白衣の侯爵令嬢は不良娘
「あれぇ?言ってませんでしたっけぇ?」
「言ってませんねぇ」
リライヴェッジ研究所地下一階、第零研究室フロア。
三日に一度の検査を終え処置室から事務部屋へ戻る道すがら、本日の検査を担当したミモザに昨日の交流会で知った衝撃の事実を問い詰めれば、彼女はたはーっと自分の額を叩いた。
「ごめんなさぁい。大した話じゃないので普通に忘れてましたぁ」
「大した話でしょうが」
じとーっとした目でミモザを見つめる。しかし侯爵令嬢とは思えないくらい白衣姿が似合うアルラウネは悪びれるでもなく、小さく舌を出してテヘペロ⭐︎した。くそう可愛いなぁ。
「おかえり。……どうした」
「可愛い罪の刑を執行してる」
「きゃあ〜!やめてください〜!」
ふわふわの萌葱髪をハーフツインテールに持ち上げている僕と僕の手から逃げようとジタバタ踠くミモザの姿に、スライドドアの向こうでマフォコンと対峙していたロイドが怪訝に眉を寄せる。
ミモザの髪を犬耳みたいに結いながら僕はそんなロイドにもビシッと指を差した。
「ちょっとロイド!?何で教えてくれないの!?」
「何が」
「ミモザが貴族のご令嬢だったって話!」
「ああ……逆に何で知らねえんだよ」
白衣着てる変態貴族令嬢なんてこの世にいると思わないからでしょうが!
辱めにあああ〜……と半泣きで自席に戻っていくミモザから標的をロイドへ変更。どうでもよさそうにお菓子をつまむロイドにガルガル唸って絡む。
すると「やかましい」と口にお菓子を詰められた。
「まあ確かに、いい機会なんだし自己紹介してやったら?」
「ええ〜?今更すぎませんかぁ?」
「初対面の時お前さん興奮して碌に名乗ってねえだろ」
「むむ……確かにぃ……」
恥ずかしそうに少し頬を染めて口を尖らせたミモザだが、しかしロイドの指摘に僕と初めて会った時のことを思い出したらしい。仕方ないとばかりにこほんと咳払いを落とした。
「それではぁ……改めまして、ミモザ・アルビジアですぅ。一応アルビジア侯爵家の長女……ですが全然家に顔出してない不良娘でしてぇ。その上うちは侯爵とは名ばかりの日和見貴族なんでぇ、全然発言力は無い弱小貴族ですぅ」
昨夜見たローザ嬢にも劣らない見事なカーテシーにおお〜と拍手。
が、しかしそれで僕は騙されない。口の横に手を当て隣のロイドにひそひそ。
「で、実際のところは?」
「弱小な訳ねえだろ、侯爵だぞ?アルビジアは弱小どころかヴィオレットを代表する大貴族だよ。それにあの有名なアールジー製薬の経営元でもある。今めちゃくちゃ業績伸ばしてる製薬会社な」
「そして発言力がない、じゃなくて正しくは不用意な発言はしないだね。かの侯爵は自分の発言の影響力をよく理解している切れ者だよ。そもそもアルビジア家は六代目勇者の侵攻の際に武功を立てたことで貴族になった家でね、その歴史はとても古い。貴族にとって由緒正しいってのはそれだけで強さの象徴だ。本当にただの日和見ならとっくに取り潰されているさ」
「博士いつの間に戻ってきたの?」
実験室に篭ってたはずなのにしれっと話に混ざっているフリント博士を横目で睨む。昨日僕だけ交流会に参加させられたことまだ怒ってるんだから。謝っても許さないよ。
僕を見るなり気持ち悪くくねくねしながら「ラウ今日の検査はどうだった?今日はお仕事休みなんでしょ?ずっと研究室居るよね?私と一緒に追加検査なんてどう?ね?ね?」とにじり寄ってくる博士の脇腹にエルボー捩じ込んで黙らせつつため息をつく。
