↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
150/154

幕間【赤】聖女様、友達を知る 急

タイトルを誤るという痛恨のミス!


 高級マンションは浴室まですごい。


 落ち着いた色合いの石目調タイルで統一されたバスルーム。その中央には天然石でできた大きな浴槽。

 細身とは言え4にんのモンスターが一度に入ろうというのにゆとりある広々ラグジュアリー空間に、僕は先ほどの騒動も忘れてほう、と息をついた。


「夢のようなお風呂だぁ……」


 すごいのは浴室だけではない。浴槽の奥には外気浴ができるようチェアが置かれたバスコートがあり、そこからアルバストス主要街の夜景が一望できるになっているのだ。


 世界一の歓楽街の夜景を横目にのんびり入浴……最高すぎる。

 湯に肩まで浸かりながら縁にもたれれば、隣で同じように伸びるミモザが「ふわぁ〜〜……」と同意するようにゆるゆるな声を上げた。


「最高な夜ですぅ〜……ラウちゃんの体も堪能できましたしぃ〜」


「それに関しては全っっ然っっ最高ではなかったけどね」


 体を洗うという名目で好き放題してくれた変態からすすす、と距離を取る。しかし変態は「うふふ〜」と微笑みながらすすす、とその分距離を詰めてきた。怖いんですけどまだ何かする気?


「この入浴剤まだ市場に出てないやつなのよ。どう?」


「未公開グッズ……!?な、なんと素晴らしき……!そ、そうですねまずテクスチャですが2年ほど前に発売されたアルカナバスソルティアと同じさっぱり系ではあるものの爽やかな香りが売りのあの商品と違い今回の入浴剤はベルリアナ様らしいバラのような芳醇な甘さが芳しい逸品ですね素晴らしいですこれはアルカナージュシリーズの中でも人気ナンバーワンシャンプールナティックロージーと同じ香りですがやはりシャンプーよりも香りは強くしっかりと体を包み込む感じがとても良いと思いま」


「うるっさ」


 浴槽の縁に沿って静かに追いかけっこをする僕とミモザを他所に、これでもかと化粧品を肌に塗り込むベルと目をギンギンにキメて怪文書を諳んじるシエル。

 ベルはともかくシエルがまあうるさい上に聞いてるだけで息苦しくなるので、シエルの顔面にパシャッとお湯をかけ怪文書キャンセルを試みる。


「わぷ。……何をするのです」


「ごめん、つい」


 顔面をびしょびしょにされじとっと睨んでくるシエルにやれやれと肩をすくめて心にもない謝罪を口にする。

 すまんな、ツッコミが雑な自覚はあるがボケ続きでいい加減疲れたんだよ。お風呂タイムくらい静かにしてくださいな。そもそも僕はツッコミ専門じゃないんだって。


「貴様もだミモザ。おりゃ」


「きゃっ」

 

 尚もにじり寄ってくるミモザの顔にも同じようにお湯をかける。不意をついた攻撃に目をぱちぱち瞬いていたミモザだが、次弾を用意する僕を見てニヤリと悪い顔をした。


「戦争をお望みですかぁ?ラウちゃぁん?」


「ほほう?いいだろう、かつて水鉄砲師範と呼ばれたこの僕が相手をしてや……あっ待って待って蔦は卑怯、あまりにも手数が多すぎぶべべべべっ」


「何をしてるのですふたりとも!貴重なベルリアナ様の入浴剤が流れるでしょう!やめなさい!」


「アンタの荒ぶる羽根も大概よシエル」


 なんてカオス。成年女しか居ないはずなのにやっていることがどこまでも悪ガキ男子すぎる。修学旅行にはしゃぐ小学生か。あんまりにもしょうもなさすぎて誰ともなしに笑いが漏れる。

 

 笑いに笑って、ようやく一息をついた頃。おもむろにミモザに寄って行ったベルが「そ・れ・でぇ?」と艶やかに口の端を吊り上げた。


「アジェルとはどこまで進展したの?」


「はぇ!?な、なんですかぁいきなりぃ!?」


「お泊まりって言ったら恋バナでしょうが。ねえどうなの?教えなさいよ」


「ミーちゃんは騎士様を好いてるのですか?」


 まあそれはそう。湯の熱さ以外の理由で真っ赤になったミモザには可哀想だが僕も気になるところなので助けはせずに聞き役に回る。

 シエルも年相応にそう言った話に興味はあるのか、逃さんとばかりにとぐいぐい距離を詰め始めた。っていうかシエルはいつの間にミモザをあだ名で呼ぶようになったんだ?


