『緑の都市』ウェルデ
とりあえず、ベルの信奉者……もとい、年若い令嬢方への顔見せはこんなもんで大丈夫だろう。きっと面白おかしく「ベルリアナと懇意にしている狐の親善大使」の事を至る所で話してくれるはずだ。
どこの世界でも若者の情報ネットワークと言うのは凄まじいというのは変わらないらしい。SNSとかあるしね。とりあえずベル側が炎上とかしなければいいや。僕側はニンゲンとの親善なんて反対っていう勢力がほとんどだろうから、炎上間違いなしなのでSNSはやりません。
問題は───チラリと会場内に視線を走らせる。
僕の事なんて何も気にしてませんよ、みたいな顔で親睦を深める会話をしながらも、こちらに意識を割いているモンスターが多数。いずれもそこそこ歳の行ったと思われるモンスター達だ。
意識は向けているものの、話しかけてくることはしない重鎮モンスター達に思わずため息をつきそうになった。
当時の戦争に参加していたモンスターは既に寿命を迎えていると思われるが、しかしある程度上の年代のモンスターは戦争後の復興に手を焼いたとされる世代だ。
ニンゲンへの恨みつらみも現代のモンスターよりも深いだろう。そんな彼らをどうやって説得するかというのが目下の課題である。
ある程ニンゲン文化を取り入れるメリットが認知されれば……例えば目に見える経済効果を見れば態度が軟化するモンスターも出てくるだろうという話だが。サーシャが来るまであと一年しかないのに、そんな実績を積むなんて正直無理ではと早くも心が折れそうであった。
「────ラウくん」
「陛下。………………………….……と、お父様」
ゆったりとした歩みで僕に歩み寄ってくるクロード陛下。その後ろにはニコニコとうざったいほどの満面の笑みを浮かべるフリント博士も居た。
公式の場では父と呼べと博士とマナー講師に言われているので、拒否する脳を押さえつけながら博士を父と仰ぐ。葛藤の間は許してくれ。
親し気に僕を呼ぶ陛下へ近寄る。ベルが臣下の礼を取ったので僕もその横に並ぼうとしたが、陛下にそのまま立っていろと視線で動きを止められる。うわーマジか、と気まずい気持ちを押し殺して微笑むだけにとどめた。
マナー的にはこういう場で陛下に話しかけられた場合は陛下から良いと言われるまで跪くのが正しいらしいのだが、親しい間柄の場合はその限りではない。
ということでこれは陛下による親しさアピールである。
ざわ、と会場が僅かにざわめいた。果たしてその驚きは陛下が僕に話しかけたことにか、僕が頭を垂れなかったことにだろうか……。まあ両方だろうな。
「どうだい、楽しんでいるかい?」
「はい。お声がけくださる優しい方が沢山いらっしゃいまして」
黒い狼獣人に頷く。陛下ともこの一か月何度も顔を合わせていた。今更初対面時の様な緊張は無いが、しかし散々振り回されていたので正直内心ピキピキである。わざわざ表に出して立場を悪くすることはしないが。
この国王、のんびりと笑いながらとんでもない無茶ぶりをしてくるのだ。色々と言われたが一番ムカついたのは「今後王城の内政官とも関わるようになるだろうから歓迎会しようか。幹事よろしく」と参加者リストを渡された時かな。なんで歓迎される僕が幹事やんねん。
まあ確かにそのおかげで恐らく今後関わるであろう内政官とか、親善大使の補佐官に任命されてるモンスター達ともおもてなし本部正式稼働前に仲良くなれたけどさぁ。参加者50にんとかちょっとおかしいよ。その準備で3日位駆けずり回ったわ。
「ラウ~!いやぁ研究所でも見たけどやっぱりそのドレス姿いいよねぇ~!似合ってていいねぇ可愛いねぇ」
「ハハハ、アリガトウゴザイマス。お父様」
フリント博士が気持ち悪い動きで僕の肩を抱く。このモンスターは逆にいつも通り過ぎるんだよな。公式な場でくらい威厳をもて威厳を。
死んだ目でブルンブルンと振り回される僕。誰か助けて~と死んだ笑みで為されるがままにされてると、陛下の後ろに見慣れないモンスターが立っているのにようやく気が付いた。
「陛下。そちらの方は……?」
「ああうん。君に紹介したいモンスターがいてね」
陛下がもう慣れたって顔で頷いた。斜めった姿勢ですみませんね。博士の拘束が解けないんですよ。
しかし陛下の後ろで声が掛るのを待っていたモンスターはそうではなかったようだ。陛下に促され前に出てきたモンスターは、博士の奇行に恐れ慄いた表情をしながらも僕にぺこりと頭を下げる。
茶色い丸い耳に、太いモフモフ尻尾。でっぷりと前に出た腹がスーツのボタンをギチギチと鳴らしている。
間違いなく狸の獣人であろうモンスターは、緊張したように鮮やかな緑のネクタイをきゅ、と上げるのだった。
『実績持ってきたよ。頑張ってね』
