思い出すのはモニター向こうの物語
どうやらこの自己紹介タイムは私の気を紛らわせるためのものだったらしい。優しい気遣いに感謝する。
それにしても、こんな純粋な子供がフリントの近くにいたら情操教育的にあまりよくないのでは……と内心心配していると、その心を読んだのかロイドが「おっと言い忘れてた」と更に笑みを深めた。
「こーんなナリしてるが、ちゃんと大人な男なんだぜ。多分お前さんよりも生きてる年数は上だしな。安心して惚れてくれていいよ」
「は、えええええええ!?」
とんでもないカミングアウトにマグカップを取り落としそうになる。なんとか中身も零さずに持ち直せたが、表情は取り繕えなかった。
そんな馬鹿な、と口で言いつつも彼の少年らしくない言動を思い出し納得してしまう。ショタジジイ……!と内心で呟いてしまった私の心をまたも読んだのか、ロイドは白衣の襟を直しながら笑ってない笑顔を浮かべた。
「大人だがジジイではないからな。ん?」
「ええはい、分かっていますオニイサン」
「分かればよろしい。ま、モンスターを見た目で判断しちゃいけないってこった」
「モンスター……ね、」
どこからどう見ても人間にしか見えない彼の言葉に眉根を寄せる。
目覚めてから出会った生き物はロイド含めて3人……3体?だけ。その内フリントやイエティの姿は人間の姿とはかけ離れていた。作り物とかCGには全く見えない。
ということはやはり本物……なのだろうな。本当にモンスターっているんだ。ロイドは一体何のモンスターなんだろうな……と半ば現実逃避気味にぼんやりと考えていると、面白そうなものを見るような笑顔で口を開いた。
「俺はお前さんと同じ『アンデッド』だよ」
「!」
「ただのアンデッドでは無いけどな」
この人、いやこのモンスターは人の心が読める妖怪『サトリ』のような能力を持つモンスターなのではないか。そう思うほど先ほどから心の内を言い当てられ焦る。しかし、ロイドは首を横に振ると声を押し殺して笑い始めた。
「お前さんは顔に何でも書いてあるな」
「ぐ、うぬぬ……」
恥ずかしいやら納得いかないやらで口を尖らせながら頬をグニグニと弄る。
成人している女性として分かりやすすぎる顔というのはあまりよろしくない。そういえば昔上司にも嘘がつけない人間だなと言われたことがあったな。
『必要な腹芸はできるのに、それ以外の時はとんとダメだな。ま、それが優ちゃんのいい所だけど』と、豪快にビールを煽って言った彼女を思い出す。
まあつまり、これは生まれ持っての性分なのだろう。仕方ないか……とため息をついて手を下ろした。
上司がせっかく私の能力を見込んで割り振ってくれた仕事、結局終わる前に手放ししことになってしまったなと胸中に謝罪の念が満ちる。
「アンデッドか……」
未だに子供っぽい弟や酒の席で私を笑い飛ばした上司を思い出したことで、霞かかっていた記憶の栓が抜かれたように色々と思い出してきた。
家族のこと、友達のこと、上司や同僚のこと。しかし懐かしい思い出の中に、私の死因につながるような記憶はなかった。
やはり最後の記憶は飲み会から帰宅した時、自宅の扉に鍵をさして回した所までで止まっていた。
胸にナイフが刺さっていたというフリントの言葉が正しければ、事故とかではなく誰かに私は殺された。
──── 一体誰が、どうして。
そっと胸元の傷を服の上からなぞった。
今こうして動けているせいか、自分が死んだ……殺されたという実感が持てない。
脈もないし体温もない。頭では理解しようとしているのだが、実感が伴わないというか。悪い夢でも見ているんじゃないか、と地に足がついていない感覚だ。
脳裏に『テセウスの船』という単語が浮かぶ。
どこぞの神話だか伝説だかを元にした思考実験だったか。全部の部品が置き替えられたとき、その船は同じものと言えるのかというパラドクス。
今の私の状況とは厳密には少し違うとは思う。しかし私を知る人間が一人もいない状況下において自分の体が自分の知っているそれではなくなったら、それは果たして篠原優と言えるのだろうか。
記憶だけが現状私を私たらしめる唯一のものであるが、その記憶が本当に正しいものである証拠なんて────
ふと、ロイドがじっと自分を見ていることに気が付いた私は、思考を打ち切ってマグカップの中身をぐいっと飲み干した。
