幕間【零】白猫狂奏曲 其の二
研究所の外の景色が物珍しいのか、キョロキョロと周りを見渡す白猫を抱くロイドと共にレードの町に足を踏み入れる。
もはや顔見知りとなった近所のモンスターに挨拶を交わしながら歩くことしばし。見慣れたウッドハウスの扉をロイドが開けた。
「ただいま。……パーシー?」
「あれ?来ないね。お邪魔しまーす」
いつもであればいの一番に出迎えてくれるパーシーが、しかし今日は全く顔を出してこない。シーンとした玄関で僕とロイドは顔を見合わせた。
玄関にパーシーがいつも履いている革靴は有るので在宅はしているようだが。昼寝でもしているのかもしれないととりあえず僕とロイドは玄関扉をくぐった。
「なるほど。じゃあこの時は魔力をここに……あれ?兄様?ラウ?」
「あら?こんな時間に帰ってくるなんて珍しいじゃない」
リビングから何やら声がする、と何の気負いもなく顔をのぞかせた僕はあっと声を上げた。
昨日も訪れたもはや第二の家と言っても過言ではないロイド家に、しかし昨日はいなかったもの────数日前に僕をアルバストス中引き摺りまわした赤毛のトップモデルラミア、ベルリアナが偉そうにソファーにふんぞり返っていた。
「ベル!?」
「げ」
パーシーの対面で腕を組むラミアに僕は目を丸くし、ロイドはすこぶる嫌そうな声を上げた。猫がにゃーんと鳴く。
パチリと柘榴石の瞳を瞬かせたベルは、ふっと笑って僕に手を上げた。
「ラウ、アンタもいたのね」
「う、うん。最近パーシーにお菓子作り教わってて……ベルこそどうしたの?仕事は?」
「今日明日オフだから実家戻ってきたのよ。ついでに王国魔導士の先輩として新人に事前教育でも施してやろうかとね」
過密スケジュールに追われているという売れっ子トップモデルは、久々の連休に羽を伸ばすべく実家のあるこのレードの町に戻ってきたらしい。リビングに置かれた机の上には水晶の嵌め込まれたキレイなステッキが置かれており、魔道具だーと興味深げに覗き込みながら僕は頷いた。
「そうなんだ。事前教育って何し……パーシーどうした?」
異常なまでに静かなパーシーを振り返ると、先程までベルリアナの対面に座っていた筈のパーシーの姿が無かった。見れば、何故かリビングの入り口に立ち尽くすロイドと対峙していた。
え?どういう状況?とよくよく見てみると、どうやらロイドと、ではなくロイドが抱く白猫と対峙していたようだ。
無表情でじっと抱かれる白猫を見つめるパーシー。そして白猫もじっとパーシーを見つめている。間に挟まれる羽目になったロイドが非常に困惑した顔をしており、ベルと共に吹き出した。
「いやあの……パーシー?猫だぞ……」
「………………………」
困惑顔のままパーシーに呼びかけるロイドだが、しかしパーシーの耳に敬愛する兄の声は入っていない様だ。
シュールな光景に笑い出さないよう唇を噛み締めながら、なにあれと彼らの幼馴染たるベルに解説を求める。
「ヴィオレットは寒いから猫が少ないのよ……多分初めて実物見て脳の処理が追い付いていないんじゃない……?」
「なるほど……それで宇宙羊になってるんだ……ぶふっ」
震え声のベルに、同じくらいの震え声で答える。まさに未知との遭遇な訳だ。なぜだかニンゲンの時に見た初めて子猫を見た赤ちゃんの動画を思い出した。
何が面白いって、それにどういう反応を示せばいいか困っているロイドが一番面白い。本当にパーシーが絡むとポンコツになるなあのアンデッド。
「っていうかあの猫どうしたのよ」
「研究所にいた猫なんだけど、ロイドに懐いちゃって……」
「へえ。……ちょっと太りすぎじゃない?コイツ」
笑いの衝動を抑えたベルが、シュルシュルと入り口で立ち尽くす兄弟の元へ滑りよっていき、ひょいっと白猫を持ち上げた。突然後ろから抱えられる形になった白猫は、驚いて威嚇をしようと口を開け……ベルの顔を見るなり固まった。
