氷塊ザクザク、正気度もザックザク
本日もう一話投稿しています。
「ん~ふふ~ん、ふ~ん」
わんこモーフシチューの出店を出て早20分。
僕は上機嫌で、氷の塊に借りた彫刻刀をザックザックと突き刺していた。
「……な、なぁラウ?この名状し難い氷像は何を作っているんだ……?」
今まで黙って僕の手元を観察していたロイドが、恐る恐ると言った体で後ろから僕に声を掛けてきた。
はあ?とロイドを振り返る。明らかに僕の手の中で形作られているコレを見て何か分からないなんてことあるか?
美術的センスが足りてないんじゃない?僕は愚問を呈したロイドを鼻で笑った。
「猫でしょうよ」
「んな訳あるかぁ!!」
キラキラと光に反射して輝く、両手に乗るサイズの氷像を指さしてロイドが叫んだ。
パーシーが次なる勝負の場として選定したのは、わんこモーフシチューの出店の二つ隣にあった『氷像アート体験』の出店であった。
その名の通り、小さな氷の塊を彫刻刀等で削り、形作っていくという体験コーナーだ。
作った氷像は店員さんが『保存』の魔法を掛けてくれるので、溶けずに1週間くらい残るらしい。その為持ち帰って記念に飾ってももよし、プレゼントとして渡してもよしな人気の高い出店なのだとか。
もしくは、出来のいい作品はお店に寄贈すると売り物として店頭に出してくれることもある。
という訳で、二戦目は『どちらの作品が高い金額で売りに出されるか』を競うものと相成ったのだった。
そして店員のお姉さんから氷塊もらい、彫刻刀でガリガリと作品を作り始めた訳なのだが────。
「む、失礼なこと言うね。どう見ても猫でしょ!」
「嘘だろ……っ!?ニンゲン界の猫はこんなんなのか……!?」
コソコソと店員さんやパーシーに聞かれないように僕に耳打ちで聞いてくるロイドの言葉に合点がいく。ああなるほど。何を驚いているのかと思ったが、僕が知る猫とこの世界の猫が違うから戸惑っているのだな?
確かにきっと同じだろうという固定概念の元、ロイドの言葉を鼻で笑ってしまった。良くなかったなと反省しながら僕の知る猫を説明する。
「こっちの世界のは見た事ないから比較はできないけど……大きい耳があって、手足が二本ずつある四つ足の動物だね。尻尾が1本ある」
「どう見ても尻尾6本あるが?」
「何言ってんの?これひげでしょうが、4本」
「じゃああと1本は何なんだよ……」
店員のお姉さんと共に後ずさりながら遠巻きに氷像を観察していたロイドが、おもむろに上着のポケットから紙とペンを取り出した。
「ちなみにラウさん?ここに紙とペンがあるんだが、ちょっとここにお前さんが知る猫書いてみてくれよ」
「え~?僕今忙しいんですけど……」
とはいえもう正直8割くらい完成しており、あとはディティールの調整だけだ。まあいいかと僕は渋々ロイドから紙とペンを受け取り、サラサラと猫を書き始めた。
耳二つ、丸い顔、長い手足、尻尾……っと。
「こんなもんかな。どう?一緒?」
「ヒッ……」
「……わぁ……」
何故か僕の絵を見た店員のお姉さんが「もういやぁ!」とばかりに頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。書けと言ったロイドも何故か紙を受け取ろうとしない。
なんかすごい冷や汗出てるけどどうした?体調悪い?