「はあ……なぁにが弱小だよ、すんごいお家じゃん。アールジー製薬は魔法界歴短い僕でも知ってるし。アレでしょ?『つらいムカムカには〜スッキリル!』ってCMの」
「相変わらず音痴だなぁ」
「うるさい」
僕の歌を聞いてほんわかしてるロイドも殴る。最近パーシーを可愛がる時みたいな態度を僕にも出すようになって嬉しいけどちょっと恥ずかしいんだよ。ノンデリなのは変わらないけども。
とはいえ、アールジー製薬のCMはテレビ流していれば嫌でも目に入るくらい頻繁に流れているのだ。知らないモンスターは居ないんじゃないの?そんな有名製薬会社経営している家が弱小な訳なかろうて。
「あとは魔力過剰症の特効薬であるセルネア錠もアールジー製薬が開発した薬だね。アレは革命的な開発だったよ、何せ不治の病とされていた魔力過剰症の特効薬だからねえ」
「えへへぇ、そう言って貰えると嬉しいですねぇ」
脇腹抑えてびっくんびっくんしてたにも関わらず、脅威の回復力で復帰し平然と補足説明を入れる博士。珍しくストレートな褒め言葉にミモザが照れ照れとする。
やっぱりすごいんじゃんと頷きながらそのふたりのやり取りを眺めているうちに、僕はすごいことに気づいてしまった。
「待って。もしやこの研究室高貴な方々が集まっている……?」
「まあ、実態はともかく肩書だけ見るとそうなりますねぇ」
「私もその娘である君も一応貴族だからね。あ、戸籍にはないけどロイドくんもちゃぁんと私の息子だヨ♡安心してネ♡」
「結構です」
性懲りも無く博士がロイドにだる絡みにいく。
すごい、ロイドが怒りも嫌悪も無い完全なる無の表情だ。凄い無表情で博士の顔面押しのけてる。すごい無表情なのに心の底から嫌がってるのが伝わってくる。すごいや。
しかしながら平常通りなふたりのやり取りに少しだけ安堵も覚える。
実はこのふたり、詳しい事情は分からないが僕がクマールさんに誘拐された時に何やら喧嘩?したようで、僕が戻ってもしばらくは顔を合わせる度に気まずい雰囲気を漂わせていたのだ。
どれだけ気まずかったかというと『お腹すいたー』と研究室に入ってきたエイデルが何も言わずに退室して行ったくらい。
分かる。空気がピリピリしてて怖かったもんね。僕も一緒に出て行きたかったもん。
しかしながらその喧嘩の理由がどうやら自分にあるらしいと聞いてしまえば何となく逃げるのは無責任に感じてしまい、僕は出ていくエイデルを血涙流しながら見送ったんだ……うう、あの時の空気を思い出すと今も胃が痛む……。
まあその空気も最終的に「いつまでもうざってえですぅ!」とキレたミモザがふたり纏めて簀巻きにしてこんこんと説教したことで元に戻ったのだけど。
いやーあの時のミモザはマジで神に見えました。救世主でした。本当にグッジョブ、ありがとうございます。
「まあいいや。それでね、昨日の交流会でローザ・デンドロン嬢とお会いしたんだ。なんかミモザのこと探してたよ」
「えぇ?ローザさんがですかぁ?」
「うん、ミモザは来てないってベルが答えたらすごいしょんぼりしてた。知り合いなんだ?」
ローザ嬢のあの落ち込みようからしてだいぶ仲の良い間柄なのだろうとは推測していたが、どうやらその通りであったらしい。ミモザは花が綻ぶような満面の笑みで頷いた。
「小さい頃からのお友達なんですぅ。お家が近かったので昔はよく遊んでて……私に魔術を教えてくれたのもローザさんやデンドロン家の方なんですよぉ」
「へ?どういうこと?」
「知りませんかぁ?デンドロン家はあの有名魔道具ブランドのデンドラーレを経営してるんですぅ」
「……デンドラーレ……」
なんか聞いたことある、ような……?
