後日談。というか今回の後始末の話
結局あの後、ロイドの手によって正式に第零の実験体として登録されたガルムは、めでたく『エイデル』の名前を与えられ無事に研究所に迎え入れられた。
エーデルワイズという白い花から取ったというその名に乙女ガルム改めエイデルは非常に喜んでいた。悔しいがロイドは名付けのセンスがある。
研究所を滅茶苦茶に荒らしまわったエイデルの処分については、「まあ最高責任者の実験体をどうにかできる訳無いよね……」と言うことで、モンスター的被害が無かったこともありおとがめなしということで終わった。
しかし物的被害はやはりとんでもない額に上ったそうで、それは監督不行届としてフリント博士の給与から補填されることになった。出張先からロイドのマギホに博士が泣きつく電話があったが誰も庇わなかった。それどころか第零のふたりが率先して怒れる各研究室の長に博士を差し出していて僕は遠い目をした。
そんなこんなで研究所に住むことになったエイデルは今、第零のフロアにて放し飼いとなっている。
当初は他の実験体たちと一緒に飼育棟に住居スペースを用意したのだが、住み始めて三日で「ひっきりなしに求婚されてウザい」という理由で脱走して来たのだ。
再び研究所が阿鼻叫喚の事態に陥りかけたので、流石にロイドが勝手に脱走するなと叱った上で第零フロアで暮らすことを許可した。
「にしても飼育棟で飼ってるモヴみんなに告白されるなんて、エイデルってば美人さんなんだねぇ」
『うむ。アジェ―のためもっと美人になる。ラウもっと右』
「はいはい」
「……相変わらず馴染むの早いな、お前さん」
研究者ではないものの、まあ出入りすることが多いだろうと第零研究室の事務部屋に用意してもらった僕用のデスクにて。
膝の上に頭を載せてぐるぐる喉を鳴らすエイデルの毛繕いをする僕を、パソコンを弄っていたロイドが肩越しに振り返った。
「そう?ロイドだってエイデルの髪飾り直してあげるついでに改良型ガルリンガル機能つけてあげたりしてるじゃん。全くロイドお兄ちゃんったらなんだかんだ面倒見がいいんだからー」
「うるせ。……まあお前さんが世話してくれて助かってるけどさ」
「同じ第零の実験体仲間だしねぇ」
ざりざりとエイデル専用に作られた大きい櫛で体毛を梳いてやりながら僕はため息をついた。
「あとはパーシーと仲良くできればいいんだけど」
『弟羊は……うん、かわいい。そして美味しそう』
「おいラウ、ぜってーそいつパーシーに近寄らせんなよ」
「うーむ」
ロイドが警戒心バリバリにエイデルを睨む。その様子に毛を逆立たせた猫を思い浮かべながら僕は難しい顔で唸った。
あの一件以来、僕は一日置きにパーシーに会いに行っている。エイデルのお世話があるためなのだが、僕がメインでお世話しているせいか匂いがついてしまっているそうで、偶にパーシーに近寄るとビクつかれてしまうようになっていた。
なんでもパーシー曰く、エイデルを見ると逃げ出したくて仕方なくなるらしい。草食獣の性もあるとは思うのだが、しかしエイデルがパーシーを見かける度に舌なめずりしているせいだろうなと僕は冷静に分析していた。エイデルとしては無意識の行動らしいがさもありなん。
『失礼、アジェ―の大切は食べない』
「舌なめずりしながら言われても信用ならねーって言ってんだよ」
「あはは……もうちょっと落ち着いたらちょっとずつ慣らしていこう。まずは遠い距離から」
やれやれという風にため息をつくエイデルにロイドが噛みつく。まあまあとふたりを仲裁しながら、僕は続きの実験室に繋がる扉をちらと伺い見た。
微かに扉の向こうから笑い声のようなものが聞こえる。こっちはこっちで問題だなぁと頬杖をつく。
「それで、今日もミモザは相変わらずなんだねぇ」
「ああ。アジェルはアジェルで未だ音信不通だし……拗れてんなぁ」
休憩、と大きく伸びをしてパソコンの前から僕の横の席に移ってきたロイドがため息をついた。その手は無意識にエイデルの頭を撫でている。さっきまで喧嘩してたくせに、と吹き出しそうになるのを堪えながら僕はここ数日のミモザの様子を思い返した。
今のミモザは、一言でいえば情緒不安定であった。
