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けんきゅうへんたい の ぶかは きづかいモンスター

「まあ、君にとっては寝て起きたら体が作り変えられていたようなものだろうから混乱するのも訳ないね。今日はもう休んだほうがいいだろう。ロイドくん、ミモザが彼女が目覚めた時の為に用意してた部屋があっただろう。案内してやってくれ」


丁度部屋に戻ってきた茶髪の少年を振り返らずに呼ぶフリント。少年の手にはマグカップが2つ、そして頭蓋骨の上にも一つ載っている。どうやら本当にコーヒーを淹れに行ってたらしい。


「彼女を部屋に案内してあげてくれ。雪の中を走り回った挙句こんな長話聞いたら流石に疲れただろう。……魔力も発現させたようだしね」


ぼそりと呟かれたフリントの言葉に少年は肩をすくめた。

嬉しそうな顔で椅子の背もたれをギィと鳴らしたフリントは、うーんと唸りながら大きく伸びをした。


「素晴らしいな。可能性の塊だ。これから研究が飛躍的に進むかと思うと心が躍って仕方がないよ。……なるほど、これが噂に聞く『トキメキ』!」


「馬鹿な事言ってないでさっさと報告書作れ。陛下が報告書でき次第すぐに来いって言ってたぞ」


「陛下……うっ、一瞬とはいえ実験体を研究所外に出しちゃったこともうバレてるかな……?なんか言われたらどうしよう……。うう胸が苦しくなってきた。これはもしや恋……?」


「上司に怯える社畜の『(アイ)』かな……。ほれさっさと立て」


「ロイドくぅん、報告に行くときは一緒に行こうねぇ……!」


「キモイ。去ね」


侮蔑の表情で言い放った少年はその指を指揮者のように宙で滑らせた。すると少年の周りで漂っていた骸骨たちが、試合に負けてうなだれるどこぞのボクサーのように煤けているフリントの白衣やら腕やらを、ぱくりと咥えて軽々とその長身を持ち上げる。


ぎょっと目を剥く私の目の前で、磔刑に処された囚人のごとく十字架を背負うポーズとなったフリントは「あーーーー!?」と断末魔のような声を上げながら部屋の外に運ばれていった。

フリントの分だと思われる湯気を立てるマグカップを頭に乗せた頭蓋骨が、後を追うように廊下に消えていったが最後、しん、と部屋は静まり返ってしまう。


……え。なにいまの。


突然の常識外退場劇に絶望も忘れてぽかんとフリントが消えた廊下を伺っていたが、今の磔連行刑の処刑人であろう少年は全く気にした様子もなく「ほい」と私にマグカップを差し出してきた。


思わず両手で受け取る。先ほどまでフリントが座っていた椅子に腰かけた少年に頭を軽く下げた。


「あ、ありがとう……」


「どういたしまして。いやぁ悪いね。うちの所長、頭のネジがダース単位で吹っ飛んでるんだ」


なんとなく察してました、と言う代わりに受け取ったマグカップを傾ける。中身はコーヒーではなく甘さ控えめなココアだった。

何の警戒心もなく啜ってしまったが、何かが混ぜられていることは無さそうだ。

よく知った甘みが口の中で広がり少し心がほぐれる。


私がココアを飲み始めたのを確認し、少年もマグカップに口に寄せた。そちらは匂いからして宣言通りコーヒーが入っているようだった。


「それ飲み終わったら部屋に案内するよ。ゆっくりでいい」


「う、うん。……えっと、ロイド、くん?さん?」


「呼び捨てでいいよ。さんとかむずがゆい」


椅子の上で胡坐をかきながら笑うロイド。大体15、16歳くらいだろうか。まだまだ少年と呼ぶに相応しい風貌にもかかわらず、その笑顔はどこか疲れたサラリーマンのようで、年相応さは微塵もない。


白衣を着ていたし、彼も研究員の一員なのだろう。大人達と混じって仕事をしていると精神の成熟も早いのだろうか。

年下の男の子、というとなんだか弟を思い出してしまう。実際の弟はこんなに落ち着いていない上に残念ながら彼よりもだいぶ年齢は上だが。


「そういえば白衣ありがとう。返すね」


ずっと肩にかけたままだった白衣の存在を思い出し、彼に差し出す。

結局、イエティはともかくあの突然現れたあの紫色の火の玉が何だったのかは分からないが、きっとロイドが来てくれたお陰で助かったのだろう。

あのまま彼が仲裁に入らなかったらどうなっていたのだろうか……想像してぶるりと身を震わせた。


「ん、おお。寒ければまだ着てていいぞ」


「大丈夫。……目が覚めてから、あんまり寒さを感じないから」


言いながら肩を落とす。きっとそれは今の私の体温が人間ではありえないくらい低いせい、なのだろう。

信じられないし信じたくないのに、落ち着いて自分の体を顧みればみるほどフリントの言葉に信ぴょう性が増していくばかりで胸がズンと重くなるのを感じる。


マグカップの中を覗き込む。暗褐色の液体に映り込む歪んだ自分の顔が得体の知れない化け物のもののように見えた。


「……そういえばちゃんとした自己紹介がまだだったな。改めまして、俺の名前はロイド。このリライヴェッジ研究所の研究員だ。一応あの研究変態蜘蛛モンスターの直属の部下」


「けんきゅうへんたい……あ、篠原 優(しのはら ゆう)です」


突然始まった自己紹介タイムに驚きながらも名乗り返す。

直属の上司に対して凄い言いようだなと思いつつも何も間違っていないので口にはしない。

白衣に袖を通しながらロイドはつらつらと続けた。


「趣味は温泉巡り、特技はボードゲーム。好きなスポーツはゴルフだな。最近は盆栽にはまってる。好きなモンスターのタイプはデカくてふわふわか、小さくてもちもちかな」


「最後のは良く分からないけど、なんか……前半はおじさんかおじいちゃんみたいだね……」


「ちなみに日々の暮らしの中で一番幸せに感じる瞬間は、縁側で茶を啜りながら膝に猫を載せてぼーっとする時間だな」


「いや田舎のおじいちゃんか!!」


その内「休みの日は老人会のメンバーでゲートボールしに行きます」とか言い出しそうなほどにおじいちゃん的なロイドの趣味趣向に、中身が見た目と違いすぎるだろうと思わず大声でツッコミを入れてしまう。


悪戯が成功した笑みを浮かべるロイド。それだけは見た目相応な表情で、私も釣られて笑ってしまった。




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