アクロバティック親善大使、都市の闇に気づく。
「この怒りに打ち震える拳はどこに振るうべきだと思う?」
「博士でいいんじゃね?」
とりあえず考えてみますね、と後日こちらから連絡する約束を取り付け足早に領主邸を出た僕らは、都市中に張り巡らされているという水路の脇の石畳の道を宛もなく歩いていた。
考えてみるっていうか無理じゃない?って案件だが、まあしかし何も案を出さずに断る訳にもいかない。頑張って考えてみたよっていうアピールの為に何かしら提案したうえで『今回はご縁が無かったということで……』としないと、今後の活動に差し障る。
一先ず、その何かしらを産み出すためには街を知らねば話にならない。そんな訳で僕らはオーリライトが揺らめく青空の下、景観だけはキレイなウェルデ主要街を歩いているのだが。
「っていうか景観がいいってだけで十分観光資源じゃん。都市経営下手くそなだけでは?」
「確かになぁ。なんか裏がありそうだよな」
荒んだ心で道路よりも幅の広い水路に目を落とす。
陽の光に反射して輝く水面は透き通っている。確かに嵩は少し低いと感じるが、ゴミが浮いているようにも見えないし、こういった独特な景観を持つ都市は他にはない。らしい。
僕ロシェとかカルベンとかは見た事ないから、魔法界文化を教えてくれた学者先生の受け売りだけど。でも十分観光地に成りうると思う。
ロイドの言う通りなんだか裏がありそうだ。その裏を暴くのは僕の仕事ではないと思うので触れることはしないけれども。
基本的に建物の外観が白系統で纏められていたアルバストスと違い、ウェルデの建物は明るい温かみのある茶や橙色のレンガ調のものが多い。お洒落だがモンスターの入りが無いカフェを横目に通り過ぎながら僕らはメインストリートから一本細い道に入った。
「おいいたぞ!!アレだ!」
「え?」
「あ?」
建物によって陽の光が陰った道に踏み込んだ瞬間、突如僕らの前に小さなモンスターの集団が現れた。アレ、と言われ指さされた僕らは何のこっちゃと顔を見合わせる。
5、6にんの男の子達で構成された集団だ。彼らは何やらカラフルな両手銃を構えている。
なんだなんだと首を傾げていると、彼らはジャキッと様になっている射撃姿勢を取って叫んだ。
「ばいこくどだー!ばいこくどを許すな―!」
「ばいこくど?……売国奴?」
「えっ売国奴!?そんなヤバいモンスターいるの!?」
ギョッと目を剥いて辺りを見渡す。そんな見た目で分かる売国奴ってなんだ!?明らかな不審者じゃないかそんなの!と後ろを振り返ったその時。
隣のロイドが「あ」と声を上げて『移動』を使用した気配がし────次いで、僕の後頭部にバシャァツと結構な圧力を伴った水がぶっかけられた。
「は?」
「まだだ!しんぜんたいしはまだ倒れていない!もっと撃て―!!」
ポカンと口を開けて呆ける。するとそんな合図と共に、更に水を浴びせかけられた。
訳も分からず濡れ鼠ならぬ濡れ狐状態にされる。振り返れば、先程の少年たちがびしょ濡れの僕を見て「しんぜんたいしを倒したぞ―!」と勝ち誇った顔をした。
その顔を見て僕はようやく事態を悟る。はあ売国奴。なるほど売国奴って僕の事ね……親善大使の僕が売国奴ですか。ほーん、なるほど。ニンゲン文化なんぞ広めようとする僕は売国してる奴に見えるんだ?いやーそれにしても良く知ってるねぇそんな言葉。あれかな?親御さんが僕の事そう言っていたのかな?魔法界の危機を救うために色々と身を削って駆けずり回っているところなんだけどね、ふーんそうかぁ。なるほどなぁ。そう思われてるんだぁ。
「ふ、ふふふ、ふふふふふふふ」
「お、おいラウ……」
ちゃっかり退避していたロイドが、俯いて笑い出した僕に恐る恐る声を掛ける。
しかし全くそれどころじゃない僕は、伸ばされた手を払いのけ────全身から紫炎を噴き上げた。
「ふっふっふっ……くっくっくっ……あーっはっはっはっ!クソガキ共ァーーーー!!上等だ早くも社畜になりかけている僕が相手してやらぁーー!!」
「「「「ぎゃーーーっ!?」」」」
鬼の形相で駆けだすと、少年たちは悲鳴を上げて散り散りに逃げ出す。
逃げんじゃねぇクソガキ共がァ!!親善大使舐めんなよ一匹残らず捕まえて折檻じゃコラァ!!!
