らにとって僕はウェルデ領主と同じ政治側のモンスターだ、疑念を覚えるのも仕方ががないだろう。


むしろ良くこんなに来てくれたものだ。きっとドルニカさんの人徳ならぬモンスター徳のおかげだ。


「それで、今日はいったい何を?なんだか滅茶苦茶モンスターが集まっていますが……」


ざわざわと数を増やしていく観客達に、ドルニカさんが落ち着かなそうにキョロキョロとあたりを見回す。今日、僕らはウェルデ主要街に住むモンスターに向けてイベント開催の告知を出していた。詳細は記載していなかったのだが、休日ということもあって結構な見物客が集まっている。


こんなに大がかりになるとは正直思っていなかったが、しかし僕らのやりたいことが多くのモンスター目に触れるのはいいことだ。右耳につけたインカム型魔道具から各配置場所からの報告を聞きながら僕は自信たっぷりに頷いた。


「今日は僕らが現在考案中のウェルデ活性化事業、水上パレードで行いたいと思っている企画のデモンストレーションです。是非とも皆様のご意見をお聞かせ願いたいです。なにせ……」


特に大きなトラブルなく各員配置についたようだ。眉を顰めるドルニカさんら水夫の皆様に、僕はにっっっこりと笑顔を浮かべた。


「貴方方ゴンドラ乗りの理念であり誇りであった『早く、確実に』にいたく感激して、僕はこの企画を考案したんですから」











『んレディーーーーッス、エンッ、ジェントルメエエエエエンッ!!本日は皆様ようっこそっ!お越しくださいましたァァ!!さあさ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい!今世紀最大のとんでもイベントの幕開けダァァァアアア!!』


シルクハットにマジシャンのようなスーツを着た、とんでもなくテンションの高い蝙蝠羽のモンスターの声がウェルデ大運河に響き渡る。マイクなどいらないのではないかと思うほどの大声の彼は、これまた大仰に石橋の上で一礼する。その様をおもてなし本部控えテントで見ていた僕は感心の声を上げていた。


「相変わらずすんごいテンション感だなぁ……」

「あれ、ゴーレムタグの時の司会者じゃん」

「ロイド。うんそう。急遽の依頼だから報酬弾むよって言ったら二つ返事で来てくれた」

「ロシェのモンスターだなぁ……」


僕の傍らに音もなく『移動』してきたロイドが石橋の上で愉快に踊る司会者を仰ぎ見る。先週急遽開催を決めた今回のデモンストレーション用に、雪まつりの時に仲良くなった雪ゴーレムのおじさん経由でお願いしてみたのだ。ロシェでエンターテイナー兼商会員をしているという彼はこちらが提示した金額を見て、一にも二もなく飛びついてきた。話が早いモンスターは好きです。


商業の都市として栄えているロシェは、そこに住まうモンスターの気風もどことなくせっかちで金勘定で動く商売人らしいところがあるのだとか。あの超ハイテンションもロシェ住まい故なのだろうか。気になるところである。


『それではっ!!本日の主催者であるモンスター・ニンゲン友好条約締結対応政策おもてなし本部、ラウ親善大使よりお言葉をいただきま、ショウッ!!』

「あー出番だ……行ってくる」

「いってら~」


またも大勢の前に出ることになり胃痛を覚え顔を青くする僕を、椅子に掛けてアイスコーヒーを飲みながら他モン事のように見送るロイド。その様子に内心歯噛みしながらも背筋を伸ばし石橋の上に立つ。


『皆さんこんにちは。おもてなし本部親善大使のラウです。本日は急な催しに関わらず多くの方がお越しくださったようで嬉しく思います。誠にありがとうございます』


マイクによって拡声される声が自分のものでは無いような気がする。石橋の上に立つ僕を見上げる見物客から「あ、あれニュースで言ってた……?」とか「MonMonの表紙飾ってたモンスターだよね!?ベルリアナと!」とか「陛下と対談してた、あの……?」とか声が上がるのが聞こえる。