やめよう。こんな誰も答えを持っていないようなことを考えていても意味がない。
彼らが私の体に施したのはフリントが言う通り実験の一環だったのだろう。しかしそれは私が『死んで』いたから行っていたことで、彼らが行ったことの結果私は今『生きて』いるのなら、彼らはむしろ生き返らせてくれた恩人だ。
────無理矢理にでもそう思うことにしよう。
そう思っていないと、何でこんな体にしただとか、私を元の世界に戻してだとか、怒りのような悲しみのような感情が爆発して泣いて暴れだしそうだ。
「私はこれからどうすればいいの?」
わざとらしくならないように努めながら、できるだけ明るい声を出した。
僅かな間ロイドは私の返答には答えず何かを考えこむようにしていたが、やがて口を開いた。
「……とりあえずは、研究員の一人がお前さんの部屋を用意していたからそこで休んでくれ。明日からは……そうだな。とりあえず博士と話し合っとくよ。ま、しばらくはこの研究所預かりだ。衣食住は約束するから安心してくれ」
「そっか。お世話になります……でいいのかな?」
「ああ、勿論お世話しますとも。……そんじゃ、そろそろ部屋に案内するよ」
マグカップを机に置き立ち上がったロイドに続いてベッドから立ち上がる。
視界の端に緑色の検査着が映った。今日のところはこれでいいが、今後もずっとこれは嫌だな。
明日まずは服を用意してもらおう───そう思った時だった。
『ああ、勿論お世話しますとも。何せお前さんは、こいつの恩人だからな』
草原の中で、茶色の髪を揺らす彼がわたしに手を差し出す。
わたしは嬉しそうにその手を取った。
彼の後ろにはたくさんのモンスター達がいる。みんな優しい表情でわたしを迎えてくれる。
初めて優しくされた。優しくできた。手を差し伸べられて、手を差し伸べることができた。
初めて居場所ができた。嬉しい。嬉しいのに───
───わたしの手は、ドロリとした真っ赤な液体で染まった。
「う、ああああ!?」
悲鳴を上げてベッドに倒れこむ。驚きながら恐る恐る手を開いたが、そこには変哲もない肌色の見慣れた手のひらしかない。
チカチカと激しく明滅する視界。心臓はもう無い筈なのに、体がドクドクと早鐘を打っているような感覚を覚える。
無意識に呼吸を止めていたようだ。意識して息を吐き、吸い込む。
気分が悪い。ぎゅっと目をつぶり必死に吐き気を我慢する私の脳裏に、大量の記憶が流れ込んできた。
『どうしてニンゲンなのにモンスターの世界にいるの?』
『ねぇ、もしよかったら、僕の住んでる街に───』
『お前はモンスターとニンゲンの懸け橋になるんだな!?』
『ふーん、ニンゲンのくせに面白い子ね』
『君は……本当に元の世界に戻ることが目的なのか?』
『俺はお前を信じてるよ』
『『『『サーシャ』』』』
「ぅ……っ」
「おい、大丈夫か!?」
慌てて駆け寄ってきたロイドが、肩を掴んで私を起き上がらせる。荒い呼吸を繰り返す私の顔を覗き込むその目は、光の加減で青にも紺にも見える不思議な色合いな瞳だ。
何故私はこの記憶だけ忘れていたのだろうか───私はこの目をずっと前から知っていたのに。
「ロイド……?」
「あ、ああ。そうだ。大丈夫か?……意識はあるな。モンスター化の弊害か……?吐き気があるか?頭痛は?」
「アンデッドレクスのロイド……?」
「!?」
私の問いかけにロイドははっきりと驚愕を表した。「なんで知っている?」と口の中で呟くが、しかし私はそんな彼を労わる余裕はなかった。
「ここは……リライヴェッジ?……じゃあここはヴィオレット?……そんな……まさか、どういう……?」
「ま、待て待て待て!お前さん、いったい何を……?」
「なんで、どうして……嘘でしょ……?」
ロイドが焦ったように問いかけるが、半狂乱でパニックを起こしている私にはその声は届かない。
ぐるぐると走馬灯のように浮かんでは消えていく記憶たちを繋ぎ止めるので必死だった。
知ってる。私は全て知っている、目の前の彼のこと、フリントのこと、そしてこの世界に住まうモンスター達のこと。
私は知っていた。何故気が付かなかったのだろう。いや何故忘れていた?
───この世界が、ゲームの世界であるということを。




