雪冤 其の二
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「おお、すっごいねぇ。これが本気の儀典魔法かぁ……めっちゃファンタジー光景だなぁ、きれー」
『聞いてるかい?ラウくん』
「ああ、はいはい。ばっちりしっかり聞いてますよ」
夜空を覆う白い魔方陣から目をそらし、右耳に嵌めた通信機へ手を当てる。
ロシェ主要街の端であるオアシス地帯は、砂漠を前に仁王立ちする僕以外見知った顔のモンスターが数名いるだけで随分と静かだ。
なのに通信機の向こうは打って変わって凄まじく騒がしくて、そんなお祭り騒ぎの中でも何故か陛下のテノールボイスだけはすごく響いて拾いやすい。なんでだろう。発声方法が違うのかな。
状況からも目を逸らしたくてすごくどうでもいい上に答えの出なさそうな疑問について思考を巡らせてみようとするが、深みに嵌る前に疑問の種である低い声によって待ったが掛けられてしまった。
『……ということでね、今し方都市庁舎による放送局の掌握は完了したよ。モヴ到達分1前、つまり今から8分後に中継繋ぐからちょっとした演説考えといてね』
「え?演説?おいおいマジですか?それは聞いてませんけど?誘拐されてた部下に労りの言葉かける前にそんな無茶振りするんですか?信じられない」
『大変だったよね。頑張ってね、期待してるよ』
言えばいいってもんじゃないんですよ陛下。なんですかその棒読みは。そう言うことはねもう少し心を込めてだな……。
しかし僕のぶつくさとした文句は残念ながら聞き入れてもらえず(そもそも怖すぎるので口にすら出してはいないので聞いてもらえるわけもないが)、通話が切れる。
本当に心配してんだか……。もう部下となって半年だというのに未だに読めない陛下の思考にため息をつく。
そして今度はズキズキと痛む頭頂部をこれみよがしに撫でながら、ジロリと隣に立つロイドを睨みつけた。
「うわ、たんこぶ出来てんじゃん。どうりで痛いと思ったわーちょっとロイド兄様?手加減ってのをそろそろ覚えてよね。この僕の尊い脳細胞を喪失することでどんだけ世界に損失が生まれると思ってんのよ」
先の不敬発言を物理で止められた恨みを冗談交じりでぶつけてみる。だが、ミモザから主要街の危機を知らされ、その直後陛下から大型モヴ討伐の命を受けた僕をこのオアシス地帯に『移動』で連れてきてくれたロイドは難しい顔で通信機の向こうの喧騒に耳を澄ませるばかりだ。
ガン無視ですか、あーはいはい。ため息止まらんわー。
「んー、やっぱ制服の方が動きやすいねー。流石にメイド服だとパンツ見えてんじゃないかって気になっちゃってさあ。助かったよ」
腕を上に伸ばして肩のストレッチをしながら、背後で不安そうにするミモザとユリナを振り返る。
僕の服装は既にあの羞恥プレイメイド服ではなく、ロシェ主要街のオアシス地帯で合流したふたりが持ってきてくれたおもてなし本部の制服だ。僕とロイドがアルマルオファミリー救出作戦に勤しんでいる最中、ロシェ主要街にまで駆けつけてくれていたふたりが念の為にと予備を持ってきてくれたのだ。
いやー気が効くよねふたりとも。危なかったよ、一歩間違えたらメイド服で親善大使戦闘シーンをお送りすることになってたからね。そんなん末代までの恥でしかないっての。
だが、普段であればそんな話を振れば興奮して鼻息荒くするミモザも、苦笑いしながら諌めるユリナも黙りこくっている。それがすごく居た堪れなくて、何でもいいから話題を探す。
「えーっと、そんでこっちに急接近してきてるモヴは僕らが戦ったあの植物系のキメラと同種なんだっけ?」
