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第零研究員、キレる

くう……年始早々残業な上に財布を無くし、電車は遅延し雨に降られ家に着くのが遅くなりました……。

ロイドの王命により、丁度窓の外で行われていた『魔道具の魔力継続時間計測実験』によって作り続けられている雪ウサギゴーレムの中に突っ込んだ僕は、ビッショビショに濡れた服を自分の紫炎で乾かしながら笑い続けるアンデッドに詰め寄った。


「ロイドく~ん?君『王命』解くの忘れてたよねぇ?殺す気?」


「ちょ、ちょっと待って……ぶふっ、今それどころじゃ、げほげほっ」


しかし当の本モンスターは、友の思わぬカミングアウトに死ぬ一歩手前まで笑い転げたせいで、今も涙目で咳き込んでいた。モンスター殺しかけといてコイツ……相変わらず血も涙もない鬼畜だな。

っていうか『魔道具の魔力継続時間計測実験』って何?なんでそれで雪ウサギを作り続けることになるの?意味わからないんだけど。あのウサギたち滅茶苦茶殺意高かったし。


「そ、その、つまり贈り物として購入した髪飾りなのだ。アレは」


「はあ……そう言うことだったんですねぇ。ビックリしましたぁ」


そして鬼畜を笑い死に手前まで追いやった虎獣人はと言うと、ようやく髪飾りを購入した本当の理由を説明できたらしい。無事誤解は解けたらしく、ミモザが胸を撫で下ろしているのが見えた。


「あ゛ー、死ぬかと思った……」


「とんでもなく不名誉な死に方だね」


パーシーに背中をさすられ呼吸を整えるロイドをジト目で睨みながら、僕はそれで?と話を元に戻すべく改めて映し出された画像を見上げる。

白い三角耳にピアスのようにつけられた黒いタグ。特に文字が書いている訳ではないが、何やらバーコードのような模様が見えた。


「アジェルの髪飾りはともかく、この耳についてるタグはなんなの?」


「ああ……うん……」


タグの話に戻った途端、ロイドとミモザの顔がしおしおと萎びていく。なんだかとても説明し辛そうだ。ミモザがため息をついて口を開く。


「このタグ……リライヴェッジ研究所の実験体に付ける識別タグなんですぅ。研究室ごと色分けしていまして、赤が第一、青が第二、緑が第三なんですが……」


「……黒は?」


とんでもなく嫌な予感を覚えながら、萎びる第零研究室の研究員ふたりに問う。ふたりは僕らの追及の目から逃れるように、ふい……と目を逸らした。

いやぁ、まさかね?そんな訳無いよね……?と否定の言葉が出るのを待つが、しかしロイドから出たのはうめき声だった。


「……………………………第零(うち)のだな」


「管理がザルすぎんか……?」


どうすんの?研究所えらいことになってるよ?


どうやら先程、ロイドにあのガルムが特殊個体か尋ねた際『それがそうでもなさそう』といった理由がここにつながるのだという。本来特殊個体が結界を破って街に侵入した場合、都市憲兵隊・王国騎士団・王国魔導士団・そしてリライヴェッジ研究所へ緊急連絡が入るようなのだが、そういった連絡は特に来ていなかった。


それが示す事実とはつまり、あのガルムの正体は『誰かの所有物』ということになる、らしい。というのも研究所の実験体識別タグや、あとは家畜用のモヴ等に付けるタグには特例として結界を抜ける効果があるのだとか。つまりガルムは結界を破ったのではなく『この個体は安全です』というお墨付きならぬタグ付きで結界を抜けてきた……ということになるのだが。


「……どちらにせよ不味くない?っていうかよりヤバくなったよね、主に第零研究室の沽券とか賠償とかが……」


「ま、待ってください!この識別コード、零の管理システムに登録されていないですぅ!管理システムに載ってないってことは私たちの知らない実験体では!?」


「はあ?」


ミモザの言葉に首を傾げる。しかし現に第零の所属を示す黒いタグがあのガルムにはついている。今更関係ないですというのは部外者に近い僕らはまだしも、他の研究室が許さないのでは……と考えるが、しかしミモザはマギホの画面をほらっ!と指さして続けた。


