悪夢と、悪夢らしい現実
投稿が遅くなってしまい申し訳ございません。データが消えたのです……。
またこの話より少し会話部分の表記を変更してみました。今までとどっちがいいですかね。
────先の見えない暗闇の中にいた。
むくりと上半身を起こした僕は、寝起きゆえにぼんやりとする頭で周囲を見渡した。
周囲には大量の紙が落ちている。なんとはなしに一枚拾い上げてみると、僕がロイドと共に徹夜して作ったウェルデ活性化事業の概要書だった。領主に提出したはずなのになんでこんなところに落ちてるんだろう。
更に落ちている紙を拾い上げる。友好条約締結対応政策案資料、おもてなし本部組織図、『リリィの聖剣』概要、勇者侵攻対策リライヴェッジ案草案────。
「なんで重要機密資料までこんなところに……?」
モンスター目に気軽に触れてはならないものまで発見して眉を顰める。誰だこんな雑な管理してるのは。
ため息をつきながら資料を全て拾い上げ、元あった場所に戻しておかなくてはと立ち上がったところで僕はようやく自分の現状にはた、と思い至った。ここはどこだ?
今自分が知らない場所にいることに気づく。うーん、真っ暗闇。床も天井も何にも見えないな。どこはここは……っていうかなんだここは?なんでこんなところにいるんだ?昨日は比較的早めに仕事を切り上げてちゃんと自分の部屋のあのプライバシー侵害ベッドで眠りについた筈だけども。
なんとなく不気味で、でもなんとなく前にも来たことあるような気がする空間に首をかしげていると、不意に背後に誰かが立った気配がした。
『ら、ラウ親善大使!』
「あ、ウェルデ領主様……ですよね?」
ようやく生きたモンスターに出会えた、と喜色満面で振り返る。しかしそこに立っていたのは、ウェルデ領主っぽいシルエットの影だった。
真っ暗闇のはずなのに何故か輪郭が見える。なんだこれ?とまじまじと観察していると、そのウェルデ領主の影はワタワタと焦るようなジェスチャーをした。
『ラウ親善大使!貴方私を騙していたんですね!?』
「はい?いや騙されてたのはどっちかっていうと僕の方……」
『このニンゲンが!モンスターに紛れて何を企んでいる!』
「────」
思いがけない罵倒に言葉を失う。何故知っている?陛下が話したのだろうか?まさか、そんな馬鹿な。話さない方がいいと言ったのは陛下だぞ。そんな訳……。
動揺する僕の腰を、誰かがドンッと殴った。軽い衝撃に驚きながら振り返る。
『やっぱりお前はばいこくどだったんだ!嘘つき!』
「ガキ大将……?」
『お前ならとーちゃんのこと何とかしてくれるかもって思ったのに……この世界をほろぼしにきたニンゲンなんだろ!』
「え?ちょっと待って、僕は違……」
『しんじゃえ、でていけ、オレらの街に来るな!』
腰くらいまでしかない小さな影が僕を指さす。その後ろに更に多数の小さな影が現れたかと思えば、口々に僕を否定する言葉を発し始める。
なんだこれは、一体誰が僕の素性を……?騎士団長か魔導士団長?それとも幹部の誰か……?
