令嬢襲撃
「……来たわね」
会場に足を踏み入れてすぐ。しばしご歓談を、とセレモニー進行のモンスターが言うのを聞きながらシャンパングラス片手に微笑んでいた僕は、唇をほとんど動かさず発せられたベルの言葉に小さく頷いた。
視界の端でなにやらカラフルな一団が目をギラギラさせてこちらをに足早に向かってきていた。獲物を前にした肉食獣の様な威圧感に顔が引き攣りそうになるのを必死にこらえる。
「べ、ベルリアナ様……っ!お会いできて嬉しいですわ!」
「夜会にベルリアナ様がご出席されるのはお久しぶりでは無くて!?ああ……お母様に無理を言って連れてきてもらってよかった……」
「あの新発売されたコスメ最高でしたわ!!意にしている商会で扱っているものは全て買い占めましたの!」
「本日のドレスも大変素敵ですぅ……!」
きゃあきゃあとはしゃぐドレス姿の年若いモンスター達……このセレモニーに参加している魔法界重鎮の親類である貴族のご令嬢たちがあっという間に僕とベルリアナを取り囲む。凄まじい勢いだ。我先にと発せられるキンキンとした高い声に「若いなぁ……」と内心慄いてしまう。
しかし隣のベルリアナと言えば、流石は魔法界のカリスマ。全く動じずに美しく微笑んでは令嬢たちに魔導士の礼を取った。
「皆様、お久しぶりでございます。皆様の麗しいお顔を拝見できて、このベルリアナ大変嬉しく思いますわ」
そう言ってド派手な赤いドレスを完璧に着こなすラミアが小首を傾げれば、会場の一角で令嬢方の悲鳴が上がった。蠱惑的な流し目に当てられバタバタと倒れ伏す令嬢まで出始める始末。
余りの人気者ぶり……というかいっそ狂信とまで言えるその信仰の対象っぷりに微笑みを継続させながらドン引きする。
なるほどこれがロイドが言う面の皮か……。皆様お気は確かでして?このラミアこの間僕に魅了掛けて尻文字させて腹捩れるほど笑ってた悪女ですわよ?お母様の腹の中に良心置いてきた疑惑のある極悪ラミアですわ、うふふ。
大量に発生した失神者を、ウェイター服を纏った給仕の方々が次々と会場の外に運び出していく。近くの給仕のモンスターがぽつりと「今日は少ないな……」と言ってるのが聞こえて笑顔にひびが入りそうだった。おいおい10にんは逝ったぜ?これで少ないの?ベル怖い。
魔法界屈指のトップモデルの凄さに戦々恐々としていると、ベルの流し目に耐え切ったひとりのご令嬢がモジモジと僕を見上げた。
「そ、それで、あのう……こちらの方が、例の……」
「ええ、先程陛下からご説明がありました、親モンスター派のニンゲン達と魔法界を繋ぐモンスター側親善大使に任命されたモンスターですわ」
「ラウと申します。以後お見知りおきを」
「は、はひ……」
淡いピンクのドレスを纏った背の低いうさぎさんにニッコリと微笑むと、彼女は頬辺りの白い体毛をうっすら染めてこくこくと頷いてくれた。周囲を見渡すと他のご令嬢たちもほう、っと頬に手を当ててうっとりしている。
ベル式メイク術すげー。ほとんど狐面で見えてない筈なのに、施してくれた美女に見えるなんやかんやのお陰で今の僕はベルリアナに勝らずとも劣らない絶世の美女に見えているらしい。良く漫画で見る「何よこのブス!ベルリアナ様の隣に立つなんて!」ってシャンパン引っ掛けられるみたいな展開にならないで済みそうだ。
……いや美女じゃなくても、陛下の覚え目出度いモンスターと言うことになっている僕に表立って喧嘩売れる奴いないか。
自分の役職の重さにため息をつきかける。
一か月前。国民への政策告示前に各都市領主や貴族たちに政策内容を告示する会議があった。
ニンゲンと友好関係など、と紛糾する会議の中で比較的冷静だったモンスターから「親善大使が来年来ることが確定しているのなら、モンスター側も親善大使を立てる必要があるのでは?」という意見が出たのだ。