ヤバイ膝震えそう。落ち着け、心の平穏を保つ為にパーシーを数えるんだ。パーシーがひとり、パーシーがふたり……やめろロイド入ってくるな。


柵をハードルよろしく飛び越えるパーシーを僕から隠すように現れた脳内ロイドと、ギリギリギリと手四つに組むという不毛な想像に悔しくも心が落ち着くのを感じながら続ける。


『さて、本日は今月開催予定のウェルデ水上パレードにて実施予定のとある企画のデモンストレーションとなっております。後ほど詳細についてはご説明させていただきますが、ウェルデの伝統を重んじつつ、新しい形で甦らせようという試みの下考案された企画です。このような企画が行えるのも、ひとえにこの都市を一番に考え、ウェルデのため、魔法界のため、ひいては全世界のモンスターを第一に思うウェルデ領主様の協力があってこそでございます』


ね?と言わんばかりに、ドルニカさん達とは真逆の位置でコソコソしていたウェルデ領主様に笑いかける。ぶんぶんぶんっと泣きそうな顔で首を振る領主。「いってません!」という言葉が聞こえてきた気がするが無視する。っていうか事業の回答期日は明日だぞこら狸、ギリギリまで引き伸ばしやがって。どうやら過去のゴンドラ協会とのアレソレのもみ消しに走り回っているらしいウェルデ領主から目を逸らし、演説を続ける。


『我々おもてなし本部としても、領主様からの期待に応えられるよう全力でウェルデ活性化事業の成功を目指して邁進してまいります。どうぞよろしくお願いします』


まるでもう確定事項のように語る。何考えて期日ギリギリまで引っ張ってるのかは知らないが、音沙汰がないので外堀埋めさせていただきます。僕は手に持った空間投影魔道具を使って石橋の上に、いつの間にか作られていたおもてなし本部のホームページを表示させた。


『ウェルデ水上パレードの詳細は、モンスター・ニンゲン友好条約締結対応政策特設サイト、およびおもてなし本部ホームページにて掲載予定です。ウェルデにお住いの方々にも、そうでない方々にも楽しんでいただけるように頑張りますので、皆様奮ってご参加くださいね♡』


あざといぐらいに語尾を上げ小首を傾げる。見物客の中で何名かが胸を撃ち抜かれたように苦し気に抑えた。


「チッ、この数に対してキル数12か……ベルにどやされる」

「成長著しいお前さんが俺は怖いよ……親善大使ってなんだっけ……」


それは僕が一番聞きたいよ。ぱらぱらとした拍手に見送られて見物客の前からテントに戻ってきた僕は、演技指導兼、魔法を使用しない魅了術の先生たるベルリアナのお叱りがありありと想像できて落ち込みながらロイドの隣に戻る。

ベルなら多分キル100は固いだろうなぁ。まず出てきた時点で気絶者がでるか……まだまだ頂は遠い。ロイドは「女って怖え……」と戦々恐々と怯えた顔を浮かべていた。


とても見物客たちには聞かせられない会話をしていると、再びマイクを手に持った蝙蝠羽の司会者が超絶ハイテンションで石橋の上に舞い戻った。アイススケート選手もかくや、という勢いでスピンをして、ビシィッとポーズを決める。


『さてさてさてぇ!皆様大変お待たせいたしましたぁ!本日の本題はこちらァ!ドドドドドド、ドンッ!ゴンドラレース・コンテストォォオオ!!』


見物客が騒めき、ドルニカさん達水夫の皆様が目をギョッと剥き、ウェルデ領主が顔面を青くした。空間投影された『ゴンドラレース・コンテスト』の概要を指さした司会者は、今度はくうっと悔しそうにシルクハットの鍔を演技が買った仕草で目深に下げる。


『みなさんご存じの通り、かつでこのウェルデには交通・運送の要として多くのゴンドラが運航していました。しかし……時代の波には逆らえず、転移門や魔導車にその役目を取って変わられたゴンドラは、また一隻、一隻と姿を消すことに……』