「通常識別タグには位置情報システムが仕込まれてまして、ちゃんとタグをつけた後位置が追えるように管理されているんですぅ!そしてこれ見る限り登録されてる識別タグは全てちゃんと飼育棟に反応があるんですよぉ!」


「ってことは?……どういうこと?」


「か、勝手に兄様たちの研究室のタグを使ってるモンスターがいるってことですか……?」


パーシーが未だに体を震わせながら恐る恐る尋ねる。ミモザとロイドは険しい顔で考え込み始めた。

確か第零研究室は国王陛下からの特務研究を行っている研究室だったはずだ。極秘情報も通常の研究室に比べて格段に多いと聞いている。というか僕の素性がその筆頭である。

そんな第零の認識タグが盗まれて悪用されている可能性があるということだ。……やっぱりヤバいじゃないですか……。


「あの……いいだろうか。確証は無いのだが、拙者あのガルムを以前別の場所で見た気がするでござる」


重苦しい空気の中、おずおずと手を上げるのは騎士服をまとった虎獣人だった。

そういえば先程僕がガルムに特攻しようとしたときにそんなことを言っていた気がする。一体どういうことかと、考え込む研究員ふたりの代わりに僕はアジェルに尋ねた。


「そういえばさっき言ってたね?どこで見たの?」


「それが……」


ちら、とロイドとミモザへと視線を向けるアジェルは、非常に言いにくそうに口を開いた。


「ロ、ロシェでの遠征の際、遺跡付近でフリント博士と偶々お会いしたのだが……その時傍にいたガルムに似ている……気が……」


場に沈黙が落ちる。

余りの静けさにパチパチと紫炎が燃える音が響くので、とりあえず僕は服を乾かすために展開していた魔法を消した。


無言で俯くロイドとミモザ。微動だにもしない。

どうしよう、とアジェルとパーシーを見るとふたりも僕を見ていた。


────アジェル、いけ!

────無理でござる無理でござる

────じゃあパーシー!可愛さ全開でGO!

────ぼ、ぼくに死ねと言っているのか!?ラウが行け!

────僕も死ぬわ!どうするのこの空気、アジェル責任取って!

────拙者が悪いのでござるか!?


「…………あ、あのー……ふたりとも……ヒッ」


目線会議の結果、多数決で負けたアジェルが恐る恐る声を掛けようとして────その声は突如鳴り響いた軽やかなメロディーによってかき消された。

アジェルがビクッと動きを止め、手を取り合い固唾をのんで状況を見守っていた僕とパーシーがピャッと飛び上がる。

静かにポケットを漁ったミモザは、静かに取り出したマギホの通話ボタンを押した。


『もしも~し?ミモザ~?忙しいところ済まないんだけど、出張中に捕まえた私の実験体がなんかそっちに行ったっぽいから見掛けたら捕まえておいてくれる~?真っ白くて大きいガルムなんだけどいつの間にか首輪から抜け出しちゃっててさぁ』


「………」


途端、マギホの向こうから聞こえてくるのは呑気なフリント博士の声。もはや自白と同義の言葉に僕らは両手で顔を覆った。

ミモザの手の中にあるマギホがミシッと音を立てる。ロイドが何故か無言で屈伸をし始めた。


『登録し忘れてた個体だから位置情報も分からなくてね。いや~困った困った。あ、でも貴重なサンプルだから捕獲の際は傷を付けないよう細心の注意を払ってね~』


頼む博士、もう喋らないでくれ……っ!

余りにもふたりが放つ威圧感に怯えまくり、涙目で身を寄せ合う僕ら非研究員-ズ。


しかし願い届かず、フリント博士は煽っているのかと思うほど腹立つ感じで『あれ~?ミモザの返事が聞こえないぞ~?もっしも~し』とか言っている。

パーシー氷魔法もう一回使った?ってなるくらい冷え切った空気の中、ミモザがゆっくりと口を開いた。


「……博士ぇ……?」


『あ、よかったぁ~ちゃんと繋がって……』


「戻ってきたとき、席があると思わないでくださいねぇ……?」


「えっちょ、どういう(ブツッ」


ツー、ツー、ツー、と通話終了を知らせる音が響く。

そして再び訪れる沈黙。僕らは肘でお互いをド突き合い二柱目の生贄の役を押し付け合う。あっこらアジェルとパーシー結託するな!ずるい!


