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実験体の正体

本日はこの話の前に一話更新しています。

またしても会議室に一触即発の空気が流れた。


ギリ、と歯を食い縛り僕と博士を睨む騎士団長と、静かに帽子の下で剣呑な眼差しを向けてくる魔導士団長が放つプレッシャーは相当のものだった。

毎日相対しているロイドスケルトンが最近放つようになった威圧感など、全く比にならない密度に呼吸が止まりそうになる。


対してロイドとミモザも口こそ開かないが、今にも僕に飛び掛からんばかりの騎士団長に警戒している様子だ。

僕を襲わせないとするその気持ちは嬉しいが、しかしここで戦闘を起こす訳にはいかない。どう収めるつもりかと博士を横目で伺うと、博士はプレッシャーなど全く気にした様子もなく「うーん」と顎に手をやって唸った。


「ま、見ようによってはそうですねぇ。一応蘇生の過程で魔力を発現させているので、勇者ではなくモンスターとして生き返っている訳なんですが」


「何故勇者のエネルギーを投与してモンスターに変質するのだ……っ!」


「それが謎なんですよねぇ。とはいえ、仮に彼女が私の作った勇者だったとして」




「────それに何の問題が?」




口を三日月に裂いた博士の顔に、ゾッと背筋が凍る。

博士を詰問していた騎士団長も気圧された様子だ。足が一歩後ろに下がる。


博士の異様な雰囲気に場が支配されかける。しかしそれに待ったをかけたモンスターがいた。ケットシ―の魔導士団長だ。

可愛らしい風貌には似つかわしくない鋭い目つきの魔導士団長が、眉を顰めて「は?」と疑問を重ねる。


「問題しかないニャ。勇者作っといて……お前、モンスターの敵ニャ?」


先端が丸い木製の杖を博士に付きつける魔導士団長。博士は盛大にため息をついてやれやれとばかりに肩を竦めた。


「落ち着いてください。私ほどこの魔法界の事を考えて行動しているモンスターはいませんよ?全く陛下の腹心ともあろう方々が揃いも揃って脳筋とか……陛下、腹心のモン選お間違えでは?」


「よし殺そう今殺そう」


「ちょうどこの間新しい魔法開発したニャ。お前で試すニャ」


「こらこらこら、落ち着きたまえ。博士も煽らないの」


恐れを知らなすぎる博士の言葉に青筋を浮かべる団長ふたり。ここでドンパチされたら僕も巻き添え食うんですけど……っ!?と戦々恐々としていると、今の今まで黙って成り行きを見守っていた陛下が両者の間に割って入っていった。

とりあえず陛下に窘められては落ち着かざるを得ない団長ふたりは渋々ながら着席した。博士は、はーやれやれみないな腹立つ表情で両手を上げて首を振っている。煽るなっちゅーに……。


「いいですか?目覚めて2週間足らずにも拘らず、彼女の身体能力や内包魔力量は既に一般モンスターを優に超えています。詳細はお配りした資料をご覧ください。……この数値は、未だ史実に残る勇者の能力には程遠いながらも驚異的です。訓練を続ければいずれ来る勇者に手を掛ける存在になりうる」


そう言って博士は僕の肩に手を置いた。僕を敵視する姿勢はともかく、博士がウザいという点では心情的には団長ふたり寄りの僕であるためどんな顔をするべき名悩んだが、とりあえず小さく頷いておいた。


「ニンゲン界にはこんな言葉があるそうです。『目には目を、歯には歯を』ならば勇者に対抗するならばこちらも勇者を。モンスターが対抗できないのであれば、勇者に対抗できる存在をこちらも作ればよい。ユウキエネルギーによる全モンスターの強化が成らない今、勇者が武力をもって我々を制圧しようとするならばそれでしか対抗し得る手段がない。……まあ最も、それは最終手段ですがね」


