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『サーシャ』の理由

サーシャがこの世界に来るのは、ほぼほぼ確定した未来である。

第9代目勇者であるサーシャがその力を十全に振るえば、僕らモンスターはひとたまりもない。このことはリリ剣でも、そして過去の史実からも明らかである。


ならば、勇(・)者(・)を(・)発(・)生(・)さ(・)せ(・)な(・)け(・)れ(・)ば(・)い(・)い(・)。

それが僕らリライヴェッジ研究所の結論であった。


「……侵攻を起こさせない?いやしかし、ニンゲンが来るのは確定事項と……」


「ええ、個体名サーシャがこの世界に発生するのは防げません。しかし個体名サーシャと第9代目勇者は別物────サーシャはともかく、勇者を発生させないようにする、それこそが我々リライヴェッジの提案です」


「どういうことニャ……?」


「ご説明します」


疑問符を浮かべる団長ふたりの目の前で博士はホログラム化させた地図を表示させた。王都アルヴを色を冠する6つの都市が囲む魔法界の地図である。


地図上に『緑の都市(ウェルデ)』と『黄の都市(カルベン)』の境界にある古城に赤いバツ印が示される。サーシャが現れる地点だ。


「ラウの話によるとこの地点で発生したニンゲン、個体名サーシャは時計回りに魔法界を巡ります。王都南西の『緑の都市(ウェルデ)』から始まり王都南部の『灰の都市(グリエル)』まで約一年かけて巡った末、王都アルヴの王城に向かいそこで殺されます。殺された恨みによって彼女は勇者の力を得て、モンスターを皆殺しにするために時間をこの世界に来た当時まで時間を逆行させます」


「時間を逆行……!?そんなことが可能なのか!?」


「まあ世界を渡ることすら可能にするユウキエネルギーですしねぇ。比較するのも烏滸がましい位のささやかではありますが、ウチのロイドくんも『時間』の魔法を獲得している訳ですし、概念として存在しない訳ではないですね」


突然のディスに、ロイドが口の端を引き攣らせながら「ささやかで悪かったな……」と小声でキレる。とりあえず労わるように肩を叩いておいた。大丈夫、勇者がおかしいだけだし何だったら僕はその比較も烏滸がましくささやかな魔法に敗北し続けてる……。


そして問題はそこではない。いやそこも大変に問題なのだが、今僕らが話し合うべきはその前段。すなわち『サーシャが殺される』という点だ。


サーシャは、仲良くなったモンスター達に裏切られ殺されることで勇者の力を得てしまう。僕らはそこに目を付けた。


そう。殺すことで勇者になるのなら、殺してしまわなければいい。


仲良くなったモンスター達と共に楽しく世界を巡り、その過程で友達を得て、家族の愛を知り、ささやかな恋をして────そして何の問題もなくニンゲン界に返してしまえばいいのだ。


僕らの手で待ち受ける障害をすべて取り除いてやり、全ての遺物を集めさせて帰還の儀式を行わせる。

勇者になんてさせない。ただの少女として、何の危険もなくこの世界を巡らせてやる。それこそが『勇者侵攻対策 リライヴェッジ案』であった。


「……ニンゲンを、我々の手で守るということニャ……?」


「そういうことです。これが一番穏当な方法でしょう」


愕然とした表情で呟いた魔導士団長に博士が頷く。しかしそれに否やを唱える声が上がった。


「ふざけるな!ニンゲンによって我々モンスターが今までどれほどの辛酸を舐めさせられたと思っている!?ニンゲンを守る?バカなことを言うな!どれほどのモンスターが死んだと……」


「落ち着き給え、騎士団長」


激昂する騎士団長を陛下が窘める。しかし騎士団長は「陛下!」と詰め寄らんばかりに食って掛かった。


「知らないとは言わせませんぞ!魔法界が辿った血塗られた歴史を!ニンゲンによって起こされた悲劇を!我々モンスターの悲願を」


「ならば戦争を起こすかね?」


静かな声だったのに、その言葉は会議室によく響いた。


「は……」


「これから現れるニンゲンを我々モンスターが殺せば、彼女は勇者に転じる。勇者が発生すれば我々モンスターは全滅だ。たかが感情で魔法界を破滅させろと、君はそういうのかね」


