外堀埋めの裏側
「殺す気かーー!?!?」
時は遡りウェルデ領主の要望を聞いたその日の夜。
リライヴェッジ研究所第零研究室専用会議室に集まった、第零研究室所属のおもてなし本部幹部と責任者の面々の前で僕は絶叫した。
「一か月!?都市丸ごと絡む祭りを!?一か月で!!??!?何言ってんの!?ねえ!?」
『一国の王に向かってそんな口効くの、フリント博士と君くらいだよ~あっはっはっ』
「笑ろてる場合かぁぁぁ!!」
大きなスクリーンに映し出された黒狼の獣人、この世界の最高責任者たるクロード国王陛下に敬語も忘れて通話越しにギャーギャーと食って掛かる。何故か傍らのフリント博士が「親子って似るもんだしね……」とか言ってうっとりしてるがそれどころじゃない。無茶通り越して不可能なことを要求するブラック上司に僕は声を荒げた。
「陛下!寝言は寝て言ってください!地元も祭りの運営するとは訳が違うんですよ!?都市!都市です!それも新規事業!領民への周知も世界全体への周知もゴンドラの手配もスタッフの手配も備品の手配も何もかも足りません!何考えてるんですか!?バカ言うのも大概に……」
僕が暴言を口にする直前、困った微笑を浮かべるミモザがリライヴェッジ側の音声とモニターを切断し、同時に身体強化したロイドが僕にバックドロップを食らわせ床に沈める。
「失礼しました陛下。いやぁははは元気が有り余っているようでして。可愛いでしょう」
『元気そうで何よりだよ』
「マジで言ってんのか……?」
再び繋がったリモート通話。博士が謝罪という名の娘自慢をし、陛下が朗らかに笑う。本当に元気ですかね?今僕首が折れんばかりに上半身折れ曲がってるんですけど。
しかしまあ頭は冷えた。後頭部を摩りながら起き上がり床に胡坐をかく。女子力?バックドロップ食らってる時点でお察しです。とっくの昔に息してないよ。
ミモザとのナイスコンビネーションで僕の不敬罪を回避してくれたロイドが「ですが、」と顎に手をやって陛下が映るスクリーンを見上げる。
「流石に無茶かと。確かにラウの提案した水上カーニバルはウェルデに打ってつけどころかウェルデでないと開催不可能なものですが、規模が規模です。少なくとも半年は見るべきでは?」
「私もそう思いますぅ。いくら構想はできているとはいえ手配諸々が間に合いませぇん。特にゴンドラ100隻の用意がぁ……」
そういって頬に手を当てため息をつくミモザ。彼女が懸念しているのは、ウェルデ領主に開催のためのカードとして突きつける最新式ゴンドラ100隻の用意についてだ。
元々ウェルデで使われていたゴンドラは特別製で、『水流操作』『加速』『減速』の魔術が組み込まれた魔道具であるらしい。
魔道具は基本的に魔道具師という職人の手によって作られる。聞けばどの都市どの街にもホームセンターみたいなノリで魔道具センターなるものがあるらしく、一般普及されている家庭用魔道具は基本的にすべてそこで揃えることができるのだとか。
しかし、どうやらウェルデのゴンドラはただの魔道具ではなく出力の大きい大型魔道具というものらしく、通常の魔道具と違い内部に動力として魔力を蓄える性質のある『魔石』という鉱石を使用している少し特殊な構造をしているものなのだとか。
つまりその辺で売っているものではない。市販品は望めないということだ。無いなら作るしかないのだが、じゃあ誰がする?という話である。
魔術というのはある程度適性のようなものが必要なので、誰彼構わず付与できるものではない。リライヴェッジと提携している大型魔道具専門職人にも手伝ってもらえないか打診中とのことだが、大型魔道具をそれも100隻だ。モンスター出が足りていないのが現状だ。
「ゴンドラも魔石もいくらでも用意できますけどぉ、私と博士が寝ずに魔術付与し続けて最低でも1カ月半……納品後の動作チェックも考えると2か月は欲しいところですぅ」
「ロイドは魔術付与できないの?」
「…………適正が……」
ハナから頭数に入っていないロイドに尋ねると気まずげな顔が返ってきた。ロイドにも苦手分野とかあるんだ……。
『ふむ、なら仕方ないね。フリント博士────いや、フリント所長。王城から特別依頼を第零研究室と第一研究室に出そう。来月中旬までにゴンドラ100隻の納品をお願いするよ。割り振りはお任せする』
「仰せのままに、陛下」
恭しく頭を下げる博士。第一研究室は魔術について研究をしているチームだ。勿論のことながら所属研究員は全員適正ありだし、その辺の野良魔道具師よりも腕は確実だ。
しかしならば真っ先に協力を申し出ればいいのでは?という話なのだが、それがそうもいかない事情がある。それは王城とリライヴェッジの関係のせいである。