「……はいですぅ。上空で撮影した画像を解析したところ、全身蔦で覆われた四足型のモヴであることがわかりましたぁ。頭部は巨大の花のようになっていることからも、おふたりから聞いたキメラの特徴と合致しますぅ。同種であると見て間違いありませぇん……」
「そっか、四足歩行ってことは機動力に特化した形なのかな。流石にあの女王個体ほど面倒な生態はしてないと思うんだけどねー」
まあうだうだ言っても仕方がないか。なるようになれだね。
自分にそう言い聞かせてストレッチを終わらせる。
不安そうに身を寄せ合う……違うか、痛々しいものを見るような目で僕を心配そうに見つめるふたりは今にも泣きそうで。
その姿を見ていられなくて、大丈夫だと言うように笑顔を作ってみせた。
「さて、もう時間だ。後はもう僕に任せてふたりは安全なところに行ってて。都市庁舎なら多分ベルもシエルリーファ様もいるだろうから」
「ラウちゃぁん……」
「……大使」
「そんな心配しなさんなって。僕ってばこう見えて結構強いんだよ。それにいざとなったら最強モンスターのロイド兄様もいるんだから平気だって」
分かってる。ふたりはそんなことを心配しているんじゃない。
でもそれを認めたら自分の心が折れてしまう気がしてならなくて、ふたりの優しさと自分の傷に気づかないふりをする。
さっさと行け、と顔を見ないままにヒラヒラ手を振る。しかし非戦闘員のふたりは動こうとしない。
どうしたものかと内心でもう一度ため息をついてると、僕の代わりに傍のロイドがふたりを振り返った。
「ミモザ、ユリナ」
「ロイくん……」
「大丈夫だ、任せとけ」
どんな顔でその会話がなされたのは分からなかったが、ロイドにも避難を促されたふたりは僅かにためらいを見せたもののやがて離れて行った。
遠ざかる気配にほっと安堵する。あと残すところは……
「ロイド兄様?危なくなったら助けて〜って叫ぶから下がっててよ。ここにいたらワンチャン中継映るよ。目立つの嫌っしょ」
「……まあ、それは嫌だけど」
「あ、もしかして演説の内容考えてくれてんの?それは本気で助かるけども!この状況で僕が何言ってもなーってぶっちゃけ思ってるんだけどまあ陛下に言われたらやるしかないわなってね。どうしよ、何がいいと思う?」
頼むからひとりにしてくれ。
そんな本音を押し隠して軽口を叩いてみるが返事はない。
オアシスに落ちる沈黙が嫌で嫌でたまらなくて、またヘラヘラと笑いながら口を開こうとする。
だが、その行動は左手を温かい手に包まれたことで止められた。
「え。…………おおおおわっ!?ロイドさん何!?てててて、て、手!?」
突然のロマンチックスキンシップに大焦りして思わず手を引っ込めようとするが、ぐっと握られたことで叶わない。
なっ、何すんだ兄貴こらっ!やめろ離せ、こんな仲睦まじい姿映し出されたらパーシーがまた嫉妬して大暴走……
「笑ってんじゃねえよ」
低く、唸るような声が耳朶を打った。
下から僕を睨む目に心が抉られる。ジクジク痛む傷を笑って誤魔化そうとするのを青い目が、手を握る力が、許してくれない。
ひゅっと喉が引き攣った。
「ぁ……あは、ごめん。……ちょっと空回ってたよね。いやはや、流石にね、緊張、しちゃって」
「ちげえだろ」
はく、と言葉にならない息を漏らす。
違くない、という言葉は、何故か出せなくて。
───通信機の向こうのからは、未だにロシェの民の熱に浮かされたような言葉が聞こえてくる。
明確な憎悪が僕に向けられている。怒りが、悪意が、ありとあらゆる負の感情が、ラウ親善大使へと向けられているのが、聞こえる。
許すなと、裏切り者だと、ずっとそう言ってる。
ずっと、死を望まれてる。沢山の、モンスターに。
