しつじ けい ひつじ もんすたー
ロイド像の前での出会いを経て。
僕はロイドとパーシーが住む家に招待されていた。
二階建ての一軒家だ。ウッドハウスというのだろうか、木の温かみを感じる居心地のよさそうな家のリビングに通された僕は────大変居心地の悪い気分でソファーに座っていた。
「兄様、こんなに早く帰ってくるなら連絡してくださいっ!豪華なランチを用意しましたのに!」
「いやごめん。連絡しようとは思ったんだが、なんて連絡するべきか悩んでたら家に着いちゃったんだ」
「どういうことです……?あ、そうだ!兄様今日は雪祭りですよ!」
「あーもうそんな時期か。一年早いなぁ……」
「去年も一緒に回りましたよね!もしお仕事終わったのなら一緒に行きましょう!」
「うん、そうだな、終わったらな」
「えへへ、嬉しいです」
来客などいないもののようにイチャイチャとし始めた兄弟を、僕は死んだ目で眺めながら向かいのソファーでジュースを啜っていた。
リビングに通され早15分が経過しているが、一向に僕が口を挟める雰囲気にならない。一体何を見せられている……?
いやロイドはチラチラこっち見てるから気付いているんだろうけど、なんかパーシーの好き好きラブアタックに押されて本題を切り出せそうな様子が無い。
無理にでも僕から切り出すべきなのだろうか。いやでもこの兄弟愛劇場を割って入る勇気はない。うーんとどうしたものかと首を捻る。
……それに、なんだかこのふたり……。
胸中に生まれた違和感に眉を顰めていると、突然パーシーが「それで」と僕の方を見た。
「兄様?こちらの方は?」
「あっ、ああ。えーっと、俺の新しい同僚……?後輩……?のラウだ。今日はお前さんにラウを紹介するために帰ってきたんだ」
「同僚……?……申し遅れました、ぼくはロイド兄様の弟兼執事のパーシーと申します。……よろしくお願いします」
「え、あ、はい。よろしく……執事?」
兄弟愛劇場から一転、突然の自己紹介のフェーズと相成り戸惑いながら頭を下げた僕だが、予想だにしない職業名が出てきて思わず復唱してしまった。
執事?いやひつじって言ったのか?違うか執事か……え?なんで執事?ロイドの趣味?
もし弟に執事職を強制しているのならなんかちょっと特殊なプレイな感じになっちゃうけど?
パーシーの隣に座るロイドに疑わしい目を向けると、彼は首を振りながら慌てて弁明を口にした。
「違う、パーシーが勝手に名乗っているだけだ」
「はい!兄様はこの世に二体といないアンデッドの王ですから!兄様は執事なんていらないと仰いますが、王には執事はつきもの!常に主人の手足となり影となり、兄様に付き従う立派な執事……になるべく日々研鑽を重ねているところです。……残念ながらぼくはまだまだひよっこでして」
最後はへにょんと小さな耳を垂れさせたパーシーに、ロイドが「可愛いなぁ」と顔をデレッとさせた。うわぁブラコン……。
確かにパーシーの服は後ろ裾が二つに分かれた燕尾服だ。きっちりとシャツも皴なく着こなしており、首元にはタイが巻かれている。白金色のふわふわとした体毛と相まって非常に上品な出で立ちだ。見た目だけなら本当に執事のようである。
ゲームに登場するパーシーは常に王国魔導士団の制服である黒地のロングコートであったのだが、普段着はこの執事服なのだろうか。……いや普段着が執事服てどういうこと?