王城と王国認定研究機関リライヴェッジ研究所は、そこらの民間の研究所との関係と違いあくまで対等だ。対等ということはつまりギブアンドテイクであり、王城は不当な圧力を掛けて不利な依頼を掛けることはできない。
一方で研究所側も王城相手だからと言って不当な報酬を要求することはできない。そこには必ず等価交換が発生する。
そもそもの話、一般的に周知されている話ではないがリライヴェッジ研究所というのは『勇者』および勇者を勇者たらしめる『ユウキエネルギー』を研究する組織である。王城が求めるのもその勇者関連の諸々の解明であり、第一以下ほかの研究室の研究というのはあくまでその勇者関連の研究の隠れ蓑でしかない。……とはいえ、その隠れ蓑もとんでもない利益を生み出す金の箕のであるだが。
という訳で基本的に王城というのは第零以外のリライヴェッジ研究所に対して『好きなことを好きに研究していいよ』というスタンスを取っているらしい。
その好きな研究をするために必要な資源や設備は提供するから、その代わりその研究で発生しうる利益は提供分入れてね、という関係値なので一方的な依頼をすることというのは滅多にない。
もし今回のように特別依頼という形で研究所に依頼を掛ける場合、王城はそれなりに気を使って対応しなくてはならない上にある程度リライヴェッジの無茶な要求にも応えなくてはいけないという暗黙の了解がある。
いくらリライヴェッジがおもてなし本部のバックアップを請け負うことになっていると言っても、何でもかんでもお願いできるわけではない、ということだ。第零は別だけど。
そのスタンスを崩してまで今回の事業を来月中に行おうとする真意が分からず唸る。するとモニターの向こうの陛下が『ラウくん』と口を開いた。
『今回の事業はおもてなし本部の第一回目の記念すべき事業だ。魔法界中が注目する事業になる。なんとしてでも成功させて世界にニンゲン文化の取入れの有用性を示す必要がある。これが失敗すれば最悪おもてなし本部は機能しなくなり、勇者侵攻対策が取れなくなるだろう』
「……それは理解しています。だからこそしっかり準備期間を取るべきでは?」
『あと一年を切っている。早々にウェルデにはニンゲン文化を取り入れたモデルケースとして、そのメリットを世界中に提示してもらわなくてはならないのだよ。ニンゲン文化を取り入れれば儲かると思ってもらわねば一年未満で世界中にニンゲン文化を浸透させるのは無理だ。目に見える結果が表れるまでの期間を考えても長い準備期間は取れない』
「……ぐう」
ドがつく正論。辛うじてぐうの音は出した僕はため息をついた。
言いたいことはわかる。僕らにはモタモタしている暇はない。サーシャが表れるのは来年の春。それまでに何例ニンゲン文化を取り入れた事業を進められるかが運命の分かれ道となる。
ニンゲン文化がうまく浸透しないまま……ニンゲンへの悪感情を好転できないままサーシャを迎えればニンゲンは全員死すべし派のモンスターがサーシャを攻撃してしまう危険性は高まるし、サーシャを通してこちらをモニタリングしているニンゲン達に対して友好性を表すことは難しくなる。
ああ何故もっと早くこの世界に来なかったのかと悔やまれるばかりだ。……いやそうなると僕の享年が早くなるじゃん。やっぱり駄目だわ。
とはいえ時間が足りないのは確かだ。それでもってイベント企画等やったことがないので何をどこから手を付けるべきか分からない。ざっくりやらねばならないことは頭に浮かんではいるが……と頭を悩ませていると、ポケットに入れたマギホがポポンッと軽やかに鳴った。
『今ラウくんの端末に過去の資料を転送した。6年前にアルバストスのとある地方で商工会が花祭りというイベントを新規で起こした時の計画書その他諸々だ。参考になるだろう』
「お、それは普通に助かります。ありがとうござ……」
『あとはその花祭り開催時の予算案、領主が新規事業立ち上げ時に王城に申請するための申請書類一式、交通整備に関しての資料。……あ、君それも持ってきて、うん、これこれ。出店時に関しての基準と衛生関連の安全確認資料、あと都市庁舎からモン材引っ張ってくるときに必要な強制力の強めな申請書、あと王城側のおもてなし本部所属の官僚も貸出するからそのリストも送っておくね。うまく使って。必要備品の発注に関しては各都市庁舎ごとやり方があるだろうから確認したほうがいいよ。一応ウェルデ都市庁舎の書式送っとくけど』
「待て待て待て待て!待ってください!マギホの通知がえらいことに!」
ポポン、ポポン、ポポポポン、ポポポポポポポッとやばい音を立てるマギホに恐怖を覚えて放り投げる。送りすぎ送りすぎ!
