生まれながらに物事の道理を重んじ、案じてこれを実行すること。
本日はこの話の前にもう一話更新しています。
「さてさて。ようやくおふたりにも勇者発生と言う話が信ぴょう性のある話だとご理解いただけたところで……本日の本題に入りましょうか」
博士はそう言って会議の参加者を見回した。
本題────つまり『勇者侵攻対策案』について。
長すぎた前置きに既に疲労困憊であるが、しかしこの話をしないで帰る訳にはいかない。もうサーシャがこの世界に来るまで一年しかないのだ。この一年でどこまでできるかが、来年以降の僕の生存に、ひいては魔法界の存続に大きく関わってくる。
資料を持つ手に力が入った。
「その前にいいかニャ?来年古城付近に発生するニンゲン……サーシャ?っていう記憶喪失のニンゲンが、最終的に勇者になってこの世界を滅ぼす可能性があるってのは理解したニャ。なら……そもそもこの世界にサーシャを来させないってのはできないニャ?」
「できません」
可愛らしく尻尾をフリフリさせながら問うた魔導士団長の問いを、博士がピシャリとはねつけた。
むう、と口を尖らす魔導士団長に先ほど殺されかけたことも忘れてほっこりしていると、博士がカツカツと壇上を靴底で叩きながらまるで講義でもするかのようにつらつらと語り始めた。
「ニンゲンは度々魔法界に侵攻を仕掛けてきました。その度に我々リライヴェッジはその世界を渡る術について研究してきましたが、その理論を解明することは今に至るまでできていません。まあ勇者が身に宿すユウキエネルギーがなんらか作用しているのは分かっているのですが」
「またユウキエネルギーか……」
「ええ、ええ。本当にこのエネルギーは素晴らしいですよ。モンスターに付与できないのが唯一にして最大の難点ですが」
不意にフリント博士が白衣のポケットから小さなベルと取り出した。そしておもむろに振り鳴らす。
チリンチリンと可愛らしい音が会議室内に響いた。突然の行動に僕ら研究所組も含めて誰もが首を傾げ────その瞬間、博士の背後の景色がぐにゃりと歪んだ。
まさか、と僕とロイドの顔が引き攣る。何かを感じ取ったのか、気絶していたミモザが「嫌な予感がしますぅ!」と飛び起きた。
僕らの反応に訝し気な表情をしつつも己の獲物に手を掛ける団長ふたり。その目の前で発生した歪みの中心が裂け……そして生まれた暗闇から白い獣の足が出てきた。
「おいで実験体017番……いやエイデル。皆様にご挨拶を」
「「っ!?」」
のっそり、という表現がぴったりなほど憂鬱な様子で暗闇から出てきたのは、まあ当然のごとく先日第零研究室の実験体となった特殊個体モヴ、ガルムのエイデルであった。
翻訳機の機能も持つ銀細工の髪飾りが首元で輝く。突如現れた巨大なモヴに、団長ふたりはガタッと立ち上がった。
『……エイデル。フリントの、ペット……』
立ち上がった団長ふたりをジロリと見たエイデルは、グルルと小さく唸った。
ロイドが改良を施したおかげでかなり流暢に翻訳ができるようになった筈なのに、何故か片言で翻訳されるエイデルの言葉。
今にもため息をつきそうなほど気乗りしない態度を見せるエイデルは、最低限の名乗りだけをしてぷいっと顔を背けた。そしてそのまま僕らの方へトコトコと歩いてくる。
「え、エイデル……何あの鈴」
『…………あれ鳴ったら、フリントのところ行く約束。はぁぁぁ』
犬面とは思えないほどに表情豊かに不本意を語るエイデルが、ミモザが起きた事で空いた僕の膝にボフンと頭を載せた。
エイデルが博士の実験体となった経緯を知っている僕とロイドは、嫌そうなその様子に哀れなものを見る目でエイデルの頭を撫でた。できるだけ博士と近くに居たくないんだろうな……お労しい……。
「で、出ましたねぇエイデル……っ!」
『……今ミモに構ってる余裕ない。あとで』
「ちょっ……!?」
そして顔に鼻血の跡を残すミモザがロイドの後ろに隠れてエイデルを睨んでいた。が、メンタル最悪なエイデルに一蹴され愕然とした表情を浮かべる。
ミモザが正気を失っていたせいで、ライバル宣言した・された関係であるにも関わらずあまり会話していなかったミモザとエイデル。
しかしミモザが正気を保っている時に顔を合わせると、やんややんやと言い合いをするのだ。仲が悪い訳ではなさそうだが、エイデルはミモザを倒したいしミモザはエイデルを警戒しているので仲良くはない。
