盤上への布石
ちいかわの映画を見ました。
ちいかわの映画を、見ました……。
クマールさんは都市庁舎に乗り込んできた際に、この世界でも数にんしか知らない筈の『勇者』に言及していたと聞いている。
それどころか『リリィの聖剣』のストーリーにおけるパーシー、ベルリアナ、アジェルの役割やゲーム開始時点での彼らと今の彼らとの乖離を指摘し、ゲームシナリオに関与しないシエルリーファ様を死に損ないと形容した。
つまり、クマールさんや彼の背後にいる魘の首魁はゲーム『リリィの聖剣』を知っている。
どういう経緯でそれを知ったのかは見当がつかないが、僕が目覚める前から元ニンゲンのモンスターが親善大使となることを知っていた理由と全く関係が無いとは思えない。
しかし何の証拠も得られていない今、魘の目的や勇者や僕の素性を知った経緯を探ることは不可能。
ならばそれを推測できるだけの情報を探るべきだ。
魘はアルマリオにどこまでの情報を渡していたのか、そしてアルマリオファミリーという組織を使って一体何をしたかったのか、それを探る。
勇者を知っているかどうか。この質問はそれを探るためのものだった。
「───勇者、ねェ」
黙って言葉を待つ僕らの前で徐にアルマリオはタバコに火をつける。くゆる紫煙を目で追い、たっぷり時間をかけて煙を吸い込んだ男は大きく息を吐いた。
「知らねェなァ。クマールの奴から聞いたこともねェ」
「……」
プラプラと指に挟んだタバコを揺らすアルマリオをじっと見据える。
その態度に偽りは無いか、動揺は見えないかをよくよく観察し───詰めていた息を吐き出し肩を落とした。
「そっか。まあそうだろうね」
「信じるのか?こういっちゃ何だが俺ァ悪い奴だぜ?」
「アンタが僕に嘘をつくとは思ってないよ」
グラスを手に取って少しだけ煽る。やけに味わい深く感じる茶でのどを潤した後、意外そうにしているアルマリオへと片眼を閉じて見せた。
「悪い奴だけど損得勘定には正直に従うアンタは僕の機嫌を損ねることはしない。僕の有用性は身を以て理解している筈だし、早速活用もしてる。違う?」
最近気づいたこと。モンスターにはひとりひとり違うオーラのようなものを纏っている。恐らく魔力の質とか気配というものなのだろうが、今の僕は目を凝らせばそれが見えるようになっていた。
アルマリオの後ろで微笑を湛えて静かに讃える『奥様』達の内、青い髪の美女とお団子頭のお姉さんへと視線を向ける。メイド服に着替える際、僕のメイクをしてくれたふたりだ。
あの時と顔も体つきも全く同じはずのふたりの気配は今は全く違う色をして見える。それどころか薄らとノイズが掛かっているようにも見えるのだ。別の何かであろうことはすぐに察せられた。
「多分、構成員の洗脳を解くときかな?接触した魔導士団に潜入させてるんでしょ」
「……へえ」
数日前、ベルリアナが長を強める王国魔導士団第一部隊によるアルマリオファミリー構成員達への一斉精神干渉解除が行われた。抜け目なくその時に潜り込ませたのだろうと指摘すれば、アルマリオの笑みが深まった。
正否の代わりに太い指がパチリと指を鳴らされる。すると僕が指し示したふたりの姿が陽炎のように揺らめき、次の瞬間青髪の美女と御団子頭の美女の姿が変貌した。
現れたのは元の姿とは似ても似つかない新たな美女ふたり。艶やかな銀髪と緩やかなウェーブを描く金髪を揺らす美女達はこれまた静かに微笑んで僕らに一礼をしてみせた。
「結構気合の入った認識阻害だったんだがなァ。とぼけた顔してるくせに恐ろしい女だぜ、なァ?」
「俺もちょっとびっくりしてる。成長したなぁ……」
自分の目論見を看破されたというのに一切焦った様子を見せず、それどころか新新顔の『奥様』達と片手間に戯れるアルマリオの言葉にロイドがほろりとしながら賛同する。授業参観に来た親か。なんだか生暖かく感じる空気に耐えきれず咳払いを落とす。