「あー……やりすぎんなよ~」
呆れた目で追いかけっこを始めた僕らに呆れた目をしたロイドが僕を嗜める言葉を吐くが、残念ながらブチ切れる僕の耳にその言葉が届くことはなかった。
方々に散っていった子供たちを、毎日の訓練によって遺憾なく発揮できるようになった高い身体能力を持って次々と確保した僕は、石畳の上でぜえはあと荒い息を吐いていた。
「ラウお前足はええな!すげー!!」
「しんぜんたいしって足早い奴のこと言うんだ!」
「はあ、はあ……違うけどそうだろうガキ共……大人を舐めるなよ……げほごほっ」
確保した端から担いでは次のターゲットへ走るを繰り返すこと6度。今の僕の力なら軽いとはいえ、流石にモンスター6人抱えての全力疾走は堪えた。疲労困憊で今にも死にそうに咳き込みながらも、しかし尊敬を多分に含めた子供たちの視線に僕はサムズアップを返す。
足が速い生き物がモテるのは万国共通だな。低年齢層に限りだが。
幸いと言っていいのか微妙なところだが、街を歩くモンスターの数が少ない上に子供たちが逃げた先が基本的に路地だったので、「親善大使が子供を襲っている!」と後ろ指差され非難されることはなかった。
というか住民に出くわしそうになったら、子供たち抱えた状態でパルクールよろしく壁伝ったり飛んだり跳ねたりの大立ち回りでモンスター目に触れるのを全力回避していた。親善大使が子供にキレて街爆走とか正直イメージ悪すぎるし。そんなん陛下にバレたら殺されるわ。
お陰でアトラクション並みの動きに喜んだ子供たちの信用も勝ち得たし、我ながらナイス判断である。滅茶苦茶疲れたけど。
「ラウもう一回アレやってよ!前方屈伸二回転宙返りからの伸身ムーンサルト!」
「無理無理無理。もう無理流石に疲れた……。っていうか大人を呼び捨てにするな、ラウお姉様と呼びなさい」
「早く立てよラウ!」
「このクソガキ共……っ!イデデデ引っ張んな」
まだまだ遊び足りない様子の子供たちに「続きしようぜ!」と腕やら髪やらを容赦なく引っ張られる。
売国奴呼ばわりはされなくなったものの、生意気にも呼び捨てで僕を呼ぶ子供たちにピキる。懐いてくれたのは嬉しいが、君たちの無限大の体力には流石について行けません。纏わりつく腕を振り払い、僕は水路の端に腰を掛けた。
子どもたちもちえーっと残念そうにしながらも、僕に倣って横並びに腰を据える。
きゃっきゃっと先程の大立ち回りを楽しそうに語り合う少年たち。クソガキであるが微笑ましいことに違いはない。水路を泳いだことで濡れた服を乾かすために展開した紫炎を操りながら微笑む。
平和な光景に先ほどの狸との話し合いでドッと疲れた精神が回復していくのを感じた。
「前はこうやって大人たちが遊んでくれたんだけどなぁ」
「うん?どういうこと?」
「そのまんまの意味だよ。ラウ頭わりーな」
「ブッ飛ばすぞお前」
隣に座った魚のヒレの様な耳と鱗を持つ少年……このグループのリーダーであるガキ大将君の頭を笑顔でゴリゴリ拳で抉る。うーんいい悲鳴だ。ギブアップとばかりに腕をタップされるが構わず続ける。ほぉら賢くてきれいなお姉さんのお膝の上に座れて嬉しいだろう?もっと喜べやこら。
「で?前はってどういうことなの?今は遊んでくれなくなっちゃったの?」
たっぷり時間を掛けてガキ大将に反省を促した僕は、改めてその言葉の真意を尋ねた。確かにこのクソガキ具合なら常日頃から大人に悪戯しては困らせていただろうし、さもありなんとも思うが。
石畳の上でビックンビックンするガキ大将を横目に怯えた表情で他の子たちが教えてくれる。
「む、昔は今よりも街に大人がいてさ……よく遊んでくれたんだよ」
「ゴンドラ乗りのおっちゃん達とかなー」
「暇なときはゴンドラに乗せてもらって一緒に冒険とかしたよなぁ」
「ゴンドラぁ?どこにもなかったけど」
懐かしそうに語る子供たちに首を傾げる。追いかけっこの最中、大小さまざまな水路の脇を走り、時に飛び越え、時に泳いだりしたがどこにもゴンドラらしきものは浮かんでいなかった。現に目の前の水路もそこそこ幅のある水路であるが、ゴンドラの影すら見当たらない。