パソコンの前でニヤニヤし始めるのはまだ序の口。何を思い出したのかか細い悲鳴のようなものを上げながらデスクに頭を打ち据えたり、用途不明の魔道具の設計図を大量に作っては発狂したりと大分キているのだ。今も実験室に籠って謎の実験をしているらしい。
何故こんなことになっているのかと言えば、まあアジェルのせいである。
ミモザがエイデルの宣戦布告を受け入れながらも敵前逃亡した日の翌朝。
なんとアジェルはミモザに告白するため研究所を訪れたのだ。
ミモザを研究所敷地内の池まで呼び出したアジェルは、昨日のエイデルとの会話の真意を尋ね、そして自らの気持ちを伝えようとしていた。
丁度検査を終え訓練場に行く道すがらその現場を目撃した僕らは、咄嗟に生垣に隠れてその様子をわくわくと出歯が……覗き……見守っていたのだが。
生来の性質というのはどこまでもついて回るようで、まさかの土壇場でヘタレたアジェルは────逃亡した。
「最高級のプレゼントを用意して出直すでござるうううう!!」とかなんとか言って、猛然と駆け出して行った。
勿論ポカンとするミモザ。流石にキレた僕とロイドが追いかけたのだが、しかし獣人の脚力はとんでもなかった。全く追いつけなかった。
そのままアジェルは普段の方向音痴はどうしたとばかりに転移門まで猛然と走り、そして何故か『青の都市』へと転移していった。何でやねん。
マギホ紛失中のアジェルと連絡を取る手段がないため、彼の行方は依然として知れていないということだ。回想終わり。
「それ以来、ミモザはあんなぱやぱや情緒不安定になっていると……まあミモザの気持ちは分からんでもないけどね」
「アジェルはマジでさっさと帰ってきて告白しろよ……」
はああ、とため息をつくロイド。エイデルが不満げにふすーっと鼻を鳴らした。
『エイデル、折角我慢してるのに……アジェ―と言えども許せん』
「ねー?」
エイデルの頭はロイドが撫でているので、代わりに首の下を撫でてやりながらエイデルに同意する。
なかなか乙女で漢女であるエイデルは、ミモザへ勝負を仕掛けるのはミモザが告白してからにすることにしたらしい。まあ物理的にアジェルが行方不明なのでアプローチ掛けようがないというのもあるが、あんな腑抜けてるミモザに勝っても意味がないと思っているのだとか。
ちなみにほぼほぼ両想いが確定しているアジェルとミモザだが、その辺どう思ってるの?とエイデルに聞いてみたところ『奪い取ればよくない?』と返ってきた。マジ漢女。かっけえっす……。
「エイデルってベルが好きそうな性格してるよね。今度女子会しよう」
『ジョシカイ……強そうな響き。誰が強いか決める?』
「ちが……いやあながち間違いでもないか?女子力とはつまりパワーみたいなところあるし……」
「パーシーのためにもこれ以上エイデルの戦力強化はやめろ」
天下一武道会ならぬ魔法界一女子会の開催を目論む僕をロイドがジト目で諫める。そして「戦力と言えば」と思い出したように手を叩いた。
「エイデルの瞬間移動術について博士から回答がきたんだよ。フリント博士はアレを『時空渡り』と呼んでいるらしいんだが」
『っ!!!』
「エイデル?どした?」
博士の名前を出した途端、びっくん!と飛び上がったエイデルはそのままデスクの下へいそいそと隠れ始めた。
思わず覗き込むと、エイデルは顔を隠して震えていた。尋常じゃない様子に「大丈夫!?」と慌てて椅子から降りてエイデルの背中を撫でる。
「あー、やっぱりなぁ……。おいラウ、そいつも多分俺らと同じ『フリント被害者の会』の会員だぞ」
「は?」
苦々しくため息をついたロイドの言葉に僕は顔を上げた。
そして続いたロイドの説明に、僕は盛大に、それはもう盛大に「あのマッドーーー!!」と絶叫したのだった。
────そんなこんなで僕がモンスターとなってから11日目の朝。
リライヴェッジ研究所第零研究室と僕元に、フリント博士帰還の報と、王城からの招集状が届いたのだった。
ご覧いただきありがとうございます。
物語シリーズの「後日談。というか今回のオチ」が好きなので使っちゃいました。
余接ちゃんと忍様が推しです。




