弟の本懐
後ほどもう一話投稿します
結局……というかまあ当然の結果ではあるのだが、氷像アート体験の勝負はパーシーの圧勝であった。
すごかった。店先に並べた瞬間にたまたま通りかかった好事家のおじさまやマダムに一目惚れされたパーシーの氷像は、購入希望者多数によりオークション形式で販売される運びとなったのだが。
最終的に、素晴らしい出来栄えとはいえ一週間しか持たない氷像によくもまあここまで金が出せるなと思うほどの金額にまで瞬く間に釣り上げられた氷像は、石油王みたいなギラッギラしたお兄さんにお買い上げされた。
とても一般庶民の僕らじゃ口にできない金額を現金で一括払いしたお兄さんが氷像を抱えてホクホク顔で帰っていくのを見送った僕らは、「お金持ち怖い」と怯えながらも気を取り直して次の勝負の場へと移ることにした。
……ちなみに僕の氷像は店頭に出されもしなかった。
「はあ、はあ……くっ、中々やるな、ラウ……!」
「パーシーこそ……!」
青々しかった空が暗くなり、星とオーリライトの帯が瞬き始めた頃。
激戦に次ぐ激戦によって肩で息をする僕らの間には、勝負を通して奇妙な友情なものが芽生えていた。
どうやらパーシーもこの友情を感じてくれていたようだ。へへッと青春ドラマっぽい顔で鼻の下をこする彼は、いつの間にか僕のことを『貴様』ではなく名前で呼び始めてくれていた。
ふっ……いい顔で笑うじゃないか。あの5戦目の『雪ウサギ詰め放題勝負』は名勝負だったね……。逃げる雪ウサギがロイドの顔面に跳んで蹴り入れたときはどうしようかと思ったけど。
「なあ……もういい加減帰らねぇ?お兄ちゃんもう寒いんだけど」
ふっ……へへッ……と笑う僕らを呆れた目で眺めていたロイドは、寒い寒いとコートのポケットに両手を突っ込んで心底帰りたそうにそう言った。
必死に僕とパーシーはロイドにヒシッと縋り付く。
「まだです兄様!まだ9勝9敗5引き分けなんです!決着がついていない……!」
「ロイド!あと一戦だけ!あと一戦で終わりにするから!」
「お前らなぁ……」
盛大なため息をついたロイドは「コーヒー買ってくる……」と疲れたように雪道を歩いて行った。
ごめん、という気持ちを込めて彼の背中にこっそり手を合わせた。なんだかんだひとりで帰らないで僕らに付き合ってくれる辺り、本当に良いモンスターだ。救いようのないブラコンだけど。
しかしロイドの体力を犠牲にすることになっても、僕はまだパーシーとの勝負を終わらせる訳にはいかなかった。
なにせ、僕はパーシーの本音をまだ聞きだせていないのだ。兄がいる場では話し辛かろうとタイミングを計っていたのだが、いつの間にか勝負がメインになってしまっていた。手段と目的取り違えてしまったぜ……。
僕は隣で出店を物色するパーシーを見上げた。もこもこふわふわとした白金の髪は丁寧に櫛通しされており、こめかみから生える角はくるりと巻かれていてとても雄々しい。
女にしては背の高い僕よりも更に頭一つ分背が高い、見た目は完璧な執事である羊モンスターに……その心内はただただ兄が大好きな少年である彼に、僕は静かに問いかけた。
「ねえパーシー。……今楽しい?」
「!!」
驚いた顔で僕を見下ろすパーシー。その顔はどこか晴れ晴れとしており、朝見た陰鬱とした影は見当たらない。
少し考えるように俯いた彼は、数秒後明るい表情で顔を上げた。
「ああ!……久しぶりに兄様と一緒に居れて楽しかった。……最近、寂しかったから」
「うん?」
まるで自分に問いかけるような声色だったが、僕はあえてその言葉に問いを返す。
パーシーは藍と橙のコントラストが美しい空を見上げ、少し黙った後とつとつと独り言のように語りだした。
