新たな英雄
『赤の都市』編エピローグ(その一)です!
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『……から八日が経過した今日も、ロシェ主要街ではモヴへの脅威に備えて王国騎士団と都市憲兵隊による合同警備体制が敷かれており、結界境付近では未だ物々しい雰囲気が流れています。また今回の事件を受けて都市庁舎は────』
カランと、グラスの中の氷が相槌でも打つように音を立てる。
もう9月も終わろうかという頃なのに、砂漠の都市ロシェは今日も今日とて真夏日だ。
テレビに映る主要街のバザールは相変わらずモンスターでごった返ししていて熱気がすごそうだし、大広場の金色秤を持つ初代ロシェ領主像は涼しげな服装の恋人達で賑わっているし、オアシスには涼を取りに来たモンスターが思い思いに夏を楽しんでいる。
外はどこもかしこも灼熱の陽光に晒されて暑そうだが、現地のモンスターによればここ数日は早晩涼しい日が続いているそうで、あと半月もすれば秋らしい気候に移ろうだろうということだ。
最も、分厚いカーテンに外の景色も陽光も遮断されたこの陰気な部屋では季節の移ろいなんてとても推し量れそうにないのだが。高級そうな革張りのソファーに掛けてテレビを眺め小さくため息をつけば、対面の部屋の主が性根の悪そうな笑い声を上げた。
「なんだァ?自分の所業に悦に入ってニヤニヤしてんのか?いい趣味してんじゃねェか」
「僕らが来た瞬間これ見よがしにテレビつけたのはアンタでしょうが。ニヤニヤしてないし。……してないよね?」
「してない」
変態山羊の意地の悪い言葉に咄嗟に反論するも、少々顔面の筋肉が緩んでやいやしないか不安になって隣に掛けるアンデッドに確認を取れば、同じくテレビを眺めていた彼はこっくりと頷いた。
内心でこっそり胸を撫で下ろし、動揺を悟られないよう少々大げさにギロリと対面を睨む。
「意地悪するなら帰るけど」
「ハッ、反社の親玉を意地悪だなんて随分と可愛らしい言い方するじゃねェの。可愛いアピールなら大成功だぜ。嫁にしてやろうか?」
「もう一回ぶっ飛ばしてやろうか?」
額に青筋浮かべた笑顔でこぶしを握る。こっちはこのままお前を床に物理的に沈めるのも厭わねえぞと言外に示して見せれば、アルマリオはニヤニヤと下卑た笑みを浮かべ、その後ろの奥様方にはくすくすと笑われ、ロイドに「まぁまぁまぁ……」と諫められた。何故僕が噛みついてるみたいな反応なんだ、解せぬ。
「はあ……で?何の用?僕忙しいんだけど」
「奇遇だな、俺も忙しい。なんせどこぞの馬鹿共に苦労して築き上げた城を半壊にされたからよォ。どこもかしこもボロボロで参っちまうっての」
「そう言う割には全然参ってなさそうですけどね」
座ってないで働けば?さっきアンポンタン達凄い忙しそうにしてたよ。
夏とは思えない極寒の眼差しでアルマリオを非難するが、なんのそのと奥様方にスキンシップという名のセクハラをすることで躱される。
だがまあ忙しいのは本当だろう。一連の騒動でロシェ主要街はどこも大騒ぎであるが、とりわけ物損的な被害を被ったのはここアルマリオファミリーだ。その言葉通り半壊したキャラバンサライの修復の為構成員達は皆あっちだこっちだと走り回っているし、そこかしこでトンカチを振るう音とガラの悪い指示出しの声が聞こえてくる。
そんな復興作業にてんやわんやな最中だろうに、アルマリオはこのタイミングで僕とロイドを呼び出した。僕としてもアルマリオにはまだ聞きたいことがあったのでいつかアルマリオファミリーには足を運ぶ予定ではあったのだが、まさかこんなに早く再会することになるとは思っておらず少々面食らっている。
一体どんな急用だろうか。ま、まさか僕を奥方ーズに正式に迎えようとかそういう話じゃないでしょうね。実はアレ奥様役のオファーじゃなくて本当に奥様にしますという契約でしたとか……うわやりそう、コイツ反社だし悪徳契約とか持ち出して来そう。この世界クーリングオフって概念ある?いやでもクーリングオフって八日経ったらもう適用されないんじゃなかったっけ?