ボソリと呟かれた最後の言葉に目を伏せる。

そう。博士は僕を、勇者を……勇者に変じたサーシャを止める最後の防衛ラインとして使おうとしているらしい。それも、今回の会議に向けた打ち合わせの中で聞かされていた。

正直ロイドスケルトンに片手間で制圧されてる僕にそんなこと無理だと思ったし、なんなら電話越しに博士に「無理です」とも言ったのだが、しかし博士は譲らなかった。


モンスターでは勇者に対抗はできない。それは過去の戦争の結果や僕の知るリリィの聖剣の内容からしても明らかだ。

モ(・)ン(・)ス(・)タ(・)ー(・)は(・)ニ(・)ン(・)ゲ(・)ン(・)に(・)勝(・)て(・)な(・)い(・)よ(・)う(・)に(・)な(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)。(・)


しかし元ニンゲンである僕ならば、その当然の摂理として確立してしまっている事実を覆すことができると博士は思っているのだった。

何を根拠に語っているのかは分からない。研究者のくせに夢物語語るのも大概にせえよ、とロイドとミモザと共に反対したのだが、しかし博士は真剣にそう信じているようだった。


まあしかし、幸い……と言っていいのかは分からないが、その『勇者侵攻最終防衛ライン:ラウ』案はあくまで最終手段である。

そう、勇者と正面から事を構えるのは最終手段。僕らリライヴェッジには、勇(・)者(・)と(・)武(・)力(・)を(・)も(・)っ(・)て(・)戦(・)う(・)気(・)は(・)サ(・)ラ(・)サ(・)ラ(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)。


「まあまあ!今の彼女は『勇者みたいなモンスター』ではありますが『勇者』ではありませんよ。本モンスターとしてももうニンゲンとして生きていくつもりはありませんし、名実ともにモンスターです。だから娘にしたわけですし!あと本モンスターの希望もあって♡」


「希望していません。脅されました。後見が欲しかったのは本当ですが」


事実と違うことを言う博士を真っ向から否定する。博士はしかし僕に一刀両断されたことなど気にした様子もなく、右目の下の紋様をなぞって笑った。


「とりあえず、彼女の素性については我々が保証しますのでご安心を。……ラウは我々にとって稀有な実験体です。リライヴェッジ創設以来の快挙と言ってもいい。どうしても殺すというのなら、我々リライヴェッジを敵に回す覚悟でお願いしますよ」


────威圧。

博士の背後に大きな蜘蛛の巣を幻視する。


まるで部屋全体に蜘蛛の糸が張られたような圧迫感。蜘蛛の巣の中心で笑う博士の黒い目は、団長ふたりをひたりと見据えていた。


リライヴェッジを敵に回す。それはつまり過去リライヴェッジが国に提供してきた発明品や研究データ、そしてフリント博士が発明した転移門含む全ての実験物の提供を回収するということだ。


勿論国にとって大ダメージだろうが、しかしリライヴェッジとて損害が出ない訳ではない。むしろ膨大な損害が発生するのは想像に難くない。

僕の為にそこまでするのか、と慄きを含めてロイドとミモザに視線を向ける。しかし彼らの顔にも驚きの色は皆無だった。当然とばかりに団長ふたりを見つめている。


威圧を正面から受けた騎士団長と魔導士団長は、しばらく博士と視線を交差し合っていたが────やがて、諦めたように僕へ向けていた敵意を薄めた。


「はあ……。リライヴェッジの考えは理解した。しかし……彼女が我々モンスターを裏切る可能性は?元ニンゲンであるのなら、ニンゲンである勇者に与する可能性も否定できないだろう」


「ニンゲンは通りが通じない存在ニャ?根拠もなく信じるのは愚かだと思うニャ。実はニンゲンと繋がっていて、魔法界の実情をあちらに流している可能性も……」


「まあ当然の心配ですねぇ。しかしそれが今回の議題に関わってくるんですよ」


疲れたように眉間を揉む騎士団長と、机に頬杖ついて手をヒラヒラ振る魔導士団長に先ほどまでの剣呑な雰囲気は無い。とりあえず生存権を得たらしいと察した僕はほっと胸を撫で下ろした。