よよよ、と泣き崩れる司会のモンスター。マジで生粋のエンターテイナーだなあのモンスター。めっちゃくちゃコッテコテだけど。


『しかぁし!!こんな素晴らしい文化を衰退させてなるものかという熱い想いの下立ち上がったのがこの企画!交通手段として、運送手段としてゴンドラが流行らないのなら、競技にしちゃえばいいじゃない!早く、確実に!相手を薙ぎ払ってでも前に進めェ!目指せ一等!ゴールにいち早くたどり着き、かつての栄光を民衆の目に焼き付けるのだァァァーーー!!』


石橋の欄干に足をダァンッと乗せ拳を振り上げるシルクハット。そのテンション感についていけなかった見物客たちも、その熱の籠った煽り文句とこちらで用意したサクラ(リライヴェッジ研究所第一研究室研究員とおもてなし本部大使室の皆さん)の歓声に乗せられ、期待に騒めき始める。

インカムを通して僕が合図を出した瞬間、石橋の下よりザッパァアアンッと高波を発生させながら二隻のゴンドラが現れた。そのゴンドラを見てドルニカさんが絶叫する。


「なんじゃありゃー!!?ゴンドラじゃねええええ!?」

「何を言う、ゴンドラだよ」

「いやぁ戦艦じゃねえかな……」


テントにまで響くドルニカさんの喚き声に首を振る。何言ってんの、ちょっと砲台とバリスタとバルカン砲とキャノン砲が乗ってるだけじゃない。


ドルニカさんに静かに同意するロイドを放って、僕はさらなる指示を出した。途端、運河と見物客を隔てるように輝くガラスのような透明な膜が発生する。突如現れた障壁───ある程度の攻撃であれば、魔法も物理攻撃も無効化できるという魔法障壁が目の前で展開され、見物客たちは悲鳴とも歓声ともつかない声を上げた。ちなみにこれもリライヴェッジ提供の魔道具の力です。


『皆様ご覧ください!これこそがこのゴンドラ・レースで使用する特別製ゴンドラです!今回はデモレースのため二隻のみですが、本番では多数のゴンドラが出場する予定でございます!妨害あり、攻撃あり!転覆せずに、そして搭乗者を落とすことなくいち早くゴールにたどり着けたゴンドラが優勝です!どのゴンドラが一番初めにゴールにたどり着けるのかー!?』

「ミモザ号かなぁ」

「いやパーシーのだろ。絶対そう」

「ラウ親善大使ー!?なんですかあれは!!??」


デモンストレーション用に用意された二隻のゴンドラを操縦するのは、我々おもてなし本部の羊と変態花である。物怖じした様子もなく武装ゴンドラの上で見物客に手を振る彼らを眺めながら、どちらが勝つかをロイドと予想していると、テントにでっぷり狸が飛び込んできた。


「あら、ウェルデ領主様。いいところに、そろそろお迎えに上がろうかと思っていたんですよ」

「何言って……っ!いやそれよりも!なんですかあの凶悪兵器は!?そんでもってなんでもう水上パレードが決定事項のように……!?」

「まあまあ落ち着いてください領主様。アレはゴンドラですよまごうことなく。とりあえず特等席ご用意していますから行きましょうか」


滝のような汗を流す狸領主。そんなに汗かいちゃって暑いのかしら。じゃあ涼しいところに連れてってあげましょう。

身体強化魔法を発動させ、狸領主の体を米俵のようにひょいっと担ぐ。突然持ち上げられた領主はぎゃああっと悲鳴を上げた。


「な、なにを!?不敬ですぞ!?」

「いやいや、陛下より『何が何でも最前線でこの企画を体験させてあげて』と仰せつかっておりますので。と、いう訳で」


テントを出て、ひらりと石橋を飛び降りる。もはや声にならない悲鳴を上げる領主を抱えた僕は、パーシーが乗り込む大口径魔法キャノン砲が船首に搭載されたゴンドラにズドンッと着地した。


「パーシー。こちらが例のウェルデ領主様。御丁重にね」

「承知した!ご安心くださいウェルデ領主様!僕が絶対に貴方を一番に輝かせて魅せます!!」

「な、な、な、何を……?」


自信満々に胸を張るパーシーに領主を託す。よどみのない手つきで瞬く間に領主様はゴンドラに固定された。物々しいシートベルトにがんじがらめにされる領主は焦った顔で僕とパーシーを交互に仰ぎ見る。

