宝飾の侯爵令嬢はお節介
そんなこんなで想定外の乱入者も無事に同行の承認を得、僕らプレゼント探し隊一行は改めてモンスターで賑わう主要街へと足を踏み入れたわけだが。
「プレゼントはどんなものを?ヘアアクセ?ジュエリー?」
「女性への贈り物ですか?そしたらこちらこの冬の新作なんですけど……」
「今流行りのネックレスのモチーフはですね~」
「う、ぬ、ぬ、ぬ、ぬぅ……」
女性向けのアイテムショップに立ち寄ること三軒目、目をぐるぐる回していたアジェルは遂に頭から煙を噴いた。
「ア、アジェルさん……そろそろ休憩させた方がいいのでは……」
「だいぶ追い詰められてんねえ。まあプレゼント初心者が何贈りたいかも決めずに店行ったらああなるわなぁ」
遠目からキャパオーバーっぽいアジェルを、オロオロしているパーシーと共に苦笑い気味に眺める。
今回のプレゼントの趣旨は前回エイデルの介入により先延ばしになってしまったミモザへの告白の添え物なわけだが、どうやらアジェルとしては前と同じように髪飾りを買うと決めている訳ではないらしい。
僕としてはてっきりエイデルにあげてしまった髪飾りの代わりとなるものを選ぶのだと思っていたのだが、あの虎サムライ何を思ったか「拙者、こう見えてもアルバストスでアクセサリー作りの巨匠に弟子入りし、女性へのプレゼントとは何たるかをじっくり学んだのでござるよ」と豪語し、何を贈るかも決めずに意気揚々とショップへ突撃していったのだ。
だが結果はご覧の通り。目の前に展開される大量のアクセサリーや化粧品、可愛らしい小物を前に彼は今プレゼントって何?のドツボに嵌っている。付け焼刃の知識で百戦錬磨の店員さんに挑むからだアホめ。
ちなみに最初の二軒は僕らも一緒に悩んであげていたが、あまりの優柔不断ぶりに酷く話が進まない上、あれこれ言われすぎてアジェルが死にそうだったので現在は一旦離れて静観している次第。何と手のかかる奥手サムライだろうかため息が止まらない。
「まあ元気になってよかったよね。謹慎中は結構しょんぼりしてたし」
「そうだなぁ」
長くなりそうだとコーヒーショップで買ってきたホットドリンクをパーシーに手渡し、改めて翻弄されるアジェルを見守る。
今はある意味楽しそうにしている奥手サムライだが、つい先日まではロシェ主要街襲撃事件で結界装置を守り切れなかった責任を問われ、同じく現場責任者としてあの場に立っていたベルリアナと共に謹慎処分を受けていた。
だが、処分といってもその実態はあくまで対外的な罰であり、経歴に瑕疵が付くようなものでは無い。謹慎を言い渡した陛下も周囲のモンスターも騎士すら凌ぐ魘の精神干渉が規格外であったせいだと理解している。彼らが悪いわけではないのだ。
しかし騎士としての誇りを持つアジェルにとって、周囲の励ましなどは何の慰めにもならず、彼は沈んだ様子でここ数週間殆ど自宅から出ずに過ごしていた。ロイドとパーシーと一緒に彼の自宅へ見舞いにも行ったのだが、相当落ち込んでいる様子で胸が痛かった。
なので、謹慎が解けこうして生き生きとしている彼を見るとほっとする。まあ同時に今にも死にそうでもあるのだけど。
「ベルは?あっちは謹慎中もけろっとして遊び回ってたけど、復帰後はどんな感じ?」
「すんごい張り切ってる。『アタシのフィールドでいい度胸じゃないの。全てを詳らかにして一匹残らず駆逐してやるわ』って」
「わあ……過激ィ……」
対して、同じ謹慎処分を受けていたベルリアナは今まで休みなしだったモデル業も一時休業しこれ幸いと完全な休暇を楽しんでおり、そして謹慎が解除されるやいなや精力的に魘の痕跡を追って世界中を飛び回っていた。
現在王国魔導士団は、国王陛下の命によりロシェ主要街を襲った大規模精神干渉術の解明と警戒に当たっている。
とりわけ精神干渉魔法のエキスパートであるベルリアナ率いる第一部隊は、最前線で魘の能力の全容解明に奔走していた。