「も、もう!シィちゃんまでやめてくださぁい!何にもありませんよぉ!」


「またまたご冗談を、この間デートに誘われたって言ってたじゃーん?」


「なんですって、あの奥手サムライが遂に!?」


「詳しく、詳しくお願いしますミーちゃん」


「ラウちゃぁん!」


 ごめんねミモザ、女子という生き物は恋バナを共有してなんぼなのだ。特に君たちふたりはそりゃあもう焦ったすぎて周りがヤキモキしてるからな、適宜状況報告は必要なのですよ。

 

 涙目でキッと睨んでくるミモザにおほほ、と悪役張りに高笑う。

 ちなみに僕はこの間ロイドと共謀してミモザを酔わせ葉掘り根掘り聞いたので、みんなより一歩先んじてふたりの現状を把握している。これまた甘酸っぱいんだわぁ。


「いえあの、そんなお話しできることはないですぅ!……こ、今度、ふたりで観劇を見に行こうと誘われた、だけでぇ……」


「今のアルバストスの劇場でやってる観劇は恋愛ものでしたね。ストーリーがよいと口コミも高い。ナイスチョイスではないでしょうか騎士様」


「ミモザを前にしたらトンチキな行動に出る奥手サムライにしては上出来じゃなぁい?観劇なら場も持たせられるしその後も話題に尽きないからいいんじゃないかしら。アジェルのくせにいいセンスだわ。85点」


「何これオーディション?」

 

 魔法界にはニンゲン界でもお馴染みの映画も、舞台で俳優が歌って踊る観劇も存在する。が、大衆娯楽として一強なのは観劇だ。

 というのも魔法界にはCGなんて使わなくとも魔法由来のド迫力な効果があるので、モニター越しの映像よりも生で体感できる観劇の方が人気が高いのだ。


 もちろんアニメ作品なんかは映画に群牌が上がるので一概にどちらがいいとは言いづらい所ではあるが……どちらにせよデートスポットとして相応しいのは間違いないだろう。

 

 ちなみに今回のデート案はロイドのチョイスらしい。ミモザをどこに誘うか悩みに悩んだアジェルが泣きついたのだとか。曰く「今公開中の映画はアジェルが感情移入しすぎて号泣しそうなもんばっかだから却下」と。アジェルのことよくわかってるなぁ。


「あとは観劇見た後のデートコースをどうするかだよねぇ。なんかその辺話し合ってるの?」


「そ、そんなの考える余裕ないですよぉ!誘われただけで私、いっぱいいっぱいでぇ……」


 眉を困らせ、もじもじ手をいじり、頰を桃色に染めるミモザ。その恋する乙女のお手本のような仕草に僕らオーディエンスは問答無用で10点満点のフリップを挙げた。くぅ〜可愛い!アジェル爆ぜろ!