ひたすら震えて鳴くマギホにひいいっと涙していると、陛下が『という訳で』ともふもふな黒い手をぽふ、と叩いた。
『それ全部確認して今回の事業資料作ってね。まずはウェルデ領主説き伏せないと話にならないから』
「え、あの」
『私からウェルデ領主には次の打ち合わせ日を伝えておくよ。明日……は流石に無理だろうから明後日で。14時にリライヴェッジでいいかな?』
「明後日!!!?!?!????!」
慌てて時計を確認する。現在の時刻は20時過ぎ、あと40時間足らずでこの事業案を全て資料化!?
いや無理無理無理、何言ってんねん正気か!?新規で立ち上げる事業の資料だぞ!?いくら見本があるからってこれひとりで……。
『早い方がいいしね。という訳でよろしくね。じゃあフリント博士、この後悪いんだけど第一研究室室長と緊急会議で』
「承知しました。場所を移しましょう」
「は!?ちょ、陛下!?博士!?」
「じゃあ私もゴンドラ制作に向けて設計図作ってきますぅ。ゴンドラ含む魔道具関係はお任せくださいねぇ」
「え、まっ、ミモザ……っ!」
朗らかな笑顔の陛下が映るモニターが切れ、博士とミモザが退室する。一気に静かになった第零研究室会議室に僕とロイドだけが残される。
「あ、あー。そのー、お、俺もその他諸々を……」
「待て」
「ヒッ」
逃げ遅れたロイドの白衣をガシッと掴む。恐る恐る肩越しに僕を振り返るロイド。僕は渾身の可愛い顔でロイドを見上げた。
「……………ろいどおにいさま、とりあえずごはんたべいきませんか?ぼく、きゅうりょうでたのでおごりますよ」
「二徹コースじゃねーかぁっっっ!!!」
「うわああああんっ!僕ひとりじゃ無理だよおお助けてロイえもんーーーっ!!」
察しが早すぎる兄に、僕は子泣き爺のごとく纏わりつくのであった。
────余談だが、ロイドが有能すぎたので何とか二徹は回避できた。一徹はしたけど。
────そして時は戻り現在。
地獄の無限準備編の記憶から意識を戻した僕は、来客が去った応接間のソファーの上でだらしなく体を投げ出していた。
「あ゛ー……づがれた」
「やぁだ、おじさんみたいな声ださないでよね。はい終わったわよ」
「お疲れ様ですぅ。ラウちゃんかっこよかったですよぉ」
「どうも……」
ソファーのひじ掛けに腰かけ何故か僕の顔面のスキンケアを始めたベルと、冷たい飲み物を差し出してくれるミモザにお礼を言う。ウェルデ領主が座っていた対面ソファーにはロイドとフリント博士が感心したような顔で頷いていた。
「いやぁ、なかなか追い詰め方が様になっていたねぇ。経験者かな?」
「本当にな。実はニンゲン時代に地上げ屋とかやってた?」
「やってねぇ……」
そんなんやってたらここまで疲労困憊してないわ。
上半身を起こして冷たい飲み物でのどを潤す僕は、そういいつつなんだかんだとノリノリで演出に参加していたふたりを睨む。しかし上司部下コンビは揃って素知らぬ顔をした。むかつく。
そう、僕らは今回領主を脅……恐喝……快く協力を取り付けてもらえるよう、様々な演出を施していた。
まず、会議室内にミモザが精神を不安定にさせるような状態異常を付与する香を焚き、領主様を若干恐慌状態に陥りやすくしていた。若干なので犯罪ではない。
それでもって僕の後ろに立つロイドが、自分よりも戦闘能力の劣るモンスターやモヴに対して有用な『威圧』なる技を極々微小ながら領主様にかけ、更に領主様を恐慌状態に陥りやすくした。極々微小なので犯罪ではない。
加えて途中乱入したベルが、その美貌をもって場を制圧しつつほんのわずかに『魅了』を領主様に掛け思考を縛り、もっと領主様を恐慌状態に陥りやすくした。ほんのわずかなので犯罪ではない。