うんうん唸りながら記憶を掘り返していると、プロレス技で博士を沈めたロイドが僕のデスクを指差した。
「お前が使ってるマギホ、それデンドラーレ製だぞ」
「え」
「あとは研究室で使ってるマフォコンとかプリンタースキャナーとかぁ……あ、最近買い替えたそこのコーヒーメーカーもそうですよぉ」
この大変使い勝手の良いこのコーヒーメーカーもですか!?滅茶苦茶身近じゃん!
えー全然ブランドとか知らなかった……嘘ですこの葉っぱをモチーフにしたオシャレロゴは見たことありました。なんなら僕の部屋の冷蔵庫とかロイドの家の掃除機とかにも書いてあるやつだ。超有名メーカーじゃないの……。
「デンドロン侯爵もアルビジア侯爵も貴族で大企業の社長なんだ……すごいお金持ち……っていうか今更だけどこの世界の貴族って普通に副業していいんだね?」
この世界における貴族とは、よくファンタジー系ライトノベルなんかで語られる『地方を治める領主』ではなく、そっくりそのまま政治家を指す。
そして僕の中で政治家は副業禁止のイメージが強いので、なんとなく悪い話を聞いている気分になるのだが。
「あー、ニンゲン界での貴族ってちょっと意味合い違うんだっけか?この国じゃ貴族が事業を持つのは珍しくねえよ。むしろ政治家やりながら家業もやるのが結構当たり前の感覚だな」
「大きな富を得ればその富を使ってより大きな富を求めるっていうのは、資産を持つ社会生物としては当然の思考だからねえ。その得た富を使って買収とか金権政治とかしなければ特に問題にはならないよ」
「お父様なんかはぶっちゃけ貴族業よりも製薬業の方が楽しいらしいですぅ。まあどこもそんなもんですよぉ」
なるほど、本当にあくまで副業という感覚なんだな。まあここにいる子爵も普通に研究職に命捧げてるし今更か。
いやアルビジア侯爵に関しては聞けば聞くほど別の意味で心配が拭えないけども。
ちなみこの世界には貴族による収賄とか買収とかを監視する機関が存在するらしく、バレた場合即刻お家取り潰し騒動になるらしい。なのでそういうすぐ足のつく悪事をやる貴族はそういないそうだ。よく出来ている。
「ちなみに、デンドロン家とアルビジア家はヴィオレット二大名門って言われててな。次代のヴィオレット領主はどっちかから選出されてると噂されているんだ」
「!?」
「ポヤポヤふわふわしてるがミモザは王家に次ぐ権力者になりうる家のご令嬢ってことだ」
「え、えええ……!?」
ふらりとよろめく。
『紫の都市』の領主選出方法は『赤の都市』の選挙制と少し似ており、都市内の有力機関や有力者から選出された候補者を第三者が選ぶ審査制だ。
しかしロシェと違う点は、選ぶ第三者が領民ではなく都市庁舎内の審査委員会であること。審査委員会が様々な観点から候補者を見極め、相応しい者を選び出すのだ。
そして学術都市といえど、選出されるのは学者や研究者といった学問に通じるものとは限らない。
あくまで重視されるのは都市行政を担う能力が有る者か、ヴィオレットの発展に貢献できるか、そして王城や他都市との政治的調整能力が有るかどうかだ。その基準を鑑みるに、既に大企業の運営をしている貴族は領主としての素地があるとして次代の領主に選ばれる可能性が十二分にある、と……。
「何でこんなところで働いてんの!?」
「こんなところとは失礼だねぇ」
「志望動機はぁ、魔導具作りが得意で好きだからですぅ」
はんなりとこんなところで働く理由を答えるミモザの隣で、またも驚異的な回復力でいつの間にか全身のダメージを無にして立ち上がっていた博士がプンスカ!と頰を膨らませる。もしやここがこんな所と言われる一番の所以はご自分にあるとご理解されていない?これまでの所業振り返ってみて?