よろ、とふらつく。ヒールが滑ってがくんっと体が倒れそうになる───寸前、何者かが僕の腕を掴んで引き上げた。
「わ、あ。えと、ありが……」
『ねえねえ。なんで私を殺したの?』
「は?」
どこか聞き覚えのあるような、若い女の声だ。囁くように、歌うように掛けられた血生臭い問い。くすくすと笑う声と、心当たりのない言葉を否定するように首を振った。
「こ、殺す?そんな物騒な行いしたことありませんけど……モンスター違いでは……」
『モンスター?……ふふふ、まだモンスターごっこ遊びしてるのね?』
意味の分からない言葉に眉間にしわを寄せる。微妙に会話が成り立たない。モンスターごっこってなんだ?ごっこじゃなくて、僕はもうれっきとしたモンスターで……。
『何言ってるの。私は僕で、僕は人間でしょう』
声が間近で聞こえた。ぞわ、と背筋が凍って意識が一気に覚醒する。
咄嗟に逃げ出そうと足に力を入れるが、しかしまるで沼に嵌ったかのように重たくて持ち上がらない。僕の体は無様に暗闇に転がった。
くすくす、くすくすと笑う声が増えていく。恐怖を覚えてもがくが体がうまく動かない。
誰か助けて。そう声を上げる寸前、細長い指を持つ手が僕の頬をするりと撫でた。
『残念ね。殺さなければ**になれたのに』
「─────っ!!」
ガバッとベッドから飛び起きる。薄紫色の布団カバーに包まれた掛布団が蹴り落され、枕元に置いていたマギホがガタンッと音を立てて滑り落ちる。
衝撃でマギホの画面に明かりがつくのを横目に、僕は荒い息を繰り返した。
「ゆ、夢……」
動いていないはずの心臓がドッドッドッと早鐘を打っている気がする。パジャマ代わりにしているパーカーが寝汗でびっしょり濡れていた。
額に張り付く髪が気持ち悪い。ようやく今自分がいるのが先の見えない暗闇の中ではなく、研究所内の自室であると理解した僕は、はあ、と項垂れながらため息をついた。
「……訳が分からない夢だな……あー、たまに早く寝るとこれだよ……」
マギホを拾い上げる。制服姿のパーシーが待ち受け画面のマギホが現在時刻を表示する。起きる予定だった時間にはまだ早いが、二度寝をする余裕はない時間だ。布団に戻るのは諦め、寝汗と頬を撫でる手の感触を流すべく僕は重い足取りで備え付けのシャワールームへと向かった。
「……どうやらまだ悪夢の中にいるらしいな……」
最悪の目覚めを経て、どこか重たい頭を抱えながら身支度を整えた僕は目の前に広がる地獄絵図に意識を失いそうになった。
今僕がいるのは数日前に与えられたばかりの新しい職場だ。
初めて案内されたときは綺麗に内装されたモダンな書斎っぽい居心地の良さそうな部屋だった。しかし今やその部屋は、共に働くモンスターの顔すら満足に見えないくらいうず高く積まれた書類の山に埋もれている。
たった数日でこんな最悪なビフォーアフターあるかな。誰か匠呼んできて、リフォームじゃなくて書類処理の匠。
悪夢のせいだけではない痛みを発する頭を抱えながら、僕は僕の席があった筈の場所を指さす。
「あの、僕のデスクが見えないんですが」
「ご安心ください。目の前にありますよ、大使」
「目の前にあるのはおびただしい数の書類の山ですよ、筆頭補佐官殿」
傍の黒縁メガネの美女の言葉になにも安心できなくて首を振る。一際高く積まれた書類の山にしか見えないその場所に、僕はふっ……と諦めたような笑みを浮かべた。
デスクがないので仕事ができませんね。という訳で本日ラウ親善大使はお休みをいただきます。そんな気持ちで私室に戻るべく回れ右をする僕に、しかし艶やかな金髪をシニヨンに纏めた親善大使筆頭補佐官はがっしと首根っこを掴んでゆるゆると首を振った。
どこ行く気だテメエコラ、と口出さないまでも笑顔で語る部下にすごすごと僕は書類の山もとい自分のデスクに腰かける。
「はあ……僕ら『親善大使執務室』であって、政策のお問合せご意見窓口じゃないんだけど。毎日毎日なんなのこれ」
