親子の覚悟
「自身の死の回避……?」
「ええ、資料に載せたストーリーは、彼女が語ったゲームの……『リリィの聖剣』の一週目のストーリーです。このゲームには続きがあるのですが、それは載せていません」
騎士団長の問いに、ゆったりと椅子に背中を預けた博士が資料をめくりながら答える。椅子の背もたれがギイ、と鳴った。
「一週目のエンディングでモンスターへの壮絶な憎しみを抱いたニンゲンは、その後壮絶な力をもって魔法界を蹂躙します。そして最終的に────モンスターを、皆殺しにするそうですよ?」
魔導士団長が息を飲んだ音が会議室に響いた。
「……なるほど。彼女は現状モンスターに変質している。ということはつまり……」
「そういうことです。モンスターとなった自分も勇者の殺害対象である。そう考えた彼女は、情報と自分の身を引き換えに我々に助力を求めた。いずれ来る勇者への対抗手段を一緒に考えてほしいとね。我々としても勇者発生の可能性が僅かにでもあるのなら動かざるを得ませんしねぇ」
「そうか……いやしかし……」
考え込む団長ふたり。無理もない、ただでさえ得体が知れない危険分子である僕が齎した情報に全幅の信頼を置けるわけがない。
それでも……このふたりに信じてもらわないことには、これから僕らが行おうとしている『勇者侵攻対策案』を実行することは不可能なのだ。
「……あの」
一歩前に出る。博士が愉快そうに片眉を上げたのを視界の端にとらえながら、僕は正面のドラゴンとケットシーに真っすぐ向き直った。
「……僕のことが信じられないのは当然だと思います。でも……僕は生きたい。もう死にたくありません。勇者の侵攻を回避するためならどんなことでもします。全力を尽くすと誓います。嘘もつきません。だから……お願いします」
頭を下げる。床の木目を睨みつけながら続けた。
「力を貸してください。お願いします」
頭を下げ続ける。
しかし返答はない。つむじのあたりに視線をひしひしと感じる。
拒否されたらどうしよう。僕の存在のせいで勇者が現れるってことを信じてもらえなかったらどうしよう────そんな不安を押し留めるよう拳を握る。
……不意に、パチパチパチと手を叩く音が聞こえた。
「ふふふ、肝が据わっている子だねぇ。いいだろう、君の言うことを我々王城側は全面的に信用しよう」
「え……」
「へ、陛下!?」
顔を上げれば、議長席に座る陛下がにこにこと笑顔を浮かべて拍手をしていた。思わぬところからの賛同にぽかんと口を開けて呆ける。騎士団長が驚いたように声を上げた。
「いやね騎士団長?こんな若い子が一生懸命に頑張るって言ってるんだよ?信じてあげなくてどうするんだい」
「しかし……」
「それに彼女見ていると若かりし頃のベアトリーゼを思い出すんだよねぇ。彼女もここぞというときに強い意志を貫ける女性だった……」
またも懐から女王陛下のお写真を取り出し涙目で眺める陛下。またあの大音量が来るか……!?と身構えるが、しかしさせんとばかりに更に騎士団長が、そして魔導士団長が陛下に抗議の声を上げた。
「しかし陛下。この場で決定するのは……」
「そうですニャ、もう少し検討を……」
「────私がいいと言っている」
団長達の言葉をにこやかに陛下が遮った瞬間、ズンッと両肩に謎の重みを感じた。
途端に騎士団長と魔導士団長はその場に膝をつく。有無を言わさぬ眼差しに自然と僕の体も平伏しかけるが、博士が僕の肘をくん、と掴むのを感じて我に返った。
見れば博士はその黒い目を細めて僕に頷いている。
リライヴェッジは王城に対して『対等』だ。一臣下ではなくリライヴェッジの者として立っている以上、おいそれと平伏するなという意味だろう。博士の視線の意味を読み取った僕は、大きく息を吸って真っすぐに背筋を伸ばした。