ニンゲン側へ友好を示す象徴として、そしてニンゲン文化を推し進める政策の象徴としてモンスター達の前に立つ存在が必要だ。
そしてもしニンゲンの世界渡り技術を得てニンゲン界に行けるようになった暁には、モンスター側の親善大使をニンゲン界に遣わせるべきだ、と。
そんな意見を各都市の領主や有力貴族も交えた滅茶苦茶格式高い会議室の片隅で聞いていた僕はふーんそんなもんかと他モン事のように頷いていた。
それが良くなかったのかもしれない。
次の日朝起きたら僕がそれになっていた。
「あ、ラウ。君明日から親善大使ねー」と、余りにも世間話のようにフリント博士が言うので「あ、はい分かりました」とか言って答えてしまったのだ。
そうか親善大使かー。頑張らないとなー何するんだろうなー、とぼんやり考えながらトイレに立って用を足し手を洗って、そこでようやく事態に気付いて博士に詰め寄った。
以下回想。
「何故僕!?このポッと出の、どこの馬の骨とも知れんモンスターに何故そんな大役を!?」
博士の首をガクガク揺する。娘と触れ合えて触れしそうな博士が満面の笑みを浮かべながら六つの手全てサムズアップした。
「それは勿論私が推薦しました!」
「なななな何しとんねんおどれはー!?」
「あとおもてなし本部の幹部の推薦多数だったからねぇ。お陰ですんなり決まったよ」
「は?推薦?」
第零研究室で、僕は話に加わらず黙って仕事をしていたロイドとミモザを振り返った。僕の視線に気づいたのかビクッと肩を震わせるふたり。
その思い当たる節しかなさそうな反応に全てを悟った僕は、ゆらりとふたりの背後に立ちギシッと椅子の背もたれに体重を掛ける。絶対に僕を振り返ろうとしないふたりの首筋に冷や汗の様なものが浮かんでいるのが見えた。
「幹部からの推薦、ねぇ……?なんか知ってます?幹部さん方」
「……アジェルも推薦してました」
「べ、ベルちゃんも推薦してました」
「全員ですね?」
だってパーシーにはまだ詳細は話してないもんね?アジェルにはエイデル騒動のあと話したけど。って言うことは事情知ってるモンスターは全員僕に押し付けたんですね?
怒りを滲ませる僕に詰められるふたりの言い分としては「自分達モンスターはニンゲン文化なんて知らないし、元ニンゲンがいるなら元ニンゲンに任せるのが一番いいと思った」とのこと。そうかもしれないけどそれにしたってやりようはあるだろうが。僕が考えてみんなに伝えて検討して実行の流れでいいじゃん。親善大使にわざわざしなくていいじゃん。
絶対に面倒だからって理由で断固拒否をし、代わりの生贄として僕を差し出したのであろう幹部に憤る。そりゃ確かに僕は定職についてなくて暇だけど!せめて一言言ってよ……っ!
「っていうか貴族連中とか誰も止めないの?いくらフリント博士の娘といえども限界があるでしょ」
だって博士伴侶も居ないのに普通こんなデカい娘居る訳なくない?絶対訳アリだと思うでしょ。何でその辺誰も突かないの?おかしいと思ったら声を上げるのって大事だよ?
関係者全員に売られた怒りにむくれながら疑問を呈する。その僕の抱いた疑問は当の本モンスターである博士が答えてくれた。
「確かに一瞬反対意見も出たんだけどね~。私の娘ですって言ったら何故かみんな賛成してくれたよ。陛下もそれが一番いいだろうねって言ってたし」
「アンタは……っどんだけ……っ」
ここ侵攻対策会議からこの方、様々な場面で有力モンスター達の「ああ……フリント氏のね……はいはいいつものね……」みたいな達観した目を見てきたので、今回の会議でもその流れだったのだと容易く想像できた。何しでかしてきたのかは知らんが博士が魔法界に残す爪痕がデカすぎる……っ!
