本当ではない事情
「ほう、よく勉強してるなガキンチョ。自分の住む街のことを学ぶのはいいことだ」
さっきまでの喧騒はどこへやら、しんとしてしまった場で思案に暮れているとふと影が掛かった。同時に降ってきた偉そうな言葉に頭上を仰ぎ見る。
「ロイド。襲われる僕を助けもせずにどこ行ってたの?」
「そりゃこっちのセリフだ。お前さんどこまで追いかけてってんだよ。……しかもなんか濡れてるし」
いつの間にか、おもてなし本部の服装からパーカーに白衣という研究者の衛生管理的に問題ないのか、と思わないでもないいつもの服装に戻っている茶髪のアンデッド。怪訝そうな彼に僕は「色々あったんだよ……」と深いため息を落とした。
「っていうかなんで着替えてんの?僕の服は?」
「ねえよ。俺がお前さんの服持ち歩いてたらそれは事案だろうが。あと制服はかったるかったから脱いだ」
「制服は、じゃなくて制服も、でしょうが」
国王との謁見直後だろうが、王侯貴族が参加する格式高い会議の後だろうが、すぐにキッチリした服はかったるいと脱ぎたがるだるだる兄貴にあきれ顔を向ける。一体どこで着替えてきたんだか……制服姿ちょっとカッコいいなって思ってたのに。調子乗りそうだから絶対口にはしないけど。
どうやら僕がクソガキ共を追い回しに行った後、博士から野暮用を仰せつかったらしく研究所に少し戻っていたらしい。お世話係のくせにお世話対象から目を離すな、と思ったが積極的に目の前からいなくなったのはお世話対象の方のなので文句は言わない。
「あ、あああああああのっ!」
「おお!?」
いつもの軽口の応酬をしていると、黙り込んでいたインテリフクロウくんが突如ガバッとロイドに詰め寄った。目を丸くするロイドの胸元を食い入るように見つめる彼は、震える手(というか羽)でそこに輝く黒地に銀の意匠が施されたバッジを指し示した。
「も、も、も、も、もしかしてそのバッジ……っ!リライヴェッジ研究所の所属バッジじゃ……っ!?」
「お、おう?よく知ってんな……?」
「そりゃそうだよ!ボク将来リライヴェッジの研究員になるために勉強頑張ってるんだから!すごい本物初めて見た!えっでもこれ何の研究室のなの!?っていうか君研究者?な訳ないかボクとそんなに歳変わらないもんね?そうか助手として働いてるんだ!何博士と一緒に働いてるの!?っていうかフリント博士と会ったことある!?どこの学校通ってた!?」
「ちょ、待て待て。俺は助手じゃねー、こんなナリしてっけどちゃんと大人……」
雪の結晶のような幾何学模様のバッジにキラキラと目を輝かせるインテリくんの熱量に、ロイドはたじたじと後ずさった。リライヴェッジ研究所の研究員にしか貰えない所属バッジは、実験体識別タグと同じように所属する研究室によって地の色が変わる。インテリくん曰く、あのバッジは研究所の入所を夢見る少年たちにとって憧れのものらしい。
いいよね、かっこいいよねあのバッジ。僕も「みんなお揃いいいな、かっこいいし僕も欲しい」って博士に言ったことあるんだよね。ほら、研究者じゃないにしても所属は研究所じゃん?だからワンチャン貰えないかなって期待してたんだ。
そしたら実験体識別タグそっと渡された。
第零研究室の隅で体育座りで落ち込む僕に、エイデルが一生懸命『ラウ、エイデルおそろい!』って声をかけて慰める苦い思い出まで掘り起こされてほろりとしていると、絶対逃がさないとばかりにロイドを追い詰めるインテリくんの勢いに周りの子供たちもワッと目を輝かせてロイドに殺到し始めた。
「インテリが珍しくでかい声出してる!」
「なんでこの兄ちゃん白衣着てんの?」
「医者ごっこ?」
「違うよ!研究者の助手だよ!」
「ケンキューシャのジョシュ!?なんかよくわかんねーけどカッコいい!兄ちゃんオレにも貸して!」
「うわっ!?なんだコイツら!?やめろぉ!」
一瞬で元気になってワラワラとロイドに群がる子供たち。速攻で埋もれていったロイドに合掌する。子供のフィジカル舐めちゃあかんよな……。
「こら、白衣引っ張んじゃねー!痛ぇ!このガキ共……っ!俺は大人だっつーの!おいラウ!見てないで助けろ!」
「あらあらぁ?ロイド兄様ったら年下のモンスター手玉に取るのお上手なんだからぁ。僕やパーシーだけじゃ飽き足らずウェルデの子供たちまでなんて……この節操なしさんっ」
必死に子供たちの包囲から逃れようとするロイドをぷーくすくすと笑ってやる。
やーいやーい鬼畜アンデッドざまあみろ~揉みくちゃにされてしまえ~と、日頃ボコボコにされてる恨みを晴らさんとばかりに助けずあっかんべーっと舌を出していると、子供たちの向こうからブチィッと何かが切れる音がした。
「……あ、あれ……?」
背後に気配。恐る恐る振り返ると、上半身だけ顕現した近衛さん三体が僕の後ろで浮かんでいた。
嫌な予感に冷や汗が額に浮かぶ。
やっべー……もしかしてちょっとやりすぎ……?