なんとも言えない表情で一連の出来事を眺めていると、騎士団長と魔導士団長がエイデルを指さして博士に詰め寄っていた。
「フリント!?アレはこの間リライヴェッジの出没したというガルムの特殊個体じゃないのか!?あんな瞬間移動の様な技能があるだなんて報告受けていないぞ!」
「っていうかここ王城ニャ!!!何モヴ引き入れてんニャー!!!!」
大変お冠な様子のふたりに今にも殴られそうな博士は、しかし「いやーあっはっはっはっ」とか笑っている。
「私のペットですから暴れたりはしませんよ。移動術については……まあ今日報告するし別にいっかなって」
「貴様ー!!」
報連相を怠ったくせに全く悪びれない様子の博士に騎士団長の青筋がぷっつんいきそう。陛下がまあまあまあと宥め役に回っている。なんか陛下意味深にニコニコ笑ってるか団長達を宥めることしかしてないな……。
「はいはい、話を戻しますよ。お座りください皆さん」
「「コイツ……っ!!」」
「彼女エイデルは皆様ご存じの通りガルムの特殊個体です。カルベンに向かう途中に見つけ、弱っていたところを捕獲したのですがその時点では先程お見せした移動術は持っていませんでした。アレは後天的に獲得した技能です。私のお陰でね!」
自分が原因なのに困ったモンスターを見る目でパンパン手を叩いて場を仕切る博士に、団長ふたりが本日何度目とも知れぬ青筋を浮かべた。しかし口を挟んでも話が進まないことを悟ったのか、大人しく席に戻る。
博士は得意げに胸を張ると、僕の膝の上で『ケッ』とやさぐれるエイデルを指さした。
「常々思っていたのですよ。モンスターに付与したら体を崩壊させるユウキエネルギーですが、モヴに付与した場合も同様なのか……とね。という訳で運よく通常個体よりも大きく頑丈そうな特殊個体ガルムを見つけた私は、彼女に付近にいたソウルレスを食わせました」
「は?ソウルレス……?あのソウルレスニャ?」
「ええ、残留思念体のソウルレスですよ。ソウルレスの正体は勇者と共に魔法界に現れ、そしてこの地で散っていったニンゲンの思念です。その思念には微量ながらユウキエネルギーが含まれているのです。……えっ、知らなかったんですか?」
ポカン、と口を開けて呆ける騎士団長と魔導士団長の様子に、本気で慄く博士。うん、僕も初めて聞いた時同じ反応したなぁ。
ロイドからソウルレスの説明を聞いた時に彼が言った「お前にも関係がある」と言う言葉はこのことを指していた。
禁書庫の文献によると、5代目と7代目の勇者は多数の仲間やニンゲンで構成された軍を率いてこの魔法界を蹂躙していた。
勇者と共にこの地に来たニンゲンは勿論勇者には遠く及ばないものの、普通のニンゲンの筈なのに非常に強い力を持ち、魔法に似たような力を行使したらしい。
博士曰く、文献にも詳しく記されていないのであくまで研究に基づいた推論だが、なんらかの勇者の秘術を使って後天的にユウキエネルギーを付与されているのではないか、と言うことだ。
そしてユウキエネルギーを付与されたニンゲンが死に、その魂がユウキエネルギーと共に残留思念体となってこの地に残った。
つまりソウルレスとは、その勇者軍の兵士や勇者パーティーの一員としてこの地に来たニンゲンの思念ということだ。
そもそも勇者がいない今、第零研究室はどうやってユウキエネルギーを確保していたのかと言うと、王城地下にて秘密裏に安置されている第6代目勇者の遺体や捕獲したソウルレスから抽出していたらしい。
つまり僕は遺体とか幽霊から抽出されたものによって生き永らえてるということだ。そう考えると最悪すぎる。マジで倫理観とか無いんだろうなあの博士……。
そんでもって、エイデルはそんなニンゲンの思念体をどうやったのか知らないが無理やり食べさせられたらしい。可哀そうすぎる。
「いやぁユウキエネルギーの手持ちが無かったんですよ。なので仕方なく……ね?」
「仕方なくでモヴに思念体食わす奴がいるかー!!」
いや本当にごもっとも。もう嫌とばかりに耳を前足で伏せるエイデルの頭を労わるように撫で続けながら、僕とロイドは深く頷いた。
エイデル毛繕いをしながらロイドから聞いた話。仲間内での諍いかモンスターによって傷つけられたのかは分からないが、瀕死の状態で博士に出会ってしまったエイデルは、僕と言う事例を思い出した博士によってソウルレスを無理やり食わされた。