という訳で辞退するも空しく却下され、目出度く(?)親善大使の役職を正式に陛下から賜ったということだ。
確かに生きるためなら何でもすると言ったけどさあ……ガックリ項垂れ煤けててしまったのは仕方がないと思う。
それからの一か月は本当に大変だった。『陛下の覚え目出度く直々に役職を賜ったモンスターとして恥の無い言動行動を覚えてください』と派遣されたマナー講師にご飯を食べる間も削って様々な魔法界のマナーを叩きこまれ、『ニンゲン文化を広める前に魔法界の文化を学んで貰います』と派遣された学者先生と寝る時間も削って夜更けまで勉強する日々を昨日まで送らされていた。もう教本も文字見たくない。
回想終了。
「ラウ様……!あ、あああの!MonMonの最新号見ましたわ!と、とても素敵でした……ミステリアスな雰囲気が……」
「ラウ様もベルリアナ様と同じお仕事をされているのですか?」
思考をセレモニーに戻す。ずいずいっと令嬢たちに囲まれ、声に出さないまでもおおうっと一歩引いた僕は、再燃した怒りを飲み込んで計算された淑女の苦笑いとやらを浮かべた。
「いえいえ、僕にモデル業なんてとても……。ベルリアナ嬢からお声がけいただいたのですよ」
MonMonとは魔法界で発行されているファッション誌だ。人気のある女性誌で、ベルが専属モデルをしている。
あの王城での会議の数日後、僕はベルによって本当に撮影スタジオに連行され、MonMonに掲載されるファッション写真の撮影に参加させられた。
冗談ではなく本当に僕をモデルとして起用し撮影したアレは、本来半年以上先に発行するMonMonに掲載予定だったらしいのだが、僕が撮影に参加したことを知った陛下の「広報として丁度いいね」という鶴の一声によって急遽今月発行のMonMonに無理矢理ねじ込まれたのだ。権力者怖い。
スパルタなベルの指示のもと、半泣きで臨んだ撮影に思いを馳せる。見学に来た編集長さんが「次もよろしくね」って言って僕の肩叩いてたんだよな……多分あるんだろうな次……。
頬杖をつき不敵な笑みを浮かべるベルの後ろで、椅子の背もたれに体重を預けアンニュイな表情を浮かべる僕という構図のショットが表紙に採用されているMonMonを思い出し心を重くしながらも、正面の令嬢方に向き直った僕は隣で微笑むベルと仲がよさそうに見える角度で寄り添い立った。
「今回親善大使に任命された際、幸運なことにベルリアナ嬢とご縁を結べまして。意気投合して撮影に是非、と言っていただけたのですよ。陛下としても僕の存在の広報をしたいと考えていらっしゃったので、渡りに船とばかりに参加させていただきました」
用意していた回答を口にする。まあ実際は親善大使の任命が後だがな。
しかしそんなことは関係者しか知り得ないことだ。わざわざ言うことではない。大事なのは「世界的に有名なモデルのベルリアナと仲が良く」「陛下が僕の広報に力を入れている」という点が伝わることだ。いかに陛下がこの政策に本気であるか、それをアピールするのが僕の仕事なのである。
ヒールと尾の長さもあって令嬢たちの頭一つ分高い位置にあるベルと僕は目立つようで、周囲の令嬢たち以外のモンスター達もチラチラとこちらの様子を伺っている。僕は遠くで耳を澄ましているであろうモンスター達にも二分の笑みを向けた。
「特集も読みましたわ。素晴らしいお考えですが……あの野蛮で恐ろしいというニンゲンと友誼なんて、本当に成るのでしょうか」
「ベルリアナ様、ラウ様。わたくし恐ろしいですわ……っ」
そう言いながらベルにしだれかかる強靭ハートの令嬢。後ろの令嬢たちの殺意が膨れ上がる。ビリビリとした殺気を受けながら、この令嬢たちなら万が一ニンゲンとの戦争が始まってもワンチャン生き残れそうだなぁ、ともしかしたら明るいかもしれない魔法界の未来に遠い目をした。
令嬢の言う通り、今月号のMonMonには、これまた陛下がねじ込んだ僕と陛下の対談が掲載されている。
ベルリアナを進行役とした対談の内容は、勿論モンスター・ニンゲン友好条約締結対応政策の概要、そして僕らおもてなし本部のこれからの展望である。下手なことは言えないと死ぬほど緊張して臨んだので当時の全く記憶残っていないけど。
