ロイド先生のモンスター学 魔法基礎編
キーンコーン、カーンコーンと、聞き慣れたリズムの鐘が鳴った。
倦怠感に閉じた目をこじ開ける。壁に掛けられた時計を見れば長針も短針も真上を向いていた。
もうお昼か。時刻を知らせる鐘の音っていうのはどこの世界も大体同じなんだなぁ。
訓練場の床に仰向けに寝転がる僕は、ぼんやりと宙に視線を投げながらそんなことを考えていた。
「ぜえ、はあ、……くっ、俺までこんな走りまわされると思ってなかった……げほっ」
すぐ隣から今にも死にそうなほど弱った声が聞こえた。
見れば白衣を脱いだロイドが四つん這いで息も絶え絶えの疲労困憊状態で咳き込んでいる。まるで久しぶりに運動させられたおじさんだ。
その姿に僕は満足感を覚えてニヤリと笑う。
「……自業……自得……かはっ」
「お前さんも死にそうじゃねえか……。と、とりあえず一旦休憩……」
死にかけの主人とついでに僕も労わるよう、頭蓋骨達がふよふよと飲み物やらタオルやらを持ってきてくれたのでありがたく受け取る。
スポーツドリンクのような飲み物を一気に煽り、僕とロイドはようやく一息ついた。
訓練室に入って早2時間。スケルトン鬼ごっこ訓練終了後も制裁のため結構本気で逃げるロイドを1時間近く全力で追い掛け回していたおかげで、ほぼ完ぺきに体の感覚は掴めていた。
走るも止まるも今や完全に制御できている。
もう滅多なことがない限り勢いのまま壁に突っ込んだり、止まろうとして強制宙返りからの床に叩きつけられることはないだろう。
正直自分にこんなポテンシャルがあるとは思わなかった。少年漫画の登場人物達のような驚異的な身体能力を扱えるようになったことに、達成感と少しの全能感を覚え口元がにやける。
それにしても本気のロイドは本当に厄介だった。
容赦なく瞬間移動で逃げるわ足止めの為に大量のスケルトンを僕に差し向けるわ……。悔しいかな流石に捕まえることは叶わなかった。
でしかし高みの見物からは引き摺り下ろせたので今日のところはこれで良しとしよう。
「はー、疲れた。まあとりあえず今日はこんなもんだな。今後はこんな感じの訓練をしばらく定期的に続けていこう。まずは初級編レベル1クリアってことで」
胡坐をかいて頭蓋骨達に汗を拭かせるロイドは、そういってドリンクボトルを床に置いた。
その言葉に僕はギョッと目をむく。
「これで初級編!?レベル1!?」
「まだまだやることは沢山あるってこったな。という訳で休憩終わり」
どっこいせと立ち上がる姿に見た目にそぐわないおじさん味を出すロイドは、そのまま邪魔にならないよう隅に置かれたホワイトボードを頭蓋骨達と一緒にガラガラと持ってきた。
「飯食う前に2時間目の授業をやっちまおう。次は魔力の授業だ」
「早速だが問題だ。ニンゲンは使えないがモンスターは使えるモノ、って言われて何を思い浮かべる?」
またもや出てきたニンゲンとフリント博士の絵図。それをさし棒で指し示しながら、ロイドは口を開いた。
「魔法じゃないの?」
「正解。基本的にモンスターはみんな魔法の元である『魔力』というものを持っている。さっき研究所の説明をしたときに第一研究室は魔術を研究しているといった話は覚えているか?」
「うん」
ホワイトボードに書かれたフリント博士の腹部あたりに『魔力』と書くロイドに頷く。
「魔法とはモンスターが内包する魔力を使って発現する力だ。内包する魔力が炎属性なら炎の魔法が、氷の魔力を持っていれば氷の魔法が使える。この属性とは基本的に生涯変わることはない」
フリント博士の腹部に書かれた『魔力』から出た矢印が腕を通り手を通りそして体の外に炎として返還され放出される様子が書き加えられていく。非常にわかりやすい。
次いで、今度はフリント博士の体の外に『魔力』という文字が書かれ、そして炎を放出した手とは逆の手に何かペンのようなものを握らされる。
「対して魔術とは、空気中に漂う魔力を使って現象を起こすことだ。例えばこのペンに『スイッチが押されたら空気中の魔力を取り込み魔法に変換する』『水魔法をペンの先から発動する』という指示の回路を引き、スイッチを押せば発動するように指示を出す。すると使用者の魔力の属性を問わずペンを通して水を出すことができる。この回路のことを魔術と呼び、魔術が施された道具を魔道具という」
フリント博士の持つペンに『魔力を魔法へ変換』『魔法を行使』という吹き出し文字が書かれ、その文字を貫通するように外の『魔力』から伸びた矢印がペンを指し示す。
なるほど?つまりモンスターが自前の魔力を自分の体で魔法に変換するのに対して、自分の魔力属性以外の魔法も使えるように外部変換器として機能させるのが魔術、変換器として機能し魔法を行使するのが魔道具ってことか。
「モンスターみんな魔力を持つとはいっても、その内包量には個体差がある上に、そもそも魔法として放出できるモンスターは全体の4割〜5割程度と言われている。それに使えるとは言っても自分の魔力属性以外の魔法が使えないとなると生活に困る。だからこういった魔道具を使用してモンスターは生活をしているんだ」
「ほうほう。なるほどなぁ」
魔術……やはり高度な学問であったか。どのくらい高度かというとこれ以上詳しい話をされたら話に付いて行けなくなりそうなくらい。
既に結構ギリギリな僕の様子に気が付いたのか、ロイドが少し苦笑いしながら「話を魔法に戻すが」と軌道修正を図った。
「モンスターとして変質したお前さんも理論上魔法が使用できるはずだ。っていうかもう使ってる」
「えっ!?いつ!?」
「忘れたか?昨日研究所の外でイエティ達と出会ったとき、お前さんの周りに紫色の炎が現れただろ。あれが魔法だ」
「ええええ!?あれ僕の魔法だったの!?てっきりイエティ達の威嚇行為か何かかと……」
「イエティ達はああ見えて戦闘を好まない穏やかな種族だ。偶然出会ったニンゲンらしき生き物に攻撃するなんてとてもできないよ」
僕は自分の掌を見た。ま、まさか魔法が使えるなんて……信じられない思いで感激に打ち震えていると、あることに気が付いた。
「と、ということは……僕の魔力属性は炎ってこと!?かっこいい……!」
「あー属性……属性ね……。んー……まあ……いやでも定義がなぁ……」
なんだかロイドが顔をもにょもにょとさせながら不穏なことを言ったような気がしたが、炎魔法が使えるかもと思いを馳せる僕の耳にその言葉が届くことはなかった。
「まあとりあえずはそれでいいや。今のお前さんは魔力を使えるが魔法の使い方が分かっている訳じゃない。そのままじゃまた何かの拍子に魔法が暴走する可能性があり危険だ。ってことで今日は正しい魔法の使い方を学んでもらう」
「はい!よろしくお願いします!」
ウキウキと期待に胸を躍らせる僕は疲れも忘れて元気に返事をするのだった。




