幕間【零】白猫狂奏曲 其の一
今日はこの前に一話投稿しています。
まさか休みますと言ったその日に上がるとは思わないだろう!僕もです!
「あ、猫」
本日の訓練も無事に終わり、軽い腹ごなしを済ませた僕とロイドが日課であるパーシーのお菓子作り教室に向かう道すがらの事。
研究所敷地内の中央にある本棟を出て正門に向かう途中、ロイドが茂みから顔をのぞかせる白猫を見つけた。
「本当だ。……なんかなつこいね?」
「多分ここに住み着いてるんだな。丸々してるし。おーいこっち来い」
ガッツリ目が合ったにも関わらず逃げ出す様子を見せない白猫は、しゃがみ込んで手招きするロイドの言葉に従うようにトコトコと僕らに近寄ってきた。
まるで警戒心のない様子に本当に野良かと疑うが、しかし首輪もついていないし実験体識別タグもない。研究員か職員かは知らないが、誰かがこっそり餌を上げているのかもしれない。毛艶もいい。やけにモンスター懐っこい猫を、僕はロイドの後ろでしげしげと眺めていた。
暫くロイドの指の匂いを嗅いでいた猫は、満足げににゃーんと鳴いて指に頬を擦り付ける。珍しく優しい顔で微笑んだロイドは、そのまま慣れた手つきで猫の顎下を撫で始める。
「いい子だな~よしよし」
「デレデレじゃん……」
「猫は可愛いからなぁ」
パーシーに向けるあの溺愛に近しいものを猫を撫でるロイドから感じつつ、そういえばとロイドの家に通うようになってから感じていた疑問を僕は口にする。
「っていうかロイドの家の縁側ってどこにあるの?」
「は?縁側?」
僕の疑問に怪訝な顔をするロイド。まさか自分がそんな顔を向けられる側だと思っていなくて驚いてしまう。え?記憶違い?と少し焦りながらも僕は初対面時に言われた言葉を繰り返した。
「前に、一番幸せを感じるのは縁側で茶飲みながら猫とぼーっとする時間とか言ってたじゃん。自己紹介の時」
「あー?ああアレか。嘘」
「うそぉ!?」
「一年通してほぼほぼ雪積もってるヴィオレットの家に縁側なんてあったら寒いだけだろうが。適当言っただけだよ」
「無意味な嘘つくのやめろや!」
「まあ猫は好きだから全くの嘘ではねーな。と言うことでセーフ」
悪びれるどころか鼻で笑って猫に向き直る白衣のアンデッドに、僕はこめかみに青筋を浮かべた。ここ数週間ロイドの家に行くたびに「あれー?ここの部屋にも縁側ないなーおかしいなー」とか思いながらこっそり探してた純粋な気持ちをどうしてくれる……っ!
この間も猫はキレる僕の声にも逃げ出さず、ロイドの手によって骨抜きにされている。そして骨抜きにしている本モンスターも猫の可愛さに骨抜きになっていた。
スケルトンの王のくせに骨抜かれるなんてそれなんの冗談、と荒んだ気持ちで鼻を鳴らしていると、遂に腹を見せた猫にを見下ろしながらロイドが「んで、」と口を開いた。
「お前さんはなんで俺の後ろに隠れてんの?」
「え?いや別に深い意味は無いけど」
「ふーん」
言いながらロイドがしゃがむ位置を変える。少し右に寄ったロイドの後をついて行くように僕も右にちょっと移動した。
しばしの沈黙。
ロイドがしゃがんだまま今度は左に素早く移動した。しかし警戒していた僕はその動きに遅れることなくついて行く。
またしばらく無言の時間が流れた。猫のゴロゴロ音だけが響く。
「……お前さんさぁ」
「ちがう」
「まだ何も言ってないんだけど」
「怖いとかじゃない」
この鬼畜に弱みを握られたら終わる。その一心で僕は先回りの否定をした。
しかし却ってそれが鬼畜に確信を持たせることになってしまったようだ。色素の薄い茶髪頭が僕を振り返る。その手に抱かれているのは────
「じゃあほれ、抱っこしてみろ」
「ッッッッッッッッッ!!!!!!」
至近距離で白い毛玉をずいっと差し出された僕は、猫よろしくビャッ!とその場で飛び上がった。そのまま近くの茂みに背中から突っ込む。
抱いた猫に頬を舐められながらロイドが苦笑いした。
「怖いんじゃん」
「怖いよ!!!!!!!怖いに決まってんじゃん!!!!!!!!!」
「決まってはねーよ」
茂みから顔だけ出した僕の叫びは、しかし呆れた目で一蹴された。
何してくれとんねんこの野郎!そんな恐ろしいもんいきなり差し向けてくんなや!
