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幕間【赤】聖女様、友達を知る 序

シエルリーファキャラ崩壊回


「はあ……暇だわ」


「……」


「ねーえ、暇なんだけど」


「…………」


「ちょっと無視~?はー信じられない。こんな薄情な子に育てた覚えは無いわよ。誰に似たのかしら……ああロイドね。本当アイツダメな影響しか及ぼさないわ。一回シメようかしら」


「………………ベルリアナさんや」


 微妙な空気が……有体に言えば目の前の存在によって沸き上がるハラハラとドキドキに誰もが息を潜めているせいで妙な緊張感が支配する親善大使執務室、通称大使室に僕のため息とペンをデスクに置く音が響く。


 定時間際という一日の疲れが出てくる時間ではあるが、今の僕を襲うのはどちらかといえばまた別の種類の疲れ。対面にどっかり腰掛けて「あらやだささくれ」とすらりと長い指を伸ばすトップモデルを僕はじろりと睨みつけた。


「大変申し上げ辛いんですがね、今みんな仕事中なんですよ」


「大変ねえ」


 労わる言葉を口にしながらもだから?と指のケアに勤しむ傲岸不遜ラミア。今日も炎のように鮮やかな赤髪を背中に流す彼女は、誰であろう魔法界で知らぬ者はいないトップモデル魔導士ベルリアナだ。

 だが今は、先日のロシェ主要街襲撃事件において結界装置を守り切れなかった責任を問われ、同じく現場責任者としてあの場に立っていたアジェルと共に一時的な謹慎処分中だ。本来ここに居ていい筈は無いのだが……。

 

 まあ謹慎処分といってもあくまで対外的な罰であり経歴に瑕がつくようなものではないし、言ってしまえば陛下が頑張ったふたりに与えたちょっとした休暇のようなものなので出歩いたからといって怒られるものでもないのだけども。

 ちなみにアジェルと仲良しのロイドによれば、彼は王都にある自宅で真面目に粛々と謹慎を受けているらしい。休みなしであったモデル業の方もこれ幸いとばかりに休みを取ってほっぽり歩いているこのラミアとは大違いである。


「早く終わらせなさい。もう定時よ」

 

「まだだよ。まだ10分ある……ってあー!?ちょっと僕のお菓子勝手に食べないでよ!ルイエルくんおすすめの高級クッキー!」


 引き出しにしまっていた筈の可愛い缶を手にボリボリクッキーを貪り食うベルに絶叫する。それ買うのに1時間並んだんだぞ!パーシーが!!僕とロイドのおねだりに根負けしたパーシーが!!なんて酷い!!

 

「なかなかいい味よ。趣味いいわねルイエル」


「はっ!お褒めに預かり恐悦至極にございます!」

 

 名指しで褒められたえんじの角をこめかみから生やしたドラゴン族の補佐官ルイエルくんがビシッ!と背筋を伸ばして敬礼する。僕にも陛下にもそんな態度取らないくせにこのお調子者め……。

 涙交じりにベルと部下を睨むが、ルイエルくんは兎も角この傍若無人極悪非道ラミアが止まる訳もなく。あっという間に空になった缶を前に崩れ落ちる。あああ……一枚も残ってない……。


「ゆるさない……絶対許さない……」


「はいはい。遊んでるならもう仕事終わりにしなさいよ」


「だからまだ定時じゃないっつの。んもう、そんなに暇ならちょっと仕事手伝ってよ。っていうかお願いしてたアルバストスの劇場関連の仕事はどうしたのさ」


 忘れがちだがベルはおもてなし本部の組織図上大使室を含む友好条約対策チームの長であり、そしてモデルという立場故に独自の伝手を多く持っている彼女にお願いしている仕事は多い。ベルが昔お世話になっていたアルバストスのとある劇場への対応もその一つ、なのだが。


「この件、もうお願いして一ヶ月が経つんですけど。報告書は?」


「なんで休み中に仕事しなきゃいけないのよ」


「魔導士団とモデル業はお休みでもおもてなし本部の仕事はお休みじゃないんですよ……別に劇場関係の仕事は急ぎじゃないけどできるだけ早めにお願いね。はいついでにハンコ押しよろしく」