博士は団長ふたりから向けられた疑問にうーんと唸ると、チラリと陛下を横目で見た。

視線を受けた陛下は穏やかな顔で頷く。


「今回、おふたりは陛下より『リライヴェッジが勇者発生の予兆を観測した』と聞いた上で会議に参加されていらっしゃるかと思いますが……その予兆とはつまり、彼女の事なんですよねぇ」


「「は?」」


極寒の空気再び。

揃って僕に視線を向ける団長ふたりの雰囲気に、もう助けてくれ……っ!と内心で泣いていると、博士が「資料の32ページを」と参加者へ促した。


「目覚めた彼女が語ったのですよ。来年の春、古城近くにて『勇者になりうるニンゲンが発生する』とね。なんでもニンゲン界ではここ魔法界に勇者が攻め入るシナリオのゲームが出回っているのだとか。そうだね?ラウ」


「……はい。『リリィの聖剣』というゲームで、都市間サミットを一年後に控えた春にサーシャと言うニンゲンが現れ……最終的に勇者として覚醒する話が語られています」


「げ、ゲーム……?」


博士に促され、こくりと頷く。騎士団長は訳が分からないという顔で僕と博士、そして陛下を順繰りに見つめた。


「驚きましたよ。目覚めてすぐの彼女が、この魔法界でも一握りのモンスターしか知り得ない筈の勇者とモンスターの戦争の歴史を語るんですから。そしてその内容に齟齬もなく、ニンゲンが知るはずも無い情報まで諳んじてみせたんです。信じざるを得ないでしょう?ということで我々リライヴェッジとしては彼女の話を本当に起こりうる事として陛下に上申し、対策を練ることにしました」


「本気で言ってるニャ!?そんな未来予知みたいなこと……」


「本気ですよ。少なくとも我々は本気です。詳細については後程説明しますが、ゲームの内容は資料に記載しております。確認ください」


なにか問題でも?と言わんばかりの態度の博士。なんでこのモンスターはいちいち煽りを入れるのだろうか……。このモンスターの下で働くロイドとミモザの胃が心配だよ。


団長ふたりの困惑は尤もだ。ニンゲンの死体から蘇ったという得体の知れないモンスターが語る創作物の内容を、これから本当に起こる話であると世界最大の研究機関の長が信じるというのだ。もし僕が全く関係のないモンスターなら「トチ狂った?」と本気で尋ね返している。ふたりも同じ心境だろう。


資料にはリリィの聖剣第一章からのシナリオを全て記載している。流石にサブクエスト……ゲーム本編に直接大きく関わらないようなおつかいミッションとかそういう類のものまでは載せられていないが、資料を見ればリリィの聖剣の大まかなシナリオは理解できるだろう。


驚愕を飲み込み、困惑を顔に張り付けながら資料に目を落とす騎士団長と魔導士団長。やがて大きなため息をついた騎士団長が顔を上げた。


「この内容が本当にこれからの未来で起こりうると……?彼女が嘘をついている可能性は?」


「ありません。洗脳魔法の痕跡も含めて確認済みですとも。ベルリアナ嬢にも確認しれもらっていますから信ぴょう性は高いと思いますよ。……そして何より、彼女には嘘をつく理由が無いんですよね」


悪趣味銃による世にも腹の立つドッキリを思い出して遠い目をしていると、いい加減立っていることに疲れた博士が蜘蛛糸で誰も座っていない椅子を手繰り寄せたていた。よいしょっと座った博士に期待された目で見上げられ膝を叩かれたが、無言で首を振った。それセクハラですぅ……。


「なんて言ったって、彼女が我々モンスターに手を貸す理由は『自身の死を回避するため』ですからね」


長い足をゆったりと組んで膝の上に立てた両手を組んだ博士は、そう言ってにっこりと小首をかしげた。




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