実は今日はゴンドラ定休日?とも思ったが、しかし僕の言葉に子供たちの顔が明らかに曇ったのできっとそういう話では無いのだろう。
「ボクが説明しましょう」
そういって立ち上がったのはフクロウの羽根を持つ小柄な男の子。クソガキ集団の中でも賢そうな雰囲気をした、丸眼鏡をかけた利発そうな子だ。
訳知り顔の彼に僕はふむ、と頷く。
「何か事情を知っているんだね?インテリくん。さっき僕に速攻捕まったインテリくん」
「どうしたインテリ、追いかけっこの最中『僕にいい考えがある』ってドヤ顔してたくせに水路ジャンプ失敗したインテリ!」
「その後憤怒の化身と化して鬼のようなオーラで詰めてくるラウにビビって溺れかけたインテリじゃないか!」
「結局ラウに助けてもらったインテリだ!」
「号泣して逆にラウを困らせたインテリ!どうしたんだ?」
「うるさいんだよぉ!インテリってなんだよ!」
そりゃインテリジェンスってことですよ。褒めてるんだよ?見た目だけな気がしてならないが、きっとそんなことはないと信じているよインテリくん。
僕が呼んだせいで渾名が『インテリ』になってしまったフクロウくんは、仲間たちからの囃し立てに顔を真っ赤にした。しかしごほんと咳払い一人で気を取り直してこの街について語ってくれた
「この街から大人……というか、モンスターがいなくなった理由。それは転移門の普及が発端です」
「転移門……?」
僕は本日も使用した、石造りの時計塔の様な建造物を思い浮かべる。ちなみに子供たちは親や学校から子供だけでの転移門の使用は禁止されているようで、並々ならぬ憧れがあるようだ。
僕が転移門を使用してヴィオレットから来たと言うと、またしても「すげーっ!」と目を輝かせる。ふふふ、悪くない称賛だ。
「元々このウェルデは水上都市として栄えていました。モンスターの移動や街から街への物資の輸送は全てこの水路を使って行われていたんです。ですが、かの偉大なる天才、フリント博士が考案した転移門を始めとする革新的な技術によって、主な輸送手段として活躍していたゴンドラ運送の需要が減ってしまった」
大人ぶった口調で説明するインテリくんに頷く。
彼によると、以前はウェルデ都市内は当然として、隣都市である『黄の都市』や『灰の都市』くらいなら水路と水路にぶつかる大きな運河を利用してゴンドラで物資やモンスターの輸送していたらしい。
ゴンドラを操作する水夫たちは大体水魔法に特性のあるモンスターだそうで、水を操ってのゴンドラ操作はもちろんのこと、水魔法由来の『保存』魔法も駆使して食料品の運搬なんかも請け負っていたのだとか。
荒天には弱いが、早く、当時主流だった簡易転移陣による運送よりも確実で、そして当時は高級あった車、通称『魔導車』を使用しての運搬よりも安価な運送業としてウェルデの一大産業を誇っていたそうだ。
ウェルデ以外の都市からも利用者がいるほどであったという。
ただし、その一大産業もフリント博士による技術革新によって影が落ちる。都市間転移を一瞬で済ましてしまう『転移門』がフリント博士の手によって開発され、そして一部貴族しか利用できなかった『魔導車』の簡略化に成功し一般市民の手にも届くようになったことでゴンドラ運送の需要が著しく減ってしまった。
結果として水夫たちは転職を余儀なくされてしまった、ということらしい。
「……オレのとーちゃんも元々水夫だったんだ。でももう船は使えないからって言ってやめちゃったんだ。オレん家はかーちゃんがこの町で店やってるから引っ越さなくてよかったけど、友達のケビンはこの町じゃ飯食っていけねえって言って一家でロシェに引っ越した」
「俺の隣の家のモンスターもだ」
「クラスのやつも引っ越して言ったやつ多かったよなぁ」
「…………ふーん」
口々に言う少年たちの顔は悲しげだ。しかし僕はその言葉に違和感を持ち、足を組んで顎に手をやった。
────転移門の普及と水夫の離職ねぇ。なーんかおかしいな?
インテリくんの説明とガキ大将くんの言葉に引っ掛かりを覚えた僕は、肩を落とす彼らの顔を見て静かにため息をつくのだった。