本来精神干渉魔法とは他の魔法とは比にならないほどの魔力を消費する上、対象が強い違和感や疑念を覚えれば強制的に解除されてしまうものがほとんど。
だというのに、魘は個を形成する絶対的な軸である信仰の先をすり替えるという離れ業を、程度の差はあれど全域放送で声を聞かせただけでロシェ主要街に住む領民全員に施すなんてとんでも芸当をして見せた。
もはや純粋な技量で実現できるとは考えられない。何かしら仕掛けがあると考えるのは当然のことだろう。
その仕掛けを割り出すため、魔導士団通常任務である治安維持任務や討伐作戦をほとんど全て騎士団に委ね、ほぼ全隊で精神干渉魔法の痕跡を追ったり、被害者達への聞き取りや精神干渉を受けたルートの解析に全力を注いでいる。
精神干渉魔法こそ使えないものの、調査の主軸である第一部隊所属であるパーシーも新人でありながら最近は帰宅が深夜になることが珍しくない状況であった。
「……」
胸のわだかまりを吐き出すように、冷たい空気に白い息を吐く。
魘の存在は不可解で凶悪だ。目的もぼんやりとした輪郭しか分かっておらず、その手法も謎のまま。だというのに被害は甚大。先回りしての対応もほぼ不可能。
現状僕らが魘について分かっていることといえば、魘には首魁と呼べる女がいること、その女を妄信的に信仰しているモンスターが事件を起こしていること、そして奴らはリリィの聖剣の内容を知っていて、何故か僕を狙っているということだけ。
僕を絶望させたいという理解不能な目的をもって動く奴らは、目的達成の為ならば何の罪もないモンスターにも平気で手を掛ける。
それについて、僕はもう僕のせいと自分を責めることはやめた。事件を起こしている魘が徹頭徹尾悪いのだ。僕の生を否定されるいわれはどこにもない。
でも、だからと言って完全に開き直ることもできないでいる。
少なくとも僕が油断して誘拐されたせいでロシェ主要街事件はあそこまで大きくなった側面もあるのだ。あの時クマールさんの言葉にほいほい釣られたから、自分の体を流れるエネルギーの特性を過信したから、みんなに迷惑をかけた。
だというのに、僕はこうして今のうのうと日々を過ごしている。こんなことが許されるのかと、被害に合って命を落としたモンスターに僕はどう詫びればいいんだろうと……
「こら」
「!」
頭頂部に走った衝撃に我に返る。慌てて見上げれば手を手刀のように構えたパーシーがむっと顔を顰めていた。
「ラウ、お前自分が誘拐されたせいで周りに迷惑を掛けたとか考えてただろう」
「……バレた?」
「バレるも何も、分かりやすすぎるぞ。親善大使のくせに何でもかんでも顔に出してて大丈夫か?」
「仕事中は気張ってるから大丈夫ですぅー」
呆れ混じりの言葉にべ、と舌を出し、自分を見下ろす緑の目から顔を逸らす。
目敏い上に一緒に居る時間が長いロイドは兎も角、まさかパーシーにも内心を見透かされるとは思っていなかったや。恥ずかし。
おセンチを指摘された気恥ずかしさと気まずさを誤魔化すため何事も無い風を装って飲み物を啜る。しかしパーシーはそんな僕を一切逃がすつもりは無いらしく、もう一度僕の頭にチョップを入れた。
「いたっ!?ちょっとパーシー!兄様の乱暴なところは真似しちゃいけませんよっていっつも言ってるでしょうが!」
「兄様に真似しちゃいけない所なんて無いだろう。……被害者が罪悪感を覚える必要なんて無いんだぞ。悪いのはお前を誘拐した奴らで、事件を起こした奴らだ。お前が狙われてるからなんて事情は関係ないし、気に病む必要なんてない」
「…………んん」
慰める、というよりも至極当然のようにそう言ってのけるパーシーに俯く。
パーシーだって新人で、まだまだ通常業務を覚えるので精いっぱいな筈なのにこんな異常事態に駆り出されて大変な筈なのだ。「お前のせいで」と僕を責めてもおかしくないのに、責めるどころか僕を慮る言葉を掛けてくれる。