極めつけは実は領主様の学生時代の先輩であり、何故か恐怖の対象であるらしいフリント博士が後ろから満面の笑みで肩ポンすることで完全に恐慌状態委にさせた。あの怯えようからしてこれは犯罪かもしれない。
ちなみに僕はそんなヤバイお香焚くとか威圧とか魅了とか恐怖を植え付けるとかはか弱くてできないので、にこにこ愛想よくしながら楽しく都市運営について喋っていただけである。
なんと平和なモンスターだろうか……と憂い顔でため息をついていたら何故かみんなが僕の方を見てヒソヒソと何か言っていた。言いたいことがあるならはっきり言え。
何故ここまで小手先の技を使うかといえば、視野狭窄にして『これ断ったら陛下に殺される』と領主様に思わせるためだ。何としてでも頷いてもらわねば困るのだ。こちらとしてもなりふり構ってはいられないので、使えるもんは何でも使っていこうという次第です。
とりあえず作戦は上手く嵌ったようで「超絶前向きに検討させていただきますううう!!」と領主様は絶叫しながら転がるように帰っていった。ちょっとかわいそうだなぁ。
「はあ……とりあえずいい返事くれるといいんだけど」
「大丈夫でしょ。演出もさることながら、ここまで国に全面協力の姿勢見せられた挙句陛下直々にご参加されるってなったら断れる訳ないわ。っていうか断るような気合があるならあんな真っ青にならないわよ」
「しかも大人気トップモデルが出張ってくる始末ですしぃ」
ミモザの言葉にふふん、とベルが胸を張った。今回のウェルデ領主恐喝計画において影の功労者は間違いなくベルだ。なにせ昨日の明け方にダメで元々な気持ちでお願いした、アルバストスの劇場支配人へのカーニバル事業モン材レンタルの話を半日で取り付けてきたのは彼女なのだ。
ロイドとあーだのうーだの言いながらパソコンに齧り付いて資料を作っていた時に「崇め称えなさい!」と契約書もって現れたときはマジで女神かと思った。
「本当に助かったよ。こればっかりは何の伝手もないし、王城から圧力掛けて協力取り付けたら角が立つしで困ってたんだ」
「まあ実はアンタのお披露目直後に『親善大使と繋いでほしい』ってオーナーには声掛けられてたのよね。逆に丁度良かったわ」
「ううん……何要求されるんだろう……怖い……」
ウェルデのカーニバル事業が落ち着いたら是非、と回答はしておいたが。要件がさっぱり見当がつかないので恐怖しか募らない。
まあしかし、お陰でなんとかとりあえず凌ぐことはできた。改めて安堵した僕はほーっと息をつく。時間がないので一週間で検討してください、と資料諸々押し付けたので今頃領主直下の都市運営組織たる都市庁舎は阿鼻叫喚だろうが。領主はともかく突然の事態に巻き込まれる形になった都市庁舎の職員にすまんと合掌する。
「まあただ、新たな問題が生まれた訳なんだけど……」
「協会長云々、ってやつだね。全く困ったものだねウェルデ領主には」
やーれやれと蜘蛛糸でひとりあやとりをしていた博士がため息をつく。片手間でタワー作ってるすごい。
そう、フリント博士が言う通り去り際ウェルデ領主は気になることを言っていたのだ。あまりにも不穏すぎる言葉を思い出して「うああ……」と唸りながらでろりとソファーの上で再び溶ける。
「『私はゴンドラ協会長を怒らせてしまった』……ねえ、あーやっぱ元凶お前かーいってねぇ」
ソファーの上で仰向けに転がり、僕は盛大にため息をついた。────どうやら、というかやっぱり、という心境ではあるのだが……僕はこの都市の闇に関わらざるを得ないようであった。