「もう!私のことはいいんですよぉ!シィちゃんはどうなんですかぁ!?」


「私……ですか?」


「そうですぅ!好きなモンスターとか好きなタイプとかいないんですかぁ?」


「ベルリアナさ……」


「それ以外でぇ!」


 顔を真っ赤にしたミモザが矛先を変えるようにシエルへと突然水を向ける。シエルはまさか自分が語る番になるとは思っていなかったのかきょとんと首を傾げ、ほっそりした顎に指を当てて考え込み始めた。


「……あまり、分かりません」


「え?でもぉ」


「私は……物心ついた時から聖女でしたから。聖霊様の徒であり信仰の象徴である私は、聖霊を信じる全てのモンスターを愛しこの身を信仰に捧げるのが使命。そう胸に刻んで生きてきました。故に……ひとりの殿方へそのような心を抱くのは聖女として誤っているのではと、そう思ってしまって……」

 

 そっと薄い胸に手を当て目を伏せるシエル。限界オタクも年相応も恋愛脳も潜めた彼女は実年齢よりもずっと上に見えて思わず息を呑む。

 

 聖女たれと望まれた彼女は、およそ普通の少女が歩むような道を歩んでこなかった。

 友達を作る暇もなければ、恋心を抱く先もなく、ひたすら大人達の中で『聖女』たらんと気を張ってきたのだろう。きっと目に見えて分かりやすい友達や友情に憧れるのが精一杯で、複雑な心がもたらす恋を知ることはついぞ無かった。


 それは、見ようによっては不幸なことかもしれない。現にシエルに聖女になるよう一番望んだ教皇様はそれを悔いている節がある。本モンスターに言うことこそしないが、僕に『シエルリーファの支えになってほしい』と頼むくらいには。


「……」

 

 薔薇色の瞳が少し寂しげに揺れるのを見て何かをいうべきかと口を開くが、何を言ってもシエルの覚悟を踏み躙る言葉になりそうで口を噤む。

 しかし当の彼女はそんな僕らの反応に悲観に暮れるでもなく、慈愛に満ち溢れた柔らかい笑みを浮かべてみせた。


「ミーちゃん、そんな顔しないでください。悲しいと思ったことは無いのですよ。むしろそう思える私を私は誇りに思っているのですから」

 

「シィちゃん……」


 悲しげに表情を暗くしたミモザにそっとシエルが寄りそう。

 その顔に宿るのは、かつて僕に象徴としての覚悟を説いた時の強さ。一片の翳りも見えないそれを再び目の当たりにし、ふ、と肩の力が抜けたような気がした。

 

 聖女としての自身のあり方を語った彼女はミモザの手をそっと握る。薄いながらも確かな感情を写したその顔は穏やか。

 ……と思いきや、立派な生き様を語っていた筈の聖女は突然穏やか通り越したニチャァとした笑みを浮かべた。


「そ、それに聖女であれば誰よりも間近で新たな聖霊様であるベルリアナ様を信仰できますし……ふふ、役得です……!」


「え、ええとぉ……?」


「ブレねえな……」


 尊敬した僕がバカみたいだよ。でへへ、と美少女聖女らしからぬ顔でくねくね不気味に悶えるシエルに思わずため息。っていうかベルはいつから正式に聖霊になったんだよ。


「ふっ、アタシの美は生きとし生けるものを狂わせる。それは聖女であっても例外では無いってことね。なんて罪深いのかしら……」


「こっちはこっちでなんか言ってるし」


 頰に手を当てほう……と憂うベルに呆れた目を向ける。

 いやまあ確かに世が世で世界が世界なら傾国だったかもだし上位存在として崇められてたかもしれないけどね。でも自分で言うとすごく残念だなぁ……少なくとも聖霊ではないね、なんというか本性が滲んでるので。


「……尊敬しますぅ。こんな素敵な聖女様とお友達になれて、私とても嬉しいですよぉ」


「ミーちゃん……はい、私もです」


 エモさも吹き飛ぶオタク聖女とベルリアナ様節に場が混沌とするも、しかしそこは天使よりも天使らしいミモザ。悶える手を取ってほわりと微笑めば、正気に戻ったシエルの頰も薄らと桃色に染めさせた。

 

 なんだかんだここが一番健全に友達している。ほらシエルって僕との友情は恐怖と脅迫との表裏一体だし、ベルに対しては崇拝が多分に含まれてるし……うん、純粋な友達が出来てよかったねシエル……。