底なしの優しさに嬉しさを覚えると同時、年下に励まされた居た堪れなさと素直にうなずけないしこりりを感じ、何となくむず痒くなってとりあえずいつものようにパーシーの腰に抱き着いた。
「うう、僕はこんな優しい弟を持てて幸せ者だよぉ」
「ぼくが兄だと言っているだろう。このやり取りも随分と久しぶりな気がするけど」
確かに。そして僕がこうしてパーシーへと過剰なスキンシップを取ると決まって邪魔が入るのが僕らの日常、なのだが……。
「…………なんかすごい生暖かい視線を感じる」
「そうだなぁ」
邪魔どころか声掛けすら入らない状況にパーシーと共に背後をチラリ。僕とパーシーの視線を受けたかつての邪魔者はなんてことない顔で「ん?」と首を傾げた。
「なに?」
「いや……なには割とこっちのセリフというか……」
なんと言えばいいか分からず思わずごにょごにょ。
弟至上主義近づく女は全抹殺上等ブラコンは、以前であれば怒り狂いながら僕をパーシーから引き剥がし制裁を加える所、今は何故か数歩後ろから腕組して僕らの様子を親のような顔で眺めている。
かつて女装してまで僕とパーシーのデートの邪魔をしに来た常軌を逸したブラコンはどこへやら。最近のロイドは僕とパーシーの仲良しぶりに良きかなと頷いているだけで一切止める様子を見せなくなった。
数か月前じゃ考えられない見守りの姿勢に座りの悪さを覚える。
「兄様、最近ラウがぼくに引っ付いても怒らなくなったよなぁ。家族扱いって言うか」
「……まあ、嬉しい事ですけども」
僕としてもロイドは一番信頼している相手だし、そんな相手に家族扱いされるのは心を許されてる感じがしてすごく嬉しいです。
しかしいい歳した女が今更子ども扱いを享受するのはとんでもなく恥ずかしいものがある。口がもにょってしまうくらいには。
だが面と向かってやめろと言える訳もない。ぐぬぬと暫く葛藤しながら何やら忙しそうにしている近衛達の間を縫ってロイドに近付いた。
「ヘイ後方腕組み兄貴面、こっち見ないで。あと目立つから近衛部隊解散させてくれない?」
この兄貴、ウキウキで着いて来たにも拘らずアジェルの買い物を手伝うこともせずさっきからずっと近衛達をパシらせてパーシーへのプレゼント購入に勤しんでいるのだ。
どのくらい勤しんでいるかというとアインスとツヴァイが抱える大量の箱と紙袋に周囲のモンスターが驚いてチラチラと視線を向けるくらい。もう周りもパーシーもドン引きですわ、やめてくれ。
「別にいいだろ。うーん、あのネクタイピンパーシーに似合いそうだな。よし買ってこい」
「まだ買うんか」
その買い物力アジェルにも分けてやってよ。哀愁漂わせてどこかに向かって行くドライの背を見送りながらもロイドを制止する。
「もういい加減アジェルのこと手伝ってあげなって。このままじゃただ茶化しにきただけのモンスターになるよ」
「え?茶化しにきただけなんだけど」
「鬼かな?」
見てご覧なさいよアジェルの顔を。今にも泣き出しそうにこっちをチラチラしてるじゃないの。なんて情けない、あのセリフを吐いたモンスターと同じモンスターとは思えない有様でしょう。なんとかしてきてよ。
「あ、俺も飲み物欲しい。寄越せ」
「無視するなチンピラ。これは僕のです。さっき何飲むか聞いたらいらないって言ったくせに……あっこら腹いせにアジェルの情けないところ写真撮るんじゃありません。ミモザとエイデルに見せよーっとじゃないの!んもう、パーシーこの兄貴連れてって!」
「ダメですよ兄様、こっち行きましょうね」
「えー」
パーシーに優しく背を押されようやく店に向かったロイドにやれやれと嘆息。アジェルのことになると途端にふざけ倒すんだから困ったものだ。……お店でもおふざけしないでしょうね。心配だわ。パーシー居るから大丈夫だろうけど。
とりあえず近衛達に買ったもの家に置いてくるよう指示を出し、ロイドとアジェルにも何か飲み物を買ってやろうと再びコーヒーショップへと向かう