「とりあえず、僕の伝手を十分有効活用しているアンタがこんな質問一つで僕の反感を買うようなことはしないでしょ。だから信じる」
「ほう?魔導士団にチクらねェのか?」
「潜りこんだ先で得た情報を悪用しない限りは黙ってるよ」
というか既にベルにはアルマリオがちょっかい掛けてくる可能性はそれとなく伝えている。ものっそ嫌そうな顔されたし「面倒な物種引っ張ってくるんじゃないわよ」ってほっぺ引き千切れるんじゃないかってくらい引っ張られたが、まあ相手は世界最強の一角である魔導士団だし向こうも向こうで何か企んでるようだから良いように使われるだけってことは無いだろう。持ちつ持たれつってね。
千切られかけた頬の痛みを思い出して何となく揉みしだく。するとアルマリオはタバコの煙を吐き出しながら眉を上げた。
「悪用っつーと?」
「僕が不利益被るようなこと。魔導士団から僕が嫌われるようなことしたらしばく」
潜入先でアルマリオの手先が暴れたり、得た情報を使って魔導士団の壊滅を目論めば一切の手加減なく持てる手段を全て使って潰す。あと魔導士団に在籍中のパーシーに手ぇ出したら許さん。
その意味を込めて親指を下に向ければアルマリオは遂に噴き出した。
「クックックッ……テメエも訳分からねェ女だなァ。そこは普通突き出すとこじゃねェのかよ。俺が誰か分かってんのかァ?」
「十分に。前にも言ったでしょ、僕は別に正義の味方じゃないんだって」
奇しくも英雄と担がれることにはなってしまったが、別に英雄らしくあろうとは思っていない。というか無理だ。どこまで行っても僕の考え方は庶民的なものから脱せそうに無いし、聖人君子になんてとてもじゃ無いがなれやしない。そういうのは聖霊教会にでもぶん投げとけ。
「使えるもんはなんでも使えがモットーなんでね。という訳で今後も意見聞きに来るからよろしく」
魘のことを探っていく上で、魘と直接取引をしていたアルマリオの意見はいくらでも欲しい。
それでなくとも裏社会の頂点という立ち位置は美味しいものだ。いくら国の上層部と繋がっていてもまっとうに生きている以上得辛い裏の情報というのはごまんとあり、そんな情報には値段がつけられないほどの価値があったりする。政界や社交界では情報がものを言うのだ、これからもそういった世界に身を置く以上、情報の窓口は例え大手を振って使えるモノでなくとも確保しておきたかった。
無論、アルマリオを飼いならす……なんて悍ましいことは考えていないが、Win-Winな関係は続けていきたい。正義感に酔って貴重な情報源を手放すなんて愚行は犯さないよ。それを捨てるなんてとんでもない!ということだ。
「安心してよ。魘と違って僕はちゃんと義理を通すからさ。そっちが牙剥かない限りちゃーんと恩恵は与えてあげる」
「……ク、ハハハハッ!あァ、いいぜェ」
体のいい情報屋として使ってやる。そう言外に宣っては足を組みにっこりと微笑む。
すると僅かに身震いしたアルマリオはニンマリと……いや、ニチャァと気持ち悪く口の端を吊り上げた。その表情の変化に「あ、やべ」と今の今まで忘れていたアルマリオの本性を思い出して笑顔が引き攣る。
そうだった、比較的まともに会話出来てたからすっかり忘れてた。コイツドMでもあるんだった……!自分の偉そうな物言いがスイッチを入れたとすぐさま悟り、前言撤回しようと口を開く。が、その前にアルマリオがのっそり立ち上がった。
「つまりそりゃァ、俺の主人になるっつー宣言かァ?」
「えっあっいやっ、違う違う違います。僕とアルマリオはあくまで対等な悪巧み仲間です。主従関係とかありませんから!」
「組織としちゃそうだがよ、俺個モンスター的にはお前が上でも良いと思ってんだぜェ?」
「僕的には全然良くない!こっちくんな!」
「嫌なら殴ってでも止めて見ろよォ」
ええい迫ってくるな胸元を寛げるなハアハアするな気持ち悪い!!本当に部屋の端までぶっ飛ばすぞ!!