「そ、そうなんだ。頑張ってね。僕はラウ、ロイドの…………同僚?だよ」
心の中で自分で自分にツッコミをいれつつパーシーに激励を送った僕は、パーシーに自己紹介を返した。
一瞬「妹です」と茶化そうと思ったのだが、なんか僕のことを見るパーシーの目が怖かったのと何かを察したロイドが『移動』で僕の隣に瞬時に移ってきて肩をポン……と叩いたので押し留めた。冗談じゃないですかぁロイドさぁん。
「えーそれでパーシー?色々聞きたいことがあるんだが……あの町の入り口にあった俺の雪像は一体なんなんだ……?」
歩いてパーシーの横に戻るロイドがパーシーに尋ねる。それは僕も気になるところだ。……だめだ思い出しただけで面白い。僕は笑いださないように口の中を噛み、平静を装いながらパーシーの言葉を待った。
パーシーはロイドの問いにパアアッと顔を綻ばせた。
「見ていただいたんですね兄様!あれはですね、今日から雪まつりですからそのお飾りです!僕が作ったんですよ!」
どうやらレードの町では毎年冬が終わって大雪も降らなくなるこの時期に『雪まつり』を開催しており、大きな雪像や氷像を作ってシンボルとして出入り口に飾っているのだとか。
そして今年はパーシーにその雪像の作成役が回ってきたらしい。なんでも毎年数名しか合格しない超難関の王国魔導士団に内定したパーシーに是非、と町長さんが直々にお願いしに来たのだとか。
それで作ったのがあのクソデカロイド像か……と遠い目をする。
「どうでしたか?いい出来でしょう?兄様をびっくりさせたくて兄様が出勤した後に急いで作ったんですよ!」
「うんうん、素晴らしい出来だったぞ」
「燃やそうとしたくせに……イテッ」
ニ゛ゴォ……と湿度高めな笑みで頷くロイドに小声で悪態づくと、またも『移動』で横に移ってきたロイドに今度はわき腹を肘でど突かれた。冷静な研究者の面はどうしたよロイドさん?
痛むわき腹を抑えながら定位置へ戻っていくロイドの背中を睨むと、その向こう側からジッと僕を見つめる草食獣の目と視線がぶつかった。
「…………?」
しかし声を掛ける前に視線は逸らされる。んん?と首を傾げるが、まあ偶々だろうと気にしないことにする。
「雪まつりって何するの?」
「あー、まあ普通のお祭りだよ。広場のステージで余興したり、屋台が出たり、あとはスノーボールファイトの公式試合があったり」
スノーボールファイト……ああ雪合戦か。公式戦なんてあるんだ、ちょっと楽しそう。公式と銘打っているってことは結構本格的なルールとかあるのだろうか。
「あとは……まあ屋台が沢山出てる」
「屋台……!?」
ロイドの言葉に反応する。訓練の後魔力回復のためおにぎりを3個食べたのだが正直なところ足りていなかったのだ。
なんだかこの体、ニンゲンの時に比べて非常に燃費が悪い。魔力枯渇後はもう死ぬんじゃないかってレベルでお腹空くし。
魔法界の屋台ってどんな料理が出るんだろう……とソワソワしていると、ロイドがふっと笑った。
「やっぱり屋台に食いついたな。お前さん絶対あれだけじゃ足りてないとは思ってたんだ」
「うぐ。分かってたならもっとご飯持ってきてよ……」
食い意地張っていることに気付かれていたらしい。気まずげに視線を逸らすと、クツクツとロイドが更に笑うのが聞こえた。
「それじゃ、パーシーとの顔合わせも済んだしみんなで雪まつり行くか」
「わーいやったー!」
「パーシーもいいか?」
「……ええ、勿論です」
ウキウキとコートを羽織る僕とは対照的に、パーシーは先程より幾分温度の下がった声色で肯定した。
そしてまたもやチラリと僕を見る。
……なんだか警戒されてる?
