腹黒狸と悪だくみ狐
かつて『私』が暮らしていたニンゲン界にも、ウェルデのような水の都がある。
海と繋がる潟湖の上に作られた街で、都市を分断する大運河と運河から枝分かれした水路を使ってゴンドラでの輸送や移動をしている。
まるっきりウェルデと同じような特徴を持つこの都市国家は、テレビや写真などでしか見たことがないが歴史的建造物もかなり壮麗で、どこもかしこも美しい街だったと記憶している。
その都市国家で毎年行われる水上パレードは世界三大カーニバルと謳われるほど盛況なものであった。確か起源はどっかの国との抗争に勝利した都市国家が、お祝いと称して広場で飲めや歌えや踊れやのお祭りを開催したことだったかな。つまりは戦勝祭ということだ。
次々と水上パレードの完成予想CGや想定ムービーホログラムを宙に展開する僕は、ゆったりとした口調を心掛けながら、しかし口を挟む余裕を与えないように矢継ぎ早に語っていく。
「水上パレードとは、まあその名の通り水上で行うお祭りですね。どういうことかといいますと、このウェルデ中に張り巡らされている水路にゴンドラを浮かべ、そこでダンサーによる演武の披露や劇の公演を行ったりします」
「へ……?」
「モデルにしたのはニンゲン界のとある都市国家で毎年行われている戦勝祭ですね。その都市国家もウェルデと同じような地形をしているようで、運河にゴンドラを浮かべて交通の要としているようですよ?」
「は、はへ……?」
あくまで伝聞のような形は崩さない。僕はモンスターだ。ニンゲン文化を見てきたように語っては不審がられてしまう。
パラパラと資料を捲ってはあれこれと指し示し、目を回す領主様ににっこりと笑う。
「折角ニンゲン界で大成功しているらしい絶好のモデルがあるのですから是非活用していきましょう。この戦勝祭の起源は中世……現代から数百年前でして、どうやら参加者もパレードスタッフも皆当時のニンゲンの貴族服を纏うらしいのです。その要素も取り入れましょう。仮装はお祭りの醍醐味ですからね、割と受け入れ易いんじゃないでしょうか。あとは水辺だからこそできるような内容も盛り込んでいきたいと……」
「ちょ、ちょっとお待ちください!」
「はい?」
宙に浮かぶとてつもない量のホログラム画像や動画をボケっと見ていた領主様が、ハッと我に返って待ったをかける。僕は不思議そうな顔を作ってわざとらしく首を傾げた。
「そ、そ、そんな大規模な祭りを行う予定なのですか!?」
「はい。そして開催頻度ですが、僕の希望としては最低月一開催を目指していただきたいと思っています」
「月一ぃぃいいい!?」
まん丸の目を落っことさんばかりに見開く領主様。まあ驚くよね、僕も会議でそう言われたときは驚いたよ。
しかし残念ながらここは戦場だぜ領主様。隙を見せた方が負ける。無茶な要求にも頷かざるを得なくなる……らしい。陛下曰くそうらしい。だから申し訳ないけどその隙を僕は突きます。
「領主様?都市の発展に必要なものってなんでしょうね?」
「はぇ?」
「領民、領土、娯楽、公共事業、特産品……まあ色々挙がりますけど、現状のウェルデが発展するために真っ先に得るべきものは何かと考えたとき、僕は働き口だと思ったんです」
「は、働き口……ですか?」
腐っても都市運営の最高責任者である領主様に小娘が何を、と思うのだが、当の領主様がポカーンと口を開けているので気にしないことにする。
足を組み替えた僕は、宙に浮かぶホログラムの一つ。ゴンドラが水路を流れるムービーホログラムを手元に引き寄せた。
ちなみにこのホログラムの多数展開を可能にしているのはテーブルの上にある投影機魔道具である。両手持ちのタブレットに保存した画像やムービーを最大30点同時空間投影できるとんでもない代物だ。世にはまだ出回っていないフリント博士とミモザの共同発明品である。相変わらず第零やばすぎる。
すい、と僕の指動きに合わせて拡大されるゴンドラの映像。水夫を乗せ、水路をスイスイと流れるそれを見た領主様の顔色がさらに悪くなった。
「今から数年前まで、ウェルデはゴンドラによる運送業を一大産業としていましたよね?ゴンドラで街に張り巡らされた水路を渡り、大運河を通じて『灰の都市』や『黄の都市』まで物資やモンスターを運ぶゴンドラは、早く、そして確実な運送手段としてこの都市の特産であった。……そうですね?」
「は……は、はあ。まあ」
「しかし博士……僕の父フリントの発明品である転移門の登場や、高価で庶民では決して手の届かない高級品であった魔導車の一般普及によって、次第にゴンドラ運送業が使われなくなってしまった。結果ゴンドラ運送業を一大産業としていたウェルデ産業は大打撃を受け、ゴンドラ運送で生計を立てていた水夫達は離職を余儀なくされた」
冷や汗ダラダラでなんとか頷く領主様。
前回貴方この話しませんでしたね?と詰めることは簡単だ。しかし今そこを詰めても僕に何の旨みはない。あえて領主様の顔色には気付かないふりをして続ける。
「職を失った水夫達やその家族は働き口を得るために都市を出てしまい、ゴンドラ運送業以外の特産がないウェルデは都市過疎化の一途を辿っている……と、僕は記憶しているのですが、どうでしょう」
「……そ、そうです!」
明らかにほっとした様子の領主様に目を細める。あらあら嬉しそうですこと。僕がわざと不審な点をつついていないのに気づいていないのかこの狸?
