ゴーレムタグ
ちょいちょいと手招きするロイドに耳を差し出し、ごにょごにょと作戦内容を聞いた僕はにんまりと笑顔を浮かべた。
大変シンプルで分かりやすい。僕は張り切って受付のおじさんを振り返った。
「おじさん、参加したいんだけどどこにに名前書けばいい?」
ガチャン、と音を立ててフェンスの出入り口が閉まった。
観客席からどよめきが聞こえる。受付のおじさん曰く、今まで参加したのは大体ガタイのいい男ばっかりだったから、少し背が高いくらいの普通の女が入ってきてビックリされているのだろうか。
スポーツ観戦席のようにフェンスをぐるりと囲む観客席はほぼ満席だ。ざわざわと僕に注目が集まっているのが嫌でも分かった。どうしよ、ちょっと緊張する。
「ラウ、危なくなったら早くギブアップしろよ」
「はーい」
フェンスの外からのロイドの注意に元気に返事をする。同時にマイクを持った司会者役のモンスターがフェンス越しに僕に近づいてきた。
『さてさてお次の参加者は……な、なんと!可愛らしいお嬢さんです!』
「え?やだ可愛らしいだなんて、そんなそんな」
『ズバリ、自信のほどは!?』
てへへと照れる僕に司会者がズイッとフェンスの隙間からマイクを差し出してきた。浅黒い肌のモンスターだ。受付のおじさんと同じようなコウモリの羽を生やしているが、それを除けばニンゲンに近い見た目をしている。何のモンスターだろうか。
種族不明の司会者からの問いに、僕は両手を握って答えた。
「勿論、完走します!!」
『ウワァオッ!!なんて大言壮語!!』
自信満々に言い放った僕に、観客席から口笛やら『がんばれー!』という歓声が響いた。とりあえず応援の声がした方に手を振っておこう。
っていうか司会者さん?大言壮語って褒めてないよね?無理だと思ってますよね?
司会者の言葉にむくれながら地面を確かめる。コンクリートのような凹凸の少ない素材だ。これなら問題なく走れそうだ。
そして正面には、非活性化状態で地面に座り込んでいるゴーレムが見える。
近くで見ると本当に大きい────でも大きいだけだ。踏まれても問題ないなら怖気づくことは無い。
ロイドのスケルトンからのリンチの方がよっぽど怖い。一時間半の間に10回もリンチされんだぞ、心折れるわあんなん。いやまあやり切ったけどさ。
屈伸し運動をしていると、司会者が『アメェェェジイィングッ!!』と体を逸らした。
凄いテンションだなぁ、やっぱりこのくらいはっちゃけてないと衆人環視の中で仕事とかできないのかな。
『それではそれではそれではぁ!!お嬢さんの威勢が無くなる前に始めてしまいましょうッ!制限時間は15分です────スタァァァット!!!』
司会者の声と共に、正面のゴーレムの目に赤い光が宿る。ズドォンッと音を立てて立ち上がったゴーレムを見上げて、僕は「よっしゃー!」と声を上げた。
「見晒せ、ここ二日間の訓練の成果ぁ!」
『あんまり訓練してなくてちょっと心配ですねェ!!って、えええ!?』
先程ロイド雪像の前でしたように、全力で体中から魔力を噴き上げた。またも僕の体を中心に謎の風圧が発生し、全身が紫色に輝く。
放出した魔力はボボボボッと音を立てて端から紫炎と変質していく。端から見たらまるで大きな一つの火の玉のようだろう。暖かいくらいの熱が僕の頬を撫でた。
司会者の驚いた声と共に、観客席からも悲鳴のような歓声が上がる。
フェンスの外でロイドと並び立ち静かに見ていたパーシーは、火の玉状態になった僕に「メエエエエエ!?」と羊のような悲鳴を上げていた。
「わははは、やっぱアイツの魔力量ヤバいな。たった二回の魔力枯渇で初回訓練時の倍とか、俺いつか魔力量抜かされるんじゃねえか?とりあえず記録とっとこ」
「に、兄様!?あのモンスター何者ですか!?何ですあの魔力量!実は魔導士団の団員だったりしますか!?」
爆笑するロイドに詰め寄るパーシー。しかしパーシーの問いにロイドは驚いた様子も見せずにのんびりと「しないしない」と答えた。
「ラウは正真正銘リライヴェッジ所属だよ。しかもごく最近魔法が使えるようになったばっかだから、今のところは自分の周りに炎をいっぱい出すとか一個だけ飛ばすしかできない。魔導士なんて無理無理。なんてったって……」
マギホを片手で操り記録を取るロイドは、ニヤリと笑ってパーシーを見上げた。
「アイツ、魔法全然制御できてねーもん」
「よっ、ほ、まだまだぁ!あーっはっはっ!めっちゃ楽しー!!」
羽虫のごとく、チョロチョロと目障りな僕を踏み潰さんと振り下ろされる大きな足の範囲からダッシュで逃れる。そのまま足場としてフィールド内に設置された氷柱を駆け上り、ブウンッと空気を切り裂く音を立てながら飛んでくる拳を宙返りの要領で躱した。
振りぬいた拳とは反対の手から大量の雪玉が僕に飛来する。着地の瞬間を狙って発射されたであろう攻撃。しかしその全ては僕が纏う紫炎によってジュワッ!と音を立てて蒸発した。
スタッと地面に降り立つ。いやーこの体慣れたら本当に楽しいな!アクション漫画みたいな動きも軽々できてとても良い!