視線の意味が分からず首を傾げた。何か気に障ることでもしてしまっていただろうか。
「あの、パーシー……?」
「!」
真意を問うためパーシーに声を掛ける。しかしまさか話しかけられるとは思っていなかったのか、パーシーはびくんっと肩を跳ねさせ、肉食獣に見つかった小動物のように慌てた様子で僕から視線を外した。
そのままロイドの背中を追いリビングを出て行ってしまう。
「……んん?なんだ……?」
ひとりリビングに取り残された僕は、心当たりのないパーシーの態度に腕を組んで頭を捻るのだった。
「おおおお!すごい!大賑わいだ!!」
「流石に昨日行ったアルバストスよりかはモンスター少ないけどな」
ロイドとパーシーの家を出てこの町の中心である広場に向かった僕らは、あっという間に祭りの喧騒の中に取り込まれた。
広場に設置された特設ステージではアイドル衣装のようなものを着た女の子たちが躍っており、奥のテニスやサッカーのコートのように地面に線が引かれたエリアでは、例のスノーボールファイトの試合が開催されているのだろう、観客たちの歓声が少し離れたこちらまで響いていた。
そして会場のあちらこちらには、ロイド雪像ほどではないもののそこそこに大きい雪像や氷像が飾られている。
「雪のお城だすごーい!何あれカレーみたいなの売ってる!うわあああああっちにめっちゃ大きいチョコフォンデュマウンテンがある!」
「おーい、はしゃぎ過ぎてはぐれるなよ~」
「はーい!」
あっちへこっちへと、出店やらステージやら氷像やら雪像やらの元へ駆け寄る。そんな僕の背にお父さんのような声を掛けるロイドに、僕は振り向かずに返事をした。
「……兄様、あの方……本当に大人ですか……?」
はしゃぐ女の背中に苦笑い気味に声を掛ける兄に、おずおずと問いかける。
なんだか不思議なモンスターだ。見た目は立派な大人に見えるが、しかしチョコフォンデュで大騒ぎするその姿は子供のよう。でもその割に、大人で頭のいい兄と楽しく掛け合いができている。
まるで敬愛する兄と似ているような、でも真逆な存在だ……と考えたところで、胸のあたりに新たなモヤモヤが生まれたのを感じた。
「あー……まあ大人なんだが、ちょっと訳あって世間知らずなところがあってな。まあ悪い奴じゃないんだ、仲良くしてやってくれ」
「…………。」
普段であれば、兄の言葉には肯定以外の言葉を返すことは無い。
だが、どうしても……あの女の事なら何でも知っているとばかりの兄の態度に、何も答えられなかった。
「……あの方が、そんなに大事なんですね……?」
「?パーシー?」
小さな声で呟いた自身の言葉は、祭りの喧騒の中に消えていく。
立ち止まった自分を不思議そうに振り返った兄だが、しかしトボトボと戻ってきた女に彼の意識はすぐに自分から逸れてしまった。
「どうした?ラウ」
「……僕、お金持ってなかった」
トボトボとロイド達の元に戻った僕は、しょんぼりとそう呟いた。
ニンゲンだった頃はちゃんと社会人だったので常にそれなりに現金を持ち歩いていた。その感覚で広場を見て回っていたのだが、そうだ僕今プー太郎だった……。
パーシーのコイツマジか、みたいな顔が刺さる。うう、無職ですみません……。
「あーそうだった。博士に言っておかないとな。今日は俺が出すよ」
「え、いいよ。悪いし……」
当たり前のように財布を出すロイドを押し留める。貢がせ系女子の気分になるから勘弁してください。
「別に気にしなくとも研究費用として経費請求できるから大丈夫だよ」
「いや……うう、そうなんだろうけどさ……」
「……お金が欲しいなら、あれに参加したらどうです?」
財布を仕舞わせようとする僕と財布を出そうとするロイドの攻防を見ていたパーシーが、助け船のように一点を指さした。
見れば、スノーボールファイト会場の隣になにやら巨大なフェンスに囲まれた異様なスペースがあった。
フェンスの中では3~4mほどの大きさの雪山?がズズン、ズズン、と動いており、スノーボールファイト並みに観客が集まっているのが見える。
「え、何あれ」
「あれは……あーゴーレムタグか」
「ゴーレムタグ?」
ゴーレムは分かる。丁度昨日ロイドから教えてもらった。無機物で作られた魔力人形のことだ。
でも魔力人形のタグとは……?