「…………………ち、ちなみにさ。俺が知るこの世界の猫はこんな感じなんだけど……」
何故か暫く受け取るかどうか熟考した末、紙の超端っこをつまみ上げたロイドが僕の書いた猫の横にサラサラと軽いタッチで猫を書き始めた。
デフォルメされた猫だが、特徴が捉えられていて一目で何を書いたかが分かる絵だ。可愛い。
発狂寸前だったお姉さんも癒されたようにうんうんうんっ!と頷いてる。何故か僕が書いた方の猫手で隠されてるけど。
「おー!流石ロイド。絵が上手いね。そうそうこれこれ。これ猫」
「えっじゃあこれとこれ一緒なんか……?」
お姉さんが僕の猫から手をどける。そしてそのまま流れる水のように流麗な動きで自らの目を塞いだ。
紙の上で並ぶ猫×2。一つは軽いタッチで描かれたゆるく可愛いロイド産の猫。もう一つは写実的なタッチで描かれた僕産の猫。
「…………」
「…………」
ロイドと顔を見合わせる。そしてもう一度猫たちを見た。
「………………あー、」
ふい、と僕は明後日の方向に視線を向けた。
「こうともいうみたいね」
「こうではねーだろ!」
あくまでも自分の画伯加減を認めない僕にロイドがまたしても声を荒げた。
ちなみにお姉さんはもうこっちのことは見ないことにしたらしい。別のお客様の様子を見に足早に去って行った。
しょんぼりと肩を落としていると、隣の卓でワッと歓声が上がった。
何事かとロイドと共にひょっこり顔を出すと、モンスターだかりの中心にパーシーを発見する。
歓声と共に何やらキ、キ、キ、キンッという甲高い音も聞こえてきた。
「はーっはっはっはっ!見よ、ぼくの美しき氷魔法を!『氷刃』!」
高笑いするパーシーが氷像に手のひらを向ける。するとパーシーの周りの空気が一気に冷え、氷の花のようなものが無数に発生した。
空中に生み出された氷の花がパーシーが手に持っている氷塊に向かって飛んでいく。氷の花の発生スピードはどんどん早くなり、最終的にパーシーの姿を観客達から隠すほどにまで増えた。
「すごーい!すごいすごい!キレイ!かっこいい!」
発生した氷の花が全て氷塊に殺到し、最終的にキィィンッという音を響かせて霧散した。
美しい魔法に観客と共にはしゃぐ。この世界に来て三日目にしてようやく魔法らしい魔法が見えて感無量だ。
「ふっ……そうだろうそうだろう!そしてこの壮麗な魔法で創り上げた作品がこれだっ!」
ふわふわの髪の毛を払ったパーシーが、まるで高級料理でも出すように恭しく机にに差し出さしたのはまるでフィギュアのように精巧で繊細な芸術品だった。
「そう、題して『ぼくと兄様の未来予想図~Ver.サマーバケーション~』だ!」
「名前は兎も角としてすっごい!すごいよパーシー!寒々しさを与えがちな氷であえて夏を表現する発想力!まず注目すべきは海ですね。あえてザクザクとした削り方をすることによって、差し込む光の反射にランダム性を持たせキラキラと輝く海面を表現している!そして一番力が入っているのはこの作品のメインであるロイドとパーシー!まるで命が宿っているかのように生き生きとした表情で、今にも動いて会話し始めそうなほどに精巧だ!作り手の愛を感じる逸品ですねぇ!」
「お前さんのその力の入ったレポは何?元々そういう仕事してた?」
してないです。
僕の講評に周りで聞いていたモンスター達も「すげー」「プロの仕事だなー!」と口々にパーシーを褒め始めた。
そうだろうそうだろう、とロイドとふたり深く頷く。にっこにこ笑顔の店員さんがもしよければ寄贈ではなく店に売ってくれないか、とパーシーに交渉を始めた。
本来であれば客側が店に寄贈をするという流れなので、まさか売買の話が出るとは思っていなかったようだ。パーシーがオロオロと兄に助けを求める視線を送る。
「ほら、何してる兄貴。弟が助け求めてるよ」
「え?あ、ああ……」
僕の隣でどうしたものかと逡巡していたロイドを肘でつつく。
謎の遠慮を見せていたロイドだが、僕の発破を受けてパーシーに向かって歩き始めた。
「………………」
兄が来て、明らかにほっとした顔を見せたパーシーによかったなあと微笑ましい気持ちを抱くと同時に。
僕はニンゲン界に残してきてしまった家族を思い出してため息をついた。
脳裏に、まだ小さい弟と手をつないで夏祭りに行った思い出が蘇る。
ヨーヨーが欲しいと泣く弟の為になけなしの小遣いが無くなるまで挑戦した。
ヨーヨーを持って喜ぶ弟の顔が、パーシーと被る。
……そういえば、昔弟にも「姉ちゃん絵下手くそすぎない?」と笑われたな。
「────女々しいなぁ……」
自分で決めた道だろうが、と自分を内心で叱り。
ひとり席に戻った僕は、自分の氷像を完成させるべく再び彫刻刀を握るのだった。
「な、なかなか泥棒ネコのくせに見る目があるようだな貴様。その……貴様が一番に褒めてくれたから、みんなにも褒められた。……あ、ありがとう」
「えっ尊……?ン゛ッンンッ!……どういたしまして」
店員さんとの交渉を終えロイドと共に戻ってきたパーシーにモジモジぺこりと頭を下げられ僕は胸を撃ち抜かれよろめいた。