「いや、ですが……しかし」


「幸い『サーシャ』は『勇者』と違い、モンスターに対し敵疑心を持っておらず友好的な存在らしい。……そうだね?ラウくん」


「は、はい!サーシャは旅の最中、行く先々でモンスターと仲良くしようと奮闘していました」


ピリ着いた空気の中、突然陛下に水を向けられた僕は背筋を伸ばして答えた。


リリ剣で語られるサーシャは、殺される直前までずっとモンスターに対し友好的だ。困っているモンスターがいれば積極的に手を差し伸べようとするし、モンスターへの歩み寄りの姿勢をずっと忘れない。

そんな彼女であったからこそ、ニンゲンに対して頑なだったモンスター達も次第に絆されていったのだから。


「と言うことだ。サーシャと勇者は……我々の世界を荒らしまわったかつてのニンゲンとは切り離して考えるべきだ。世界を守るため、勇者を発生させないため、我々は彼女を無事にニンゲン界へ返す必要がある。どんなに憎くても、恨んでいても、サーシャだけは違うと我々は思わねばならない。……どうしてもニンゲンを殺したいというのであれば、リライヴェッジ案に代わる対策案を提示せよ」


「……っ!!」


冷たく言い放つ陛下に、騎士団長は血が出るまで唇を嚙み締めた。魔導士団長も、手が震えるほどに拳を固く握りしめる。


無理もない。彼らはニンゲンからモンスターを守るために……もっといえばニンゲンを殺すために研鑽を積んできたのだ。その力を、モンスターからニンゲンを守るために振るえと言うのだ。


彼らのバッグボーンを僕は知らない。リリ剣に彼らは出てこなかったから。何を見て、何を思って、そして何を心に決めてニンゲンを殺す組織の長にまで上り詰めたのか、僕は知らない。

しかし今まで積んできた血が滲むような努力が、全てが無に帰すような気持ちであることは想像に難くなかった。


重苦しい空気が立ち込める。……博士が、珍しくおちょくることなく静かに口を開いた。


「勇者に変じさせない……勿論それもそうなのですが、それ以外にサーシャをおいそれと殺せない理由があります」


「……何ニャ」


「多分ですが……今回のニンゲンの発生、状況から見るにニンゲン側のプロパカンダの可能性があります」


「はあ!?」


再びざわめく会議室。色めき立つ騎士団長と魔導士団長に、博士はどうどうと落ち着くよう促した。


「一般的に考えてみてください。魔法界を滅ぼすために世界を渡らせてまで勇者を投入するのに、投入だけしておいて放置するなんて事まずあり得ません。となると間違いなくニンゲン側はサーシャを通して我々の動向を伺っている。……しかし、その投入した勇者はその実ただの少女。これっておかしくないですか?」


僕が目覚め、そしてリリィの聖剣のシナリオを語って聞かせたあの日。これから起こる未来を聞いたフリント博士はまず最初にとある疑問を抱いた。


即ち、ニンゲンは何(・)故(・)サ(・)ー(・)シ(・)ャ(・)を(・)遣(・)わ(・)せ(・)た(・)の(・)か(・)、だ。


何故勇者を遣わせたか、ということではない。そんなのモンスターが憎くて滅ぼしたいからだろうし、憎む理由なんてもの憎まれている側である僕らが考えたところで答えが出るわけがない。

そうではなくて───何(・)故(・)わ(・)ざ(・)わ(・)ざ(・)記(・)憶(・)喪(・)失(・)の(・)少(・)女(・)を(・)遣(・)わ(・)せ(・)た(・)の(・)だ(・)ろ(・)う(・)か(・)、ということだ。