違う、大丈夫。傷ついてない。これは敵の……魘の僕を絶望に突き落とすための策であって、叫んでるこの言葉は精神干渉によるもので増幅された憎悪によるもので、だから僕のことを心からそう思ってるわけじゃないって、真に受けなくていいって、ちゃんと分かってる。
だから気にする必要なんてない。こんなの、本当に、気にしてない。
「…………ぁ……」
なのに何故か声が震えて、鼻の奥がつんとし始める。
違う、気のせいだ。大丈夫だって。こんな所でメソメソしてる場合じゃないんだってば。これから生放送だぞ笑え。
僕は親善大使で、ロシェのモンスター達を救うには、僕が頑張らないといけなくて。
だから、───なのに。
「…………っ」
僕のせいでこの街が魘に目つけられた。
僕のせいでみんな精神がおかしくなった。
僕のせいで結界が壊された。
僕のせいで罪もないモンスターがブライテッドにされた。僕のせいでアルマリオファミリーが狙われた。僕のせいで聖霊教会が襲われた。僕のせいでシエルリーファ様が死にかけた。僕のせいでクラーケンに街が襲われた。僕のせいでドルニカさんが死にかけた。
僕のせいで、僕のせいで、僕のせいで。
『リリィの聖剣』というゲームの舞台であるこの世界において、異物である僕が存在しているせいで。
これからも、誰かが傷つく。
「僕が、悪い」
だから、じゃあ。
僕が、死ねば───
「……俺、嬉しかったんだよ」
「え?」
ふと、僕の手を握るロイドがポツリと言葉を漏らした。
なんの脈絡もないそれに思わず青い目を見返せば、困ったような笑みとぶつかった。
「前に、教会で聖女に疑われた俺を庇ってくれただろ。あれ実は結構嬉しくてさ」
大事な決戦前とは思えない、雑談のような軽さでつい一ヶ月前の出来事をしみじみ語るロイドに困惑を隠せずに目を瞬く。
するとロイドは僅かに口を引き結び、そして気まずそうに目を逸らした。
「正直それまで俺がお前さんに抱いてた感情って、博士に弄ばれた者同士の同情しかなかった。だからもしお前さんが死んだら俺は可哀想だなとは思っても大して悲しまなかったと思う。……薄情な奴だよな」
「っ、そんなこと」
自重めいた笑みに咄嗟に反論しようと口を開く。
薄情な訳が無い。だって僕とロイドは知り合って数ヶ月しか経っていないのだ。何年も一緒にいたパーシーやベルと同じような情を抱ける筈がない。
むしろそれだけの浅い関係の相手であるにも関わらず、ロイドは助けに来てくれた。そんなモンスターが薄情な訳、ない。
しかしロイドは僕の反論に静かに首を振った。
「自信がねえんだ、自分がちゃんとモンスターなのか。俺は所詮モンスター未満の存在で、皆が持ってて当然の情が、感じて当たり前の感情が欠落してるんじゃないかって」
モンスターに造られたモンスター。そんな稀有な出自故に、ロイドは散々な目にあってきたと言っていた。
きっとここまで生きていく中で、酷い言葉をかけられたことも、心無い反応をされたこともあったのだろう。
その過去が、ロイドに自分自身の存在の正しさを信じさせずにいる。
「……そんなこと、ない」
許せない。こんなに優しいのに、家族への愛が深くて、面倒見が良くて、いつだって助けてくれるロイドが未満だなんて、そんなこと絶対にないのに。
自分のことを薄情な奴だと責めてしまうくらい、優しいひとなのに。
「……でも、お前さんはそんな俺でも信じてくれた」
は、と知らず俯いていた顔を上げる。
それにまた苦笑したロイドは、握っていた手をするりと離した。
「たった数ヶ月の関係なのに、お前さんは俺はそんなことしないって庇ってくれて……嬉しかったんだ。モンスターだとかモンスター未満とかそんなの関係なく、俺が『ロイド』だから信じてくれたのが」
なんの含みもない、純粋に僕を案じる目が僕を射抜く。
「だから、俺もお前さんを───お前を、信じる」