「……とまあ、私の話は面白みも何もありません。代わりにラウの話を聞きましょう」


「ベルちゃんの好みも聞いたことありませんねぇ。どんな方が好きなんですかぁ?」


 ぴったり姉妹のように寄り添うふたりに今度は僕らが詰め寄られる。

 

 好きなタイプだと?ふっ……愚問。示した合わせたようにベルとドヤ顔しながらサムズアップ。


「そりゃ勿論、ダンディーなイケおじ」

「顔がいい男一択」


「ブ、ブレませんねぇ……」


 いやいやダンディーなイケおじは誰でも好きでしょうが。ダンディーってだけで色気たっぷりそうだしイケメンなおじさんとか包容力しかないって。憧れっしょ?お洒落なバーとかでひとりで飲んでるダンディーなイケおじ。

 

 そうとも、僕が求めるのは何があっても身を任せられるような圧倒的包容力、そして時偶香る危険な香り!簡単に近づいちゃいけない危ない魅力にやられたい!現代社会に足りないのはこのギャップだぁ!!


「何それ、どこのマフィアのボスの話?」


「バァッ!!!??あんな自分の欲に忠実なド変態ハーレム野郎と僕の理想を一緒にしないでくれる!?」


「マフィア……ああ、あのアルマリオとかいう……まあ危ない男ではありますね、色んな意味で」


「特徴だけ羅列すればラウちゃんの理想ですよねぇ」


「なぁッ!?」


 バ、バカな……僕の理想があのドグサレ外道新感覚変態山羊……!?いや確かに僕より歳上っていうかオジ(?)だし顔もまあ整ってるしマフィアだから危ないってのはその通りであるが……変態だし……あと変態だし……変態じゃん……あの変態に包容力とか無くない……?

 

 ハッ!待てよ、そういやアルマリオの奴自分の女はちゃんと可愛がるしお願いもちゃんと聞くって言ってたな……ってことは我儘を聞く度量や包容力はある……ってこと!?

 嘘だろ!?それだ聞けば確かに僕の理想……!?


「ぐああぁぁっ!!ミトメタクナイッ!!ミトメタクナァァアアイッ!!」

 

「と、自分の性癖を勝手に暴露して発狂してる奴はともかく、アタシの理由はシンプルね。顔がいい奴は大体自分に自信があるじゃない?アタシちゃんと自分を確立してるモンスターが好きなの。男でも女でもね」


「ははぁなるほどぉ。ベルちゃんらしいですねぇ」


「かっこいいです……」


「下僕は十分にいるもの、恋人にまでその役割は求めないわ。アンタ達も男の言いなりになるんじゃなくて自分の意思を大事にしなさい」


 信じたくない事実に動悸(心臓は止まっている)息切れ眩暈に襲われのたうち回る僕を放って恋バナというかベルリアナ先生の恋愛講座は進む。くそっ、こうなればアルマリオファミリー壊滅させるしかないか!?夜襲じゃ討ち入りじゃーー!!


「にしても、ラウは意外ですね。ロイドさんと真逆じゃないですか」


「へ?ロイド?なんで?」


 思わぬ振りに正気に戻って首を傾げれば、質問を投げかけたシエルも不思議そうに首を傾げた。


「なんでって……好きなんでしょう?」


「誰が?」


「ラウが」


「誰を?」


「ロイドさんを」


 思考が停止する。言ってる意味がわからずぼけっと口を開けて宇宙を漂う。

 しかしシエルの言葉を理解できていないのは僕だけらしく、「そう思うわよねー」「ですよねぇ」と両脇から怪しい笑みと腕が伸びてきた。


「ロシェの一件以来、やーけーに距離近いですもんねぇ?何かあればロイくんに頼るようになりましたしぃ、もしかして?ってユリナちゃんとも話してたんですよぉ」


「まあ仕方ないと思うわよぉ?何回も命の危機に駆けつけて助けられたら惚れるのも当然よねぇ。アタシからすれば趣味が悪いと言わざるを得ないけどぉ。ねえちょっと面白いから付き合ってみてよ」