「ちなみに、お前を嫁にするのは諦めてねェぞ」
「ヒッ!?やだ心読んできた怖い助けてロイド」
「更に言うとマブも欲しい。俺は男でもイケるとお前を見て気付いた」
「もっと怖い話すんのやめてくんねえ!?」
「最高待遇にするからお前らふたり俺んとこに来いよ。メイド姉妹として可愛がってやらァ」
「「イヤアアアアッ!!」」
こ、こ、このド変態!助けて憲兵さん!このモンスター悪い山羊ですぅ!!
ロイドと手を取り合ってソファーの上で震える。ちなみにロイドは本気の本気で怯えている。弟の為に自主的(?)に女装するのと強制されて愛られるのは全然違うらしい。顔は真っ青だし尋常じゃないくらい震えてるしアインスを全身顕現させてアルマリオの熱視線の遮蔽物にしている。さもありなん。
今にも逃げ出しそうな僕らの様子を心底愉快そうに眺めていたアルマリオだが、やがて満足したのかニヤニヤしながら手を鷹揚に振って懐を弄った。
「冗談だ。んな身構えなくていい。復興の目途が経ったから正式に報酬を渡しとこうと思っただけだ」
「報酬?」
「あァ、ぶっちゃけ俺がお前らに提供した魘の情報だけじゃワリがあってねェと思ってな。追加報酬って訳だ。ほれ、受け取れマブ」
「は?うわ!?」
小さな箱が無造作に放られる。まさか自分に来るとは思っていなかったらしいロイドがワタワタしながらキャッチした。
なんだなんだとロイドの手の中のものを覗き込む。高級そうな黒いベルベット生地のジュエリーボックスだ。指輪とか小さいアクセサリーを収めるやつ。
なんでこんなものをロイドに……と、そこまで考えたところで脳天に稲妻のような天啓が落ちた。ま、まさか指輪……ロイドにプロポー……
「それは幻晶石っつー石だ。加工前のな」
違った。
自分の勘違いと見当違いの妄想力に恥ずかしさを覚え、誤魔化すように咳払いする。
「んんっ、ごほん。えー、なんて?げんしょうせき?」
「そんな高価なモン、なんで……」
何かに勘づいたらしいアルマリオのじっとりした視線を無視して聞き慣れない名前に首を傾げると、ロイドが困惑の声を上げた。
聞けばこの幻晶石なる宝石は通常市場には出回らない超希少な代物らしく、加工すれば例え爪ほどの大きさであってもゴンドラのような大型魔道具を動かすことが出来る高性能魔石にもなるのだとか。
その代わりその性質は少々特殊で、特定分野の魔術以外は付与できないという制約があり魔術の媒体とするには相応の技術が必要らしいが。ロイドの手の中でキラキラ光を反射する二つ並んだ小さな紫色の輝石をほえーと眺めていると、そんな高級品をポンと渡してきたアルマリオは意味ありげな笑みで僕を顎でしゃくった。
「幻晶石の性質は『魔力の拡散』だ。コイツにゃ必要だろ?」
そう宣うアルマリオの視線は、僕の膝の上に畳んで置いている認識阻害ローブに向けられている。その意味深な視線の意味をロイドはしっかりと汲み取ったらしい。「……なるほど」と苦笑混じりに頷いた。
「そうだな、確かに看破してる奴が見ると今の状態ってラーメンにカルボナーラぶち込んだような有様だしな……」
「突然何言ってんの????」
「だろォ?知らねえ奴は良いかもしれねェけどよ、俺らからすりゃ胃のもたれそうな装備してるアホにしか見えねェって」
「ねえ何の話してんの??僕のことラーメンにカルボナーラぶち込んだ胃もたれアホって言ってる?」
どういうことなの?ラーメンカルボナーラってそんなの食べ物への冒涜でしかないゲテモノと僕をなんでイコールで結んだの?全然意味分からないけどなんとなく恥ずかしくて外出歩けないんですけど???