「はあ~??このアタシにこんな地味なことさせるなんて良い度胸じゃない。助けに行ってあげた恩を忘れた訳?」


「それに関してはちゃんとお礼したし手間かけたお詫びもしたでしょうが……」


 うう、あの時のことを思い出すと今も胸が痛い。そう、あれはロシェの一件が無事終息した直後のこと。僕はベルの「お礼は無いの?」という圧に負けて超高級中華店で満漢全席を奢らされた。

 だがそれはまだいい。僕としても迷惑かけた自覚はあるし助けに来てくれたお礼はしたかったからそれは嬉々として用意しましたし、ベルだけじゃなくてアジェルやロイド、パーシーにミモザにユリナも誘ってそれはそれは楽しい会になりました。序盤は。

 

 問題は事件の話になった時だ。ロイドの野郎、僕がアルマリオから受けた仕打ちを話しやがったのだ。メイドになったことも、アルマリオの性癖を歪めてしまったことも、膝に乗せられたこともパンツ見られたことも、全て。

 そんな話を聞いてこの極悪非道ラミアが黙っている訳もなく。嫌な予感に逃亡を図るもわっるい顔で笑うベルと思い出し興奮発狂したミモザによって拘束され、瞬く間に僕は再びメイドに……ううっ頭が……っ。


「パーシーもアジェルも居たのに……くそう、ロイドが口滑らせさえしなければ……」


 いやまあ例えあの時バレなくともその内アルマリオファミリー経由で知られてたと思うけどさ。なにせベルったら精神干渉解くためにあのキャラバンサライに出向いた時に構成員達の何にんかを下僕にしたらしいからな。

 ようやく魘の精神干渉解けたのに今度はベルに部下が骨抜きにされるなんてアルマリオくんピキピキ案件すぎる。お労しいね、ざまぁ。


 あの新感覚変態ヤギのニヤケ顔が歪むのを想像して愉悦に浸っていると、僕が差し出した書類の束を押し返したベルは特大のため息をついた。


「はーあ、つまんない。つまんないからアンタのコスプレ写真アタシのインステに上げていーい?」


「ちょっばっ!大きい声で誤解を生むようなこと言うんじゃない!!違う!違うから!!」


 補佐官達はユリナ以外僕がメイドコスしたこと知らないんだよ!!そんなこと言ったらコスプレを趣味にしてるみたいになるだろうが止めろ!あっコラ数十万単位のフォロワーに僕の黒歴史を晒そうとするのもやめなさいってば!

 ざわつく補佐官達に大慌てで弁明しながらベルのマギホを奪い取ろうと身を乗り出した、その瞬間、


「ラウ!!!!!!」


「おっわぁ!?何事!?」


「あら?」

 

 大使室のドアがバァァーンッ!!ととんでもない勢いで開け放たれた。ベル以外のその場の全員がビクビクーンッ!と飛び上がる。

 同時に視界の端で純白と銀がひるがえる。一体全体なんなのだと、動いていないのにドッドッドッ!と跳ねる心臓を抑えて扉の方を伺えば、

 

「し、シエルリーファ様!?」


「ここに……ベルリアナ様が……来てると……聞いて……っ」


 ぜえはあと普段の楚々とした佇まいからは考えられないほど息を切らして大使室に飛び込んできたのは、遠い『黄の都市』の大聖堂で枢機卿業に励んでいる筈の聖女シエルリーファだった。

 いつもきっちりと整えられている司教服はよれよれ、長い銀髪も背中から生える羽もなんだかぼさぼさもさもさしている。明らかに全力で走ってきましたという有様のシエルリーファ様は汗を拭い顔を上げ、


「久しぶりね、シエル」


「はぅあっ!!!!?!」

 

 なんか聞いたこと無い素っ頓狂な声を上げた。それどころか胸を抑え過呼吸のように息を切らしフラフラし始めた。

 すごくレアな姿だったのでとりあえずこっそり写真を撮る。


「おっおっおっおっおっ、お久しぶりです、ベベべベルリアナ、様……ッ!」


「あの時ぶりじゃない。元気してた?」


「は、はひっ!!!げげげげんきでふっ!!」


 余裕の態度でしゃなりと手を上げるベルに対し、シエルリーファ様は噛みっ噛みである。あれぇ?聖霊教会襲撃事件の後に会わせた時はもう少しまともに話せてたよなぁ?それにこの間共闘したとも聞いてたけど……。