「正直ご令嬢って性に合わないんですよねぇ。自分でドレス着るよりラウちゃんとかロイくんに着させた方が楽しいですし、お茶会するよりも魔導具作ってた方が楽しいですしねぇ。なので家に黙ってリライヴェッジの入所試験受けて就職しちゃったんですぅ」
「はあ……不良令嬢だねえ……」
「しれっと俺にドレスを着させようとするな」
聞けばミモザにはお兄さんがおりアルビジア家は彼が継ぐのが確定しているらしく、それ故に貴族としての責務が薄いミモザは比較的好き勝手にさせてもらえたらしい。
愛されてる不良だ、可愛いからしょうがないね。
「そっかぁ……知らなかった。ミモザのお家の事も貴族の副業事情もリリ剣じゃ一切その辺語られてないからさあ」
「前から思ってたけどリリ剣の情報ってかなり偏ってねえ?深掘りされてねえっつーか。いや俺らのことこんだけ知ってる時点でもう十分ドン引きではあるんだけども」
「ねー」
リリ剣概要書を取り出してペラペラ捲るロイドに同意と頷く。
仰る通り、リリ剣はちょっと不自然なくらい社会情勢やキャラの背景が削られている。
いや、突然現れたニンゲンの子供にわざわざこの国の貴族制度とかストーリーに関わらない大企業の概要を説明する筈が無いのはその通りなのだが、でも主要キャラクターであるミモザの実家が貴族である掘り下げはあってもいいと思うのだ。
なんて言うか……リリ剣ってこの世界を知らない存在が、誰かの記憶を読み取ってそれっぽく作っただけって感じがするんだよね。
恐らくそれは僕がこの世界のことを学んだからこそ感じる違和感なんだろうけど、未来を読んでゲームという媒体に落とし込む事ができるような存在が上部の情報しか得ていないなんてことあり得るのか?という疑問がねー……。
「っていうかラウ?確か君現代貴族家の勉強も陛下としてたよね?ミモザがアルビジア家の令嬢であることもそうだけど、デンドロン家がデンドラーレを経営している事もヴィオレットの二大名家って呼ばれてるのも本当に知らなかったのかい?」
「ぎくぅっ」
物思いに耽る僕に博士の指摘が突き刺さる。
そう、僕は親善大使に任命されたあと、陛下や陛下が推薦した学者先生達と共にこの世界の常識やこれから嫌というほど会うことになる都市領主や貴族家のことをみっちり勉強させられていた。
……が、
「……えへ♡」
ダラダラ冷や汗をかきながら可愛こぶった笑みを浮かべる。すると全てを察したロイドが呆れたような顔をした。
「サボってたな……」
「ち、ちがうよ?一応真面目に取り組んでたよ?……名前と顔と略歴を一致させるのが苦手なだけで……」
「身になってなければ身についてないと一緒だねえ。今度脳機能の検査しようか。記憶力とか」
「うぐぅ……」
容赦ない追撃にがっくり項垂れる。昔から暗記系科目は苦手なんだよ……。
もごもごした言い訳にロイドがバカにしたようなため息をつき、博士が深刻な顔で僕のカルテや検査結果資料をめくる。それがすごく居た堪れず、逆ギレよろしく机を叩いた。
「ぎゃ、逆に何でロイドはそんな詳しいのさ!おかしいじゃん!」
「昔色々あったから」
「ロイドくんもミモザもよく私の付き添いでそういう場に行くからねぇ。助かってるよ〜」