「陛下。申し訳ございません」
「出過ぎた真似をいたしました」
「いいよ。君たちの心配ももっともだからねぇ」
朗らかに陛下が笑った瞬間、場の空気が弛緩した。ほっと息を吐く。
これが王者の、世界を背負うモンスターが放つプレッシャーか。途轍もない圧を思い出して身震いする。……なぜ庶民的感覚しかない僕がそれを体験してるんだろうと内心で涙していると、陛下が博士を振り返った。
「でもどうやら、覚悟があるのは彼女だけじゃない様だ。ねぇ?フリント博士」
水を向けられた博士はニッコリといつものマッドな笑みを浮かべると、おもむろに椅子から立ち上がった。
そして僕を手で指し示しながら、舞台俳優のように演技掛かった仕草で頭を下げる。
「私は彼女の後見です。彼女が何か罪を犯せばその責は私がすべて負いましょう。もし万が一彼女が悪意を持って魔法界に不利益をもたらした時は、この首を持って償うと誓います。喜んで陛下に差し出しましょう」
「は、博士!?」
とんでもないことを言い放った博士にギョッと目を剥く。
確かに後見とはつまりそう言うことなのだが、首を差し出すまでいうとは思っていなかった。博士の覚悟を甘く見ていたと言わざるを得ない。
そこまで『超エネルギー』の……『ユウキエネルギー』の研究に魂を捧げているとは。庇ってくれたことへの喜びのような、ガン決まった覚悟への恐れの様な感情を持て余していると、満面の笑みの博士がぎょるんっと僕へ顔を向けた。
「どう!?ラウどう!?今のパパ決まってたでしょ!?かっこよかった!?」
「き、きもちわるい……」
「ええええええなにがああ!?」
主に首の動きと笑顔が……。
自らの腕を抱きながら博士から距離を取っていると、陛下の快活な笑い声が会議室に響いた。
「いいね。ぜひとも魔法界を勇者の手から救うために全力を尽くしてくれ。他のふたりもね。騎士団長と魔導士団長もいいね?」
陛下が僕と博士、そしてロイドとミモザへ視線を巡らす。慌てて頷いた。
よかった。とりあえずは信じてもらえた。
ようやく最大の難所を抜けたと、ほーっと息を吐く。ここで躓いたら何もかも終わりだった。何とかなって良かった、とロイドとミモザをチラリとみると彼らもほっとした顔をしていて思わず笑いそうになってしまった。
博士もなんか視界の端に映り込んだが、床にのの字を書いて拗ねてるだけだったのでまあいいかと放っておく。
陛下の言葉に跪いて頷いた団長ふたりが席に戻る最中、陛下とも目が合った。優し気な顔で微笑まれて咄嗟に会釈をする。
陛下と博士は事前に打ち合わせをしていたようだ。一体どこまで博士と陛下の計画通りだったのだろうか……絶妙なフォローだった為に、もしかしたら徹頭徹尾ふたりの手のひらの上だったのかもしれない。
優しい顔して怖いモンスターだな、と改めて陛下の恐ろしさを痛感した。
「それで?君の事だ、彼女の言葉を空想話で終わらせない証拠を揃えてきているのだろう?」
「さっすが陛下。話が早くて好きです」
「君の好きって言葉ほど怖い言葉は無いなぁ」
アッハッハッと笑う陛下と博士。仲がいいんだか良く分からない関係性だな……。
床へのお絵かきを止めた博士は、おっほんと勿体ぶったような咳払いをした後に「それでは」と再び口を開いた。
同時に博士の蜘蛛糸によって会議室の照明が落とされる。
「とはいえ、ですよ。皆様としても突然200年もの間音沙汰の無かったニンゲンが、勇者が現れると聞いてもやっぱり信じられない気持ちが大きいでしょう。その情報提供者が元とはいえニンゲンであるなら尚更、ね」
薄暗い部屋の中、背後のスクリーンに反射する光を背に受けた博士は、死んだ魚のような目を細めた。
「ご安心ください。このフリント、近い内に勇者が発生する根拠となる物的証拠を集めてまいりました」




