抱き枕には女王のお顔がプリントされている。
ピカピカに磨き上げられた大理石の白色と、豪華な金の刺繡が施された上質な赤色が視界を埋める。
紅白に金糸とは、これはこれはで縁起がよろしいことで。
というか魔法界にも赤と白の組み合わせが縁起がいいという概念は果たしてあるのだろうか。いやそもそもニンゲン界でも別にポピュラーな概念ではなかったっけか……?
向けられる視線の多さに心が折れないよう、現実逃避気味にそんな体もないことを考える僕の頭上に深く沁みわたるような低い声が掛った。
「面をあげよ」
ロイドの『王命』にも似た、配下を屈服させる響きを含む声だ。僕は教えられた通りきっかり三秒心の中で数えた後にゆっくりと顔を上げた。
跪く僕、そしてロイドとミモザが見上げる先。数段上に置かれた絢爛豪華な玉座に腰掛けるのは、ビロードのように滑らかな黒い体毛に豪奢な王族衣装を纏う狼獣人だ。
このモンスターが住まう魔法界の頂点に君臨する、世界を統治せし黒狼。クロード・ヒルデガルド国王陛下。
優し気な笑みを湛えた彼は、その切れ長で僕らを───僕を真っすぐに見据えていた。
「君がフリント博士の娘だね。名は?」
「……は。ラウと申します」
圧倒的な覇気を向けられた僕は、声が震えないように喉に力を入れて短く答えた。
研究所を出る前にロイドとミモザに教えてもらった作法を思い出せ。えーっと、なんだっけ……話しかけられたら嘘をつかずに正直に答えるだっけ?……いやそれ普通の事だな。
とりあえず顔を上げろと言われたら許しが出るまで視線を逸らしちゃいけないんだったか。いやあ首痛いし緊張もあって目が乾くな。そして視界の端で一列に並んで僕を見ているお偉いさんたちが怖い。なんか良く分からないけどめっちゃ目がギラギラしてる。
どうしてこんなことになったのだろうか……。
内心で「生後13日のモンスターに、というか一般庶民的な感覚しかないモンスターに謁見とかやっぱり荷が勝ちすぎてるよぉ……」と泣いていると、視線の先のモンスター────国王クロードがひとつ大きなため息を落とした。
「そうか。此度の招集、応じてもらい感謝する。……いやはや、あのフリント博士の娘というからどんな怪ぶ……どんなモンスターが来るかと思っていたのだが」
国王にまでなにしてんねんあのマッド
明らかに「話通じそうなやつでよかったー」みたいな安堵の息ついてんじゃん陛下。
フリント二号来たらどうしようって戦々恐々してた感じじゃんか。あのモンスター至る所に爪痕残しすぎだろ色んな意味で。怖い。
なんと答えればいいか分からずとりあえず無言で頷いておく。それでとりあえずは満足した様子のクロード陛下は、次いで僕の後ろで同じように跪くロイドとミモザへと声を掛けた。
「ロイド研究員、ミモザ研究員も久しいな」
「は。陛下に置かれましては、ご健勝のこととお慶び申し上げます」
一応ミモザよりも先輩であるらしいロイドが代表して返答する。
ここ2週間弱毎日行動を共にしていたロイドの口から聞いたことも無い敬語が出てきて、余計に「なんだかすんごいことになっちゃったなー」と僕は遠い目をした。
普段はパーカーに白衣というそれ研究者の衛生管理的に問題ない?と疑問を抱くゆるファッションのロイドや、僕の服には1時間も2時間も掛けるくせに「着替えやすいんでぇ」という女子あるまじき理由でニットばかり着ているミモザだが、今日は謁見にふさわしくスーツにキレイ目なワンピースという出で立ちであった。
胸元にはリライヴェッジ研究所の所属を表すバッジが取り付けられている。
そんなふたりに連れてこられた僕も、謁見に相応しい正装をということでミモザセレクトの立て襟のワンピースを着せられていた。
ううむ、この世界に来てからこの方検査着かパンツスタイルしか着ていなかったのでちょっと落ち着かない……。
貴族の方々は謁見となるとやはり正礼装であるドレスとかタキシードとか着るのが当たり前のようだが、リライヴェッジ研究所は確かに臣下ではあるものの、国の中枢である『王城』並びに『国王陛下』の認定────つまりは協力関係に当たるため、そこまで格式張らなくてよいそうだ。
その話を聞いて、改めてリライヴェッジの凄さを痛感した。
ちなみに夜会とかに出るときは逆に貴族に合わせないと浮くらしく「出来れば今年は行きたくないなぁ……」とロイドとミモザは揃って憂鬱そうにため息をついていた。……研究者が参加しないといけない夜会って何だろう?
