使えるもんは何でも使え、いざ埋めん狸の外堀。
つらつらと語る領主様にうんうん、と根気よく頷くこと10分。
お偉いさんの話が長いのは世界共通かぁ、とけったいな感想を抱いた僕は、もういい加減いいだろうと話をぶった切った。
「なるほど。ウェルデの都市予算や設備だけでは難しいということは理解しました。……それではご提案なのですけれども」
「は?」
領主様の話を遮るように手をパンッと叩く。まさか途中で口を挟まれるとは思っていなかったのか、領主は不満げに眉を寄せた。
その領主の前にロイドが『モンスター・ニンゲン友好条約締結対応政策補助金支援予定額』と銘打たれた資料を滑り込ませ、ミモザが僕の背後にデカデカとホログラムで『おもてなし政策事業実施にあたっての提供備品リスト』を表示させる。
胡乱気な眼差しで資料とホログラムを見比べていた領主様は、次第に顔を明るくし────そしてようやく話の大きさに気づいたのか、サーっと顔面から血の気を失わせた。
そうそう、こうなったら腹括って使えるもんは全部使っていこうってね。
頭でっかちどころかこの魔法界の常識すら危ういし、お嬢様どころか基本的モンスター権すら危うい実験体ですが────この世界の最高責任者が後ろ盾の親善大使で、技術革新を起こし続ける天才研究者の娘なので、権力も財力も伝手もなんでも持ってるんだ。悪いね。
僕はにっこりと笑って小首をかしげる。
「今回の事業規模ですと、お出しできる補助金額はこれくらいです。それと合わせておもてなし本部及び陛下よりカーニバル開催に必要な設備の提供をお約束します」
「こ、こんなに!?そそそそれに最新式ゴンドラ100隻を始め提供魔道具がこんな数……っ!?高価すぎてとても購入できないあれもそれも全部揃って……っ!?」
まあ提供可能魔道具はレンタルだがな。
よくよく見ればしっかりと明記されている『期限付き貸出』の文言に気づいていなさそうな領主に白けた目を向けかけるが、今は畳みかけるところなので口には出さない。
今回は都市丸ごと絡む事業のため、莫大な数の補助金が陛下から提示された。ぶっちゃけあんまり市場相場とか分からない僕でもゼロが多すぎて目玉が飛び出たレベルだ。
こんな額成功するかどうかもわからない未知の事業に出していいのかと問い詰めたが、勇者の侵攻やニンゲンとの戦争が始まるような事があればかかる費用はこんなものじゃ済まない、未然に防ぐための資金ということなら安いものだと言われた。成功すれば十分なリターンも見込めるし、とのこと。
そしてもっというのであれば、どうやらフリント博士を始めとするリライヴェッジ研究所の発明品がとんでもない利益をもたらしており、魔法界の国庫は潤沢なのだそうだ。
領主様は知り得ないことだが、実は提供可能魔道具もリスト上のほとんどがリライヴェッジ研究所からの提供である。リライヴェッジ怖すぎる。
ただしだからと言ってこんな大金が出ているのにコケさせていい訳はない。会議の最中、「何としてでも成功させてね~」とビデオ通話越しに黒狼国王に圧を掛けられた僕はがくがく震えながら平伏していた。
だから生後一か月のバブにどいつもこいつも期待を寄せすぎなんだよ……っ!
「昨日のうちに陛下とフリント博士には了承いただいています。おふたりとも新モンスター派との和平に向けた取り組み一号として非常に今回の事業に期待していらっしゃいますよ」
「ひえ……」
「あとは……ああそうそう、水上カーニバルの演目に必要なダンサーや役者、脚本や演出の伝手でしたか。そちらもご安心ください。すでに手配済みです」
「ア、アルバストスの超高級劇場からのモン材レンタル契約書……!?」
机の上に滑らせた資料を恐る恐るのぞき込む領主様がまたもや恐慌の悲鳴を上げた。
こちらはベルの伝手である。今や世界的有名なトップモデルであり、タレントや女優としても活躍する彼女がまだ駆け出しであった頃に世話になったという劇場で、ベルが声をかけたところ「新人育成の場に丁度いい」と二つ返事で了承してくれたらしい。
しかもその劇場の伝手で多数のドレスショップ・衣装屋にも既に声が掛かっており、カーニバル期間中の参加者への仮装レンタル店として臨時営業してもらえるよう取り計らってもらっている。
劇場支配人がいいモンスターすぎし有能すぎる。ベルを育てただけあるな、先見の目がすごい。その代わり今度僕に会って頼みたいことがあると言われたらしいが。何言われるんだろう……。
「必要なものは可能な限り用意すると陛下からお言葉をいただいています。まあもちろん永続的な支援は難しいので、ある程度この事業の軌道が乗るまで、という期間限定ではありますし軌道に乗った後は興行収入の何割かを納めていただく必要はありますが」
「はえ……」
「しかし僕らおもてなし本部としても、このウェルデの活性化事業の成功は和平への大きな足掛かりになると思っておりますから、全力でサポートさせていただきます。悪い話ではないと思いますよ?」
「えあ……」
