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愛のシュプレヒコール

シリアス長すぎる……早くバカ話書きたいんじゃ……


 男が息を吐いた音は、魔道具によって拡声された領主の声よりずっと小さかったにも関わらず、広場にいた全員の耳に入った。


「面倒臭え……」


 粗野な雰囲気を漂わせる、犬獣人の男だ。心の底から自分の今の状況を最悪だと訴えているような、抱える感情丸ごと吐き出したようにため息をつくその左手は傍らの黒いワンピースを着た少女と繋がれており、どこまでも気だるげ。

 

 暴徒や騎士の壁の中、もっと言うならば石碑を守る堅牢な柵の向こう。何故か結界装置である石碑の真横に立つ男と少女。その目は澱みこそすれ暴徒のように理性を失ってはおらず、しっかりとした意思を持って自分達を取り巻く騎士を、魔導士を、憲兵を、暴徒を、領民を順繰りに見渡した。


 そして徐に、少女と繋いだ逆の手に握ったそれを徐に石碑へと突きつける。


「面倒臭いったらありゃしねえ」

 

 持ち手に筒状の砲身をくっつけた小さな鉄の塊。本来であれば法により使用どころか所持すら特別な許可申請を要し、街中の使用はよっぽどのことが無い限り禁じられているそれを、男は右手に握っていた。


 魔力で創られた飛翔体を射出する銃口が石碑中央の紅玉に向けられている。

 皆が硬直する中、男が何の躊躇いもなくその引き金に指をかけたのを見て、彼等の放つ異常さに呑まれていた周囲はようやくその行為の意味に気付いた。


 男が為そうとしていることに、気付いた。


「やめ───止めろッ!」


 何故、いつの間に、この包囲の中どうやって中へ。あらゆる疑問を呑み込み、アジェルが吠える。

 それを受けて我に返ったのは最も近くにいた騎士数名。半ば条件反射気味に取り押さえていた暴徒を放り、最悪の事態を阻止しようと地を蹴る。


 左右正面から異様なふたり組を石碑から引き剥がすべく飛び込むが、


「……」


 目を伏せていた少女が顔を上げる。金色の光が浮かぶ薄い水色の瞳と目が合った瞬間、伸ばした手は宙を掻き彼等は全員その場に崩れ落ちた。

 

 それと同時に、

 


 ───ドンッ

 


 重い銃声が、広場に響く。


 聞き慣れない音に領民達がビクリと体を震わせる。

 彼等の、未だ霞かかった思考では瞬時に今の音が何を示すのか理解ができない。しかし何かが、今の音を起因に何か起きてはいけないことが起きているという雰囲気だけは過敏に感じ取っていた。


 動けず、ただただ音の出所を見つめる。

 紅玉は大きくひび割れ、ボロボロとその破片を溢している。もう一度同じだけの衝撃を受ければ粉々に砕け散ってしまうであろうことは誰の目からも明らかだった。


 紅玉をそんな状態にしても尚銃口を向け続ける男は───倒れ伏す騎士達の上で、広場の全ての視線をさらう男と少女は、何の感慨も浮かばない目でじっとこちらを見据えていて。


「───ッ」


 自信が持ちうる最大の自己強化術『豪脚』を発動したアジェルは、石畳を砕く勢いで蹴って一瞬で男の前に移動する。

 

 確保しようとすれば少女の謎の干渉により意識を奪われる。

 なれば今優先すべきは確保ではなく排除による都市の防衛を。


 一瞬の内に己のすべきことを定めた騎士は、その目に光芒のような魔力の残滓を残しながら問答無用で大剣を振り下ろした。

 

 斬る、というよりも叩き潰すと称するべき凶悪な一撃が男に迫り、その頭をひしゃげさせる───寸前。

 

 事態は同時に動き出した。



「ガルルァァァッ!!」


「ッ!?」


 少女や己のそれよりも幾分濃く見える男の影から、凶悪な咆哮と共に真っ黒な狼が飛び出す。

 剥き出した牙で振り下ろされる剣に噛みついた狼は、予想外の襲撃に驚くアジェルから獲物を奪い取るように頭を振るいその軌道を逸らした。


「アジェル隊長ッ!」


「……ゃ、めて」


 後に続こうとした騎士達の前に、男の手から離れた少女が立ち塞がる。

 初めて感情を───僅かながら、苦痛のようなものをその幼い顔に滲ませた少女が掠れた声で制止を願う。

 その言葉に従うように、剣を構えて飛び込もうとした騎士達がその場に膝を折った。


「『氷(ア)……ッ!」


「愛、愛を、おおおおおっ!!」


 衝撃から立ち直ったパーシーが、遅ればせながらもステッキを男に向け氷の槍を差し向けようと叫ぶ。

 しかし発動の直前、騎士の拘束から逃れた暴徒達がその背中に飛び掛かり地面へ引き倒した。


 そして、



「───全員、さっさと死んでくれ」



 ドンッ、と。

 二発目の銃声が響き。



 次の瞬間、ガラスが割れるような音が、主要街に響き渡った。


 