「恐らく、愛称呼びのせいかと……」


「あー……有事の時はアドレナリン出まくっててあんまり気にならなかったけど、今改めて呼ばれると破壊力がすごいと」


 冷静に状況を分析したユリナの耳打ちになるほどと頷く。つまりあれは推しから自分にだけに向けられた最大のファンサを浴びて死にそうになってるオタクの姿か。なるほど理解した。

 自分もそこそこしっかりしたオタクである自覚があるので、オタク特有のネチョさを露にするシエルリーファ様を「わかるわー」という同意半分「ああはならないようにしよう」という戒め半分で観察する。わあ、遂に膝付いて号泣しながら崇め始めちゃった……怪文書系なのは知ってたけどそこまでかぁ……シエルリーファ様を崇めてる熱狂的な信者たちがこの姿見たら聖霊教から降りそうだな。


「それで、何しにきたんですか?シエルリーファ様」


「ぐす……ベルリアナ様と同じ刻に生を受けたことは何にも代え難き僥倖です……ありがとうございます聖霊様……え?ああ、聖防同盟関連の書類を届けるがてら貴女の出待ちをと思ったのですが、エントランスでベルリアナ様がいらっしゃっているという話を聞きましたのでこちらへ」


「出待ちぃ?何でですか?」


「ええ、少しお話をと思いまして」


 はて?仕事の話なら出待ちなんてしなくとも大使室に来るだろうから出待ちなんてしないだろう。全く見当が付けられず書類を受け取りながら首を傾げれば、涙を引っ込めたシエルリーファ様にずいっと怖い顔で詰め寄られた。


「それです」


「はい?」


「ベルリアナ様ですら私のことをシ、シ、シ、……愛称で呼んでくださるのに、貴女は何故いつまでも敬語で様付けなのです」


「えっ」


 ずもももっと迫ってくる顔に冷や汗を流しながら仰け反る。わざわざそのこと言いにここまで来たのかこの聖女……転移門あるとはいえ国の端と端だぞ。暇かよ。

 しかしそんな内心の文句を口に出す勇気は僕にはない。お目目真っ黒でなんかドロドロしたオーラを纏いだした聖女に目が泳ぐ。


「あーまあそのー……ま、まだ僕業務時間中でして、大変恐縮なのですがこの話は業務時間が終わったら」


「あ、定時ね」


 素晴らしく最悪なタイミングでチャイムが鳴った。嘘だろおい、ここで鳴るのは違うだろ。お陰でシエルリーファ様の追及の目が逸れない。ヤバい壁に追い込まれた。

 迫りくる死の恐怖に必死に補佐官達に身振り手振りで助けを求めるが空気が読める補佐官達は全員逃げるように大使室を出て行った。この薄情者共がッ!逆の立場なら僕も迷いなく逃げるけれども!今は君たちの優秀っぷりが憎くてたまりませんッ!

 唯一ルイエルくんが「美女達とお近づきになるチャンスでは?」と残ろうとしていたがユリナに首根っこ掴まれて出て行った。カムバァァーック!


「アタシも疑問だったのよねー。友達なんじゃないの?アンタそんな殊勝な性格じゃないでしょうに」


「そう、友達。私たちは友達です。ですよね?友達ですよね?ええ友達です。なのにいつまで経っても敬語で話すわ様はつけるわ……私の事友達だと思っていないのですか?そんなことないですよね?貴女は友達のことは愛称で呼ばなくてはならないという聖霊様の教えがあるのをご存じないのですか?」


「こ、このメンヘ……いやちが、そんなこと聖典に一言も書いて無いしシエルリーファ様も別に愛称では呼んでないじゃないですぎゃあっ!?」


 耳の横を銀矢が駆け抜け後ろの壁に凄まじい音を立てて突き刺さった。頼むから僕の職場を破壊するのはやめてください!