「あー、えっと……ミモザ、ロイド……ヒイッ!?」


「うわぁ!!」


最終的に二対一で押し負けた僕が、苦肉の策としてアジェルの背に隠れて盾としながら恐る恐る声を掛ける。が、ミモザの手の中のマギホがバキィィッと音を立てて粉々になったので、アジェルとふたりでその場にピャッと飛び上がった。


「…………みなさぁん?ウチの博士のせいで申し訳ないんですがぁ、あの犬っころ捕まえるの手伝ってもらっていいですかねぇ……?」


「あの博士、帰ってきたら関節と言う関節を全て逆に曲げてやる……」


「……っ、……っ!」


青筋が浮かびすぎてメロンのようになったふたりの顔に、僕らはガクガクと震えながら何度も何度も頷くのだった。















────ということで、ガルム捕獲に向けて作戦会議を行うことに相成った訳だが。


「うーん、ものの見事に目撃情報と被害報告が途絶えましたねぇ。今この研究所はガルム対策のため強力な結界が張られていますから逃げたとは考えづらいですが……」


「隠れてるんだろうな。誘いだす必要がある。ガルムの好物ってなんだかったかな……とりあえず無難に肉でも用意するか?」


(ミモザのマギホは粉々になったので)ロイドのマギホで『ガルム被害リアルタイムサイト』にアクセスするも、うんともすんとも言わなくなったサイトにうんうん唸る研究者ふたり。


ふと僕は傍らのパーシーの体が微かに震えているのに気が付いて、大丈夫かと背中をさすった。


「どしたのパーシー?寒い?」


「いや……寒いとかじゃなくて……お前は感じないのか……?ラウ……」


「何を?」


寒さというか冷たさなら服がまだ生乾きなので若干感じているけども。しかしそうではないとパーシーはぷるぷる首を振った。


「な、なんだか……見られてる気がして……」


「えっストーカー被害?」


「すごい背中がゾワゾワするというか……狙われてる?みたいな視線がずっと離れないんだ……」


体を抱きしめるパーシー。パーシーの可愛さに覗きを敢行する不届き者でもいるのかと思い回りを見渡してみるが、怯えるパーシーを舐めるような視線で見つめるブラコンしか見つからない。

一体誰の視線を感じているのだろうかと首を捻った時、アジェルが「そういえば……」と思案顔で口を開いた。


「騎士団の同僚に聞いたことあるな。草食獣系統のモンスターは本能的に肉食獣系統のモヴやモンスターの敵意に敏感らしい」


ということは例のガルムはどこかでこちらの動向を伺っている、ということだろうか……?

でも姿を現さない理由とは一体何だろう?

どうも去り際のあの表情の変化が引っかかる。まるで散歩に行くぞと言われた犬のような超絶嬉しそうなあの顔は、いったい何に反応してのものだったのだろうか。


僕のその引っ掛かりと同じものを感じていたらしいロイドが、顎に手を当てながらぽつりと呟いた。


「……なあ、アイツアジェルについてきた可能性ないか?」


「は!?拙者!?」


「いや冗談じゃなく。最初に目撃されたのがロシェだろ?で、アジェルの帰りに合わせてヴィオレットに現れてる。しかもお前さんが購入した髪飾りを付けてな。雪原に足跡があったことも鑑みるに、アジェルの匂いを追って多分奴はレードの町近くまでは来たんだ。そんで雪原でお前さんが落とした髪飾りを拾った後、何を思ったか研究所を荒らしまわってる……」


「髪飾り拾って研究所荒らす意味とは」


「それがわからねえんだよなぁ」


腕を組むロイド。しかし動機こそ分からないが、一連の行動の筋は通っていると僕も思う。


ならば、だ。取るべき行動はただ一つ。

僕は呆気にとられるアジェルとそして未だに震えるパーシーを見て、にんまりと笑みを浮かべた。


「ストーカー捕まえるなら、方法は一つしかないよねぇ」




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