しかし分かりあっているらしいふたりは教えて教えて纏わりつき詰め寄る僕を無視してうんうん頷いている。今まで僕のプライバシーを守ってくれていた認識阻害ローブくんが何をしたって言うの……?
「分かった、これはありがたく受け取る。身内に魔術得意な奴がいるから上手く加工してもらう……」
「おいおい、オニイチャンのくせに妹の面倒を他の奴に頼むつもりかよ?」
しんなりショボショボする僕を他所にアルマリオとロイドの会話は続く。ニヤニヤとしたアルマリオの指摘にロイドはぐぬっと唸り、居心地悪そうにボソボソと反論を口にした。
「いやだから、俺は魔術の適性が……」
「呪架の起動式は書けてただろォが。全くできねェって訳じゃねェんだから頑張れよォ。何のためにお前に渡したと思ってんだよ、オ・ニ・イ・チャ・ン?」
「むっかつく……これだから変態反社は……」
何となく気心知れてそうなやり取りだ。いつの間に仲良くなってたんだろう。共闘した経験が友情を育んだんだろうか。
いやまあアルマリオは獲物をいたぶる猫みたいな顔してるし、ロイドはロイドで追い詰められるも一矢報いようとするネズミみたいに全身の毛を逆立てているので単純な仲良しではないんだろうけど。
だが……うーん困ったな。つまりアルマリオとしては今回の件はこれで貸し借り無しだと言いたいのだろうけど、僕としてはそれはちょっと困る。
実は今日はアルマリオが感じていたであろう恩義にかこつけてとあるお願いをしようとしていたのだ。なのでこのプレゼントで手打ちとされてしまうとこの後のお願いを通し辛くなる。
とはいえ今更いりませんとは言えないなぁ。ロイドがもう受け取る気満々だし……何に使うか知らんけど。
「……まあいいか」
どうやらアルマリオもロイドも僕の為に色々考えてくれているようだし、そこに茶々を入れるのは野暮ってもんだな。いただけるもんはありがたく頂いておこう。
───幸い、まだ攻め口はありそうだし。
楽しそうなアルマリオの後ろにチラリと目を向ければ、相も変わらず感情の薄そうな笑顔の美女軍団が目に入る。奥様ーズもあの騒動の中無事だったらしい。アルマリオの趣味全開な豊満な体を際どいチャイナ服で包んだ彼女達は前にあった時と見た目は何も変わっていない。
純粋に無事を喜ぶべきか、はたまたアルマリオの抜け目なさに感服するべきか……。考えあぐねる僕の視線に何を思ったか、奥様ーズのひとりが楚々と近づいてきては空のグラスにお代わりを注いでくれた。わあーありがとうございますぅー。
『───ですね、感動しましたよ!彼女は英雄です!』
やけに美味しいお茶がどこのものなのかを奥様ズから聞き出そうとしていると、ふとつけっぱなしだったテレビから興奮した声が響いた。ここ数日嫌というほど向けられた単語にギクリと体が強張る。
それに目ざとく気付いたアルマリオがロイドとの会話を切り上げ、またしてもニヤニヤと僕に流し目を送ってきた。
「どうした英雄様?顔色が悪いじゃねェか聖霊の寵愛深い英雄様?まだ都市救い足りねェてかァ?英雄様よォ?」
「殴るよ」
絶対面白がってるよね、ムカつくわぁこの山羊ホンマ……。テレビから垂れ流されるロシェ領民による親善大使賛美に顔が熱くなるのを感じながらこぶしを握った。
前代未聞の事態に襲われたロシェ主要街を救うために陛下が打ち出した作戦は無事に成功した。
街のモニターというモニターに映し出された脅威に立ち向かう親善大使の姿は精神干渉に掛かっていた領民全員の目に触れ、すり替えられた偽信仰から生まれた『偽りの親善大使像』に否を突きつけた。それにより直後発動した聖霊教会による儀典魔法の効果は余すことなく発揮され、狂った信仰心を元の聖霊信仰へと戻すことができた。