口を開けたまま死んだように動かなくなる白猫。ベルは突然動かなくなった白猫に首を傾げた。
ああ……猫ってそういえば蛇苦手なんだっけ。と白猫の硬直の理由に思い至る。でも連れて行けとアピールしたのはお前だからなぁ……と先程僕だけ威嚇されたことを根に持っていた僕は、意趣返しとばかりに助けずぐへへと下卑た笑みを浮かべた。
すると「大人しすぎない?大丈夫なの?」と言いながら戻ってきたベルが、何を思ったかソファーに腰かけた僕の膝のポフンとその手に持ったものを載せた。
突如膝の上に発生した生暖かさと適度な重み。何が起こったのか脳の処理が追い付かず僕は膝の上を見下ろした。膝の上に載せられた白猫もきょとんと僕を見上げる。
僕と白猫の視線が交差する。たっぷり時間を掛けてようやく両者自分の置かれている状況を理解した瞬間、ロイド家に僕と白猫の悲鳴が響き渡った。
「%×☆◇€□§!!??!?」
「フシャアアーーーーッ!」
パニックを起こした僕と怒り狂う白猫の追いかけっこが始まる。どったんばったんと物をなぎ倒しながらリビングを逃げ惑う僕を指さして、ベルがロイドを振り返った。
「なに?ラウ猫嫌いなの?」
「いや嫌いじゃねーけど怖いんだと……。ああ家が……」
「なるほどねぇ。あーらら」
「い、いやああああ!やめてこないでください!パーシーどいてええええ!」
逃走経路を確保すべく、未だに突っ立っていたパーシーに押し倒す勢いでタックルする。ぶっ倒れるパーシーだが、しかし恐慌状態の僕は謝ることもせず悲鳴を上げ更に駆けだす。
パーシーがその衝撃で我に返り「ハッ!?ぼくは何を……!?」と荒れていく部屋を驚いた顔で見渡すが、その顔は僕を追いかける白猫に踏みつぶされた。
「お前のせいだろ。なんとかしろあれ」
「はいはい。ほらアンタ達、こっち見なさい!」
白猫の後ろ脚によって目を潰され、絶叫するパーシーを介抱しながらロイドが場の収拾をベルに命じた。
流石に責任を感じたらしいベルも特に逆らうことはせず、注目を集めるようにパンパンと手を叩いた。
その音に思わず視線をベルに向ける僕と白猫。柘榴石の瞳と目が合う。普段と違い、その深く濃い赤色の中に金色のきらめきを見つけ────途端、僕の脳内はベルの事だけで埋め尽くされた。
大混乱だった部屋が鎮まる。ふふん、と得意げな顔でロイドを振り返ったベルの瞳はいつもの色に戻っていた。
「魅了?大丈夫なのかよ」
「滅茶苦茶出力絞ったわよ。気付くらいの効果しかない……」
「べ、ベル様……」
「「は?」」
ロイドと共に驚いた顔で僕を振り返るベル、いやベル様に感涙する。ああ驚いた顔ですら美しい……。動いていない筈の心臓が熱を持つ。
もっとその美貌を見ていたくて目の中にハートを浮かべて見上げた。きゅんきゅんと胸が高鳴って仕方がない。こ、これが恋……!?自分の中に秘されていた感情に気付いて頬が熱くなった。
「え、なんで?猫は平気そうよ?」
「あー……まさか今まで魔法に触れてこなかったから精神系の魔法への耐性が皆無……?」
「猫にも劣る耐性の無さ……雑魚すぎない……?まあでも面白いからしばらくこのままでいいか」
「外道かよ……早く解いてやれよ」
差し出された御尻尾に歓喜しながら頬を擦り付ける僕を、ロイドが哀れなものを見る目で見つめる。ニヤニヤ笑うベルを嗜めようとして、しかし「ん?」と何かに気付いたように顎に手を当てた。
「待てよ。今の脳みそ溶け切ってる状態なら俺の『王命』への抵抗も弱そうだな。……試してみよう」
「アンタも大概外道よねぇ~」
クックックッと玩具を見つけた子供の様な笑みを浮かべたふたり。
しかしベル様にメロメロになった僕にその笑顔の真意が読みとれるべくもなく。ああ、悪い笑みを浮かべるベル様尊い……と頬に手を当ててうっとりするのだった。
────一時間後。
「うっうっうっ……パーシー……僕もうお嫁にいけないよ……」