「ロシェの防衛戦の時、手繋いでいたでしょう?会話こそ聞こえませんでしたが、ラウが見たこともない表情を浮かべていたできっとただならぬ想いを寄せているのだと」

 

「…………………………はああああああ!?!」


 右から頬をペチペチ、左からツンツン、正面からきょとん攻撃を喰らい、ようやく自分にあらぬ誤解がかけられている事を理解し絶叫する。

 

「ちっちがっ!惚れてない!!助けてくれたことには感謝してるし兄貴分として信頼してるし頼らせてもらってるし確かに手は繋いだけど違う!!惚れてない!!距離近くない!!変な顔してない!!!!」


「へーふーんほーお?」


「ふぅ〜〜〜んですぅ」


「え?違うのですか?嘘でしょう?」


 ザバッ!と湯から立ち上がり大慌てで弁解するも全然分かってくれない。自分に向けられるニヤニヤときょとん顔にどんどん羞恥が募り顔にエネルギーが集まる。それすらも恥ずかしくて更に「違うって!」と叫んだ。


「ロイドは面倒見が良くて優しいから兄貴分してくれてるだけだよ!!本当にお兄ちゃんみたいに世話焼いてくれて僕がメンブレする度に元気づけてくれるだけ!!それ以上でもそれ以下でも無い!!……それに、ロイドは」


 ───好きなひといるじゃん。

 そう言いかけて、何故か喉がつっかえた。

 

 初めて見たのは、ウェルデとカルベンの都市境の森の中だった。

 博士との電話が終わった後、何かを考え込むロイドを遠目に見てた。あの時に、一度。

 次に見たのはパーシーと勤業の日のプレゼントを買いに行ったその夜、ロイドの昔の話を聞いた時。


 誰かを思い出してるような顔を、していたのだ。


 寂しさと哀愁と、ほんの僅かな恋情が見え隠れするあの表情は、きっと。


「…………」


 ぎゅ、と小さく拳を握る。あの表情を思い出すとモヤモヤと少しの腹立たしさが胸に広がる。

 それはあまりにも僕が抱くには見当違い甚だしい感情だ。嫌でたまらなくて、二の句が継げなくなる。

 

 違う。分かってる。これはそ(・)う(・)い(・)う(・)の(・)由来の感情じゃなくて、前にパーシーも抱いていた家族同然の存在が他のひとに取られちゃうかもしれないという不安から派生するものだ。

 違う、絶対に。……そういうのじゃない。

 

「ロイドが面倒見良い〜??何言ってんのよ、アイツどうでもいい奴にはめちゃくちゃ厳しいじゃない。優しくするなんてないない」


「え?」


 自分を責める思考がベルの尊大なため息によって中断される。斜め上の方向からの否定に思わずぱちくりと目を瞬くけば、何故かシエルもベルの言葉に激しく同意とコクコク頷いた。


「そうですね。敵にはハッキリとした態度取りますよね。以前私が貴女の言葉を信じられるかと切り捨てた時もロイドさんすごい顔してましたから。……正直、殺されるのではないかと怖かったですし」


「え?ええ?」


 切り捨てた時、と言うと……聖霊教会を襲ったブライデットを儀典魔法で全て殲滅した後にロイドとシエルが対峙した時のことだろうか。いやしかし、シエルが身震いするほど?そんなロイドの態度には皆目見当がつかず、自分の葛藤も忘れてポカンとする。

 確かにあの時僕はロイドに担がれてたから表情は分からなかったが……え?そんな怖い顔してたの?

 

 困惑する僕に今度はミモザが抱きついてくる。ふわりと花の香りが鼻腔をくすぐり、耳のすぐそばで可憐な笑い声が響いた。


「あくまで私が知ってるのは私が第零に異動してからのことですけどねぇ?ロイくんってあのお顔ですからすっごくモテるんですよぉ。でもどんなお相手でも絶対一線は越えさせないんですよねぇ」


「へ、ぅえ……?」


「お誘いも告白もぜーんぶスッパリ断っちゃうし、割と研究室の外では無表情って言うかぁ……昔っからの知り合いとかじゃない限り結構ビジネスライクに徹してるんですよぉ?出会って間もないのにこんなに気を許してるのラウちゃんくらいですぅ」


 んなバカな。だって受付のお姉様方とか事務棟の女の子とかと結構仲良さげに話してるよ?他の研究室のモンスターともよく楽しそうにしてるし、社交的なモンスターでは……?