僕やロイドの事前調査によると、ウェルデのゴンドラの数は最盛期、つまり転移門普及前で500隻。一隻一体とは言わないが、水夫もきっとそれに近い数いたはずだ。
そこから徐々に登録数は少なくなり、10年前は200隻前後にまで確かに数を減らしてはいる。しかしそれだけの数がまだ生き残っていた。
なのに現在は都市に登録しているゴンドラ数はなんと10隻。しかもこの10隻は、領主の下都市経営を行う役所的な組織である都市庁舎の持ち物なので、個モンのゴンドラ所有者は0名である。
流石に無くなりすぎだ。異常なまでの減りようは作為的な何かがあると感じてしまう。
しかし今それを領主に問いかけたらきっと逃げられる。もはやこの話はなかったことで、とされては僕とて困るのだ。ぐっと飲みこんで微笑む。
「今回僕が提案した水上パレードの元となった都市国家は、街の道幅が狭く車が通ることが物理的に難しい為、今でも水路が現役で使われているようです。しかしウェルデは同じような土地特徴を持つといっても、都市面積は広大で道幅も十分とられている。主要街などは裏道に至るまで道幅が広いですから、ゴンドラよりも小回りの効きやすく、天候の影響も受け辛い魔導車が普及してしまうのは致し方ないかもしれませんね?」
「そうなんです!いやぁ親善大使殿はよくわかっていらっしゃる!」
「ふふふ、ありがとうございます。ということで僕考えたんですよ。運送手段として水路が使用できないのであれば、観光資源として使用してしまえばいいって。水路も水夫も」
「え?」
領主の望みは都市の活性化。つまりは新規領民の獲得だ。しかしながらウェルデのようなよく言えば牧歌的、悪く言えば刺激のない田舎にわざわざ定住しよう考える他都市在住のモンスターなど、田舎でスローライフを送りたいと明確な展望を持つモンスターでない限りいないに等しい。その数は正直たかが知れている。
ならば元々この都市に住んでいたモンスターならどうだろうか。職を失い出て行かざるをえなかったモンスターなら、以前の職と似たような職を以前よりも好待遇で用意してやればこの都市に戻ってくる可能性は新規獲得よりも高い。と思われる。
じゃあその職とは何か。もちろん、パレードのゴンドラ操縦士だ。
「水夫の方々をパレードのスタッフとして都市が雇用するんです。そしてパレードで披露する演舞や劇の舞台であるゴンドラの操作を始め、演出にも携わってもらう。水夫の方は水魔法に長けた方も多いと聞いていますので、水を操っての演舞や劇とは別に水上ショーを行うのもいいかもしれませんね」
「す、水夫を都市が雇用!?どういうことです!?」
「そのままですよ。このパレード事業案が通ればウェルデの公共事業となるでしょう。都市の公共事業のスタッフとして雇うのですから都市が雇う形態になります」
「そ、それはそうかもしれませんが、しかし……」
「新規事業を起こすと言うことはモンスター出が多く必要です。そこをケチればコケますよ。まあもちろん、水夫だけでなくイベント開催に向けて必要なモン材……今ざっと浮かぶのはダンサーや役者、警備スタッフや会場設営、案内ですか。その他諸々を含むスタッフの雇用も募集必要ですけど。しかし目下早々に着手しなくてはならないのは水夫です。ゴンドラ操縦経験者なんてそういませんし」
「え、ええ……いや、でも」
もごもごと口籠る狸の正面で、僕は笑みを絶やさないままバサッとわざと音を立てて資料をテーブルに置いた。その音に異常なまでにびっくりする領主様。
明らかに水夫の話になった途端挙動不審になる狸に僕はこっそりため息をついた。こりゃクロだな。この狸が街の水夫を追い出した元凶だ。
はてさて一体どうやってこの街を支えていた水夫モンスター達を追い出したんだか。わざと追い出したのか、結果として追い出すことになってしまったのか……。
いよいよこの領主に都市運営を任せていいのか不安になってくるが、しかしそれは僕が決めることではない。僕がやらなくてはいけないのは都市の闇を暴くことではなく、この事業を認めさせることだ。