そう僕に耳打ちした陛下に紹介されたのは、魔法界南西部に位置する『緑の都市』ウェルデ。────その都市の最高責任者たる領主様であった。
「いや初っ端重いて!!」
「重いなぁ……この位の大物相手にした事業じゃないと実績らしい実績にならないって配慮かもしれねーけど」
広いながらもどこか素朴な雰囲気が漂うお屋敷の応接間。緑色のソファーにロイドと並んで座っていた僕は、淹れてもらったお茶を飲みながら小声で陛下に恨み言を叫んでいた。
セレモニーから一日経った今日。セレモニー会場で『おもてなし本部に相談がある。詳細を明日話せないだろうか』と気まずげに目を泳がせながら語った狸獣人に招待を受けた僕は、詳しく話を聞くべくウェルデに足を運んでいた。
僕らの今日の服装は、おもてなし本部始動に当たってデザイン・支給されたおもてなし本部専用制服である。
おもてなし本部所属のモンスターとして行動する時は着用するようにと言われているこの制服は、金色のボタンやら装飾やらが施された黒いジャケットに細身のスラックスというスーツに似たデザインで、ジャケットの下はワイシャツでも何でもよいとされている。
本日の僕はオーソドックスに白いワイシャツ、ロイドは紺のタートルネックを着ている。
余談だが、ベルが推薦したという魔法界きっての有名デザイナーが作成したらしいこの制服、地味に幹部全員のデザインがところどころ違うという執念じみたものを感じる一品になっている。
件のデザイナーさんに採寸の時お会いしたのだが、うん、まあ、なんていうかこだわり強そうだなって思った。
失礼を承知で申し上げるなら変なモンスターでした。
数週間前の高笑いが響く混沌とした採寸現場の様子が脳裏をよぎる。しかし今はそれどころではないと頭を振って脳から追い出した僕は、小さくため息をついた。
確かに実績が欲しいところだなとは思いました、ええ。しかし最初っから都市の最高責任者……何だったらこの国のNO.2(※他にあと5にんいる)からお声掛かるとは思いませんよ。陛下何考えてるの?っていうか僕今から何言われるんだろうマジで怖すぎる。
約束の時間10分前に領主邸に到着し、ロイドと共に応接間に通され待つこと数分。ソワソワとする心を落ち着けるためにカップに再び口を付けていると、ようやく応接間の扉が開いた。
「お待たせいたしました。いやぁすみませんな」
「いえ。本日はご招待いただきありがとうござます」
ハンカチで額の汗を拭き拭きしながら部屋に入ってきた狸獣人。僕はカップを置いて立ち上がった。
昨日は気まずげというか、周りの目が気になってしょうがないという態度であった領主様だが、今日は元気そうだ。モンスターのよさそうな顔で僕に握手を求めた。
隣に立つロイドをおもてなし本部の幹部であると紹介し、領主様の対面に腰掛ける。一時ロイドの所属がリライヴェッジ研究所第零研究室……フリント博士の部下だと分かった領主様が何故かパニックを起こすという一幕こそあったものの、なんとか腰を落ち着け話が始まった。
「実は……この度親善大使殿にはウェルデの街おこしのご相談をしたいと思っておりまして」
「街おこし、ですか」
とんでもなく大層な話が出てきたな。頬が引き攣りそうになるが何とか堪える。っていうかちょっとロイド兄様?マジかよって思いっきり顔に出とるがな。口にも出とる。
ハンカチを離さない手を忙しなく動かしながら領主様は、僕の確認の言葉にこっくりと頷いた。
「はい。ウェルデは牧歌的で景観もよい素晴らしい都市なのですが、他の都市に比べて特に特産らしい特産もなく……まあ有体に言ってしまえば田舎な都市なのです」
「はあ。素敵な都市だと思いますが」
「はは……ありがとうございます。ですが何分そうも言ってられない状況でしてな。『青の都市』のように娯楽に溢れている訳でもなく、『赤の都市』のように商業が盛んな訳でもないこの都市に嫌気がさして都市を離れる若者が後を絶えないのですよ。結果として都市の高齢化が進み、今やどこの街もなんとなく活気がなく……」
まあ良く聞く話だなと僕は頷いた。
地方の過疎化と言うのは結構深刻な問題だ。そこで暮らす領民が他に流出すれば当然のごとく都市の税収は悪くなるし、税収が悪くなれば公共事業などに割ける税金と言うのも減っていく。
公共事業に力が入っていない都市に住みたいと思うモンスターは少ないだろうし、新規住人の獲得率が下がる原因になるだろう。流出ばかりで新規流入がなければますますモンスター口は減る訳で……負のスパイラルが完成している。
今回の話はこのスパイラルから脱却するために、何かしらウェルデのその街ならではの国民の目を引く特産や娯楽を作りたいという話なのだろう。
うん、理解した。大変だよね、分かる分かる。うん、理解したんだけどさ?