だが、衝動に任せてぶん殴れば変態の思い壺でもあるのだ。やばいどうしようどうしよう。
僅かな逡巡の末、とりあえず我関せずでお茶のおかわりをもらってるロイドの後ろに隠れた。
「おい、俺を盾にするな」
「助けてよ!!アイツただの変態じゃなくて救いようのないドMなんだよ!!あとスカート捲ってパンツ見られたし太もも撫で回されたし膝の上乗せられたし腰抱かれたし胸小さいって言われた!!」
「後で詳しく教えろ」
「胸小せえとは言ってねェだろ。俺の好みにゃ足りねェってだけだっつの。その代わり足は及第てぐがががががっ!?」
黙れとばかりに顕現したアインスによってアルマリオの首が締め上げられた。
ざまぁみろ変態!!やっぱり持つべきものは頼れる兄と近衛っすわぁ!
閑話休題。
「でェ?結局そのユウシャっつーのが何なのか教えてくれんだよなァ?ここまで来て俺だけ退けモンってこたァねェだろ?」
芸術的な締め技によって生死の境を彷徨ってたものの、奥様方の献身的な介抱の甲斐あって無事意識を取り戻したアルマリオがいけしゃあしゃあと本題に戻す。
僕らは揃って苛立ちと嫌悪を隠すことなくソファーでふんぞり返る男をじとっと睨みつけた。
「…………迫ってこないなら教える」
「アーハイハイ分かった分かった。分かったからちゃきちゃき答えろよォ」
「えらっそうに……」
耳をほじりながらの適当な返事にイラァ……とこめかみに青筋が立つ。
だがまあこの話をしないと僕らも帰れないのは事実。ため息一つで怒りを抑え、真剣な顔を作っては再びアルマリオと対峙した。
「まあちゃんと話すよ。何せ、アルマリオにはお願いしたいことがあるからね」
「ほォ?」
これこそが今日僕がここに来た本題。
目的の読めない魘と、僕達モンスターと、あと数ヶ月でこの世界に現れるサーシャを取り巻く状況を、少しでも僕にとって有利にする為に打つ布石。
お前にはそれになってもらう、アルマリオ。
───カランと、グラスの中の氷が澄んだ音を鳴らす。
僕はこの世界で復活した『ラウ』の始まりから、未来の話。そして未来でアルマリオに課す役割について、全てを語る。
そして全てを聞いたアルマリオは、閉じていた目を静かに開き……意地悪く口の端を歪めた。
「良いように使ってくれるじゃねェか。なァ?親善大使サマよォ?」
「不満?」
「ハッ、まさか」
まるで肉食獣が如く、悪の頂点は獰猛に笑う。
「んな大事なことを一切俺に言わなかったってこたァ、魘の野郎共、ハナから俺のことを捨て駒にするつもりでいやがったな」
「……多分ね」
魘がアルマリオに接触してきた理由は分からないが、僕が元ニンゲンであることを伝えた理由はなんとなく理解している。
恐らく、僕とアルマリオを敵対させるためだ。
クマールさんはアルマリオの性格を理解していた。親善大使の正体が元ニンゲンであると知ればアルマリオは興味を持つ。興味を持てば親善大使に対して何らかのアクションを起こすだろう。直接的に襲うか、攫うか、それとも得た情報を市井に流すか……魘としてはどれでも良かった筈だ。
大事なのは僕とアルマリオが直接対峙すること。直接対峙さえしてしまえばいずれアルマリオファミリーが魘の悪事の片棒を担いでいたことを僕が知ることになる。仮に知れずともアルマリオが構成員が消える理由を僕に見出すよう誘導することは可能だし、危害を加えられそうになった僕は反撃すると踏んでいた。
つまり、僕とアルマリオファミリーに潰し合いをさせたかったのだ。
だが、クマールさんは見誤った。アルマリオは自分の興味関心よりもファミリーを優先し僕に手を出さなかった。アルマリオが抱くファミリーへの想いの深さを見誤ったのだ。まさか構成員の洗脳が自分達の作戦の邪魔になるとは思ってもみなかっただろう。