ちなみに陛下が一般誌で発言するなんてこと基本無いらしいので、今月号のMonMonの発行部数はえらいことになっているらしい。嬉しそうに語るベルと編集長さんの目が滅茶苦茶輝いていたし僕はズッシリと重たい手で肩を叩かれた。何が重いかは推して図るべし。
「ご安心ください。この度陛下が検討しているのは親モンスター派……今は親魔王派と呼ばれてるようですが、モンスターに対して害する意志のないニンゲン達との友好を深めることです。確かに対をなす勇者派のニンゲンは、今まで何度も魔法界に侵略戦争を仕掛けてきた反モンスター思想のニンゲン達で構成されている油断ならない派閥ですが、親魔王派との友好条約が締結されれば勇者派もおいそれと魔法界に手出しは出来なくなります。この政策はこれからの魔法界を守るためのものなのですよ」
魔法界の王と友好を結びたい親モンスター派だから親魔王派とモンスターの間で呼ばれ始めた架空の派閥の話をいけしゃあしゃあと語る。本当にそうだったらどんなに良かったか……。
よくもまあこんな壮大な話が作れたものだ。サーシャが無事帰った後どうするんだろ。ここまでやっておいて「やっぱりニンゲン界との友好条約は締結できませんでしたー☆」って言って許してもらえるものなのだろうか。
しかし浮かんだ憂慮は表には出さない。自信満々と言う表情を作って僕は令嬢に微笑んだ。
「そうなのですね……ラウ様はニンゲン界の文化を魔法界に浸透させる為に任命された親善大使なのですよね?」
「ええ。この友好条約の締結のためにはモンスターとニンゲン双方の相互理解が重要になってまいります。ベルリアナ嬢が率いるおもてなし本部の友好条約対策チームは、この相互理解を深めるためにニンゲン界の文化浸透化を始め、様々な政策を推し進めていく所存です」
この度設立されたおもてなし本部は、二つのチームに分かれている。
一つは勇者派が万一親魔王派に先んじて侵攻してきたときに備えるという名目で、その実態は万が一勇者が発生したりニンゲンとの戦争が引き起こされた時の為に軍備強化や警備体制の見直し、各都市の防衛力の向上を目標に動く『勇者派侵攻対策チーム』。
騎士団と魔導士団、そして各都市に配備されているニンゲン界で言う警察的な治安維持部隊、憲兵隊を連携させたチームで、王国騎士団団員であるアジェルはこちらに所属している。
そしてもう一つが今語った『友好条約対策チーム』だ。広告塔として抜群の効果を持つベルリアナを長に、僕と王城から派遣される親善大使補佐官達から成るチームで、ニンゲン界文化の浸透を目指して動く。仕事内容がふんわりしていて不安しかないんだよなぁ……。
しかも所属は友好条約対策チームだが、親善大使というだけで勇者派侵攻対策チーム側の会議にも何故か引っ張られることがあるのでマジで親善大使の仕事内容が『おもてなし政策における全部!』みたいになってて忙しすぎる。辞退したい。もう外堀埋まってるから無理だけどな!
ちなみにリライヴェッジ研究所はというと、基本的にどちらかのチームに属することはなく必要な魔道具の開発や提供など、後方支援をメインに行うということになっている。もっと言えば第零研究室は僕のバックアップがメイン業務だ。僕としてもそれは大変ありがたいので文句はない。
「親魔王派と言うニンゲンが今までのニンゲンと違うというのは分かりますが……しかし、やはりその反対勢力の勇者派?がモンスターとニンゲンの友誼を邪魔するために攻め込んでくる可能性もゼロではないのでございましょう?やはり恐ろしいですわ……」
「確かに、その懸念はございます。しかし……ご安心くださいませ」
そういったベルは、不安げにため息をついた令嬢の顎をその長い指でくいっと持ち上げた。
至近距離で、真正面からベルの尊顔を直視した令嬢の顔がボフッと音を立てて爆発した。色めき立つ周囲の令嬢方。ベル監修の新商品の口紅、トゥルースヴェールを引いた赤い唇が艶やかに弧を描く。
「姫君たちは、アタシ達王国魔導士団がいかなる障害からもお守りするとお約束しますわ」
パチリ、と長いまつ毛に彩られた瞳でウインク。ぎゃああああっ!と、死体でも出たのかと思うくらいの絶叫が会場に響いた。ベルの隣で微笑みながらたじろぐ。
よくやるなぁ……僕もいずれああいうことしなくちゃいけなくなるのだろうか。嫌だなぁ。
令嬢をバッタバッタとなぎ倒していくベルを、僕は白けた目で眺めるのであった。