ガルルルッとロイドを睨むと「はいはいごめんって」と猫から僕を隠すように背を向けてくれた。口を尖らせて渋々茂みから出てくる。そして定位置のロイドの後ろに戻ってきた僕は、改めて肩越しに猫を観察した。
「……可愛いとは思う、本当に。ただ昔引っ掻かれたことがあって……いまいちどう接した方がいいか分からなくて怖いんだよ……」
「へえ。普通に撫でればいいと思うけど」
だから普通に撫でようとしたら引っ掻かれたんだって、と口を曲げるが、しかしあの時の猫と違ってこの白猫は大分大人しそうだ。
怖いだけで嫌いな訳ではないので、撫でさせてくれるなら撫でてみたいという気持ちがもたげる。
「……引っ掻かない?噛んだりしない?」
「コイツ大人しいしモンスター慣れしてるから大丈夫だろ。上から手出すとビックリするから顔の下から手出して顎下撫でてみ」
「う、うん。……し、失礼しますね……?」
ロイドの傍らにしゃがみ、指導通り恐る恐る地面スレスレから手を出してみる。……が。
「シャーーーッ!!」
先程までの穏やかな顔はどこへやら。僕の指が触れるか触れないかの距離にまで近づいた瞬間、鬼のような形相で猫が全力の威嚇を披露した。
またしてもビャッ!!と飛び上がった僕は今度は全力で傍らのロイドの顔面にしがみつく。
「……っ!……っ!!」
「あーうん。ごめん、俺が悪かった。ごめんなさい。謝るからとりあえず離れてくれませんか?色々当たってるんだけど」
しかし恐怖におびえる僕はロイドの言葉にぶんぶんぶんと首を振った。
今ロイドから離れたら食われる……っ!今にも泣きだしそうな心境でぐいぐいと体をロイドに全力で押し付けた。
「ね、ねこ……こわ……っ」
「怖えのは俺だよ……っ!離れろ……!窒息する……首折れる……っ!!」
声にならない叫びを上げながらガクガク震える僕。そんな僕を引き剥がそうと奮闘するロイド。
その足元では白猫が何事もなかったように呑気に欠伸をしていた。
なんとか正気を取り戻したものの、恥ずかしいやら胸元に残るなにやらの感触で普通の表情を作れなくなった僕と、身体強化魔法まで使って全力でしがみつく僕を引っぺがしたことにより疲労困憊のロイドは、本来の目的のため猫を置いて研究所を出ようと立ち上がったのだが。
「にゃーん」
「……」
「……」
「うにゃーん」
「……」
「……」
「にゃうるぁーん」
3歩歩く度に鳴く猫にストーキングされていた。
「どうすんのこれ」
「いやぁモテる男は辛いな……イテッ」
ふざけたことを抜かす隣のアンデッドを肘でド突きながら、肩越しにチラリと猫を振り返る。
僕らを……というかロイドを期待の眼差しで見上げる白猫は、ぴったりと距離を空けずに後ろをついてきていた。キラッキラッに輝く眼差しは私も連れて行ってと何よりも雄弁に語っている。
しかし僕らが今から行くのは雪道だ。比較的メインの道は除雪がなされている研究所敷地内とは違う。猫は寒さに強くないと聞いたことがあるし、このまま歩かせたら凍傷になっちゃうのではないだろうか。
「はあ……しょうがねーな」
同じことを考えていたらしいロイドがひょい、と猫を抱き上げる。嬉しそうにロイドの頬に額を擦り付ける猫と、全然仕方なくなさそうな苦笑いを浮かべるロイドを見て僕は無意識にマギホを向けた。
「なんですか」
「あ、いえ。お気になさらず」
「普通無言でカメラ連射されたらお気になさると思うんですが」
「ちょっと目線こっちもらえる?」
「無言じゃなければいいってことじゃねーぞ」
ジト目で僕を見るロイドだが、その手は猫によって塞がれているので無理矢理撮影会を止めることはできない様だ。それならば幸いとニヤニヤと口元が緩みそうになるのを頬の内側を噛み締めることで耐えながら、真顔でいろんな角度のロイド×猫を撮影し続ける。
だってしょうがないじゃん!できるだけ出さないようにしてるけど僕元々筋金入りのリリ剣オタクですよ?ゲームと違って中身が鬼畜ジジイだったとしても貴方も僕の推しです!こんなレアショット撮影しないとか無理に決まってるでしょうが!
もはや逆キレの心境で鼻息荒く撮影を続けるが、遂に後頭部に頭蓋骨が飛んできて強制終了させられる。
「消せ」
「くっ……パーシーに見せてからでもいい……?」
「……………………………………いいだろう」
いいんだ……。
まさかの許しに雪の上でぶっ倒れながらも勝利のサムズアップ。馬鹿め、その間にミモザのPCに転送して永久保存してもらうまでよ……っ!
くっくっくっと笑う。しかし僕のあくどい考えは全てお見通しだったようで、僕の手に握られていたマギホは頭蓋骨によって奪われた。
「な、あああああああ!!返してえええ!!」
「没収でーす。ほらもう行くぞ」
「くうううっ!うわあああ!」
勝ち誇った笑みで僕を見ろしたロイドは、そのままさっさと歩きだしてしまう。僕は悔しさに涙しながら雪が積もった地面をドンドンと叩くのだった。