 

 全然僕の知るロイド像とミモザの話が一致しなくて首が90℃曲がる。するとミモザは「それはラウちゃんの前でだけですよぉ」とコロコロ笑った。


「大方、アンタといる時も仏頂面してたら親善大使様の評判に関わるとか考えてるんでしょ。あと単純にアンタにカッコつけてるか。よくもまあ半年であの警戒心バリバリ男手懐けたわねぇ、あっちもアンタになんか惹かれるもの感じてるんじゃなぁーい?」


「ああ、それはありそうですね。なんというか貴女モンスターたらしな所ありますし、一緒にいると気が抜けるというか態度も緩めさせられるところありますから。なるほど、これが小悪魔……」


「ふふふ。ですからロイくんにとってラウちゃんは単なる妹分ってだけじゃないと思いますよぉ?それが恋愛的かどうかはともかく、ちゃーんと愛されてますねぇラウちゃん♡あ、私も負けないくらい愛してますけどねぇ!!!」


「は……」


 褒めてるのかそうでないのか、口々に自惚れそうなことを言われてどんどん顔に熱が溜まっていく。


 反論しようにも口を開けばロイドに対する敬愛が別のものにすり替わってしまいそうな気がしてならなず、好き勝手言う3にんにぐぬぬ……!と唸る。

 

「……っ、……、……………そ」


「「「そ?」」」


「〜〜〜っ!!」


 なんとか気持ちを言葉にしようと搾り出すも、三方から顔を覗き込まれれば詰まってしまい。

 その内に羞恥と居た堪れなさゲージが最高潮にまで昇り、遂に爆発。半ば無意識に発動した『無拍子』で浴槽から無理やり脱出し、タオルを適当に引ったくって浴室から逃走した。


「そんなん!言われても!!諸々が片付くまで僕の恋人は仕事ですので!?恋愛なんてしませええええんっ!!」


「あっコラ逃げんじゃないわよ!ひっ捕えろ!」


「『光緘の鎖』!!」


「待てぇ!ですぅ!」


 誰が待つかバーカ!そもそもよく考えたら僕は基本的モンスター権も危うい実験体なんだから普通の恋愛なんてできないっての!

 

 どったんばったんギャーギャーと、蔦と銀の鎖との追いかけっこを繰り広げながら人並みならぬモンスター並の幸せすら見えない自分の未来を憂いて、僕は薄らと目に涙を浮かべるのであった───

 



 ◆




「ねむ……」


「流石に夜更かししすぎましたねぇ」


 翌朝。

 転移門でアルバストスからヴィオレットまで転移した僕とミモザは、研究所までの道をあくびを噛みしめながら歩いていた。


 結局、次の日も仕事だというのに僕らはお風呂から出た後もすぐにベッドに入ることはなく、日付を越えてもワイワイおしゃべりに花を咲かせていた。

 やれシエルが持参したネグリジェがどうのこうの、やれベルが素晴らしいBLがどうのこうの、ミモザが今期の魔法少女アニメがどうのこうの……よくもまあ語ることが尽きないものだと感心したものだ。楽しかったけど。


「うふふ、楽しかったですよねぇ。ロイくんとラウちゃんをモデルにしたBL本が出てきた時が一番激アツでしたけどぉ」


「やめて。気まず過ぎてロイドと顔合わせられなくなる」


 あんの腐れラミアめ、やけに僕とロイドをくっつけたがるなと思ったらあんな薄い本書いてたなんて……ナマモノはルール違反だって言ってんでしょうが。っていうかしれっと僕を性転換させるな。なんだ親善大使♂って。