「───」
「今はお前のこと、死なないでよかったって、生きてて欲しいって心から思ってる。大事に思ってる」
呆気に取られる僕の頭に手が乗って、無遠慮に撫で回される。頭がぐらぐら揺れるほどの力で撫でられ、最後にポンと軽く叩いたロイドは少しだけ顔を綻ばせた。
「だから……誰がなんと言おうが、死んだ方がいいなんて思わないでくれ」
「あ……」
ぐしゃぐしゃにされた髪のまま、ロイドを見返す。
どこかの誰かがじゃなくて、ここにいるロイドが。
死んでほしいじゃなくて、生きててほしいと願ってくれている。
親善大使は嘘つきだと大勢のモンスターが叫んでいる中で、ロイドはラウを信じてくれる。
その言葉は、バラバラになりそうだった僕の心を丁寧に繋ぎ止めた。
いつの間にか群衆の声と一緒に心を埋め尽くそうとしていた責苦が、ぴたりと掻き消えた気がして。
嬉しくて、なのに言葉が出てこなくて……代わりにポロリと頰に涙が一粒落ちた。
それに気づいたロイドがギョッと目を剥く。そして何故か大慌てでワタワタオロオロと狼狽始めた。
「い、いや!アレだから!!妹的な存在として!!あとパーシーの友達?姉?としてとあとうちの晩飯係として!!大事だなって認識したって話な!!そんな大層な話じゃないから!」
「……うん」
「いや、だから、その……無事でよかったし……こんな声に負けんな、……って思いました」
「うん」
生きていいって言ってくれる、ちゃんと僕の頑張りを認めてくれるモンスターがいる。その期待を裏切りたくない。
生きたい。
ぐしぐしと情けないことになっている顔を袖で拭って鼻をすする。
そうして顔を上げればロイドは困ったような、照れ臭さも混じった表情を浮かべていた。
その複雑な表情にらしさを覚えて思わず吹き出す。
「うん、頑張る。……死にそうになったら助けてくれる?」
「ああ。安心して派手にぶちかましてこい」
頼もしい断言と背中を支えてくれる手が背を押す。
じゃあ、もう大丈夫。
背筋を伸ばして一歩踏み出す。
一度だけ大きく深呼吸をすると、じわりと心臓が熱を発する。全く単純すぎやしないかと自分に苦笑してみるが、それでもくすぐったいような、嬉しくて飛び上がりそうな気持ちは微塵も縮まらない。
自分の生を疑う声はもう聞こえない。
「……大丈夫」
地響きのような音が近づいてくる。だけど、声が震えることはない。
ロイドと並んでオアシス地帯の端に立てば、目の前に広大な夜の砂漠の景色が広がった。
『中継開始まであと30秒だ。……親善大使』
「はい」
領主様の声が通信機から発せられる。それと同時に頭上をドローンのようなものが飛び回り始めた。僕の戦闘を写すカメラだろうか。
真っ直ぐに前を見据えたまま応じれば、領主様は何かを堪えるように沈黙し、そして小さく呟いた。
『ロシェを、救ってくれ』
領主様の背後でカウントが始まる。刻々と澱みなく0に向かうそれを聞きながら、勇壮な獅子あるまじき弱々しい声に思わず笑みを浮かべる。
『残り10秒です。9、8……』
『風評被害を受けている貴殿にこんな事頼むのは、誠に心苦しく不甲斐ない。だが、あれは民の本意では』
「分かってますよ」
大丈夫、分かってる。
ロイドのおかげで、信じられる。
『6、5……』
「お任せください。ちゃんとバッチリ決めてきますよ」
カメラを乗せたドローンが僕の正面に回り込む。もう目を凝らさなくともカメラの後ろに大きな影が見えてきている。
『2、1』
『……頼む』
『0』
大きく息を吸った瞬間、正面のカメラが中継を開始したことを示すランプを点した。
「……ロシェの皆さん。親善大使のラウです」
結局、演説文なんて何も考えてない。だけど不思議と緊張はない。口は迷いなく動いてくれる。