まあ安心しなよ、命の保証だけはするから。そんな気持ちでぜい肉でギチギチな領主の肩をぽん、と叩く。


「ご安心ください。このゴンドラにも魔法障壁を張っていますから、よっぽどのことがない限り大破することはありません。多少船酔いはするかもしれませんが……」

「多少!?多少で済むわけなくないですか!?」

「大丈夫ですよ、このコンテストのコンセプトは『早く、確実に』です。中の荷物を落とさない事が一番重要なんです。落としたら失格ですからね」

「無理無理無理無理無理です!相手は落としにかかってくるんですよね!?」

「平気ですって、向こうのゴンドラにはお父様乗せてますし」


くいっと後ろを親指で指示す。そこにはこっちのゴンドラと同じくらいえっぐい兵器が搭載されたゴンドラ(?)が。戦争でもする気か?と思わないでもない重装備のゴンドラの上でらしくない仁王立ちをするのはミモザだ。


「ふっふっふっ。要は落とさなきゃいいんですぅ!という訳で博士をマストに括りつけましたぁ!」

「むにゃ……?おや……?私は何故こんなところに……?」


マストて。帆船じゃないんですけど。一応これゴンドラレースなんですけど。という言葉をぐっと飲み込む。多分突っ込むべきところはそこでもないんだろうけど、ここで突っ込みいれてたら永遠にレースが始まらない。

「魔法障壁ぶっ壊してやりますぅ!」と若干性格変わっていそうなミモザと、状況が分かっていなさそうなギッチギチに縛らり付けられるフリント博士(徹夜明け)にそっと両手を合わせた僕は、ギャーギャーと騒ぐ領主の顔を覗き込んだ。


「領主様?小耳にはさんだ話なのですが……数年前、ゴンドラ協会と少しばかり行き違いが発生してしまったようですね……?」

「ヒッ」


そっと小声で語りかけると、目に見えて怯えた顔をする領主。引き攣ったような声を出す領主に構わず僕は続ける。


「ゴンドラ協会はどうやら少し領主様のことを誤解しているようです。こんなにもウェルデのことを考えていらっしゃるのに、領主様がゴンドラ運送業を、ゴンドラ乗りの水夫たちをないがしろにしていると……そう思い込んでしまっているようですね」

「そ、そ、そ、そ、それは……」

「大丈夫です。この特等席で企画にご参加される姿を見たら、きっと彼らも自らが思い違いをしていたことに気づいてくださいます。この悲しい行き違いが解消されれば、行き違いについて懸念を抱いていらっしゃる陛下もきっと悪いようにはしません。……だから、ね?」

「え、あ、あの、陛下が、あの……」


狸耳に優しく、とーっても優しく語り掛ける。目をぐるぐるさせ始めた狸に口の端を吊り上げると、僕の後ろで成り行きを見守っていたパーシーが「うわ、悪い顔……」とぽつりと呟いた。やめなさい、僕が悪者みたいでしょうが。

領主はガタガタと震えて暴れるのをやめた。えらいえらい。おとなしくしてたら大丈夫だからさ。そのままでいてね。


「それじゃパーシー、ミモザ。頑張ってね。ケガだけはしないように」

「了解!目に物を見せてやるぞ、ミモザ!」

「甘いですよぉパーくん!私の特別カスタムゴンドラの威力を見せてやりますぅ!」


気合十分。搭乗員がどちらも自失状態というのがなんともアレだが些事と切り捨て、ゴンドラから脱出してインカムで合図を出した。

石橋の上から司会の口上が上がるのが聞こえる。『水流操作』の魔術を起動させた操舵手ふたりが獰猛な笑みを浮かべた。


石橋の上からこちらを見下ろすドルニカさんと目が合う。怒ってるんだか困惑してるんだか分からない表情に僕は苦笑う。


大丈夫です。貴方達の誇りは、貴方達が思ってる方向とは違うかもしれませんが、きっと挽回して見せますから。


そんな気持ちを胸に、僕は彼にひらりと手を振った。


───規格外のゴンドラレースが幕を開ける。




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