サーシャは一週目のエンディングでこう語る。

「思い出した。自分が、モンスターを殲滅するためにこの世界に遣わされた『第9代目勇者』であったということを」


そう、遣(・)わ(・)さ(・)れ(・)た(・)なのだ。サーシャ自らの意志でこの世界に来たのではなく、彼女は何者かによって派遣された。

それが一体誰なのかはリリィの聖剣でも語られていないから分からない。しかし間違いなくサーシャのバックには彼女をこの世界に派遣した何者かがいる。


勇者を遣わすほどにモンスターを滅ぼしたい何者か……その何者は何故即時勇者を投入しないのだろうか。


わざわざ記憶を失った少女を遣わさずとも、最強の勇者を一人遣わせれば事は済む。なのにそうはしない。『世界渡り』の過程で記憶を失ったからという可能性もあるが、しかしそれはゲームのシナリオが否定する。

向こうは未来を知っている。魔法界に来た時点でサーシャが記憶を失っていることを知っているのだ。普通に考えればサーシャではなく別の手段を用意するだろう


なのにそうはせず、サーシャの投入を決行した。

と言うことはつまり、ニンゲン側にはサ(・)ー(・)シ(・)ャ(・)で(・)な(・)く(・)て(・)は(・)い(・)け(・)な(・)い(・)理(・)由(・)が(・)あ(・)る(・)。


そしてもう一つ。

果たしてサーシャを遣わしたニンゲンは、一体どこからサーシャの動向を伺っているのだろうか。

博士が言った通り、勇者を投入しておいて勇者が魔法界を滅ぼしたかどうか見届けない、なんてことあり得ないだろう。どこかしらに目がある。サーシャを、そして僕らモンスターを監視する目が。


そこで可能性として上がったのが、シナリオ上度々現れる『女神』の存在だった。

サーシャは旅の行く先々で女神を名乗る女性の声に導かれる。サーシャが困ったタイミングで手を差し伸べるように声を掛けるこの女神は、きっとどこかでサーシャの動向を伺っている。


この女神がサーシャを遣わせた本人かどうかは分からない。しかし間違いなくこの女神がサーシャの動向を監視する目の役割を果たしているのだ。





記憶を失った非力な少女たるサーシャを遣わす理由、そして女神と言う名の監視の目。

この二つを合わせて考えた時。僕らは一つの最悪なシナリオに辿り着いた。





フリント博士の声が会議室に響く。




「ニンゲン界でサーシャの旅が物語として語られていることも鑑みるに、恐らくサーシャが記憶喪失状態で魔法界に投入されるのは向こうの思惑通り。


「では記憶喪失の少女を魔法界に遣わす理由とは?きっとそれはモンスターの残忍性をアピールするための演出です。


「『ただ迷い込んだだけのいたいけな少女を、モンスターにも手を差し伸べる心優しき少女を、問答無用で殺すモンスターはなんという悪だ』……そう思わせるためのね。


「シナリオがある。舞台がある。演出がある。主演がいる。敵役もいる。そしてその一部始終を捉えるカメラもある。……この事実が示すものって何なんでしょうね?


「ところで……圧倒的な悪を目の当たりにしたとき、知恵あるものが抱くものって何だと思います?


「そう、義憤です。


「『何の力も持たない哀れな存在を、我らが同胞を殺すモンスターは悪である』


「『殺せ、モンスターに正義の鉄槌を』


「例えば、サーシャが害されるところを中継されていたら。リアルタイムで配信されていたら。それを目撃したニンゲン達がそう声高に叫ぶのは想像に難くはないですよね?


「そんな義憤を抱いたニンゲン達が、次にとる行動って何でしょうか?」



黙りこくる僕らに、博士は口を三日月に裂いた。









僕らが辿り着いた最悪なシナリオ。

それは即ち、第9代目勇者による侵攻、及び────ニンゲン達によるモンスター殲滅戦争だ。






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