だからこそ、あのモンスターは自ら僕を誘拐したのだと思う。
誘拐し、アルマリオファミリー内でキメラに襲わせ、アルマリオファミリーの壊滅と御しきれなかったキメラによる主要街破壊で僕への風評を地の底に落とすことを目論んだのだ。
僕が騒動の中で死ぬことは考慮していなかったのか?という疑問は残るが……いや、奴らの目的は僕を絶望させることだ。死んだら絶望も何もない。僕が死にそうになった時に備えて何かしら救う手立てを用意していた可能性はある。
はっきり分かるのは、アルマリオのことは再起不能にするつもりだったということ。あそこまで念入りにアルマリオファミリーの居城を壊す準備していたのだ、それはきっと間違いない。
そしてアルマリオファミリーを捨て駒と考えていたからこそ、クマールさんはアルマリオには勇者のことは知らせなかったのだ。死に行くものに余計な情報を与える必要はないと、そういうことだろう。
アルマリオからしてみれば面白くないどころか、許せないと憤るのは当然の話であった。
「いいぜ。その話乗ってやるよ」
「いいの?お願いしておいてアレだけど、そっちに旨みは正直無いに等しいよ」
「旨み?ンなもん今の状況だけで十分だろォが」
替え玉となっていた美女ふたりを両脇に抱くアルマリオ。
口元には笑みが浮かんでいるが、その目には隠しようもない怒りの炎が轟々と燃えていた。
利益よりも何よりも、己のメンツを潰し、家族諸共自分を殺そうとした者への滾る怒り。何がなんでも潰してやるという報復心がアルマリオを突き動かしている。
それを抜け目なく利用しようとする自分の狡猾さに僅かな落胆を覚える。しかし気付かないふりで目を逸らし、僕はアルマリオへと微笑んだ。
「じゃあ、交渉成立ってことで。一応盟友だからね、合法の範囲のことなら手を貸してあげる」
かつて『救ってあげる』と差し伸べた手を、今度は『貸してあげる』と差し出す。
静かに差し出された手を見下ろすアルマリオ。あの時は鼻で笑われ一蹴されたが、しかし今度は違った。
アルマリオがクッと喉を鳴らす。そしてわざとらしくあの時を踏襲したような言葉を続けた。
「手を貸すたァ大きく出たもんだなァ。俺らが何なのか分かってんのか?なァ」
「分かってない訳ないでしょ?なんて言ったって同じ敵を持つ盟友なんだから」
「ハッ、違ェねェ」
ゴツゴツとした手が僕の手を握る。
「今後ともご贔屓に。親善大使サマ」
───これでいい。
これが未来を変えるための一手となる。
「こちらこそ、マフィアのボス殿?」
盤上への布石の一つが今、打たれた。
◆
「……意外だったな」
「ん?」
それは、オアシス外れのキャラバンサライを辞した直後のこと。
事後処理だバレンタインの準備だと結局碌に見れてなかった事件後の主要街の様子を見にバザールへと立ち寄るその道中、ふと傍のロイドがポツリとそう溢した。
「何が?」
「……アイツのこと、全部情報引き出したら領主に突き出すと思ってた」
「あー……」
どう答えるべきかと、青い目の追求に悩みながらチラリと進行方向に目を向ける。バレンタイン効果か普段の3倍はあるモンスター混みでえらいことになっているバザールが遠目にも見えた。
まるで事件の影を感じさせない、むしろ離れたここまで伝わる熱気にこれなら大丈夫かと、喧騒に近づく代わりに手近な木陰に設置されたベンチへとロイドを誘った。
並んで座ると涼しい風が吹き抜けていく。ロシェの夏は死ぬほど暑いが湿気はほとんど無いのでこういう木陰に入ると一気に気温が下がる。ローブに蒸されて浮いた汗を乾かす風に心地よさを覚えながら僕はロイドに問い返した。
「……幻滅した?」
「いや。でも、アイツのやったことに一番怒ってたのはお前だろ。だから」