 いかん、いよいよ逃げ場が無くなった。ベルはケラケラ笑ってるだけだし……くそう、「いい暇つぶしが出来たわ」じゃないんだよ性悪ラミアが!

 

「ラウ」


「……っ、っ、……っ!……シ、シエルリーファ様はほら、友達の前に取引相手ですし、社会的地位は僕より上ですし……友情も勿論持ち合わせていますがその前にリスペクトをね?忘れていないと言いますか!」


 い、言えない。実はまだ初めて聖霊教会に行った時の殺意マシマシシエルリーファ様の印象が拭え切れてなくて正直まだちょっとビビッてるなんて……!

 本当のシエルリーファ様は優しいのは分かっているし可愛いところあるのも知ってるし、今は僕のこと滅そうと思っていないのは勿論分かっているんだけども!それでも背後から忍び寄られて突然ぐるぐる巻きにされてシャンデリアに吊るされたあの恐怖はちょっとやそっとじゃ忘れられないんだよ!


「ふぅん、なるほどねぇ」

 

 しどろもどろで言い募る僕の態度にベルが何かを察したらしい。突然にぃぃんまぁりと悪い笑みを浮かべたかと思えば、嫌な予感を覚える僕を他所にシエルリーファ様へよよよ、とわざとらしく泣き崩れた。

 

「可哀そうなシエル……この子はこんなにアンタへ心を開いてるのにアンタは単なる仕事相手としてしか見てないってことね……」


「ほう……」


「言い方が悪すぎる!!違いますってシエルリーファ様!その目怖すぎるからやめて!」


「違うって言うんなら愛称で呼んであげなさいよ、ほらほら~」


 楽しそうだなこのラミアぁ!そんな言われたら逆に呼びづらいでしょうが!!

 ギリギリ歯を鳴らす。が、ベルの言葉で勢いづいたシエルリーファ様が止まる訳もなく。


「ラウ」


「ぐっ……」


 腹を括るしかない、のか……っ!本能に刻まれた恐怖を呑みこんで拳を握る。

 

「………し、シエルリーファ、さん」


「愛称」


「うぐっ!……シエルさん」


「さん」


「………………………………………分かったから離れて、シエル」


「よろしい。今後は公式の場以外ではそのようにしなさい」


「へい……」


 むふー、と目を輝かせて満足げなシエルにどっと疲れが押し寄せる。もう部屋に帰りたい……。壁に追い込む手から解放されてぐったりデスクに突っ伏する。


 すると仁王立ちのシエルの首にするりと細い腕が回り込み、その耳に形のいい唇が寄せられた。


「ねえ?アタシのことは呼び捨てにしないの?シ・エ・ル?」


「ごひゅっ!?」


 ベルの囁きにシエルが美少女あるまじき奇声を上げた。死んだか……。


「い、いいいいいいえその、憧れのベルリアナ様とお、お、お、お、お友達だなんて、その、おおおお恐れ多く……」


「ひどいわ。アタシはシエルのこと修羅場を共に潜り抜けた友達だと思ってたのに」


「うへえええっ!?」


 さっきまでの威勢はどうした。というかキャラ崩壊が凄すぎる。一応クーデレ枠じゃないのアンタは。

 そしてベルは楽しみすぎだろ。顔が恍惚としてんだよなぁ。ああこの場から逃げ出したい……ロイド助けに来てよ……。


「はぁ……あの聖女様がこんな面白……愉快……可愛らしい生態をしているとは思わなかったわ。アンタいい拾い物したわね」


「もう少し取り繕え」


 頬に手を当て艶めかしい吐息を吐くベルをジト目で睨む。相手はこの世界の主教の枢機卿だぞ。床に倒れてびっくんびっくんしてるけど……なんかこの短時間でシエルに対する僕の中の何かがどんどん下がっていく……。


 結局、「流石に聖霊様と並ぶ尊きベルリアナ様を愛称で呼ぶのは恐れ多いのでご勘弁を」というシエルの必死の懇願によりベルリアナ様呼びは継続となった。僕には問答無用に変えさせたくせに。解せぬ。


「はあ……感無量です。今までずっと増える一方だったリストが遂に消し込める……」


「リスト?」


「ええ。お恥ずかしながら友達が出来たらやってみたいことリストというのを作っていまして。……何分、物心ついた時から聖女として生きていたものですから友達というに憧れていたのです」