領主の安堵を助長するように僕は言葉を重ねる。
「領主様?考えてみてください。都市の活性化にはモンスターの流入が必要です。それも一時的なものだけではなく半永久的なものが。半永久的、つまりモンスターが定住するため必要なものをそろえなければなりません。幸い住むための土地は有り余って……失礼、余裕がありますのでいいとして、あと目下必要になるのは生きるためのお金です。継続的な収入を得る手段を用意してあげる必要がある」
「まあそうですが……」
「この水上パレード案は、観光資源であると同時に雇用口の拡大案でもあるんですよ。僕が先ほど申し上げた開催頻度もここに関わってきます。水上カーニバルを継続開催するようになれば、準備や演目の練習、引継ぎ等の手間から都度臨時スタッフの募集をかけるのではなく正規雇用として雇い入れた方が楽です。そして正規雇用されたモンスターはこの都市に定住する可能性が高い」
ホログラムをくるくる指で操作しながら僕はこの事業のメリットについて説明する。
領主様の顔前に『緑の都市活性化事業にて見込まれる利点について』という絵付きの資料が表示された。それ作るの大変だったからよく見てね。
「つまり、領民増加のチャンスが生まれるわけです。これが年一の開催など小頻度での開催となると一時的な興行収入にはなりますが、過疎化の脱却には直接繋がりません。まあ継続開催するということはつまり飽きらやすいというデメリットが発生しますが、そこは要検討ですね。例えば開催地区を小分けにする、パレード内容を複数用意するなど……」
「い、いやいやですから!仰ることはわかりますが現実的に無理です!そんな大量のモン材を雇用できるような予算はありませんし、こんな華々しいパレードを行うような設備もダンサーや役者の伝手も無いです……」
活性化案の本質についてペラペラと語る僕に領主様は困りますと手を振った。額が汗でびっしょりである。
明確な拒否を受け、内心で少しイラっとしてしまう。
予想していた反応であるとはいえ、じゃあどうしたいんだと問いかけたい。何とかしてほしくて陛下に相談に行ったんじゃないのかお前は。なのにあれは無理これは無理と……。
いやいや落ち着けラウ親善大使。あれだ、ちょっと面倒くさい恋人だと思おう。「何食べたい?」って聞いて「えーなんでもいいー」って言うくせにいざレストラン連れてったら「これじゃないのがよかったー」っていうあれ……いやムカつくわ。ごめんやっぱムカつくわ。友達にされても嫌だもんねあれ。しかも今回のケースとは内容ちょっと違うし。
胸中で増幅してしまった苛立ちを、演技掛かった憂いのため息とともに吐き出す。頬に手をやって悲し気に視線を領主から外した。
「そうですよね。……すみません、この都市をよりよくしようと気持ちばかりが先走ってしまいました」
「い、いえ。分かっていただけたらいいのですよ。いやはや、都市の運営というのは難しくてですね、先日もお伝えしましたがうちには……」
物わかりのいい僕の様子に、領主様は大喜びで都市の苦労を語り始めた。「大変ですよね」と親身になって話を聞いているふりをしながら僕は思考を巡らせる。
多分この領主、僕のこと滅茶苦茶舐めてる。いやまあ陛下の後ろ盾があるといっても所詮ぽっと出の小娘ですしそれは仕方がないんだけども、にしたって僕が何も理解していない頭でっかちなお嬢様か何かだと思ってそうだ。
先ほど語った活性化案もきっと僕が夢物語を語っていると思っているんだろう。出来やしないことを言ってやがる、と。そしてこんな絵空事を語るようなモンスターを親善大使に据えるだなんて、と後々陛下に嫌味でも言うつもりなのかもしれない。今気持ちよさそうに、偉そうに説教垂れてるのがその証拠だ。
なるほどなるほど、それは非常に────都合がいい。
是非とも僕のことを舐めてかかってくれ。存分に油断してくれ。そっちの方が演出のし甲斐がある。
僕は寝不足になってまで準備した演出の数々が無駄にならなさそうだと悟り、にんまりと笑みを深めるのであった。
ペラペラ喋るなこの狐。