ゴーレムに値札がつけらている様を想像して首を捻る僕に、依然呆れる目を向けるパーシーが説明してくれた。
「ゴーレムタグも知らないんですか?……あの雪ゴーレムの攻撃にタッチされないように制限時間まで逃げ切るというゲームですよ。好タイムには賞金も出るんです」
「ふーん……え?まさかあの動いてる雪山ってゴーレムなの?」
でかくない?僕せいぜい2mくらいの大きさを想像してたんだけど。
しかしなるほど、値札って意味のタグじゃなくて鬼ごっこって意味のタグか。
巨大ゴーレム相手な訳だが、観客達の大歓声を聞いてると恐怖よりも挑戦してみたいという気持ちが勝ってくる。目を凝らすとフェンス脇に設置されてるステージに『完走者には25,000イェル進呈!』と書かれてるのが見えた。
「25,000イェル……25,000イェルってどんなもん?」
「この辺の屋台は大体100イェルから300イェルくらいだから、まあだいぶ飲み食いはできる……いやでも本当にやるつもりか?あれ結構危ないし、お前さんまだ身体能力完全に掌握した訳じゃっておーい!?」
「おじさん、僕もこれやりたいんだけど。飛び入り参加とかできる?」
ロイドのツッコミを遠くに聞きながら、僕はゴーレムタグの参加受付に座るコウモリの羽が生えたモンスターに声を掛ける。
声を掛けられたモンスターは、僕の顔を見るなり少し驚いたような顔をした。
「飛び入り参加は大歓迎だが……嬢ちゃんがやるのか?かなりハードだぜ。平気か?」
言いながらもルールが書かれた紙を手渡してくれる。制限時間は15分で、ゴーレムに触れたり、ゴーレムの攻撃に当たったら失格か。
そんでもってゴーレムの破壊は反則、フェンスの外に逃げたら場外失格、と……なるほど、面白そう。
平均タイムは大体5分くらい、今のところ完走者ゼロか。ちらりとフェンスの中を覗いてみると、見上げる程に大きい雪でできたゴーレムが鈍重な動きで腕を振っている。なかなかな重量感だな。しかも反対の手から弾幕のように雪玉を発射している。あれにも当たっちゃダメなのか。
足元でチョロチョロ走り回っているのは、サイの角のようなものを額から生やしたガタイのいいモンスターだ。
様子を見ている間にゴーレムに踏みつぶされてしまったが。
観客席からああ~……という残念そうな声が響く。同時に控室のようなところから、神官服のような裾の長い衣装を着たモンスター数名が歩いて行ったのが見えた。
潰されたモンスターは無事なのかと観察していると、足を上げたゴーレムの下から無傷のサイモンスターが這い出てきた。そのまま彼は神官服のモンスターによってフェンスの外に運び出されていった。
「あれ平気なの?」
「一応重量軽減の魔法が掛けられたゴーレムだからな。踏まれたくらいじゃ怪我はしねえよ。ただ殴られて吹っ飛ばされたりしたら結構ダメージ入るから、念のため医療院のモンスターに常駐してもらってる」
「へえ……。ギブアップはあり?」
「勿論。無理して怪我されても困るしな」
医療院とは名の通り病院のような施設の事だろう。緊急時に対応できるよう、安全対策もしっかり取られているようだ。
ギブアップも有りなら大丈夫そうだ、と頷いたところで、後ろから襟を引っ張られた。
「おいこらラウ。世話係の言うことは聞け。勝手に動くな。危ない。参加ダメです」
「えー?だってこれ面白そうだよ」
いつの間にかすぐ後ろに立っていたロイドのペット頭蓋骨に襟を咥えられ、受付の脇に運ばれる。まるで親猫に後ろ首咥えられる子猫のようにぷらーんと宙に浮く僕は、ロイドを見下ろして抗議の声を上げた。
「いーいーじゃーん。アレならロイドのスケルトンの動きの方が早いし、避けれる気がするもん。ね、絶対油断しないから。安全対策も取られてるし平気だって」
「……まあ確かにお前さんなら避けれるかもしれないけど……うーん」
難しい顔で悩むロイドは、おもむろに受付のおじさんに声を掛けた。
「なあ、これって魔法あり?」
「え?その嬢ちゃん魔法使えるのか?あーまあ、ゴーレムに直接魔法当てるのは無しだ。身体強化とか、ゴーレムの攻撃を躱す為に使うくらいなら別にいいが……」
「そうか、んー……なら、まあ……」
おじさんの回答に頷き、顎に手を当て雪ゴーレムの動きを観察し始めるロイド。子猫状態の僕は傍らで見守っているパーシーに目を向けるが、パーシーは何やら難しい顔でずっとロイドを見ていた。
やがて結論が出たのか、ロイドは雪ゴーレムから視線を外しニヤリと僕を振り返った。
「俺の作戦通り動くって約束するなら許可してやるよ」