その後、王国騎士団や魔導士団、憲兵隊は駆けつけた聖霊教会騎士団の手も借りて混乱する領民を手厚く保護し、精神干渉の名残がないかを徹底的に鑑定した後各々の家へと送り届けた。結界装置の石碑を破壊しようと暴れていた者達も同じように駆けつけた聖霊教会の聖職者達によって治療され、全員無事に帰宅したという。
そして魘の……恐らくクマールさんに七番、八番と番号で呼ばれていたあの犬獣人の男と水色の瞳の少女が破壊した結界装置はすぐさま修復工事が入り、早ければ今日にでも完全復旧見込みとのことだ。都市防衛の要ともあって真っ先に修繕対応にあたっていると獅子領主様から聞いている。
そんなこんなで矢のように駆け抜けていった一週間だが、その間僕ことラウ親善大使はロシェ領民や信心深い一部モンスターから『英雄』として祭り上げられていた。
言わずもがな、最前線にひとり立って迫り来る脅威に対抗した姿を見せたからではあるのだが……実はその親善大使賛美に拍車をかけた要因がある。
「『教皇、聖女にも勝るとも劣らない聖霊の寵愛深き乙女』ねェ……乙女ってガラじゃあねェよなァ」
「そこかい。いやそこもだけどさ……くそぉ、教会の謎のサービス精神のせいでとんでもない属性が……」
『親善大使万歳!』とか『聖霊に愛された英雄様!』とかぬけぬけと僕を持ち上げるテレビの向こうの領民とアルマリオに恨めしくギリギリと歯を鳴らす。
何故聖霊なんてオカルト存在信じていません派である僕が聖女シエルリーファが如し崇拝を集めているのか……それはかの聖霊像が消滅際に余計なことをしていったから。
そう。あの聖霊像、消える寸前僕に向かって謎の光の奔流を降り注ぎやがったのだ。
もうびっくりだよ。聖霊像が光の帯になって解けていくのをすごいなー綺麗だなー幻想的~って見上げてたら、突然僕に手を向けてドザーッ!って謎の光を豪雨の如く降らしてきたんだから。
いきなり視界が白一色になった当時の僕の気持ちが分かるか?ビカビカ光ってるわ耳元で讃美歌みたいなの大音量で流れてるわ眩しいわで何が起きてるか全然わからなかったんだから。レーザーかなんか喰らって死んだのかと思ったもん。
まあすぐに光は消えたし、後遺症もなく……しいて言えば直後は体がちょっとポカポカ暖かくなったがそのくらいで特になんともなかった。
しかし側からみたらいろんな意味でショッキング映像だったようで、一番近くにいたロイドは「ラウーーーッ!?」って絶叫しながら爆走してくるわ、都市庁舎からは突然光の柱がオアシスに立ち上がったように見えてみんな顎を外す事態になるわ、街は街で「聖霊様がとんでもない規模の加護を親善大使へお与えになった!」と目を覚ました領民達が大騒ぎだった。らしい。
後にシエルリーファ様が語ったところによると、今回聖霊教会が発動した儀典魔法『聖祷顕現』なる魔法は教皇の戴冠式やそれに準じる大規模な式典でしか用いられない大魔法で、本来は世界中の聖堂と大聖堂を繋ぎ式典中あの巨大な聖霊像を顕現させ続けるものらしい。
だが今回は急遽の発動でろくな準備もできていなかった上、カルベン大聖堂とロシェ聖堂の二拠点間という小規模な発動だった故に持続可能時間は僅か3分と本来の物とは比べるべくもなく短いものになってしまった。
その為万一を考え聖霊教会はダメ押しであんな演出をしたのだろう。僕なーんにも聞いてませんけどね!そういうことは事前に共有するだろ普通さあ!おのれ聖霊教会め!