「…………やれ」
「え、あ、ちょ、いや待っ、いやああああああっ!?」
地を這うようなドスの効いた命令が響く。僕ににじり寄った近衛さん達は、まるで「王の命令なんで……ごめんねっ☆」とでも言うようにぺこりと頭を下げるのだった。
「……とまあ、そこのインテリくん?の話は概ね正しい。転移門の普及によってウェルデの一大産業であったゴンドラ運送業が衰退していったのは本当だからな。そんな訳で領主は、そのゴンドラ運送業に代わる産業を新たに起こしたいと考えているんだ。分かったか?」
「……っ!っ、っ、っ」
まるで授業をする教師のように、手に持った教鞭をピシぺシ己の手に軽く打ち付けるロイド。とても返事のできない状態の僕に「うん、よろしい」と満足げに頷いたロイドは、次いで身を寄せ合って震える子供たちに向き直った。
「ガキども、覚えておけよ。あれが年長者に逆らった者の末路だ。ああなりたくなかったら大人の話はちゃんと聞け。いいな」
「……っ!……っ!」
近衛三体顕現させ、さらには『王命』まで使用して徹底的に僕をくすぐり抜いたロイドは、にっこり笑って子供たちに道理を説く。
息もできない状態で石畳の上をビックンビックンする僕を、ゾッとした目で見ながら子供たちは何度も何度も頷いた。
絶対王政再び。誰かこの暴君引きずり降ろしてくれ。
「……あの、ラウ。……あのさ」
「ヒイ……し、死ぬかと……ん?どうしたガキ大将」
「ガキ大将って呼ぶな!……いやあの、……しんぜんたいし、ってさ……」
ようやく息が整い立ち上がろうとした僕に手を差し出してくれる魚人族のガキ大将は、何かを言いたげに口ごもった。
どういえばいいか分からない、という風に目をさ迷わせるガキ大将に首を傾げ先を促そうとした時、突如街中に響くような大きな鐘の音が鳴った。
「あ、やばい!もう5時だ!」
「帰らねーと!じゃあなーラウ!兄ちゃんもまたなー!」
「おい、何してんだ?かえろーぜ!」
「あ、お、おう。……じゃあな、また明日も来るなら遊んでやらんでもねー!」
友達に肩を叩かれ、ビクッと肩を揺らしたガキ大将は、しばしの逡巡を見せたものの何事もなかったかのようにニッと笑った。
「僕そんな暇じゃないんですけど……じゃあね、気を付けるんだよ」
家路に駆け出していく少年たちの後ろ姿に手を振る。
まあしばらくウェルデに出入りすることになるだろうし、時間があれば遊んでやろうと思いつつもガキ大将の表情に疑問を覚える。
きっとこの疑問はきっと僕の仕事に直結してるものなんだろうなぁ、とため息をついて傍らのロイドを伺いみると、僕を見上げる金青の瞳とかちあった。
はいはい答え合わせですね。ロイド先生の視線に両手を上げる。
「……領主様、僕に本当のこと言ってないね?」
「噓を言ってる、って訳じゃねーと思うけど。多分全部ではないな」
「だよねぇ」
娯楽もない、商業も盛んでない、田舎な都市に嫌気が差して領民が出ていくと語る領主様。
片や職業難に困って出ていくモンスターが後を絶えないと嘆く領民たち。
果たしてどちらが正しいのか。……一隻もないゴンドラと活気のない街並みからして、きっと限りなく正解に近いのは後者だ。
領主様が語った内容も決して嘘ではない。そういった側面も間違いなくある。しかしこの街の現状を語る上でそれは全てではない。そしてその全てではない面というのは、インテリくんやガキ大将、子供たちが語ってくれた内容だ。
子供でも知ってる内容を領主が知らないわけがない。つまり領主は僕にあえて言わなかったのだ。それは何故か。
「────僕に、というか国に、ゴンドラと水夫が消えた本当の理由を知られたくないから」
「そういうこったな。……あの領主は間違いなく関わってる。それも嫌な形で」
転移門が普及したのは今から約15年前。ロイドが博士によってモンスターにされ、その際に発現した魔法から構想を練り発明されたものだ。
その転移門の普及だけが理由なのであれば水夫が消えたのはもっと前のはず。しかし子供たちの口ぶりからして、大人が、水夫がこの街から消えたのはせいぜいここ数年の話だ。時期が合わない。
そしてガキ大将の「もう船は使えない」という言葉。船は使わない、じゃなくて使えないといった理由とは一体何か。
「……あーやだやだ。お偉いさんってのはどこの世界でも腹黒なんかねぇ」
陛下筆頭にな、と鼻を鳴らす。腹どころか全身真っ黒でエグい要求する狼国王を思い出してぶるりと震えた。
夕焼けに染まりつつある『緑の都市』の街並みを見回す。水路の水に夕焼けの色が映り込み、オレンジ色に反射して相変わらず美しく輝いている。
こんなにきれいな街なのに、夕暮れ時ということを差し引いても外を出歩くモンスターは少ない。メインストリートから一本路地に入っただけの道で誰ともすれ違わないなんてことあり得るのだろうか。
過去、領民が出ていかざるを得ない、出てきたいと思うようなことが出来事があったのではないか。────そう考えてしまってしょうがないのだ。
「何故か街を出て行かざるを得ないモンスターたち、モンスターの流出を防ぎつつ新規住民を増やしたい領主様。この問題を解決できるニンゲン文化、ねぇ。なかなか無茶ぶりだよね」
「とんでもない課題だよな」
「本当にね。……ただまあ」
「あ?」
ヴィオレットに帰るべく転移門広場方面に歩き出したロイドが僕を振り返る。その疑問を浮かんだ顔を見て、僕は腹をくくるかと大きなため息をついた
「全く手がない訳ではないんだな、これが」