えーロイドはブラックコーヒーでいいとして、アジェルの分は何がいいかね。ネコ科獣人ってカフェインとか平気なんだっけ?っていうかそもそも猫舌だから熱いのダメかな……
「っ、と。すみません」
「あら、失礼」
コーヒーショップの前に置かれたメニュー看板を見ようと一歩下がったせいで、後ろを歩くモンスターにぶつかってしまう。
いかんいかん、周囲への注意が疎かになっていた。反省しつつ女性らしきそのひとに会釈をしつつ、邪魔にならないよう気をつけながら改めてメニューに向き直る。
あ、さっきは気付かなかったけど今の期間限定ってリップルティーラテなんだ。へー美味しそう。ロイドのこっちにして一口もらおうかな。甘いの好きだし多分平気でしょ。ホイップ追加しちゃお。
で、……えーっと……あ、そうそうアジェルのね。アジェルの……うん……アジェルのどうしようかな……ネコ科だし……熱いのは…………よくない……えっと……。
「……………………あの?何か?」
耐えきれず、真横から凄まじい圧を向けてくるモンスターに声を掛ける。
じーーーっと至近距離から僕を凝視していた、恐らく先ほどぶつかった女性らしきモンスターは僕の問にはっと息を呑んだ。
「し、失礼しましたわ!知り合いに似ていた気がして!」
「はあ……」
てっきりぶつかった文句を言われるのかと身構えていたがどうやらそうではないらしい。ほっと胸を撫で下ろしかけて、覚えた違和感にはたと思い留まる。
待て、僕が知り合いに似ていた気がしただと?聖霊教会巡礼者用のローブを着ている今の僕を見て?
今着ているこのローブは狐面と同じく強い認識阻害魔術が施されている。しかし同じ認識阻害といえどその対象と範囲、そしてその効果は若干異なる。
狐面は『僕の正体を知らない者』に対し『僕の姿を狐獣人に見せる』という効果を発揮するものだ。ここでいう正体とはまさしく僕の本当の姿、つまりニンゲンと同じ特徴を持つ僕の姿のこと。僕が元ニンゲンであることを隠すために作られたお面であるため、当然の効果範囲である。
対して聖霊教会の巡礼者用ローブに掛けられた認識阻害は『着用者と面識がない者』に対し『着用者への認識を薄れさせる』という効果だ。
つまり知り合いではない者が着用者を見ても、薄らぼんやりとした印象しか抱けなくするということである。すれ違うくらいならば僕の存在を認識することはできないし、面と向かって話したとしてもよほど印象的な会話内容でない限り覚えていられない筈だ。
認識阻害効果としては狐面の方が上ではあるが、しかし巡礼者用ローブは各地を巡る巡礼者がトラブルに巻き込まれることが無いようにと作られたものなので、このくらいの認識阻害が丁度いいとシエルが前に話して……ああ違う、今問題なのはそのことではなくて。
「えっと……モンスター違いじゃないでしょうか」
怪しまれない程度に声色を変えてフードを被り直す。
認識阻害ローブの効果が現れていない、つまりこのモンスターは僕の知り合いということになる。全然見覚えないけども。
ざわざわとした緊張感にごくりと喉を鳴らし、フードの陰から女性を改めて観察する。
大きな銀フレームのメガネに冬の初めらしいグレーのワンピースを纏う僕と同じくらいの歳頃の女性だ。一見地味な女の子だが、しかししゃんと伸びた背筋に慌てていてもどこか上品な所作、そしてよくよく見れば服も小物も全てお洒落でとんでもなく質がいいことからして上流階級のモンスターであろうことは察せられた。
加えて目を凝らすと見える気配には若干のノイズが混じっている。間違いない、何らかの認識阻害を掛けて街に降りてきたお忍びご令嬢だ。
ぶわりと汗が噴き出る。
まずいまずいまずい、こんな所で大騒ぎされて僕の名前を連呼されたら終わる。マジで終わる!こんなモンスターの多い場所じゃ逃げられんて!買い物どころじゃなくなる!勘弁してくれ!!