……という訳で、非常に不本意ながらそんな事情から今僕は『聖霊様に認められし英雄』みたいな扱いを受けている。お陰で外に出れば拝まれ祈られ涙ぐまれる日々だし、僕に参拝しようとリライヴェッジに押しかけてくるモンスターも出てくる始末である。
ちなみに英雄誕生の聖地になったロシェが一番酷い。初代領主像の隣に僕の銅像も作ろうとしたり、僕を讃える祭りを開催しようと目論んでたからな。全力で止めたけど。
「ああ頭が痛い……聖霊教会の悪ノリ絶対許さん。早くシエルリーファ様に抗議しなきゃ」
「まあいいだろ、お陰でバレンタインは大成功なんだし」
「うむむ……」
ロイドの嗜めに反論できず唸る。
元となったニンゲン界のそれとは違い、二週間という期間制を設けた魔法界版バレンタインは実は昨日から始まっている。
僕としてはもう少し状況が落ち着いてから、せめて結界装置の修復が完了してからの方が良いのではと訴えたのだが、『この英雄ブームに乗らんといつ乗るのですかっ!!』と商業組合に力説され予定通りの開催となったのだ。
そうなれば安全面など諸々配慮しなくてはならないことが多く、また事件の事後対応もあっててんやわんやの大騒ぎではあったものの、いざ始まれば商業組合の狙い通りバレンタインはロシェ内外問わず大注目のイベントとなり、現在大盛り上がりの賑わいを見せている。
大賑わいの理由としてはロシェを救った英雄ラウ親善大使が興したイベントだからということだが……そろそろマッチポンプ感が否めない。正直すごく気まずい心境だ。
まあ後は、物的被害はアルマリオファミリーと結界装置くらいで街自体には目立った被害は出ていないということと、今回の事件を受けて騎士団と魔導士団、憲兵隊と教会騎士団が連携し発足した『反おもてなし政策派テロ組織対策チーム』が街を守っているという安心感があるからだろう。
新しいイベントだ商いのネタだと浮き足立っている街中と打って変わって結界範囲境界付近はモヴからの襲撃に備え配備された騎士、魔導士、憲兵達が一匹たりとも中に入れやしないという意気込みで警戒にあたってくれている。
『……今でも思い出すとゾッとします。あの時はラウ親善大使もあの反政策派のモンスターに誘拐されて逃げ出した直後だったって。なのにあの方に私達は……』
お祭り騒ぎな囃し立てから一転、インタビューに答えるのはとある鎮痛な声。思わず視線をテレビに戻せば、子供を連れた女性にマイクを向けられていた。申し訳なさそうに僕への謝意を述べる母を子供はきょとんとした顔で見上げている。
その後インタビュアーが女性と二、三言葉を交わした後画面は切り替わり、キャスターとゲストとして呼び出されたであろうどこぞの専門家先生が今回の事件について話し合い始めた。
「……」
今回の事件を起こした組織『魘』の足取りは、現状何もつかめていない。
事態終息直後、結成された反おもてなし政策派テロ組織対策チームは僕経由でアルマリオより提供された情報を元に、魘が拠点としていたらしい王都のとある建屋へと向かった。
だが、突入した時には既にそこにはもぬけの殻。がらんどうの建物の中には証拠隠滅を図ったであろう跡しか無く、モンスターの子ひとりいない状態だったという。
そして魘がブライテッドの製造を行っていた拠点も同様に放棄されていた。違う点を挙げるとするならば、こちらは一切証拠隠滅を図った跡は無く……詳細は知らされてはいないが、酷い有様だったと聞いている。
現在王城はブライテッド製造拠点に残されたモノと行方不明者リストを照らし合わし、被害者の特定に追われている。
僕らは後手に回されている。
未来を読めるという魘。彼らがこの世界に仇を為すその目的も、意義も、首魁であろう『あの方』という女の正体も、結局何も掴めていない。
だが、一つだけ分かったことがある。
「……アルマリオ」
「あん?」
「聞きたいことがある」
結露したグラスから正面の山羊獣人へと視線を移す。灼熱の都市に居るとは思えない黒い長いコートを肩に掛ける男は、気怠そうでありながらもどこか食えない顔で僕を見据えていた。
その視線と対峙する。決して逃がしはしないという意思を携えて、僕は真っすぐにアルマリオへと問うた。
「『勇者』」
「……」
「この言葉に、聞き覚えは?」
僕がその名を口にした瞬間、視界の端でロイドがたじろいだ。
それを無視してソファーにゆったりと掛けるアルマリオをじっと見つめる。
僕とロイドの様子からこれがただの雑談ではないこと感じ取ったのだろう。ゆっくりと体を背もたれから起こし、膝の上に肘を付いた裏社会の頂点は───
────酷く酷薄な笑みを浮かべた。