「シエル……」


 そう言って少しだけ寂しそうに笑うシエルに思わず同情を覚える。そういえば教皇領主様も同じようなこと言っていた。

 『友達が欲しい』という小さなころから抱いていた願い。きっと長年秘め続けていたのであろうそれを思えばあの抉れようも納得はできる。


「……そのリストって今持ってるの?」


「ラウ?」


「まあその、折角正式に友達になった訳だし、ついでに叶えられそうなものは叶えてみない?ベルも暇してるみたいだし」


 幸い今は諸事情により親善大使の仕事は立て込んでいない。残業しなくとも問題は無いので、どうせならシエルのささやかな願いを叶えてあげたい。

 ね、とベルを伺えばなんだかんだでシエルを気に入っているらしい彼女は、勝気な笑みを浮かべて自信満々に赤髪を背中に払った。


「アタシに叶えられない願いは無いわ。何でも言いなさい」


「ベルリアナ様……。……ありがとうございます、ふたりとも」


 薄いながらも本当に感無量、という表情を浮かべたシエル。目尻に浮かんだ涙をそっと拭うその姿は儚げで。

 全く困った聖女だ。脅すような真似しないで素直に言ってくれれば少々のお願いを聞くくらいやぶさかじゃないのに。

 まあ今まで友達が居なかったのなら甘え方を知らないというのも仕方が無い話なの



 ズドォォンッ!(辞書二冊分はある本がデスクに叩きつけられる音)



「「………………」」


「これがリストです。こ、こうしていざ出してみると恥ずかしいものですね……」


「…………リスト?」


「はい。幼少のころからコツコツと書き溜めていましたので少し多くて恐縮ですが……」


「少し?」


「ええ」


 この部屋にあるどの書類よりも分厚いそれにベルと共に言葉を失う。シエルはそんな僕らの様子には気づかず、てれてれと頬を染めては嬉しそうに両手を組んだ。


「はあ……ベルリアナ様とこれを達成する日が来るなんて……。この不肖シエルリーファ、喜びで聖霊様の御許に召されそうです……」


 うっわぁ、重。


「うっわぁ、重」


「声に出すんじゃない」


 嫌でも本当に重いな色んな意味で……なんか色々こもりすぎて本から怨念みたいなものまで感じる……。とりあえず警戒しながらもページをめくる。

 最初の方のページには『いっしょにおやつをたべる』『おそろいのものをもつ』『よふかししておしゃべりする』など可愛らしい内容がたどたどしい字で書き連ねてあった。なにこれ微笑ましい。あまりにも内容も文字も可愛くて、小さいシエルが一生懸命書いてる所を想像しほんわかしてしまう。


 しかしほんわかするのも束の間、文字がしっかりとしたものになるにつれ雲行きが怪しくなってきた。『友達と喧嘩をする』『でもすぐ仲直りをする』『料理をしている最中に指を切った友達を介抱する』とかは謎に具体的だがまだギリギリ分かる。


 だが『悪い男に騙されている友達を一喝し共に男の元に乗り込む』だの『身分違いの恋に落ちた友達が諦めようとするのを頬を叩いて止め、相手に決闘を申し込み打ち負かす』だの『スパイの魔の手から逃れるために共に夜の街に逃げ込み、身を隠した先で「私たち、どこまでも一緒ですよ」と友達を慰め励まし合い、追いついたスパイに殺されかけるも窓から命からがら脱出し飛び込んだ先が川で意識が朦朧としながらもその手を放さず助かった先で抱き合って泣く』はもう全然意味わかんないじゃん。小説家なの?やりたいことじゃないだろこれは。聖女を狙うスパイはワンチャン国賊だって。