「す、すみませんモンスターを待たせておりますのでこれにて……」
「お待ちになって」
「ヒイッ!」
三十六計逃げるに如かず。顔を伏せたままそそくさと退散を試みる。しかし令嬢は素晴らしい反応速度で逃げ出す僕の腕をしっかと掴んだ。折角の休日がファンサで終わる光景を幻視して悲鳴を上げる。
「…………」
「ひ、ひぇ……」
僕の腕を掴んだまま正面に回り込んできた令嬢。至近距離でよくよく見れば派手な顔立ちをしていると分かる彼女は、怯える僕の前で徐に懐から取り出したレンズをメガネに装着した。
分厚くなったガラス越しに改めて覗き込まれる。もう駄目だヤバイおしまいだ僕の休日は死んだのだ───……
「ふふ、やっぱり。先日ぶりですわね、ラウ様?」
「………………へ?」
しかし予想に反してご令嬢は興奮することなくおしとやかに笑うだけ。ぱちくりと目を瞬かせれば、彼女はひそひそとした小声で僕の名を呼び、まるで悪戯がバレた子供のようなお茶目な顔でウインクを一つ投げてよこした。
見事なウインクに見惚れた次の瞬間、ご令嬢の気配に纏わりついていたノイズが消え同時に地味な印象しか抱けなかった彼女の容姿が見知ったものに様変わりする。
細い腕や首にまるでアクセサリーのように巻き付く細い枝、艶やかな黒髪、そして一際目を惹く大きな赤紫の花弁を戴く花冠───
「こんな所でお会いできるとは思っていませんでしたわ。ごきげんよう」
「デ、デデデデッ!?デンドロ……っ」
「どうぞローザとお呼びになって?お互いお忍びの身ですもの、わたくしもお名前で呼ばせていただきますわね?」
地味だなんてとんでもない。大輪の花を思わせる派手な美貌の侯爵令嬢、ローザ・デンドロン嬢はそう言ってにこりと僕に微笑んだ。
な、なんでこんな所に侯爵令嬢が!?いや侯爵令嬢の是非を問うと全然普通に買い出しで街に出るウチの変態侯爵令嬢はどないやねんって話になっちゃうんだけど、このご令嬢の中のご令嬢みたいなローザ嬢がなんでこんな所に護衛も連れずに……!?
「うふふ、それを言えばわたくしも同じ疑問を持っていましてよ。ラウ様」
「ナチュラルに心を読まないでください……!」
「ラウ様はお強いですから並の護衛じゃ役に立たないかもしれませんが、それでも見せる抑止力を持つというのは大事なことですわ。まあお休みの時まで護衛に張り付かれるというのは辟易するものですし、お気持ちもわかりますけどもね」
「凄くまっとうなご意見と親身で優しい寄り添い!」
いかん陥落してしまう……!こういう寄り添い見せられるとすぐにころっと言っちゃう女なの僕ってば……!自分でもちょろすぎだと思います。
おほほ、とお上品に笑うローザ嬢の言葉と態度に何故か救われたような気分になって悶える。そのせいですぐ後ろまで慣れ親しんだ気配が近づいていることに気付けなかった。
「ラウ?何してんだ?アジェルが別の店に行くって言って……?」
「!!!」
「まあ!」
ハッと我に返った時にはすでに時遅く。いつまで経っても戻ってこない僕を迎えに来たらしいロイドに声を掛けられてしまった。
コーヒーも買わずショップの前にたむろっている僕を見て何を思ったか、眉を寄せて怪訝な顔をしている彼にあわあわとする。まずい「何で正体バレたのにさっさと逃げて来ねえ」とかなんとか怒られる……!