「ああ、もしかして新規事業における集客率についてご心配されていらっしゃる?もっともな懸念ですね。それでは……」
指をパチン、と鳴らす。すると間髪入れずに僕の後ろの扉がバァンッと大きな音を立てて開け放たれた。
振り返らずにソファーの背もたれにゆったり背中を預けると、花の香りとともに現れた何者かが肘置きにしゃなりと腰かけた。
「な、な、え、ええええ!?」
「先日の夜会ぶりでございますわね、領主サマ?ご機嫌麗しゅう」
視界の端で赤い鱗に覆われた蛇の尾が揺れる。妖艶な笑みで領主様を圧倒するのは我らがトップモデル、おもてなし本部友好条約対策チーム長のベルリアナだ。
ウインク一つで恐慌状態に陥りかけた領主様を『魅了』して見せたラミアは、するりと僕の肩に艶めかしく手を置いた。
「集客効果抜群な広告塔のお貸し出しも致しましょう。初回の開催に合わせて、魔法界屈指のトップモデルベルリアナによる宣伝及びカーニバル当日のアンバサダーとして起用します」
「べ、べべべべベルリアナを!?」
「ハァイ。頑張りますわ」
「また彼女が専属を務める女性誌MonMonでも宣伝を行いましょう。編集長にはすでに話を通していますのでご安心ください。是非先ほどお話しいただいた領主様の都市運営の苦労や、今回の都市活性化に向けたその熱意も記事として掲載しましょう。きっと領民達の支持も鰻上りですよ!」
「ひええええ!?いや、あの、その」
「あら、まだご安心いただけませんか?うーん、そしたらそうですねぇ……」
「いやっ!ちがっ!あのもう十分……」
困ったようわざとらしく唸る。これ以上僕にしゃべらせてはならないと焦る領主様がガタガタと立ち上がるが、しかしその行動を咎めるように領主様の肩に色白の手がポンっと乗った。
まさか後ろの誰かいると思っていなかった領主様が「ひいいい!?」と飛び上がる。顎に指を当て小首を傾げた僕は口の端を上げて狸の後ろに立つ六本腕のモンスターに笑いかけた。
「そうだ、記念すべきおもてなし本部第一回目の事業ですし、開催の暁には是非陛下にもご参加いただきましょう。きっと陛下が参加なさるならと参加するモンスターはたくさんいますよ。ね?お父様」
「そうだねぇ。陛下もこの事業については非常に関心を寄せられている。きっとご自身の目で確認されたいと思うだろうね」
「はぁやわぁあああーーっ!?ふ、フフフフフリント博士ぇぇぇえ!?いいいつの間にぃ!?」
実はロイドの『移動』でこっそり領主様の背後に転移していた博士が、一見モンスターのよさそうな顔で頷く。そしてまるで仲の良い友達のように領主様に寄り添い、その肩を六本の腕をフルに使って掴んでそのまま丸い体をソファーに着席させた。
物理的にも逃げ出すことが不可能となり、ホラー展開も相まってもはや泣き出しそうな領主様。
ごめんね、逃がすわけにはいかないんだ。でも残念ながら貴方は善人ならぬ善モンではなさそうだし、僕の命のためにも容赦なく利用させていただきます。
「よかった。あ、もちろんリライヴェッジも援助してくださいますよね?」
「もちろんだとも。愛娘の初の晴れ舞台だしね」
「ありがとうございます。という訳で領主様、どうぞご検討ください。快いお返事期待していますね」
にぱっと笑顔を向けてやると、領主様はガクガクブルブルと震えだした。
そんな怖がらなくてもいいのに。僕は取って食ったりしないよ、僕はね。陛下はワンチャン食う気かもしれないけど。
キッチリ資料の端を揃えて差し出し、タブレットも「検討の資料としてご覧ください。お貸し出しします」と手渡す。
なんとか、といった風に口を開いた領主様は、震える喉で言葉を絞り出した。
「あ、あああ、あの、お返事はちょっと待っていただきたく……」
「もちろん。とはいえできるだけお早めにご検討ください。なにせ陛下が希望されているのは……」
わざと言葉を切って、ちらりと壁にかかるデジタルカレンダーを見る。
本日は6月17日、魔法界は20日で1か月なのでもう6月も終わりだ。魔法界は本格的な夏を迎える。
常に気温が低く雪が積もるヴィオレットでももう降雪は発生しない時期だ。ヴィオレットのように季節がほぼ固定されている訳ではないウェルデはそろそろ真夏日を迎える頃。
なんともおあつらえ向きな状況だ。涼し気な水上イベントを行うにはこれ以上ない季節だろう。まるで計ったような────いやきっとあの黒狼とこの蜘蛛に計られて、謀られているのだが────素晴らしいタイミングである。
もはや及び腰の狸領主様。予想されるこれからの多忙を考えると僕も恐ろしさを通り越して眩暈を感じるよ。
しかし生きるためだ、仕方がない。どんな激務だって乗り越えてやる、と半ば投げやりな気持ちで笑った僕は一本指を立てた。
「7月中の開催……つまり今から一か月後の開催、ですから♡」
※ご覧の小説はハイファンタジーもので間違いございません。
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