そして鬼ごっこって逃げる側はこんなに楽しいんだなぁ。昨日今日とずっと追いかける側だったから忘れてたよこのスリリングな感覚。
ロイドスケルトンとの鬼ごっこは滅茶苦茶に妨害されるから正直途中で頭に血が上ってイライラしてくるんだよね!
弾幕のように僕に向かって打ち込まれる雪玉。しかし僕は焦ることなく全てを紫炎で受け止めた。
そう、これこそがロイドコーチが考えた作戦、その名も『雪玉妨害は全て溶かしてしまえばいいじゃない作戦』である!そのまんまァ!
しかしこの作戦は非常に有効的だった。お陰で遠隔攻撃を気にすることなくゴーレムの動きにだけ注視できる!
そしてそしてぇ!ロイドスケルトンの数倍鈍重なゴーレムの攻撃なんぞ、今の僕の身体能力であれば避けること等赤子の手を捻るよりも容易いーーーー!!
『す、すごいすごい!ゴーレムの攻撃を軽業師のように避けていきます!残り時間あと5分です!!』
「はーっはっはっはぁ!完走賞金はもらったァァァアア!!」
「あー……そういやアイツ徹夜明けみたいなもんだったな。なんかテンションたっけえなって思ったら徹夜ハイか……」
高笑いする僕を冷静に分析するロイドの声が聞こえた気がするが気にしなーい!
観客席から歓声が沸くのが聞こえる。ここまで記録を伸ばした挑戦者はいなかったからだろう、会場のボルテージはマックスに上がっている。見てるか観客!見たか世界!これがラウ様の力だー!!
ぴょんぴょんと氷柱を飛び渡りながらゴーレムの腕を避ける。乗った氷柱が炎によってジュウウッと溶けた。
残存魔力量は感覚で測るしかないがまだ大丈夫そうだ。5分くらいなら全然持つ。拳を避けきり別の氷柱に着地した僕は、ゴーレムを振り返り……そして「エ?」と間抜けな声を上げた。
『さあラストスパート!制限時間残り5分を切るとゴーレムは分裂します!さあ彼女は増えたゴーレムたちの攻撃も捌き切れるのかァーー!?』
「聞いてねええええ!!!」
絶叫を上げる。先ほどまではフィールドの中心を陣取ってブンブンと腕を振り足を踏み鳴らしていた雪ゴーレムは、いつの間にか僕を囲むように分裂していた。
二回りほど小さくなった代わりに数を増やした雪ゴーレム。ひくりと口の端を引き攣らせた僕に、彼らは全く同じ動きで手のひらを向けた。
「うわああああああっ!ちょ、待って待って!ヤバい!」
ドバババババッと三方向から途轍もない勢いで雪玉が襲い掛かってくる。すんごい!すんごい勢いです!これ生身で食らったら死者出るでしょ!!
幸い雪玉の勢いよりも僕の紫炎の熱がまだ上回っているので、溶かしきれず被弾という事態には陥っていないが……いや動けんてコレ!!
どうするべきかと視線を彷徨わせる。三体の内一体でも雪玉攻撃を止めたら攻撃が止んだ方へ走るしか……。
そう思考を巡らせたその時、僕の足元でボキンッと嫌な音が聞こえた。
「へ?────ッ!?」
ズルッと体が下に落ちる感覚。見れば足場にしていた氷柱が真ん中からボッキリと折れていた。
「っ、ぎゃああああ!?」
氷柱とは氷の塊だ。ならば炎で溶けるのは自然の摂理。僕が身に纏う炎によって急速に溶け脆くなった氷柱は、僕の体重を支えることができず半ばから折れたのだった。
結構な高さがあった氷柱から落ちる。やばいこのままだと背中からいく!
必死にまだ地面に突き刺さったままの氷柱の下半分をガシィッと掴んだ僕は、落ちる速度を減速させながら全力で氷柱を蹴り飛ばした。
蹴った足を起点に宙返りの要領でくるりと一回転。なんとか体制を立て直した僕はズダァンッと音を立てて足から着地した。
アクロバティックな動きに観客席がワッと沸き立つ。
し、し、し、死ぬかと思ったー!!!