しかし何とか言い訳をしようと焦る僕よりローザ嬢の方が動き出すのが早かった。何故かロイドの顔を見た瞬間嬉しそうに顔を綻ばせた彼女は、パッと僕から離れロイドの手を握る。
「ロイドさん!お久しぶりですわね。息災でして?」
「は?」
「え???」
握られた手をぶんぶんと振られ困惑するロイド。その反応は貴女の顔にも言葉にも心当たりはありませんが?と言わんばかり。
目だけでこれは何事かと僕に状況を尋ねてくるけども首を振ることしかできない。僕も全然わかりません。どういうこと?クマールさんパターンですか?もう勘弁なんですけど???
「えーと、悪いが多分モンスター違い…………っ!?!」
ロイドがやんわりと手を外して距離を取ろうとした瞬間、ローザ嬢がメガネを外した。すぐに掛け直したので素顔を晒したのはほんの一瞬のことだったが、正面のロイドが彼女の正体を察するには十分だったらしい。盛大に顔を引き攣らせては口元を戦慄かせた。
「デ、デデデデッ!?デンドロ……っ」
「ふふふ、ラウ様と全く同じ反応ですわ。仲良しですのね」
「え、え??デン……ローザ様ってロイドとお知り合いなんですか……?」
ロイドは貴族ではない。僕と同じフリント博士の創造物ではあるが、オールディス子爵姓である博士の戸籍に入っていないからだ。
しかし昨日の話では博士の付き添いで社交界に出ることがままあるそうなので顔見知りであること自体は不思議ではない。だが、何となくローザ嬢の距離が顔見知りにしては近いような気がしてならないのだ。
交互にふたりの顔を見比べると、答えは満面の笑みのローザ嬢から齎された。
「実は婚約者でしたの。ね?」
「!!!!???!?!!?!??」
「ただの一候補でしょう……それも滅茶苦茶昔の」
にこやかにロイドに寄り添うローザ嬢とそれを控えめに遠ざけるロイドの攻防に、しかし僕は反応することもできず顎を落とした。
こ、こ、こここ、こ、こここここっ、こ!?!?
「あ、居ましたよアジェルさん!おいラウ、いつまでもこんな所で何して兄様-------ッ!?!その女性はどちら様ですかーーーーッ!?!」
「まあ!ロイドさんの弟君ですの!?初めまして、わたくしロイドさんの婚約sy」
「話が!ややこしくなりますので!!やめてください!!!」
「ええ……なんでござるかこのカオスは……」
店を後にしたパーシーとアジェルが僕らに追い付くや否や片や兄と兄に寄り添う女に突撃し、片や混沌とした現場にうわ……と後ずさった。
そんな今にも他モンの振りをしようとするアジェルの胸倉を逃がすかと全力で引っ掴む。
「ああああああああアジェルッ!!!!」
「うおっ!?な、なんでござる!?」
「ろろろろろい、ろい、ろいどがこ、こ、こここ、こ、こんこんこんこんこんっ!?」
「こんこん?何言って……あーなるほど。侯爵令嬢か」
言葉も出せず何とかふたり(と兄に近寄る女に威嚇するパーシー)を指差す。
僕らよりも精神干渉魔法の耐性が高いアジェルは少し目をすがめるだけでローザ嬢に掛けられた認識阻害を看破したらしい。彼女の正体に驚いた顔をしたもののすぐに僕の言わんとするところを理解したようで、うんうん頷きながら僕を引き剥がしにかかった。
「6、7年前にロイドとの婚約の話が出た令嬢でござるな。懐かしいでござる」
「ほほほ本当ってこと!?」
「まあ本当だが、あくまでそういう打診があったというだけで結局正式な見合いもしなかったんじゃなかったか?ロイドがすぐ断っていた筈でござる」
「え?な、なんで……?」
ヴィオレットの二大名家で超お金持ちで爆美女だよ?断ることある?逆玉の輿でしょ?