微量と言えどもユウキエネルギー、そして未満と言えどもモンスターのような存在であるモヴが、モンスターを殺すエネルギーを摂取すればどうなるか。
体が爆散する痛みに七転八倒した末、何度も死を覚悟したエイデルが根性で生還した際にあの移動術……『時空渡り』を獲得したらしい。
モヴとソウルレスはお互い干渉しあわない。モヴは魔力を持たず霞の様なソウルレスを餌として認識しないし、ソウルレスもモヴに攻撃することは無い。なのでソウルレスがモヴに取り込まれるという事例は今まで観測されていなかった。
そもそもソウルレスは今でこそ大量発生しているものの、本来は年に数回程度しか目撃されないような存在らしいので尚更モヴと巡り合うことなどないのだ。
恐らくエイデルが特殊個体であった事、そして取り込んだユウキエネルギーがごく微量であった事、それとユウキエネルギーの拒絶反応がモンスター程強くなかった為にエイデルは生還したのではないかと言うことだが、生命を生命とも思わない博士の所業にドン引きが止まらない。自然エイデルを撫でる手が優しくなる。
「エイデルが獲得したこの『時空渡り』ですが、これは私の部下であるロイド研究員が使用する時間魔法『移動』とはまた違うプロセスを経る移動術です。彼は移動時間を魔法で短縮することで瞬間移動を可能としていますが、エイデルは違う。A地点とB地点の時空を無理矢理繋ぐことでワープしているのです」
博士の話を聞きながら、ロイドをチラ、と伺い見る。
実は各都市に配置されている転移門は、このロイドの『移動』から着想を得て作られているらしい。難しいことは分からないが、あれも一種の魔道具で空気中に含まれる魔力を使って都市と都市の間の距離を縮めるという魔術が施されている。
しかし世界を渡るというのは、というか世界と世界の間に横たわるのはそういった物理的な距離の問題ではなく、なんらか概念的な問題があるらしい。距離換算はできないのが異世界というものなのだとか。
「勇者が行使する世界を渡る力……『世界渡り』の力と同様のプロセスを経ていると私は見ています。微量ながらユウキエネルギーを摂取したモヴに、下位互換とはいえ勇者と同様の力が宿った。ということは逆説的に勇者の力はユウキエネルギーによるもの、ということが判明したという訳です。まあ薄々分かっていましたが」
得意げに語る博士は続けた。
「エイデルを研究していけば、いずれは勇者の『世界渡り』について解明することはできるでしょう。解明できれば勇者が……ニンゲンがこの世界に発生することを事前に防ぐ術も生み出せる。が、……最短でも3……いや5、ですかねぇ」
「何がニャ」
「無論、『世界渡り』の原理を解明するまでにかかる時間です。最低でも5年はいただきたい」
ヒラヒラと手を振る博士。騎士団長がギリッと歯を食い縛った。
「……到底、今回の勇者侵攻に間に合わないではないか」
「流石に無理ですねぇ。いくら私が聡明叡智で、最も生知安行と言う言葉が相応しいモンスターと言っても過言ではないとしても」
「過言だろ」
「過言だね」
「過言ですぅ」
「うぉっほん!だとしても!それだけ難しい話なのですよ!騎士団長!魔導士団長!」
研究所組から放たれる否定の言葉をわざとらしい咳払いでかき消した博士が言い切る。生知安行の意味わかってんのか、最も遠いモンスターだろうが。
聖人も匙を投げる所業をしておきながら、自らを聖人と称する博士に会議室中の視線が突き刺さる。しかしそれで止まるマッドではない。ごほごほごっほん!と咳をした博士は一対の腕を組み、他二対の腕を大仰に振った。
「まあ勿論研究は進めますがね。という訳で以上の理由からニンゲン個体名サーシャがこの世界に発生するのを止めることは不可能です。ならば私たちが取るべき対策は一つ」
新たな資料が配られる。『勇者侵攻対策 リライヴェッジ案』と題されたそれを蜘蛛糸で器用に各自に配布し照明をつけた博士は、自信満々に言い放った。
「侵攻を起こさせない。……これこそが、我々リライヴェッジ研究所が皆様に提案する勇者侵攻対策です」
説明回が続く……。もう少しで会議も終わります。多分。
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