「さて、堅苦しい挨拶はこの位にしよう。王都で有名な茶菓子を用意したんだ、こちらにおいで」
研究所を出る前の一幕を思い起こしていた僕は、陛下のその声にハッと我に返った。
のんびりと玉座から立ち上がった陛下は、そう言って玉座後ろの部屋へとするすると移動する。肩越しにこいこいと僕らを手招きしそのままさっさと部屋へと入っていった。
無視するわけにもいかず恐る恐る立ち上がった僕は、玉座の間に控える貴族のお偉いさん方と目を合わせないように玉座の脇を抜けて陛下が消えていった部屋へと足を踏み入れた。
「ロイドくん、ミモザ、ラウ久しぶり~!!元気してた~!?っていうかちょっと待ってなんかラウしばらく見ない内に可愛くなった!?なんで!?超可愛くない!?毎日ロイドくんから検査データ貰ってたけどこんな可愛く変化してるとか聞いてないんですけど!?えーやーだー私の娘かーわーいーいー!」
「うぷ……久しぶりの博士の圧キッツイ……離れてほしい……」
部屋に入ってすぐ。絢爛豪華な玉座の間からの続きの部屋とは思えないくらい事務的な……もっと言ってしまえば、ニンゲン時代に勤めていた会社の会議室のような雰囲気の部屋で僕らの謁見が終わるのを待っていたらしい博士が、がばちょとばかりに僕に抱き着いてきた。
実に12日ぶりのフリント博士は、本気なのかどうか分からない娘溺愛モード全開で僕にほおずりしようと顔を寄せてくる。
途轍もない圧に若干気分が悪くなりながら、本気でその頭を手で押し返すべく腕に力を込めた。
っていうかノリがギャルでウザい……。いい歳したおっさんのギャル味きついよ……。
「新しい服も似合ってるよ可愛いよキレイ目な装いでいいねぇ超オシャレ♡私の口座からごっそり残高が減ってるのを見たときは何か詐欺にでもあったのかと思って焦ったけど、ラウのお洋服のためならオールオッケー☆ミモザグッジョブ!」
「アァ……オァ……」
頭を押し返すことに失敗し、ごりっごりにほおずりされながら死んだ目でミモザを見る。しかしミモザは決して僕と目を合わせようとしなかった。
明後日の方を向いて「今日もいい天気ですねぇ~」とか言ってる。この部屋窓ないよ。
「博士。陛下がドン引きしてる」
お偉いモンスター達の目が無くなったのを良いことに、早速スーツのジャケットを脱ぎどこに持っていたのか白衣を羽織りだしたロイドが助け舟を出してくれる。
言われて見てみれば、確かに議長席に座る陛下は笑みとも困惑とも言えない微妙な顔で僕らのやり取りを眺めていた。
しかしそこは空気を読まないフリント博士である。構わず僕を抱きしめたままロイドにニッコリとマッドな笑みを浮かべた。
「ロイドくんもラウの教育とみんなへの顔合わせありがとうね」
「まあ俺も休み貰ったようなもんだったし別に。それにしても研究所寄らずに真っすぐ王城来たのか?」
視線で「ごめん無理だった」と早々に僕の救出の断念を告げるロイドに死んだ目を向ける。
もう気分は犬に振り回されるボロボロのくたびれたぬいぐるみだよ……。
もう誰でもいいから助けてくれという気持ちでロイドと博士の会話を聞く。
「それがさぁ、王都に着くや否や問答無用で騎士団に連行されてしまってね。いやはやもう気分は犯罪者だよね」
「まあ研究所に戻ってきたところで博士の席もうないですからぁ、丁度良かったんじゃないですかぁ?」
うふふ、と笑うミモザ。しかし彼女は笑っているけど笑っていなかった。後ろに憤怒の表情をした鬼が見える。
ウッと呻いた博士がロイドに助けを求める目を向けるが、こちらもこちらでニッコリ般若を背負っていた。
部下の圧から逃げられないと気づいた博士が僕を見下ろしたがサッと目を逸らす。
僕生後2週間なんでぇ……バブには難しい話は分からないっていうかぁ……。
「フリント博士は逃亡癖があるからね。大事な話し合いの前にまた姿を眩まされたら困るから、逃げられないように『実地調査』が終わったであろうタイミングで騎士団長に確保してもらったんだよ」
「逃げませんよ。陛下は私のことを何だと思っているんですか?」
「……」