「そう思うんならああいう場でくらいもうちょっとまともな言動行動心がけてくれねえか?」
「っていうか博士はちゃんと自分でそう言う場に出て!僕に押し付けずに!」
きゃんきゃんきゃんきゃん、あーだこーだと言い合いする僕とロイド、そして斜め上の発言をして僕らのヘイトを買う博士。
いつも通りすぎる第零の様子にミモザがニコニコしていると、ふと彼女が「あらぁ?」と声を上げた。
「ラウちゃん、メッセージきてますよぉ」
「え?あ、本当だ」
デスクを振り返れば、確かに置きっぱなしのマギホがチカチカ画面を光らせて新着メッセージの存在を知らせている。
ユリナかな?今日は休みだけど研究所内には居るから何かトラブルあったら連絡してと伝えてあったから……デスクに置きっぱなしのマギホを手に取る。
しかし通知センターに表示された名前は想像とは違うもの。思わぬ差出人名に画面を三度見して、その内容に僕は目を瞬いた。
◆
休日にアルバストス主要街に来るのは久しぶりだ。
転移門を降りて広場を見渡す。相変わらずモンスターの多い街だ。世界一の歓楽街というのも納得の光景だ。壮観である。
思えば、仕事関係なくこの街に来たのはミモザとベルと初めて会ったあの日以来かもしれない。
あの時は春先だったから薄手のジャケットとか買ったんだっけな。それがいつの間にかもう秋も終わりかけ、厚い生地の聖霊教会巡礼者用ローブを羽織るのに抵抗なくなって参りましたわ。
季節の移ろいを見てこの世界で過ごした濃ゆい日々をしみじみと振り返りつつ、本日僕らを呼び出したモンスターはどこかと転移門広場をきょろり。
すると目当てのモンスターはすぐに見つかった。騎士服ではなくシンプルなシャツとスラックス姿の大男へ片手を上げて歩み寄る。
「アジェル〜お待たせ〜」
「お待たせしました!」
「おーっす」
「………………ラウ、連れてくるのはパーシーだけと言った筈でござるが」
背の高い羊獣人と背の低いアンデッドを連れ歩く僕を、アジェルが裏切り者でも見るような目で見下ろす。
その悲壮感漂う様子に何故かどやっと胸を張るロイド。その隣で僕とパーシーはすまん、と手を合わせた。
「ごめんねえ、話したら面白そうってついてきちゃって」
「こういう時の兄様は勘が鋭くて……ごめんなさいアジェルさん……」
「俺を出し抜こうたぁ100年早い」
「なんで……」
うきうきとテンション高いロイドにアジェルがすごい顔している。
なんでって、君の恋路が兄様にとってとても面白いものと認識されているからですよ……なんて言える訳もなく。
僕は遠い目で昨夜の出来事を振り返っていた。
「ねえパーシー、明日一緒にアルバストス行かない?」
ロイドの仕事が終わるのを研究室で待ってからいつものように彼の家に向かった僕は、ロイドが自室へ着替えに行ったその隙を見計らって、一足先に帰っていたパーシーへそんなお誘いをかけていた。
「明日?特に予定はないからいいけど……なんでアルバストス?」
日用品を買うだけならレードの町にあるスーパーで十分事足りる。わざわざ世界一の歓楽街と呼ばれるアルバストスまで何をしに?