「王城へ半分くらいは突っ返していますが、日に日に増えていますね。それだけモンスターの関心を引いている政策ということでしょう」
「そうは言いますけどね……」
山から適当に書類を引き抜く。もはやオブラートに包んだ罵詈雑言と言っても過言ではないご意見を流し読みした僕は、朝一番とは思えないほどに疲れ切ってため息をついた。
おもてなし本部が本格始動して数日が経った現在。リライヴェッジ研究所研究本棟5階に設けられたおもてなし本部用のフロア。その一室、『親善大使執務室』と銘打たれたこの広い部屋には、毎日毎日世界中から集められた『モンスター・ニンゲン友好条約締結対応政策』に関するご意見書が鬼のように届けられていた。
本来僕が室長となった『親善大使執務室』、通称『大使室』はニンゲン文化を取り入れた新規事業の提案や立ち上げ、事業への取り組みを行うために設けられた部署だ。決して政策に関してのクレームを処理する場所ではない。
なのだが、余りにも政策に対するご意見が多すぎるが故に王城の内政官だけでは手が回らないと、何故かこちらにまでご意見書が届けられているのだ。
当初こそ王城の内政官に「そっちの仕事だろうが」と非常に丁寧な口調でお断り申し上げたのだが、「まだ具体的な事業立ってないですよね。仕事して無いのに給料もらうんですか?」とこれまた非常に丁寧な口調で言い返されてしまったのだ。
仕事手伝ってほしい立場のくせに偉そうにしてんじゃねえぞコラと内心ブチ切れそうだったのだが、まあまあしかし今後も仕事を共にしていく仲間だしね、今くらい手伝ってやろうか。と御仏心を出してしまったのだ。それが間違いだった。
了承した直後、これ幸いと手伝いってレベルじゃない量が運び込まれ、今や僕らは王城の内政官と何も変わらない量のご意見書を捌く羽目になっていた。
「くくく……絶対にウェルデ事業案通ったら全部叩き返してやるからな……」
「ラウ大使……あと陛下に特別手当の打診も……」
「勿論だよ……っていうかもうそれは陛下からオッケー出てるから……」
美人筆頭補佐官とは別の補佐官が、書類の山の向こうから死にそうな嘆願を口にする。大使室の現状について陛下には苦情……愚痴……ご意見は申し上げているし、「本来の業務とは別のことで残業しまくってる大使室のみんなかわいそうですよねぇ~?何かご褒美的なの有るといいですよね~?」と打ち合わせの時にチラチラしておいたのでその辺は安心してほしい。
滅茶苦茶苦い笑顔で「本当にいい根性してるよね……流石フリント博士の娘だね」と言われてしまったが。部下を思いやるいい上司だろうが。
「そういえば、クソたぬ……ウェルデ領主様から回答来てる?」
「いいえ。クソ狸及びウェルデ都市庁舎から返答はまだ来ていません」
僕が辛うじて堪えた暴言を、形のいい唇からさらりと放つ美女筆頭補佐官に内心でサムズアップしながら頷く。
現在親善大使執務室に所属するモンスターは僕を含めて総勢13名。今でこそ終わらないクレームの嵐に全員目が死んでしまっているが、いずれも陛下から直々に推薦賜った優秀なモンスター達だ。
現在提案中のウェルデ活性化事業の内容は勿論のこと、ウェルデの現状やウェルデ領主の今に至るまでのやらかしは全て共有されており、それを踏まえた上で水上パレード事業についてあれこれと寝る間を惜しんで動いてくれているモンスター達なので、依頼者のくせに全力で足を引っ張るウェルデ領主への怒りもひとしおなのだ。大使室内でのウェルデ領主の評価は最底辺である。
流石に勇者関係のアレソレまでは伝えられないので、政策の裏の目的は知らないものの、この政策が今後の魔法界の存続に大いに関わる重要なものであるというのは理解してくれている優秀な補佐官達だ。上司ぶってつまらない指摘をして士気を下げるのは愚策である。身内しかいない大使室内での暴言で溜飲が下がって団結力が上がるのなら安いものである。