脇に控えた初老の燕尾服のモンスターから茶器を受け取った陛下が、ぷんぷん怒る博士の言葉に静かに目を逸らした。多分このモンスターも博士に手を焼いてるんだろうな……。
と、勝手に親近感を覚えて陛下を見ていると、陛下が当然のごとく僕らの分のお茶までカップに注ぎ始めた。
一国の王にもてなされる訳にはいかんだろっ!と焦り立ち上がりかけたが、しかし僕の行動は優しい顔で制止された。
「お茶が趣味でね。お客さんが来たときは私に淹れさせてもらってるんだ。嫌じゃなければ飲んでみてくれ」
「いえ、そんな。嫌なんて……。いただきます」
そっとソーサーを受け取る。琥珀色の液体で満たされたカップからは、温かい湯気と花のような匂いが立ち上っている。
陛下が口を付けたのを見て僕らもカップを傾けた。
飲んだことのない味わいの、しかし美味しいと思えるお茶の味が染みわたる。自ら淹れたお茶の味に、陛下も満足げに頷いた。
「うん、美味しいね。『赤の都市』から取り寄せた珍しいお茶なんだよ。やはりあの都市の特徴かな、お茶にもスパイスのようなピリッとした香りが含まれている。しかし蜂蜜のような甘さも感じるね。……妻が好みそうな味だ」
目を伏せた陛下は、そう言っておもむろに懐からマギホを取り出した。何を見ているのだろうか……その表情は愛おしいものを見る優しい顔だ。
隣に座るロイドがそっと「女王陛下は3年前にお亡くなりになっているんだ」と耳打ちして教えてくれた。
なるほど、ではきっと女王様の写真を眺めているのだろう。優し気な陛下の顔に、愛していらっしゃったんだな……としんみりしていると、ロイドとミモザが視界の端で静かに耳に何かを詰めているのが見えた。え、なに……耳栓?
ふたりの行動の意味が分からず首を傾げた瞬間────突然、陛下の目に大粒の涙が浮かんだ。
「ウォォォオオオオオンッ!!ベアトリーゼぇぇl!何故私を置いて逝ってしまったしまったんだァァ!!君と一緒にこのお茶飲みたかったよぉぉ!!」
部屋の外にまで響くのではないかと思うほどの大音量の泣き言が響く。ビリビリと部屋が震え、思わず僕は両手で耳を塞いだ。
しかしかつて聞いたイエティの悲鳴よりもでかい泣き声は、塞いだ両手すら貫通し僕の鼓膜に的確にダメージを負わせる。
「…っ!?っ!?!」
カバァッと大きな体を机の上に突っ伏させ、おーいおいおいと大号泣する陛下を目を回しながら指さす。
すると全く動じた様子を見せない博士がははは、と笑いながら解説してくれた。
「陛下は今は亡き女王陛下を今でも深く愛してお出いででねぇ、時折ああやって女王陛下のお写真を眺めては涙しているんだよ。身内だけの場になるとすぐああなるから慣れるように」
「涙を流してるってレベルじゃない量の水出てますけど……」
先程玉座の間で見た威厳あるモンスターとは全くかけ離れた姿に度肝を抜かれる。いやっていうかアレ本当にクロード陛下……?
リリ剣で語られていた「理知的でありながらも慈悲深き偉大な王」の姿とも違う様相に驚きを隠せない。
何だったら控えていた初老のモンスターが慣れた様子で「陛下、ベアトリーゼ様の抱き枕ですぞ」とか言って渡した枕に顔を埋めてウォンウォン泣いている。ええ……?子供……?
どことなくブラコン発揮している時のロイドや、ニンゲン造詣愛を発揮している時のミモザに似たような雰囲気を感じる。あと漢女エイデル。
この世界のモンスター達ってなんていうか、うん、愛が深いんだなぁ……と内心引いていると、すんすんといくらか落ち着いた様子の陛下が枕から顔を上げた。
「はぁ。……取り乱してすまなかったね……」
「い、いえ……」
本当にな、という言葉は流石に飲み込んだ。いくらキャラ崩壊著しいモンスターでも一応この世界のトップである。こんなトップでいいのかと思わないでもないが、まあ愛情深いってことで、ね……。
何と言えばいいか分からず困っていると、不意に玉座の間に通じるドアがノックされた。
滅茶苦茶中途半端ですが字数が多いので今回はここまでで。
いよいよ勇者侵攻対策会議です。確実に文字数が増える……何故なら博士が大暴れするから。