場違いにも、ロイドが本当に心を許した身内にしか使わない呼び方を僕にも使ってくれているのに気恥ずかしいながらも喜びを感じつつ、「そうだね」と苦笑する。
僕はロイドにだけ、アルマリオファミリーがしてきた所業を……魘がウェルデやカルベン相手に起こした事件の手引きをしていたことを話していた。
アジェルやベル、パーシーには言えない。王国騎士団、魔導士団に所属する彼らに伝えれば問答無用でアルマリファミリーに捜査の手が伸びるだろうから。ミモザ家やユリナも同様、真面目な彼女達に伝えれば陛下に伝わる可能性がある。あれだけ世間を騒がせた大事件の片棒を担いでいたのだ。公になればいくら僕が言い募っても無罪放免とはいかないだろう。
アルマリオが捕まって身動きが取れなくなるのは僕としても都合が悪い。だから彼らにアルマリオの罪を伝えることはしなかった。
ならば誰にも言わずに自分の中に秘めておけば良い話ではあった。
だけどそれは、自責の念に駆られてできなかった。
あの事件の諸悪が僕の存在であるとはもう思わない。悪いのは事件を起こした魘で、手引きしたアルマリオのせいだ。
けれど、僕の存在が発端であることもまた疑いようの無い事実。
一連の事件によって命を落としたモンスターも居る。何の罪もないのに魘の身勝手に巻き込まれ、アルマリオファミリーの手引きによって助からなかった彼らを思うと、責められている気がしてどうしてもひとりでは抱えきれなかった。
だからロイドにだけは吐露した。
自分以外の誰かに、僕は悪くないって言って欲しかったから。
「…………」
「ラウ?」
押し黙った僕に、ロイドが怪訝そうな顔をする。心配が浮かぶその目に変わらない優しさを感じて曖昧に微笑む。
罪に罰を与えるのは至極当然の話。主犯である魘に罰を与えることが今は叶わないとしても、アルマルオファミリーの所業を知った以上僕はロイドの言う通り領主様や陛下にアルマリオを引き渡さなくてはいけない。
だが、それはしなかった。
それが死んだモンスターやその遺族に顔向けできないことだと分かっていても。
分厚い聖典を手に目の前に立ちはだかる法衣と、シエルリーファ様の顔が脳裏をよぎる。
……この罪悪感は、きっとこれから一生僕を蝕み続けるだろう。
「でも、僕らはこの先のことも考えなくちゃいけない」
「先?」
遠くに視線を投げれば砂を巻き上げて駆ける子供達の姿が、暑い中でも寄り添って歩くカップルが、冷たい飲み物をねだる子供と、それを微笑ましげに眺める大人達の姿が見える。
彼らの中には今回の事件で怪我した者もいるだろう。それでなくとも皆怖い思いをしたはずだ。今も不安の中にいるかもしれない
でも、生きている。
そしてこの先も多くを生かすために、親善大使である僕は選択しなくてはいけない。
1年先の未来でも、彼らを生かす為に。
「多分、魘はゲームの状況に準拠しようとしてる。僕を絶望させるっていう目的を果たそうとすると同時に、この世界をゲーム通りの舞台にしようとしてる気がするというか。……なんでそんなことしようとしてるかは分からないけど」
聖霊教会と同じようにアルマリオファミリーもリリィの聖剣のメインストーリーに関わってこなかった。ロシェには大きな犯罪組織があったと説明はされていたが、今は平和な都市だと描写されていたのだ。
きっと聖霊教会と同じように、ゲーム開始時点でアルマリオファミリーも壊滅状態にあったのだろう。壊滅した理由こそゲームでは明かされていなかったが……今回の件が無関係だとはとても思えなかった。
「未来が見える魘がそんなことするってことは、勇者が現れた後、今の状態が都合が悪いからなのかなって」