「あれねぇ、この夏の即売会で一番売れたやつなのよ。つまり世間は鬼畜兄攻め受け親善大使♂を求めてるってことなの。という訳で観念してアイツと付き合いなさい」


「なんでここにいる」


 さも当然のように話に合流してきたのは件の腐れラミアであった。さっきアルバストスで別れましたよね?そして生々しい単語を往来で出すのやめなさい。僕まで同類と思われる。付き合わないし。


「そりゃアンタ、今日も暇だからに決まってんでしょ。謹慎まだ一週間もあるのよ」


「冒頭に戻った……だと……?」


「わぁい、ベルちゃんと一緒にお仕事嬉しいですぅ。お昼は一緒に食堂行きましょうねぇ」

 

 トップモデルのくせに忍ぶこともせず堂々と歩くベルリアナ。その言葉に僕が戦慄し、ミモザがきゃっきゃっとはしゃぎ、周囲がにわかに騒がしくなる。


「ふむ、リライヴェッジの食堂は美味しいと評判ですよね。楽しみです」


「なんでここにいる……」


 これまた当然のように現れふんふんと息巻く聖女に激しい頭痛を覚える。アンタも転移門で別れたはずですよねぇ!?


「いえ、教会に帰ろうとはしたのですが、教皇様がすこぶるご機嫌で私を待っているという情報を得たのでほとぼりが覚めるまでこちらに匿わせてもらおうかと」


「僕が教皇様にボコボコにされる未来しか見えない選択ですねぇ!」


 何してんねんコラ、匿わせてもらおうかとじゃないんだよ非行少女ムーブやめろや!大人しく教会帰りなさい!

 必死に歩みを止めようと説得を試みるが、シエルは大喜びのミモザを抱きしめふっと鼻で笑うばかりで全然帰ろうとしない。謎の余裕にイラッととする。


「あ、ロイくんおはようございますぅ!」


「!」

 

「やめてくれ頼むから、俺をこの集団の関係者にしないでくれ……」


 と、天上天下唯我独尊ラミアと強か非行聖女に手を焼いている間に、ミモザが傍をそそくさ抜けようとする影の正体に気づく。

 元気な挨拶に、有名モンスターに湧く周囲の視線ごと僕らの意識がその少年然としたアンデッドに向く。注目に焦り倒す彼は縮こまりながらチラ、と僕の顔を見上げた。


「お、おはようございます」


「…………はよ」


 い、いかん。昨日色々言われたり見たりしたせいでなんか気まずい。な、なに喋ればいいんだっけ……ぐううこういうの本当やだ!そういうんじゃないのにさあ!……まあロイドは周囲の目気にし過ぎて全然それどころじゃなさそうだけど。

 

 もじもじする僕とこの場から逃げ出したくてソワソワするロイド、そしてニヤニヤするミモザとベル。謎の三すくみが発生する中、それに待ったをかけるものが現れる。


「ロイドさん」


「は?え?」


 僕の脇を抜け一歩前に出たシエルがロイドの手をがっしりと握る。

 過去の一件以来お互い気まずい関係だった筈なのに、突然親愛増し増しな行動を取られロイドが目を白黒させる。しかしシエルは一切止まることなくキラッキラに輝く目をロイドに向け鼻息を荒げた。


「あの鬼畜兄攻めには大変感銘を受けました。未知の世界を教えてくださりありがとうございます」


「はい?」


「やめなさい」


 とりあえずシエルと布教という名の汚染をしたベルの頭に拳骨した。未成年に何教えてんねん。


 



幕間【赤】、完!

(本当はもう1話だけ別話挟みたかったのですが、余力が無く……余裕ができたらこっそり投稿します)


いよいよ次はヴィオレット編!……なのですが、ここらで一度設定の見直しなどをしたいので申し訳ないのですが再開までに少々お時間下さい。具体的には一ヶ月くらい。


ということで次回投稿は10/2(金)17時頃!どうぞよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。