「……最近、兄様の帰りがずっと遅かったんだ。大きな仕事が入ったとかで」
「……うん」
「前は、繁忙期以外はほぼ毎日夕飯の時間には帰ってきていたし、朝ものんびりぼくとテレビを見る余裕があるくらいゆっくりだった。なのに……ここ1、2か月はずっと忙しそうで……朝はぼくが起きる前にはもう家を出てるし、夜も深夜に帰ってくる。なんだったら研究所に泊まることも多くなった」
「……ん………?」
「休日も、疲れて寝てこけているか、もしくは仕事の資料を読んでて……。初めは大変だな、ぼくが支えなくてはって思っていたんだ。……でも、兄様が頑張れば頑張るほど、ぼくとの時間が減っていって」
「……………う、ん…?……」
「……ぼくは研究者の兄様が大好きだ。魔法界の発展の為に働く兄様を尊敬している。でもぼくは、兄様が大変なのに何もできなくて……それどころか兄様に不満みたいなのを抱え始めてて……家でひとりでいる時間が嫌いになっていって。ぼくはいらない子なんじゃないかって」
「す、すみませんでしたーッッッ!!!!」
遂に耐え切れなくなった僕は、その場でズシャァツと膝をついた。
「メ、メエエ!?お前何してるんだ!?立て!」
雪の上で土下座する僕の腕を引っ張って立ち上がらせようとするパーシー。しかし僕は余りにも申し訳なさ過ぎて立ち上がれなかった。
いやもう本当にごめん!それ絶対僕のせいじゃん!1~2か月前ってことは僕の死体が見つかった頃じゃん!ロイドが家に帰れなくなったの僕のせいですごめんなさい!厳密のは博士のせいだけど!
ああ~……『なーにが僕がふたりの拗れた仲を解決してやるぜ!』だよ、元凶僕じゃんか……。そりゃゲームの時に変な空気になってるわけないよね、だってゲームに僕存在してないし!
しかしそれをパーシーに説明するわけにはいかない。それを説明するには僕がこの世界に来た経緯から話す必要がある。なんの心の準備もできていないであろう今この状況で勢いで話したら僕凍る。町ごと。
「ごめん……ごめんパーシー……」
「な、なんでラウが謝るんだ……?とりあえず早く立ってくれないか……?」
一向に立ち上がらない僕に心底困り果てた声を上げるパーシーに、僕は雪にこすりつけ続けていた額をおずおずと上げた。
「うう…………あのねパーシー、誤解しないであげて欲しいんだけど……ロイドはパーシーのこと大好きだよ」
「!」
僕の腕を掴んでいたパーシーは、その言葉に目を見開いた。
雪を払って立ち上がる。
「一緒に居れなくとも、ロイドはずっとパーシーを第一に考えてるよ。正直うざったいほどに」
「…………」
何かにつけて弟自慢をする困った世話係を思い浮かべる。
いらない子である訳がない。ロイドのあの顔は心の底から弟を愛していないと出せない表情だ。
でも、この言葉はきっと勝負を持ち掛けられた時に言っても響かなかっただろう。今日一日共に過ごして、全力でぶつかり合ったからこそようやく届くかもしれない言葉を僕は続ける。
「ロイドが忙しい理由は僕の口から今話すことはできなくて、そこは本当に申し訳ないんだけど……でもね、それはいつの日かのパーシーの為でもあるんだ。……信じて待ってあげて」
「……ぼくの、為……?」
俯くパーシーの手を取って、その顔を見上げる。複雑な感情を宿している緑の瞳に僕が映り込むのが見えた。
元気づけるように、ニッと笑う。
「……ひとりでずっとモヤモヤ考え込んでると余計思い悩んじゃうよね。これからはさ、そんな風にモヤモヤする時は僕を呼んでよ。すぐ行くから。……なにせ僕今やることないプー太郎みたいなものでして……いや断じて無職に甘んじている訳ではないんだけども」