ゲームシナリオを知っている魘が、ゲーム通りになるよう舞台を整えている。僕にはどうしてもそう見えてしょうがない。
ならば、僕ができるのはその企みは全て壊すこと。なんでそんなことしているのか、どう都合が悪いのかは全く分からないが、思い通りにはさせない。したらいけないと、なんとなく理解していた。
だからアルマリオのことを引き渡さなかった。手綱付きで存続させることでアルマリオファミリーの壊滅という魘の思惑を潰した。私怨が混じってないかと言われればまあ多少は入っているけども、直感的にそうしたほうがいいと僕は感じていた。
「それに、魘のことを抜きにしても手札は多い方がいいと思って。サーシャが……サーシャをこの世界に送り込む黒幕が知らない手札を」
サーシャを送り込む黒幕については全く未知数だ。分かっていることの方が少ない。そもそも黒幕がいるかもというのも博士や僕の予想であって、存在すら明確になっていない。
それでもゲームという形でこの世界の未来が描かれていたということは、それを作った者がいる訳で、そいつは魘と同じように未来が見える可能性が高い。
だからどこまで有効か分からないが『ゲームシナリオに依らない勢力』を僕は確保しておきたかった。
ウェルデのゴンドラ部隊然り、聖霊教会然り、アルマリオファミリー然り……あの悪夢のような未来を少しでも回避するための手札を持っておくべきだと判断したのだ。
「……『今後2年間の情報融通権』と『アルマリオファミリーの存続を脅かさない内容に限り、一度だけ要請に従う』ってのはその為か?」
「うん。まあ本当は期限も回数も設けないでお願いしたかったんだけど、流石に無茶が過ぎるかなって思ってね」
僕が勇者の話と引き換えにアルマリオにしたお願い。それはアルマルオファミリーというシナリオに依らない勢力を有効活用するためのものだった。
魘をどうにかすることはもちろん第一優先事項だ。そのために魘の情報はいくらでも欲しいし、僕が探れない裏の情報もアルマリオに精査してもらいたい。
だが同時に僕はサーシャがこの世界に来た後のことも考えなくてはならない。恐らくこのおもてなし政策によってモンスターのニンゲンへの悪感情の反転が成功し大歓迎ムードでサーシャを迎えたとしても、ニンゲンを憎むモンスターが0になることはないだろう。
そんなモンスターがサーシャに危害を加える計画を立てる可能性は否定できない。そんな目論見は事前に潰せるようにと、サーシャが無事にニンゲン界へと帰還するまでを含めた2年間という期限を設けアルマリオに情報の横流しを要求した。
そして『アルマリオファミリーの存続を脅かさない内容に限り、一度だけ要請に従う』。これに関しては完全にサーシャが勇者に転化した時に備えた保険だ。リリィの聖剣ストーリーによって主要キャラたちの手の内は大体向こうに知れている。対策は取られるものと考えた方がいいだろう。
だからこそ、シナリオで語られない『本来であれば失われているはずの勢力』による戦力も確保する必要がある。勇者を無力化するための手段などあればあるだけいいのだから。
最も、アルマリオはこのお願いを魘に対する対抗手段と思っているだろうが。なにせ『魘ぶっ潰す』ってすごい前のめりで承諾したからなぁ……まあ僕も明確に否定はしなかったが。
「アルマリオを方で裁かないことについては……被害にあったモンスターにしてみればふざけるなって話なのは理解してるし、遺族には申し訳ないとも思ってる。でも、僕は親善大使だから」
相応の罰を与えるというのは、秩序を守るだけでなく被害に遭った者の溜飲を下げる為のものではあるということは十分理解している。
だが、それを今の僕がよしとする訳にはいかなかった。
過去よりも未来を。