そんな至極真っ当な疑問を覚えるパーシーにすすす、と近寄った僕は、コソコソと日中に来たメッセージを見せた。
「これ見て。遂にアジェルがミモザにプレゼント買うらしいの」
「おお!ようやくだな!」
『急にすまぬ。明日もし時間があればミモザへのプレゼントを買うのに着いてきてくれないか』と、要約すれば恐らくそういう意味であろう怪文書を読んだパーシーが嬉しそうな声を上げた。
パーシーは前にアジェルが買ったミモザ宛のプレゼントを巡ってエイデルが大暴れした事件を知っている。そしてそれ以降アジェルが奥手を発揮してほとんど何のアクションを起こせずにいたことも。
それ故にこの前進が嬉しいのだろう。緊張してるんだかパニクってるんだか知らないが長文な上意味不明なメッセージを見ても一切笑わず貶さず、それどころか純粋に応援しようとする姿勢を見せる彼を思わず拝む。相変わらずいい子だわぁ。
「この間のデートが上手くいったからちょっと自信がついたみたい。ようやく先送りになってたプレゼントを渡す決心がついたらしいんだけど、でも何がいいか自分じゃわからないから僕とパーシーの意見が聞きたいって」
「ははあ、なるほど。ぼくが役に立てるか分からないが喜んで手伝うぞ!……でも何で小声?」
チラチラ背後の扉が開く気配がないか気にしながら事情を説明する僕にパーシーは首を傾げる。
全くこの羊ちゃんめ、そんなの分かりきったことでしょうが。相変わらず兄の悪辣さにはとことん気付かないんだから……やれやれと肩をすくめる。
「そりゃアンタ、ロイドに聞かれたら絶対茶化しについてくるからでしょうが。アジェルからもロイドだけは絶対に連れてこないようにって釘刺されてるし、このことは絶対ロイドには言わ」
「面白そうなお話ですね?」
「「ギャーーーッ!?」」
突然耳元でそう囁かれパーシーと一緒に飛び上がる。驚きすぎて腰を抜かした僕に抱きつかれたパーシーが慌てて背後を振り返れば、
「にににに兄様!?いいいいいつの間に!?ドアの音全然聞こえなかったですが!?」
「お前らが俺抜きでこそこそしてるから寂しくてこっそり聞いちゃってた♡」
後ろ手に組んでにっこり笑うロイドが抜け抜けとそんなことを宣う。
こ、こいつわざわざ『移動』使ってまで盗み聞きを……!悪気しかない行動に文句を付けたいが、心臓がバクバク大暴れしてる(気がする)のでそれどころではない。
「し、し、心臓が……!し、死ぬ……!!」
「おいおいラウちゃん。お前の心臓は止まってるしお前はアンデッドだ。ボケが渋滞してるぞ」
うるっさいわ!そんなツッコミ入れる前にまず謝ってもらえます!?何ホラー映画さながらな演出してくれてんだよ!
余りにも腹が立ったので仕返しに差し出される手をガブリと噛む。しかし機嫌のいいロイドは怒ることなく「よーしよーし」と興奮するケモノを宥めるように頭を撫でてきた。パーシーの前でやめろや!
「悪い悪い。で?明日何時にアルバストス集合だって?」
「しっかり行き先まで聞いてるんですね……」
「お呼びじゃない」
平然どころか鼻歌まじりに目覚ましをセットするロイド。その付いてくる気満々の行動にパーシーが困った顔をし、僕がピシャリとお断り申し上げる。
しかしロイドに怯んだ様子はなく、それどころかヒトをおちょくるの大好き男はふっ……とキメ顔で言い放った。
「お前ら、大の大人が床に大の字になって号泣する姿が見てえのか?」
「大の大人がする脅しじゃないんだよ」
回想終了
「……とまあ、こんな具合に面白そうなことを嗅ぎつけてきたブラコンが駄々を捏ねまして」
「本当にすみませんアジェルさん」
「兄としては可愛い弟と妹が大都会で迷子になる様子を想像したらいてもたってもいられなくなってなあ。悪いな!」
「このブラシスコン男……!悪びれもせず……!」
本当にね。すごい顔輝いてるもんね。何がそこまでロイドを掻き立てるんでしょうか……弄った時のアジェルの反応かな。
