ロイド先生のモンスター学 身体能力編
誤魔化しのもう一話投稿。
昨日投稿話の順番を間違えております。ご注意ください。
ホワイトボードにキュキュキューッと小気味よく二つの人型を書いていくロイド。いや、一つは博士をモデルにしているのか、背中から更に4本の腕が生えていた。シンプルながらも分かりやすいニンゲンとモンスターの絵に関心する。
「地味に絵が上手いですねロイド先生」
「研究者ですから。まずはニンゲンとモンスターの身体的構造比較だが……あー」
書き終わった絵を眺めながらなにやら思案する様子を見せるロイド。数秒後、いい笑顔で頷いた彼は僕を振り返って言った。
「ニンゲンはともかくモンスターの身体構造は多種多様なので飛ばします」
「飛ばすんだ……」
「モンスター、ニンゲンより大体強い。以上」
「雑い……」
「勇者は別な。あれはもうニンゲンという枠に留めてはいけないというのが俺らの見解だ。史実によるとデコピンで岩を木っ端みじんに砕き、チョップで海を割り、けんけんぱのぱで空を飛ぶらしい。ニンゲンじゃないだろ?」
「勇者こわ、勇者こわっ!」
なにその怖い話。ゲームのサーシャは流石にそこまで超人ではなかっ……嘘だ超人だった。よくよく考えたら勇者に覚醒した後は剣ぶん投げてモンスターの串刺し(4連)とかしてたし、忍者よろしく壁走りしてたし何なら不思議能力で空飛んでた。やっぱ超人だったわ。
やはりサーシャが勇者として覚醒したらこの世界は終わる。改めてそう確信し僕はブルブル震えた。
「しかし、モンスターもそこまで化け物じみた身体能力は持っていないが、一般のニンゲンよりかはずっと強い。まず基本的に風邪とか引かないし、自己治癒能力もニンゲンと比べて擦り傷とか靴擦れくらいなら種族差があるものの数時間で治ることがほとんどだ」
「んん、ちょっと微妙……っ!」
助かるけどね。風邪引かないとかとてもいいと思いますが、想像していた内容と違い少し残念だ。
しかしロイドはそんな反応を予想していたのか、ニヤリと笑った。
「驚くのはこれからだぞ。そうだなぁ……成人したニンゲンの女ってここからあそこまで大体何秒くらいで走れる?」
「あそこ……大体50mくらい?それならまあ9秒とか10秒とかじゃないかな?」
ロイドが指さす方を見れば、頭蓋骨の一つが少し離れたところでふよふよと浮かんでいた。何かひも状のものを咥えている。質問の真意が読めずに首を傾げた。
座ってお勉強よりも体育が好き!な女子であった僕だが、流石に社会人になってからそう全力で走ってタイムを計測するような機会があるべくもなく。うろ覚えながらも高校時代のタイムが大体そのくらいであった筈と記憶を探った。
「なるほどな。じゃあ早速走ってみるか」
「ロイドが?」
「なんで俺なんだよ。お前さんがに決まってるだろ、はい屈伸して~」
「え!?突然なんで、うおっちょ押すな押すな」
両肩と頭を頭蓋骨達に押され、強制的に屈伸運動させられる。抵抗しても仕方がないので促されるまま準備運動を始めるが、脳内は疑問符でいっぱいだった。
アキレス腱を伸ばし、片足立ちで前腿をほぐし終わった頃。僕が少し離れたロイドがいつのまにやら足元にひかれた線を指さした。
「ここスタートな。全力でいけよ、位置についてー」
「えっわ、ちょ……!」
慌ててクラウチングスタートの構えをとる。
とりあえず何が何だか分からないが、あの頭蓋骨が待つ地点まで真っすぐ走れということだろう。デスクワークが多く最近運動ができていなかったから体が鈍っていないか心配だが……。
「よーい、どん」
緊張感も何もない気の抜けた合図とともに右足を踏み込む。瞬間、ぐんっと周りの景色が一瞬で置き去りにされた。
「は……?!」
まるで車のアクセルを踏み抜いたかのような急激な加速。次いで前に出た左足が地面を蹴った瞬間、僕の体は更に前に押し出された。
あっという間に頭蓋骨のところまで辿り着く───どころか、とんでもない加速に驚き咄嗟に減速しようと踏ん張った足を起点に、僕の体はぐるんっと宙に放り出された。
「いぇっ!?ぎゃあああああ!?」
空中で前宙した僕の体はゴール地点から更に5m離れた所まで吹っ飛び床にべしゃりと叩きつけられた。
ロイドが「わお」とかなんとか言いながらのんびり歩み寄ってくる。
「大丈夫かー?これがモンスターの身体能力だ。まあお前さんの身体能力は平均よりだいぶ高そうだが……」
「し、死ぬかと思った……」
生後1日と数時間で僕のモンスター生が幕を閉じるところだった。動いていない筈の心臓がドッドッドッと早鐘を打っている気がする。