「きっと僕が何を言っても、今の皆さんには聞こえないでしょう」
そうだ、長い文章なんていらない。
だってこれは弁明じゃないから。
「だから、言葉ではなく行動で示します。見ててください」
右耳に嵌めた通信機からは、更に勢いを強めた罵声が響く。
きっと僕の顔が主要街の至る所で映っているからだろう。興奮した声が、憎悪の声が、音割れすら生じさせて止むことなく僕の死を願う。
でも、もう負けない。
僕が生きていていいという、証明を。
「───そこで、見てろ」
ざっと砂の上に線を描くように右足を引いて肩に担ぐように剣を構える。
ことここに至る前に、アルマリオの所から掻っ払ってきたポーションを飲んでミモザとユリナが差し入れてくれたおにぎりを沢山食べたから、体力魔力は十分回復している。出し惜しみなく全身に身体強化を施せば、余剰魔力が紫の風圧となって周囲の砂を巻き上げた。
気合い十分、闘志満々。さあ御覧じろ、これこそ親善大使の真の姿なり。
そう自分を鼓舞する言葉を少々わざとらしく並び立てた時、ふと覚えたのは一抹の腹立たしさ。
この状況は致し方ないものであり、誰も彼も本気で言っているとは分かっても、しかしちょっと余裕が生まれた今言われっぱなしっていうのは癪なものであると気付き。
「ふ、」
こんだけ言われてんだ、少しくらい文句を口にしたって許されるだろう。
踏み込みの瞬間、カメラから僅かに顔を逸らした僕は自分を陥れてくれたあの悪魔と、悪しき様に言ってくれたその他大勢にんべ、と小さく舌を出した。
「誰が思い通りに死ぬかバーカ。舐めんな」
恐らく誰にも聞こえていないであろう悪態を残して……いや視界の端でロイドが小さく吹き出したような気はしたが、誰にも聞かれていないということにして『無拍子』を発動。
ザバァッ!と、まるで水の中に足を突っ込んだような音と共に前へ前へと突き進む。
目標までは目測100メートル、月と星に照らされる砂漠は明るくその姿を見失う事はない。半分の距離を四歩で詰めて右手を大きく振りかぶる。身体強化魔法で増した常識外の膂力で投擲された剣は、弾丸が如く一直線に奔り砂埃を払ってその奥の獲物へと襲い掛かった。
「ガロロロロォッ!」
「!」
しかし、大きくしなる何かがその軌道を遮るように振るわれる。硬質な音と共に剣が明後日の方向に吹っ飛び、剣を弾いたそれは間髪入れず次の一歩を踏み出したばかりの僕へと飛びかかってきた。
「らぁっ!」
すぐさま手元に剣を再転送し、鞭のような長いそれを力任せに横に弾く。勢いを殺さないままに上へと飛び上がれば、眼下にようやくその全容が確認できた。
それは、言うなればトカゲやカメレオンのような爬虫類じみた形をしていた。しかしその体はアルマリオファミリーで討伐した女花や噛殺花と同じ植物性の繊維で編まれたように造られており、頭部はやはり毒々しい色をした大花に置き換えられいる。
そしてその中央からはこれまた爬虫類の舌を彷彿とさせる蔦が伸びていた。剣を弾き僕へと襲い掛かってきたのはこれだろう。
四足歩行のキメラと聞いていたので犬や狼のような形を想像していたが、考えてみれば確かに砂漠を爆走するのだから肉球のある脚よりも指がしっかりある手足の方がいいに決まっている。その特徴や観測された方向から考えて、まず間違いなくあの女花に連なるモノであろうカメレオンキメラくんの生存戦略に感心を覚えた。
「だぁけぇどぉっ!!」
宙で体勢を変え、足元に『八艘』を展開。蹴り壊す勢いで踏み込めば、今度は僕自身が砲丸のように2、3メートルはありそうな巨大カメレオンキメラへと肉薄した。
背中側という舌では届きにくい位置から剣を構えて落ちる。狙うは左後ろ脚、まずはこれ以上街に近づけないように機動力を奪う!