少しほっとしつつ、当時のロイドの行動は理解できずに困惑。するとアジェルは何を思ったかもの凄くニヤニヤし始めた。
「いやぁ、なんて言ったって当時のロイドはアリスにぞっこ」
音もなく現れたロイドの爪先がアジェルの脛を抉った。
「勝手に……喋ってんじゃ……ねえよ……!」
「コッ……!脛……ッ!脛はいかん……コホォ」
「ひ、ひえ……」
い、痛そう……あれはめちゃくちゃ痛い……箪笥の角に小指ぶつけたくらい痛い……。
脛を抑えて悶絶するアジェルを見てぞっとすくみあがっていると、何故か息を切らしているロイドの鬼のようにつり上がった目がぎょるんッ!と僕に向いた。余りの恐ろしさに飛び上がる。
「なんでもない!」
「はひっ!?」
「全部!昔の!話!」
「は、はい!!」
主語も何もないので何について言っているかさっぱり分からないが、聞き返そうものなら僕の脛にも爪先が刺さりそうなので必死にこくこく頷く。
僕の必死さを見てようやく納得したらしく、大きなため息と共にロイドの背後から般若が消えた。きゅ、九死に一生スペシャル……。
「ところで……失礼。貴方もしかして先日アルビジア様と一緒にエルディーム劇場に居ませんでしたこと?」
「え?あ、ああ……い、いかにも」
どうやらパーシーの誤解を解き(というか率先して誤解を与えにいっていたようにも見えたが)、それどころか何故か意気投合してキャッキャッしていたローザ嬢が往来で蹲るアジェルへとおもむろに声を掛けた。
エルディーム劇場といえば……この間ロイドの勧めでアジェルがミモザを誘ってデートした劇場だったか。そこそこ格式高い劇場だったと記憶している。
当時を思い出したらしく橙の毛よりも顔を赤くしたアジェルがどもりながらも肯定を返せば、ローザ嬢はぱあっと顔を明るくした。
「まあまあまあ!ということはやはり貴方、アルビジア様の恋人……」
「い、いいや!そそそそこまでは!そ、そりゃいつかはと思っているでござるが今時点ではそこまでの関係性ではなくまずはプレゼントと思っておって」
「プレゼント?……なるほど、今日の集まりはそういうことでしたのね」
手をぱちん、と合わせてはしゃぐローザ嬢。その目は爛々と輝いておりいいこと考えたと言わんばかりで、その輝きに僕とパーシーは首を傾げロイドは何故か顔を強張らせる。
しかしローザ嬢は僕らの様子には気づくことなくアジェルに手を貸して立ち上がらせ、その手をぐっと掴んだ。
「素敵、とっても素敵ですわ。是非ともわたくしにもお手伝いさせてくださいませ!」
「へ?」
「ん?」
「はぇ?」
「あ、あのデンドロ……ローザ嬢、あまりこんなところひとりでウロウロするのは良くないですし、もうお帰りになっては……」
言葉の意味を飲み込めず、呆ける僕とアジェルとパーシー。ロイドは嫌な予感でも覚えているのか、すごい弱腰ながらもローザ嬢の提案を断ろうとしている。
だが何か使命感のように目覚めているらしいローザ嬢は止まらない。ロイドを無視した彼女は自信満々に胸を張って豊かな黒髪を背中に払い、流れるような動作で懐から取り出したカードを僕らに掲げた。
「ご安心を。こう見えてわたくし魔導具メーカーデンドラーレのジュエリー部門総責任者を務めておりますの。総責任者の肩書にかけて、アルビジア様への贈り物に相応しいアクセサリーをわたくしが見繕って差し上げますわ!」
「「「お、おおお~……?」」」
名刺を天に突き出しての堂々たる宣言に僕とアジェルとパーシー、そして通りかかりのモンスター達は思わずパチパチと拍手をしてしまったのだった。
「そ、そういうことじゃねえ……」
そしてロイドはといえば、斜め上なローザ嬢の宣言にがっくり肩を落としていた。