ギリッギリッに歯を食いしばるアジェルに黙祷捧げつつ、まあでも確かにとんでも方向音痴のアジェルに付いて行ったら遭難レベルの迷子になるのはその通りか……とロイドの言い訳に一考の余地ありと頷く。
「いいだろ別に、普段ミモザを近くで見てるモンスターの助言が欲しくないってか?」
「だからお主絶対茶化しにきただけ……オ゛ゥッ!?」
突如、懐から取り出した紙をピッとアジェルに差し出すロイド。それを見た瞬間アジェルは聞いた事もない声を上げた。
どうやらロイドは予めアジェルの反論を封じるアイテムを用意していたらしい。一体何を……青ざめるアジェルの後ろからひょい、とその紙を覗き込む。
「これは少し前にラウが描いた絵だ」
「おい」
「な……っ!?じゃ、邪神……ッ!?」
「猫だそうで……」
「似ても似つかないでござろう!?」
「こんな絵描いて可愛いっていう奴のセンスを信じるのか?」
「おいこらロイドこら」
いつぞやの雪まつりで僕が描いた猫の絵をまるで紋所のように掲げるロイドの肩をガッと掴む。ひとの渾身の絵を呪いのアイテムのように扱うなこの野郎。いつまで持ってんだ捨てろ。
「アジェル……俺はな、お前さんが心配だったんだ。折角俺がプロデュースしたデートが成功したのにプレゼント選びで失敗したら目も当てられないだろ?」
「ぐ……っぬ、ぬ……っ」
「い、いやでも兄様、一応全てのセンスが壊滅……終わってる……ちょっと残念な訳じゃないですよ。ファッションセンスとかはまともですし。アイツを通して表現される世界が少し歪というだけで……」
「全部聞こえてんだけど」
コソコソする男衆に笑顔で拳を握る。ちょっと話があるから全員こっち来てくれる?特にロイドは可及的速やかに来なさい。
しかし全然聞いていない男衆は僕の言葉を無視して小声で会議を続けている。やがて口八丁男に言いくるめられたか、アジェルがウウッ!と腕で目を拭う男泣きを始めた。
「すまなかった……お主達がきてくれて助かったでござるよ……!」
「わかりゃいいんだよ」
「兄様ったら、そんなこと言いながら勤業の日にラウにもらったグラス結構気に入って使ってるじゃないですか」
「ぐっ!?」
「気に食わないなら返してもらってもいいんですけど?」
素直に僕の呼び出しに応じたせいでデコピン喰らい、ちょっと涙目なパーシーの突然のリークにロイドがギクリと身を強張らせた。
さっきまでの得意気な顔はどこへやら、滅茶苦茶目が泳いでる。
「…………よし、行くか!」
「聞こえてないふりしやがったな……」
「兄様楽しそうだなぁ」
メインストリートへ逃げるようにスタスタ歩いて行くロイド。その後ろを兄の奇行にニコニコしているパーシーと共にため息まじりに追いかける。
気を取り直して……さて、どこのお店行こうか。というか予算も何買うかも聞いてないや。
「アジェルー、結局今日って何買う……」
前を歩くアジェルの背中に声をかける。しかし当のアジェルは別のことに気を取られているらしく、聞こえてないようだった。何やら隣を歩くロイドのポケットを指差してはコソコソと小声で会話している。
「ロイド、お主ポケットに何か……お?……ほっほ〜う?それもしやアレか?例の……なるほどだから今日……ふぅ〜ん?」
「!? なんで知ってんだよ!?」
「先日ミモザに聞いたでござる。ふ〜ん、お主も色々偉そうに言ってたくせに悩んでるんでござるなぁ〜?へぇ〜」
「うるせえな!良いもんだから適当に作る訳にもいかねえだけだよ……!」
「そうでござるなぁ〜」
形勢逆転とばかりにすごく楽しそうにニヤニヤするアジェル。対してロイドは先程のアジェルのようにギリギリ歯を噛んでいた。
何してるんだか……子供ような言い合いをしているふたりに呆れを隠さずため息をつく。
まあしかし、
「……ぷっ」
「ふふ」
会話は聞こえないまでも仲が良さそうなふたりの様子に、僕とパーシーは顔を見合わせて噴き出したのだった。
……あ、アジェルの尻にロイドの蹴りが入った。弄りすぎだな。