というか僕も同じ気持ちなので正直いいぞもっと言えって気持ちです。
「あ、ラウ大使。先ほどミモザさんがいらっしゃって、15時頃第零研究室に来てくれないかって言っていました」
「はいはーい。ありがとう」
ひらひらと手を振ってマフォコン────魔法界におけるパソコン────を立ち上げた僕は、とりあえず書類の山を崩しにかかる前にミモザへ送るメールを打ち込み始めた。
エレベーターで地下一階まで降りた僕は、専用のライセンスカードを認証端末機に触れさせ第零研究室のフロアへと足を踏み入れた。
慣れた足取りで資料室と処置室の前を通り、研究室のスライドドアを開ける。
「おっ疲れ様でーす」
「おー、お疲れ」
ひょっこり顔をのぞかせる。白を基調とした各研究員のデスクが置かれた事務室には、僕の兄兼世話係兼同僚であるロイドだけが居た。
マフォコンのモニターから目を上げた彼は僕に気づくと片手を上げた。
「もう15時?早いな」
「そうだよ。仕事終わりそう?パーシーから夜3にんでご飯食べよってメッセージ来てたけど」
「俺は終わるけどお前さんが終わらねーんじゃねえの?」
「……ご飯食べたら研究所に戻る感じかなぁ……」
とてもじゃ無いが終わらない仕事の量に目を逸らして笑う。その様子に、ロイドはうわぁとドン引きしたような、可哀想なものを見るような複雑な目で僕を見上げた。
僕が親善大使に任命されてからというもの、僕の検査と訓練、それとロイド家への訪問は三日に一回の頻度に落ちていた。
しかもロイド家への訪問は以前のように日中に行くことはできないので、夜お料理教室を兼ねて晩御飯をパーシーと一緒に作り食べるだけというな有様だ。今日のように定時後に仕事を一時抜けてロイド家でご飯を食べ、また仕事に戻ってくるということもザラである。
そこまでしなくとも、とロイドは苦笑いだがそうでもしないとパーシーと会う時間が取れないのだ。
たった一か月でここまで生活スタイルが変化してしまうなんて、予想もしていなかった事態に仕方がないと理解はしているが正直落ち込んでいる。
僕もロイドも会いに来れなくなってしまったパーシーはと言えば、しかし以前のようにひとりで落ち込むこともなく、おもてなし本部の準幹部────年齢的なアレソレを鑑みて、陛下・魔導師団長・ベルリアナ・ロイドと相談した結果そういう立ち位置に落ち着いた───として、特例で王国魔導師団に仮入団を果たしており、彼も彼で毎日を忙しく過ごしているらしい。
本来であれば秋の入団なのだが、彼はシナリオ通りならば来年の春サーシャと共に旅に出る予定だ。それまでに少しでも実戦に慣らしておいた方がいいだろうという陛下の判断の下である。
毎日楽しく魔法の訓練をしているらしく、嬉しそうにロイドに報告しているらしい。羨ましすぎる……。
じと、とロイドを睨むがしかし彼は睨まれる理由が分からない様子で首を傾げた。
「あ、ラウちゃん。お待たせしましたぁ。お呼びしてすみませぇん」
と、不意に事務室の奥の扉が開いた。現れたのは若草色のふわふわ髪を揺らすアルラウネ、本日僕が研究室に顔を出した理由であるモンスター、ミモザだった。
ニットの上に白衣を纏ったミモザは少々慌てた様子で僕に駆け寄ってくる。急がなくてもいい、という意味を込めて僕はひらりと手を振った。
「こちらこそ忙しいのに追加のお願いしちゃってごめんね。どんな感じ?」
「いい感じですよぉ。100隻のゴンドラ制作のスケジュールも出来上がりましたしぃ……」
そういってデスクに資料を広げるミモザ。今日も今日とて可愛らしい彼女は、天使の様な微笑みを浮かべながら極悪なことを言い放った。
「レースで使用する特別製ゴンドラ────バリスタ付きゴンドラも、大口径魔法砲台付きゴンドラも出来上がりましたよぉ。いつでも試乗できますぅ」