倒れるな、ここで倒れればすぐそこで既に永眠に入っているブラコンと同格だぞ……。それだけは避けねば、なんとしても。
僕は咳払いで自分の心を落ち着かせ、大したことはしていないとひらりと手を振った。照れたようにそっぽを向くパーシー。
はあ~……今は暴走してる困ったちゃんだけど、パーシーって元々本当に素直でいい子なんだよなぁ。いやぁ推せるわぁ……。
しみじみと頷いていると「そ、その話はもういい!」とパーシーがビシッと僕を指さした。
「貴様の作品も見せてもらおうじゃないか!」
「あ、見る?ちょうど今出来上がったんだけどね。こっちです」
パーシーを僕の作業机まで案内する。パーシーはふふん、と得意げな顔で笑った。
「仕方ないな、この美術的センスに溢れるぼくが講評してやろう。……見たもの、感じたものを詳細にレポートに起こす表現力はあるようだし?まあそこそこ期待できるんじゃ……ヒュッ」
「パーシーのあの作品の後に見せるのは恥ずかしいな……えへへ。これが僕の作品、猫です」
猫を模した氷像をパーシーに差し出す。ちょっとばかし足の本数増えちゃったけど、まあでも多少のアレンジは美術品の醍醐味だからね。
あまりの出来に言葉が出ない様子のパーシーは、隣で安らかに眠る兄にひしと縋り付いた。
「ね、猫……?」
「こう、猫が顔を洗ってる所を表現してみたんだ。手が当たって垂れちゃったひげがチャームポイントで……」
「ひ、ひげ……?」
なんだか怯えたような顔で僕の説明を復唱するパーシー。いやぁ、プロ並みの芸術肌なモンスターに講評もらうのちょっとソワソワしちゃうな。
どんな言葉をもらえるんだろうとパーシーを見つめていると、パーシーは「タイム」と言って後ろを向いた。
「に、兄様?ぼくが知ってる猫とだいぶ造形が違うようなのですが……っていうかあれそもそも実在する生き物ですか?」
「安心しろ。俺にもあれは猫には見えない。多分猫と言う名の邪神か何かだ」
「パーシー?」
「ヒッ!!!」
なにやらロイドとコソコソと話し合いを始めたパーシーの背中に声を掛けると、パーシーはびっくん!と体を跳ねさせた。
その反応にしょぼん、と落ち込む。
だよなあ、ロイドや店員さんの態度で大体察していた。きっとこれは猫ではないのだ。流石のパーシーも言葉を失っている。
結構自分なりに上手くできたと思ったんだけどなぁ……とため息をついていると、オロオロとしていたパーシーが意を決したような顔でガシッと僕の肩を掴んだ。
「ま、まあ?いいんじゃないか!?ぼくには到底及ばないけど、こう、独創的で……うん、一生懸命さは伝わるというか……見るモンスターを選ぶ感じで……なんていうか……」
「正気度が削られていく感じがする」
「兄様!」
何かを呟いたロイドの口を慌てて塞いだパーシーは、僕に向かって「まあ努力は認めよう!」と頷いてくれた。
その言葉に嬉しくなって、僕はわああ!とパーシーにぎゅうっと抱き着く。
「パーシーありがとう!正直こういう美術系って得意じゃなかったんだけど、上手なパーシー褒められたらちょっと自信着いたよ!」
「あ、う、うん……まあ、精進したまえよ……」
「あれ精進してどうにかなるレベルか?俺らと見えてる世界違うだろ」
「兄様!!」
またしても何事かを呟いたロイドの口をパーシーが塞いだ。
何かの遊びだろうか。仲が良くて大変よろしい。
「うん!とりあえず、これお店に寄贈してくるね!」
パーシーの言葉に背中を押された僕は、氷像:猫を大事に抱えて店員さんの元へ走っていった。
元気に走っていった女の背中を見送ったぼくは、我慢していた笑いを吹き出した。
「ぷっ……アイツ、ぼくに褒められたからって喜びすぎだろう……」
「まあパーシーの芸術センスはピカイチだからなぁ。ラウが喜ぶのも分かるよ。……そういや昔にもあったな。パーシーが雪まつりで俺の氷像作ってくれたこと」
誰に向けた訳でもない呟きだったが、傍らの兄には聞こえてしまっていたようだ。ぼくは邪神:猫を思い出してくっくっと笑うその顔をそっと覗き込む。
「……覚えてくれてたのですか?」
「ん?当たり前だろ。その後店に置きたい店員と持って帰りたい俺で喧嘩したこともな」
当然のように答える兄に驚く。もう何年も前の話だからとっくに忘れていると思っていた。
昔……ぼくの身長が兄様よりも低かった頃。初めて参加した雪まつりで、兄様との思い出が欲しくて一生懸命作った氷像。
今思えば拙く出来の悪いそれを、兄は絶対に持って帰ると言って譲らなかった。
店員と言い合いの喧嘩までして勝ち取った氷像を眺める顔を今でも覚えている。……自分だけが、大事にしていた記憶だと思っていたのだが。
「……今は、自分で氷塊出せるようになりましたから。いつでも作れますよ」
「お、いいな。じゃあ今度お願いしようかな。今日作った奴は店で売られちまうし」
「はい」
店の奥で、自らの作品をもって阿鼻叫喚の地獄絵図を生み出している女の姿を遠巻きに眺めながら、ぼくは兄の言葉に頷いた。