差し出された手を取りながら立ち上がった。とんでもない落ち方をした割に痛みは少ない。怪我したところもないようだ。
「はあ……これがモンスター……」
「ちなみにタイムは2秒ジャストくらいだ。ニンゲンよりすごいだろ?」
「すごくすごい……」
手をぐーぱーして調子を確かめる。つまり昨日研究所を飛び出した時もすごい速さで走っていたということか。いっぱいいっぱい過ぎて全然気が付かなかった。
ちなみにロイドのタイムは?と聞くとニッコリ笑顔が返ってきた。ああ研究者ね……。
「とまあ、お前さんの身体能力はモンスターに変質したことで急激に上がったことは理解してもらえたと思うが、突然上がった身体能力に振り回されて怪我する可能性もあるからな。今日からしばらくは体を慣らす訓練をしていこう」
そう言うや否や、ロイドはおもむろに右手を床にかざした。
何を、と問うよりも早く体育館の床に魔法陣のような青く光る紋様が浮かび上がったかと思えば、そこから一体のスケルトンが這い出てきた。
「ふぁあああ!?地面から骨格標本!?」
「スケルトンの召喚です。はい屈んで~」
突然目の前で行使された魔法に興奮が抑えられない。動画で死ぬほど見たロイドの魔法を生で見ることができて目を輝かせた。
リリ剣設定資料集によると、ロイドの種族の正式名は『アンデッドレクス:タイプスケル』というものだ。アンデッドの上位種であるレクスは、アンデッドを使役したり召喚したりすることができるらしい。
この能力は非常に厄介で、その気になればロイドひとりで一個大隊相当の戦力をもつことが可能だ。とんでもモンスターすぎる。
しかしそんなロイドですら勝ち目がないのが勇者という存在だ。チートとかいうレベルじゃないな。
と、そこまで考えたところでふと自分の思考に引っ掛かりを覚えた。アンデッドを使役……?
首を傾げる僕の前で、ロイドは屈ませたスケルトンの頭に懐から取り出した青リボンを結んだ。
「よしできた。と言うことで早速今日の訓練だ。制限時間内にコイツからリボンを奪い取れ。以上」
「え、取るだけ?」
立ち上がったスケルトンの頭の上でふわふわ揺れるリボンを指さす。スケルトンの背丈は少し僕より高いくらいなので手を伸ばせばすぐにでも取れそうだが。逃げ回るスケルトンを捕まえるということなのだろうか。
どうやら僕の考えは当たっていたようだ。スケルトンはロイドが手をポンと叩いた瞬間、スッタカターとばかりに走り出した。
「逃げた!」
「ようは鬼ごっこだ。体を慣らすのが目的だから自由に動いていいぞ。そう簡単には壊れないから殴る蹴るもオッケー。ただし全力でな」
「な、殴る蹴る……?お、おす!」
「いい返事。怪我しても回復手段はあるから安心しろ。じゃあ制限時間1時間でいくぞー」
え、殴ったりしなきゃいけないの?と戦々恐々としながら頷くと、どこからともなくチェッカーフラッグのようなものを咥えた頭蓋骨がふよふよと飛んできた。芸達者だな……といい加減慣れてきた頭蓋骨に苦笑いすると同時に、フラッグバサリと音を立てて振り上げられた。
「スタート」
床を蹴る。ズゴッみたいな聞き慣れない音が足元から聞こえた気がしたがそちらに視線は向けない。集中力を切ったらすっころぶ気がする。ガシャガシャ音を立てて体育館内を走り回るスケルトンを真っすぐに見据えた。ぐんっとまたも体が急激な加速に晒される。
「あ~、言い忘れてたんだけど~」
「えっ!?」
と思ったのに、遠くからロイドの声に思わず反応してしまったその時、ガッと右足首が掴まれた。
グラリとバランスが崩れて前のめりに倒れかける。無意識に左足を前に出そうとして、しかしその足も床に縫い付けられたように動かせなかった。
「んぎゃば!!!?」
顔面から床に倒れ込む。流石に痛みで涙が滲んだ。鼻が、鼻が無くなる……!!
一体何が……と鼻をさすりながら足元を見てギョッと目を見開いた。なんと逃げるリボンスケルトンとはまた別のスケルトンが二体、床から上半身だけを這い出させて足を掴んでいた。
「妨害有りだから気をつけろよ~」
「妨害してから言うなバカ―!!」
カタカタカタカタと笑うように骨を鳴らした妨害役のスケルトンたちは、僕の足から手を離しそのまま床の紋様の中に消えていった。
かと思えばまたすぐ傍の床に青い紋様が浮かぶのが見え、慌てて立ち上がり距離を取る。
「だから忘れてたんだって。ほらほら次の妨害が来るぞ~」
悪びれないロイドの言葉と共に、紋様が一つ二つと増えていく。
ひくっと口の端が引き攣った。
「妨害ってレベルじゃなくない……?」
都合5個の紋様に囲まれた僕は、またしても自らのモンスター生が早々に幕を閉じる様を幻視するのだった。