動いていない筈の心臓がドッドッドッドッと早鐘を打っている気がする。まさしく九死に一生スペシャルだったわ!
ジンジンと痺れる足に涙目になりながら立ち上がろうとして、しかし僕は僅かに感じた香ばしい匂いに鼻を鳴らした。
「え、なに……なんか焦げ臭……いやあああああ!?」
匂いの元を辿り、またしても僕は絶叫を上げた。
コートの裾に!炎が!燃え移ってるーーー!?
「ちょっと待って!タンマタンマ!!ちょっ熱!?いやあ買ったばっかの服が燃えるううう!!やめろ僕の魔法のくせになんで言うこと聞かな、あああ袖にも着火したっ!?」
必死にコートに燃え移った炎を消そうと試みるがしかし焦っているせいか全く消えてくれない。むしろ元気に燃え盛る紫炎くん。
なんでいきなり主人に牙剥き始めるかな!?さっきまで全然熱くなかったし燃え移る様子無かったじゃん!
これどうすればいいの!?熱っ!!っていうか熱い!!待て待て待て燃える燃える!どうしよう魔力の供給を切って消すしか!?いやでもコートに燃え移った一部だけ供給を止めるなんて細かい芸当まだ身に付いてません!消すなら一旦全部消すしか無いけどそんなんしたら雪玉マシンガンで死……。
地面にしゃがんで焦る僕の頭上に、ぬっと黒い影が落ちた。
嫌な予感がしてを上を見上げる。まるで『炎が消えなくてお困りなら僕が消してあげますよ^^』と言わんばかりにその冷たい足裏を見せつけてくる雪ゴーレムくん。その優しさに僕の口元は盛大に引き攣った。
「えっあっちょっ待っ……ぎゃああああ!?」
────ゴーレムタグの会場内に、ゴーレム達が羽虫を踏みつぶす音が響き渡った。
「……ふっふーん。生き残りタイム12分42秒!好タイムと言うことで賞金10,000イェルゲットしました!どや!」
「うわラウ、お前さんすげえ焦げ臭い。こっち来るな」
「ひどい!もっと褒めてよ!」
金一封が入った封筒を見せびらかしていた僕は、鼻をつまみしっしっと追い払う仕草をするロイドにぎゃんぎゃんと嚙みついた。
結局暴走した炎と格闘している間にゴーレムに踏みつぶされた僕だったが、受付のおじさんの言う通り怪我の一つもなく医療院のモンスター達によって回収された。
しかしあれだけの大口を叩いたのにも拘らず完走できなかったのだ。きっと観客達から笑われるんだろうな……とトボトボと肩を落として医療院スタッフ達が待機しているテントから出たのだが、だが予想に反して僕は大歓声と共に迎えられた。
どうやら今年の雪まつり始まって以来の好タイムだったらしい。惜しかったですねぇ!!と非常にうるさい動きで司会者のモンスターに敢闘賞10,000イェルを手渡された僕は、テントを出た時とは打って変わってルンルンの足取りでロイドたちの元へ戻ってきていた。
戻ってきたのだが、この鬼畜コーチ……生徒の成果を喜ばないばかりかあっちに行けってちょっと酷すぎないだろうか。
ロイドの態度に憤慨していると、その隣のパーシーがぽつりと口を開いた。
「……すごかったです、とても」
「そうだよね!?ほーらパーシーもこう言ってる!……パーシー?」
「パーシー?どうかしたか?」
意外なところからの援護射撃に喜ぶが、しかし褒めてくれた当の本モンスターを振り返った僕は、彼が誉め言葉とは裏腹に大変苦々しい表情を浮かべていることに気が付き、首を傾げた。
ロイドも弟の不穏な態度に気が付いたのだろう。心配そうな顔でパーシーを覗き込むが、パーシーからの返答はない。
どうしたのだろうかとロイドと顔を見合わせる。オロオロとふたりでパーシーに色々と声を掛けていると、彼は俯きながら非常に小さな声で「でも……でも……っ」と苦し気に唸った。
「パ、ぱーし」
「でもっ!!!!」
「うぉっ!?」
恐る恐る呼びかけようとした僕だが、突然大声を出しながら顔を上げたパーシーに驚いて一歩のけ反る。パーシーはそんな僕をキッと鋭い目つきで睨みつけた。
そしてビシィッと音が鳴りそうな勢いで僕に指を突き付ける。
「ぼくはっ!貴様を兄様のガールフレンドとは認めないーー!!!兄様が欲しくばぼくと勝負しろ、この泥棒ネコーー!!!!」
「なんの話ーーーーー!?」
身に覚えのない容疑を掛けられた僕は、本日何度目とも知れぬ絶叫を上げながら目を白黒させるのだった。
プロットでは五行で終わったシーンが5,000文字オーバーする現象。錬金術ですねえ