「あっ、でもこのやりたいことNo.10285の『攫われた友達を助けるために別の友達と共に巨悪に立ち向かう』は既に達成しましたね。嬉しいです。消し込みましょう」


「……………………」


「軽率な言葉を吐いた責任は取りなさいよ」


 ここまで拗らせてるとは思わないじゃん……。


「あー……その、シエル」


「はい」


「ツッコミどころは死ぬほどあるんだけどさ……とりあえずこの『ちゅーする』っつーのは」


「ちゅーに興味がありまして」


「あっそう……」


 友達とするもんじゃないと思いますけどねぇ……。

 辟易としていると、またしてもするりとシエルの傍に寄ったベルがくっとその顎を掴んで持ち上げた。


「なぁに、そんなに興味があるならアタシが手ほどきしてあげるわよ?」


 そう言って蠱惑的な笑みを浮かべ、呆けるシエルの唇を指でつつつとなぞる。ファンでないモンスターでも堕としてしまう危ない色気にあてられた強火オタクは───


「ぶふぉ」

 

 盛大に鼻血を噴いてぶっ倒れた。

 

「し、シエルーーーーーッ!!」


「アーーッハハハッ!!最高---ッ!!」

 

 白目を剥いたシエルに駆け寄る。あかん鼻血止まんねえ!すごい勢いだティッシュが足りない!


「バカベル!!軽率に死者を出すな!書類が鼻血で汚れるでしょうが!!」


「友達への心配の前に書類の心配する辺りアンタもアレよねぇ」


 就業時間内にノーアポ突撃してきて鼻血噴く聖女なんて二の次に決まってんだろ!!

 とりあえず適当にティッシュを丸めて鼻に突っ込む。鼻の穴の形が変わらないことを祈りなぁ!


「はあ……はあ……危なかった……涅槃が見えた……危うくアンデッドになるところでした……」


「頼むから僕とロイドのアイデンティティーをオタクの尊死と一緒にしないでくれる?」


 聖女が言っちゃいけない発言NO.1すぎる。鼻にティッシュを突っ込んだままのシエルと滅茶苦茶楽しそうなベルにため息をついて血の雨から避難させた書類を元に戻す。


「まあ、ちゅーに関しては私も友達とやることなのか疑問でしたのでリストから削除します」


「えー、しないのー?」


「くっ!……っ、っ、っ!…………い、命がいくつあっても足りなさそうなので……止めて、おきます……っ!」


 苦渋の選択みたいな雰囲気で首を振るシエルにジト目を送る。気を取り直したシエルはこほんと咳払いをして「それよりもですね」と辞書もといリストをペラペラとめくり始めた。


「その……こちらの方がやってみたくて。お願いできますか……?」


 もじもじと恥じらいながら指示したのは割と最初の方のページ。どれ、とベルと共にのぞき込む。そこに書いてあったのは、


「『私の部屋でお泊り会をする』ねぇ……別にアタシはいいけど」


「却下」


「ラウ!?なんでですか!?」


 なんでだと?愕然とするシエルににっこり笑い、がっしりとその細い肩を両手で掴む。


「シエルの部屋って教会だよねぇ……僕さぁ……まだ『あの時』の歓迎の儀、忘れられないんだよねぇ……」


「うっ!」


 今も瞼を閉じれは鮮明に思い出せるよ。あの容赦ない銀矢の雨、慈悲もないアイアンメイデン、謎の光、そして椅子爆発……そんなトラウマある場所でお泊り会なんてできる訳ないんですよねぇ……?仕事の話しに行くだけでもすっごい緊張してんのにさぁ……。


「いやあのそれはそのあの、わ、悪かったと思っています。もう教会内のトラップは全て解除してありますから安心安全であるのは保障します、よ」


「僕の精神衛生的に安心安全じゃない」


「そ、そんな……こんな時の為に可愛いネグリジェも沢山揃えてますのに……みんなで来て夜通しおしゃべりしたいです……」


「ネグリジェとか絶対似合わないしワンチャン教皇様突撃してきそうだからやだ」


「ええ……」


 しょもんと肩を落とすシエル。大変庇護欲や罪悪感に襲われるがしかしこれは譲れん。悪いけど別の実現可能なやつに……


「…………教会じゃなきゃいいの?」


「はい?」


「あ?」


 シエルと共に振り返る。いつの間にか僕のデスクに腰を下ろしていたベルは、まるで王族のようにふんぞり返ってはふふん、とご機嫌に鼻を鳴らした。


「じゃ、アタシの家でやりましょ。お泊り会」


 

 

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