はああ~とため息をつく領主様に嫌な予感を覚える。
今この狸さん『この都市は』って言ったな?都市……都市ですか、いやまさかね。
嫌な予感にははは、と内心で笑う。そんな訳ないよ。だって領主様よ?いやいやないない……とは思いつつも、僕は引き攣りそうになる口元を抑えて領主様に恐る恐る尋ねる。
「領主様。一応確認なのですが、今回街おこしを考えていらっしゃる街はウェルデのどちらの街です?」
「え?いやですから『緑の都市』です」
「……全部?」
「全部」
え?なんかおかしいこと言ってる?みたいな顔で首を傾げる領主様。僕は微笑みながら硬直した。ロイドはもう黙っていることにしたらしい、一切口を開かず瞑目している。
このモンスター何か勘違いしてんな?僕ら別に政治に携わる官僚とかじゃないんだが?いや王城と共同組織ではあるから官僚みたいなものではあるかもしれないが、そんな都市開発とかそういう事するところじゃないんですよ。
っていうかそれ街おこしじゃなくて都市おこしやんけ。都市の最高責任者である領主が「都市おこししてください」って他モンに頼むな。プライドは無いのかプライドは。
僕は目を笑みの形に固定したまま鼻から息を吸って静かに吐いた。
まあ待てラウ親善大使、ここで断る訳にはいかない。なんていったって陛下直々の推薦だ。断るにしても話はすべて聞いてからでないと角が立つ。
というか陛下は何を思って領主様に僕を紹介したんだ?領主様に話の続きを促しながら脳内で疑問を浮かべていると、その疑問の答えはすぐ領主様から語られた。
「何かをしようと私も色々と考えてみたのですが、しかし田舎で納税額の少ないウェルデでは人手も予算も足りない状況で……。陛下に何か助言を頂けないかとセレモニーの時にお声を掛けたら、親善大使殿を頼ってはみてはと。ニンゲン文化を取り入れる事業であればおもてなし本部から補助金も出るし、永続は難しくとも期間限定で多少のモン員も出すと言われたのです」
「そうですかぁ」
頬に手を当て、淑女の笑みに見せかけながら怒りに強張る頬を揉む。
陛下ぁー!?それ世間一般的に丸投げって言うんですよ!?何考えてんねんあの狼!!
こんなん手に負えないって!普通に国が乗り出すべき案件じゃん!ニンゲン文化の推進って僕てっきり「歌劇でニンゲンの物語やりたい」とか「ニンゲンの食べ物を作りたい」とかそういう話だと思ってたんだけど!?いやそれも有効なんだろうけど、あかんて今回のは規模がデカいって!何都市おこしって?ニンゲン文化を万能薬か何かだと思ってないかな!?
穏やかに笑いながら内心で荒れ狂う。……落ち着け。とりあえずまずは領主様がどういう方向性で今回の事を考えているか確認すべきだ。実はもう大体の案が出来上がっていて『ここにニンゲン文化を組み込みたいんだけど』っていう話かもしれないじゃんか。
「お話は分かりました。それで領主様は、具体的にどのように街おこし……都市おこしをしたいとお考えで?」
「それが全く何も思いつきませんで」
「フフッ」
思わず笑っちまったわ。ブッ飛ばしてやろうかこの狸。
ニコニコ笑う領主様に拳握りかけちゃう。誰だコイツを領主に据えた奴は。陛下か?陛下なのか?殴っていいですか?
「その、フリント博士が仰ったのですよ。親善大使殿なら上手い案を考えてくれるはずだと」
殴るべきは博士だったわ。今日帰ったら絶対殴る。
「うふふふふふ」と笑みを浮かべた僕は、とりあえずこのままここに居たら怒りの化身と化して領主邸をぶち壊しかねないと冷静に判断し、早々に話を切り上げてロイドを連れ領主邸を辞するのだった。
これはもしかして内政ものだったのだろうか…?