残酷な選択だとは分かっている。罵られても仕方がない。
でも、それでも、大勢を救う為に僕は行動し続ける。
自分を世界を動かす立場であるなんて自惚れるつもりはない。
それでも未来を知っている僕がここにいる意味はきっとその選択をする為で、親善大使となった義務であると思うから。
背負った重積に、知らず手を強く握り込む。それをどこか他モン事のようにぼんやりと眺めていた時、ふと頭の上に軽い重みが乗った。
そのままわしわしと無遠慮に頭を撫で回される。何事かと隣に目を向ければ、何故か軽蔑とは真逆の、どこか感心したような顔をしたロイドがうんうんと頷きながら僕の頭を撫でていた。
「立派になったなぁ。世話係として誇らしいぞ」
「……世話係ってかお父さんみたいだけど」
「お前の父親はそういうこと言えねえからなあ。代わりに兄貴が言ってやろう。よしよし、頑張ってるなー偉いなー」
わしわし、わしゃわしゃと。
髪が乱れるとか、周りの視線とか、全然一切そんなこと考えてなさそうな力で豪快に撫でられるものだから頭がぐわぐわ揺れる。
でもそのちょっとデリカシーに欠けた手の強さと優しい声色は、固く握っていた拳を解くには十分なほど僕の心に染み込んだ。
「無理すんなよ。お前の志は立派だけど、ひとりで抱え込むな。疲れたらちゃんと寄りかかれ」
「…………優しいじゃん。珍しく」
「お兄ちゃんだからな。お前の」
苦し紛れに発した憎まれ口に、しかしロイドは反論することなく至極当然のようにそう言ってのける。
決して正しいとは言わないけども、僕の選択を尊重し『頑張った』と心内に秘めた苦しみも評価してくれるロイドは、悔しいけどもどこまでも僕の支えで。
「……ねえ、お兄ちゃん」
「んー?」
「このあとちょっとサボってケーキ食べに行かない?」
「ケーキ?」
「近くに商業組合のギルド長さんおすすめのチョコケーキのお店があってさ。気になってるの」
ベンチから立ち上がって振り返る。突然の提案に僕を見上げていたロイドは、しばらくした後ふっと吹き出し、そしてニヤリと笑った。
「バレンタイン中にそんなお誘いしていいのか?」
「いいんですぅー。こっちでは恋愛色強めに提案してるだけで、元ネタには友達にあげるチョコとか本命以外のあげるお返し目当てのチョコとか色んなジャンルがあるので!」
「その場合今回のこのケーキは何に該当すんの?」
「…………………………………お返し目当ての義理チョコ?」
「な、なんてがめつい……」
微妙な顔で立ち上がるロイドにくっくっと思わず笑う。
この兄、僕に対して天邪鬼なところがあるからな。多分日頃のお礼とかいつも助けてくれてありがとうと言っても素直に受け取らない。
だからこのくらい可愛くない渡し方の方がきっと良い。
「あーあ、素直じゃない兄貴を持つと大変だわー」
「素直じゃない妹を持った兄も大変なんですけど」
並び立ちながら歩き出す。
目指すは今日も賑やかな『赤の都市』主要街。
いつも以上にモンスターの多い街に、僕は僕を一番理解してくれているモンスターと繰り出すのだった。
んんおおおおわった……!ようやく、ロシェ編が、終わりました……!!
長かった、このロシェ編だけで20万字です。いかれてます。ここまで飽きもせずついてきてくださった皆様、本当にありがとうございました……!
ロシェ編をもって一章の前半戦が終わり、幕間を挟んで後半戦である『紫の都市』編が始まります。次はここまで長くなりません。多分。
『紫の都市』編はまさかの悪役令嬢物語!?と思いきやえっ!?殺人ならぬ殺モンスター事件!?何が起こってるのー!?って感じです。盛りすぎやろ。お楽しみに。
⭐︎評価、リアクション、感想、是非是非よろしくお願いします。飛んで喜びます。