ここ二日間で社会性と言うものの大事さを再度痛感した僕は、自分の言葉に落ち込む。
早々に何か仕事をもらいたい……いや別に仕事大好きって訳じゃないし、働かなくていいなら働きたくないけども、誰かの脛かじって生きていくのはなんか違うじゃん……?今まで社会人としてある程度自分の力で生きてきた自負があるので余計さ……。いくら後見人の博士が金持ちだとしても申し訳なさはある訳です。ギブミー仕事。
「ともかく今の僕は時間が有り余っているので、困ったことがあったら呼んでよ。お姉さんが一緒に遊んであげようじゃないか」
「……子ども扱いするな。……まあ、でも、そうだな。お前と遊ぶのはなんだかんだ楽しかった、から……その」
「おいラウお前さん何パーシーに密着してんだこら」
「ぎゃあああー!?」
突然、むんずと僕の後頭部が何者かによって掴まれた。何者っていうかまあロイドだけど。
ギリギリギリと頭が万力で締め上げられながら持ち上げられる。僕は拘束から逃れようとバタバタと暴れた。
「離せぇ!今大事な話してんだから邪魔すんなブラコン兄貴ーーーッ!!」
「大事な話?まさか結婚の申し込みとかしてんじゃねーだろうな?パーシーが欲しければ俺を倒してからにしろ」
「一足飛びどころか十足くらい飛ばしている予想立ててんじゃないよ!!そして言われずとも鬼畜アンデッドのことはいつか倒すつもりでっす!」
「兄様!?け、けけけけけけ結婚の話なんてしていません!!離してやってくださいっ!」
顔を真っ赤にしながら慌てて兄に抱き着くパーシー。抱き着かれたブラコンは「お、そうか?」とデレッと相好を崩して僕の頭から手を離した。
ずしゃっと雪の上に落下する。こんのブラコン兄貴ィ……焼いてやろうか……っ!
ゴオオッと怒りの炎(物理)を燃え上がらせる。しかし『移動』で僕の背後に回ったロイドにチョップされたことで魔力が霧散し失敗に終わった。
「そんで?最後の勝負は決まったのか?」
雪の上に撃沈した僕を放ってロイドがパーシーに問いかける。ピクリとも動かなくなった僕をオロオロと介抱していたパーシーは、兄の問いに「そうだった!」とキョロキョロ辺りを見渡し始めた。
「!ラウ、あれだ。最後にアレやるぞ!」
「いてて……えーっと、あそこは確かスノーボールファイトの……?」
執拗な攻撃を受けた後頭部をさすりながら起き上がり、パーシーが指さした方を見る。
ゴーレムタグエリアの隣。サッカーのコートのような線が地面に引かれた広い敷地は、大歓声に包まれていた雪合戦コートであった。
既に公式戦のスケジュールは消化し終わったのか観客席にはもう誰もおらず、コートの中でチラホラとちびっこモンスター達が気ままに雪を投げて遊んでいるのが見えた。
「もう試合が終わったからな、自由に使っていい時間のはずだ。アレで決着をつけようじゃないか!」
「なるほどねぇ。ルールは?」
「コートの端に設置された三つの大きい輪があるだろう。あれがゴールで、相手チームのゴールにより多くの雪玉を投げ込んだ方が勝ちだ」
「ほほう、シンプルで面白そうじゃん」
この戦いの最後を締めくくるにはもってこいの内容だ。
腕まくりをしてやる気十分な姿を見せると、パーシーもニヤリと口の端を釣り上げた。
「まあ普通は2対2とか3対3でキーパーをつけるのだが……まあ今日のところは1対1でいいだろう?」
「……ふーん。2対2か……」
パーシーを見、そしてコーヒーを啜るロイドを見た僕はしばし考えこむ。
なるほどなるほど、チーム戦が基本と……なるほどねぇ。
「……ごめん、すぐ戻るからちょっと待ってて!」
とある考えが頭に浮かんだ僕は、自分でも分かるくらい悪い笑みを浮かべ駆けだした。