ようやく魅了を解いてもらった僕は、つい先程までのトチ狂った自分にパーシーの毛並みに顔を埋めてしくしくと涙を流していた。
「う、ううん……やりすぎですよ、兄様。ベルも……流石に可愛そうです」
僕の頭を撫でて慰めてくれるパーシーが珍しく兄と、そして幼馴染に咎めるような目を向ける。その視線に兄は気まずげに目を逸らし、幼馴染はピューピューとえらく上手な口笛を吹いて誤魔化そうとしていた。
「そんげん……尊厳がないよぉ」
「悪かったって。あんまりにもチョロ……抵抗力が低いからさぁ。面白……心配だったんだよ俺らは」
「そうよ、とんでもなく雑魚……じゃなくて耐性が無いから遊ん……鍛えてあげたんじゃない」
「心配して鍛えてあげようとした結果がアレ……?」
モフモフとしたパーシーの体毛から目を上げる。頭パッパラパーになってる僕にどこからともなく取り出した猫耳つけさせて「ベル様、ご主人様。おかえりなさいにゃんっ」って言わせたり、尻文字50連発させたり、アカペラで歌わせたり、フリント博士の物真似させるのが心配した故の行動だと……?ねえ本当にそう言うんだったら僕の目を見てよ……さっきから全然目合わないじゃん……。
ワッとパーシーに縋り付く。
「こんなんじゃ僕いつかこのふたりの奴隷にされちゃうよぉ!えっちな要求とかされちゃうんだぁ!うわああん」
「そ、そんな兄様は見たくないな……」
ドン引きしながらも、おーよしよしとばかりに撫でてくれるパーシー。うう好きぃ……堕ちちゃうよぉ……。
まだちょっと魅了の効果が残っているのか即落ち二コマばりにパーシーにときめいちゃうチョロチョロな僕を、しかしベルは非常に楽しそうな顔で見下ろした。
「ちょっと面白そうだからソレやってもいい?」
「ヒッ!やめてください!」
「俺はこんなうるせー奴隷はいらねーかなぁ」
ぺろりと煽情的に唇を舐めるベルに背筋を寒くする。僕は何でこんなのをベル様とか呼んで崇拝していたんだ……っ!目を塞いで嫌々と首を振る。
対してロイドはというと、僕の言葉にハッと鼻で笑い膝の上に猫を載せて余裕な態度でコーヒーを啜っていた。反省の見えないその態度に無性に腹が立ち、涙目でキッとロイドを睨みつける。
「ひどい!なんでそんなこと言うのロイド!!さっき僕の胸の感触確かめたくせにっ!」
「「っ!?!!!??」」
「ちょ、ばっ!おまっ!!?」
バッと焦った顔で僕を振り返ったロイド。しかし僕もバッとパーシーに縋り付いてその視線から逃げる。
ガタッと立ち上がったベルとパーシーがロイドに詰め寄った。
「に、兄様ァァァァアア!?」
「はああ何その話!詳しく聞かせなさいよ!アンタら本当にそんな関係だった訳!?出会って一週間かそこらで!?」
「ちがっ!おいこらラウ!自分から押し付けておいて……っ!!」
「自分から!?じゃあ触ったことは認めるのね!?」
「ぐっ、ぬっ……!!」
焦り故か墓穴を掘っていくロイドに笑い出しそうになる。笑いを我慢して震える体を泣いてるかのように見せかけながら僕は更に言い募った。
「くっ……し、しかも……あんな外で……っ!」
「外ぉ!?何してるんですか兄様あああ!!?」
「ラウてめー!ちょ違うんだってパーシー!あれは不可抗力で……っ!」
パーシーに胸倉掴まれて揺すられるロイドから見えないとこでべーっと舌を出してやる。ざまーみやがれ鬼畜アンデッド、とほくそ笑んでいると僕の表情からすべてを悟ったベルがふむと頷いていた。
「アンタも中々悪い顔するのねぇ。アタシ好きよそういう奴」
「うるさいよこの極悪ラミア。いつか覚えとけよ」
他モン事のように感心するベルに、僕はいつの日かこのラミアにも今日の復讐をすることを誓うのだった。
後日。
訓練終わり。所要があると言って第二の研究室に向かっていったロイドと別れ第零の研究室に一足先に戻ってきた僕の目に飛び込んできたのは、僕のデスクでぐでーんと伸びる例の白猫の姿だった。