「ッ!」
串刺しにせんと剣が脚に迫る寸前、横合いから飛んできた何かに阻まれた。掬われるように弾かれるが衝撃は浅い。その勢いのまま身を捩って体勢を整える。
砂にヒールは相性最悪。踏ん張りが効かず、砂に剣を突き立ててその勢いを殺す。息を整える暇もなく、カメレオンは下半身を勢いよく揺らした。連動して振るわれるのは長い尻尾。横っ面を叩くどころかミンチにしてやろうという気概すら見える勢いで迫るそれを背面跳びの要領で躱す。
「邪、魔ァ!でございますわッ!」
背中のすぐ下を凶悪な鞭が通り抜けていく恐怖は、そういえば今生放送中だったという変に冷静な思考が顔を覗かせ口調を無理矢理訂正させることで飲み込む。
ぐるりと天を向いていた体を反転させ、振り抜いたことで技後硬直する尻尾の根本目掛けて剣を振るった。
「ガァァァッ!」
ズブリと何の抵抗もなく繊維質の肉に食い込んだ刃が尻尾を胴体から切り離す。
追撃の手は緩めるな。苦悶の叫びを上げのたうち回るカメレオンの左脚にもザックリと大きく斬り込んだ。
流石に尻尾よりもしっかりとした脚までは斬り飛ばせなかったものの、腱を断つように斬った。これでもうさっきの勢いで走ることはできなくなっただろう。
再生能力がないのを見るに、実は女王個体のような回復要員が隠れて繋がっているということもなさそうだ。であればこのまま削っていくか、核を見つけ出して破壊すれば斃せ───
「ッ!」
うなじにピリッと走った寒気に従ってその場から飛び退く。一瞬遅れて僕がいた場所を鋭い何かが抉った。
爆発でも起きたかのように砂が爆ぜる。その中心には斬り飛ばしたカメレオンキメラとは違う、硬い殻に覆われ先を凶悪に尖らせた尾。昆虫のそれを思わせる節ばった黒いそれの先からは、とても健康には良くなさそうな黒い液体が滲んでいた。
「……いやまあ、出てくるとは思ってたよ。思ってたけども……」
紫の足場の上で戦場を俯瞰し、乱入者とその周囲を確認して思わず頬が引きつる。
真下にはのたうち回る巨大カメレオン。そして彼(?)とその上に浮かぶ僕を取り囲むのは、胴体だけで1メートルはありそうな蠍、光学迷彩でも纏ってるかのように消えては現れてを繰り返す巨大蛇、砂を巻き上げて屹立するとんでもない大きさのミミズ───まあつまり、砂漠にお住まいであろう凶悪モヴの皆さんだった。
結界という餌と己を阻むものがなくなり、そして街を守る騎士と憲兵が居ないこのポイントは絶好の侵入路だと思われてるのだろう。カメレオンキメラに一歩先んじられたものの、ギチギチだのシュルシュルだのキーキーだのご馳走を前にモヴ達は大歓喜の鳴き声をあげている。
そしてその合唱は、ジリジリと包囲が縮まると共に大きくなっていく。
数はおおよそ20体くらい。いや、遠くから向かってくる気配もあるからまだまだ増えるだろう。
「……か、数多……んんっ、ごほん!上等!全員掻っ捌いてタタキにしてやる……して差し上げますわっ!」
思わず漏れた泣き言を咳払いで誤魔化し再び剣を構える。
見さらせ根性!親善大使のキャラが迷走し始めてますが頑張りますわぁ!