地下故に春の陽気などまるで差し込まない筈の研究室。しかし白猫は大変気持ちよさそうに腹を見せてゴロゴロと喉を鳴らしていた。
「…………いや、なんでここにいるんです?どいてほしいんですけど」
「にゃーん」
この第零のフロアは、数日前に博士が超強力生体認証付オートロックドアに付け替えたために第零研究員でないと出入りできなくなっているはずだ。現に今も、わざわざロイドは僕の為にオートロックを解錠してから第二の研究室に向かったのだ。なのに何故この猫はここに入ってこれているのだろうか。
今日ミモザは休みで研究所に来ていない筈だし、ロイドも今の今まで僕の訓練に付き合っていた。博士はまだ出張から戻っていないし。ドアが開く瞬間は限られているはずなのにどうやって?いつの間に……?と首を傾げつつも、とりあえずそこをどいてもらわないと僕の座る場所が無い。なんとか声を掛けてどいてもらおうと試みる。
「あのー、せめて隣の博士の席に移ってもらえません?」
「うにゃーん」
「いやうにゃーんじゃなくてですね……。僕君の事触れないんですよ……」
「(のびーっ)」
ぐう、と体を伸ばす白猫に困り果てる。どうしよう全く退く気が無い。机の周りをうろうろとするが打開策が浮かばず途方に暮れる。
しかし白猫は僕の困惑などお構いなしの様子だ。伸び終わってふうと息をついている。その白いモフモフとした毛並みにぐっと喉を鳴らした。
「………………ど、どかないんだったら撫でますからね……」
僕の要求をのまないお前が悪いんだぞ、と言う意味を込めて白猫にそう告げ恐る恐る手を伸ばす。が、
「シャアアーーーッ!!」
「びやああああ!?あ゛っ!?」
またしても鬼の形相で牙を剥きだしに威嚇され驚いて飛び上がった。そして猫が机に上がる時に落としたであろう何かの報告書を踏んずけ滑った僕は、研究室のど真ん中でドンガラガッシャーンッとひっくり返った。
床に腰と後頭部を強打し、痛みに呻きながら起き上がる。
「いてて……そんなに怒らなくとも……僕のこと嫌いすぎない……?」
「ぷっ、く、くくく」
ドアを背に涙目で後頭部を擦っていると、不意に頭上から笑いをこらえるような声が聞こえた。
いつの間にかスライドドアが少し開いており、その隙間から顔を背けて口を押える白衣姿のロイドが見えた。
「…………」
「び、びやああって、ぶふっ、ビビりすぎだろ……」
「死ねえええええええ!!!」
「ぎゃあああ!?何すんだテメエ!?」
羞恥で顔を赤く染めながら全身から紫炎を噴き上げる。ここ数日の訓練により複数個遠隔操作できるようになった火の玉を廊下のロイドに殺到させた。
悲鳴を上げたロイドが『移動』で火の玉から逃げる。しかし完全には逃げきれなかったようで、白衣の裾が少し焦げていた。
「いつから見てた!」
「そりゃもう一部始終……あっぶね!火の玉飛ばすな!」
恥ずかしさで死にそうな僕は全然それどころではなく、紫炎の勢いを強めながらロイドに噛みつく。
「見てないで助けろ馬鹿!!」
「それが助けを求める姿勢か?あー嘘です嘘ですすぐ助けますよ」
ひっくり返った時にばら撒いてしまい、それからずっと握っていたペンに紫炎を纏わせて投げつける。結構なスピードで飛んでいったそれを、しかし今度は難なく避けたロイドは「はいはい」と研究室で未だゴロゴロしている猫を抱き上げた。
そして僕が触ることを許されなかったその白い毛並みを抱きしめ、はーあとナチュラルに頬ずりする。
「全く暴力的なモンスターだな。なぁ?」
「にゃうーん」
「なんでロイドには懐いてるんだよコイツ……っ!」
腑に堕ちなさ過ぎてギリギリッと歯を食い縛る。
こんなことなら素直に猫とロイドのツーショット写真消さずに脅し用として持っておくんだった……と僕は非常に後悔するのだった。
ロイド「なんでアイツ猫相手に敬語使ってんだろ……」