 


『───おめでとうございます』


『これで、愛の証明は、ここに成りましたね!』




 道化の祝福が、何処かから木霊した、気がした。


 


 

「アハ」


 

 天から、結界だったものがガラスの破片のようにバラバラと砕けて落ちてくる。


 

「「アハハ」」


 

 三日月の光を反射するそれは、静まり返るロシェ主要街に降り注ぐ。


 

「「「アハハハ」」」



 場違いなまでな美しい光景は、やがて結界の欠片が解けるようにして魔力に還ったことで霧散し。



「「「「アハハハハハハハハハハハッ!!」」」」



 代わりに、精神を侵された者達の合唱が主要街に響き渡る。



「「「「「許された許された許された許された許された許された許された許された許された許された許された許された許された許された許された許された許された許された許された許された許された許された許された許された許された許された許された許された!!!」」」」」



 ゲラゲラ、ゲラゲラと嗤う声が空間に軋る。


 組み敷かれたまま、あるいは組み敷いたまま、心の底から湧き立つ歓喜を嗤うことで発散する暴徒達。

 身に余る栄誉を得たと……違う。連帯責任から己だけは逃れられたと喜ぶ声の合唱は、どこまでも異様で、悍ましく。


 そして一頻り嗤い、嗤い続けた彼らは突如、何の前触れもなくコトリとその意識を落とした。

 


「───っ、キャアアアアアアッ!!」


 うるさい静寂を切り裂くような、つんざくような悲鳴が上がった。

 それを皮切りに衝撃と異様さに呑まれ呆然としていた領民達の間で恐怖が、絶望が、すさまじい勢いで伝播する。


「う、嘘だろ……結界が……」


「に、逃がして!!早く!モヴが襲って……っ!」


「憲兵はっ!騎士団と魔導士団は何してんだよぉっ!!」


 見境なく魔力を狙う凶悪な獣、モヴからモンスターを守る結界の破壊。

 それによって引き起こされたのは、主要街に住む領民達の恐慌、集団パニックだった。


 悲鳴が、怒号が響く。その場の領民が避難所へ逃げようと押し合いへし合い駆け出したせいで、大広場は一瞬で大混乱に陥った。

 顔を青くした憲兵と魔導士が必死に声を張り上げ誘導を試みるが、その悉くが領民の絶叫によって掻き消されていく。


 それどころか皆が恐怖と焦燥に心を支配され我先にと押し合うせいで、力の弱い者がその場に転げ、頭に血が上った者同士の罵声の浴びせ合いや取っ組み合いが始まる始末。

 先程までとは種類の違う地獄絵図に憲兵はおろか騎士も魔導士も対応が後手に回る。声を張り上げ、指示を飛ばすが誰も聞き入れない。


「オオオオッ!!」


 そんな中、アジェルだけはひたすらにこの事態の引き起こした男へと目を向け続けていた。

 

 己の剣に噛み付き拘束する影狼の背を踏みつけ首を飛ばし、雄たけびと共に再び男へと飛び掛かり大剣を振るう。

 せめて逃がしはしないという圧を乗せた剣は迷いなく男の胴を両断する軌道を描く。情け容赦ない一閃に、男は為す術もなくその場に崩れ───

 

「…………」


「な……!」


 両断された男の姿が、その傍らの少女諸共煙のように揺らめいて虚空に消えていく。

 夢幻のごとしその光景は、領主の執務室に現れたこちらの攻撃の悉くを躱して見せたあの男のようで。

 

 直後、トッと地を蹴る音にはっと顔を上げる。始末した筈の影狼の背に乗ったふたりが空から自分を見下ろしていた。

 目的を達した喜びも充足感もその目に浮かべないふたりは、冷え冷えと混乱の真っ只中に叩き込まれた広場を眺めており。


「逃がすかッ!『石礫(せきれき)』!!」


「く……っ!『氷槍(アイスランス)』ッ!」


 頭上に翳した手の中で発生した大量の礫が、そしてようやくのしかかっていた暴徒達の下から這い出したパーシーがステッキから放出した氷の槍が影狼とその背のふたりに殺到する。


 しかしそれが到達する直前、平然と宙を踏んだ影狼が猛スピードで夜闇を駆ける。追尾する魔法を全て避けきり、一切スピードを緩めることなくそのまま建物の影へと飛び込んだ。

 

 まるで水に沈むように、背に乗せたふたりごと影の中にドプリと潜る。一瞬遅れて石の礫と氷の槍が狼とふたりが潜った影に突き刺さるが、石畳を穿ち砕いただけで影はうんともスンとも言わなかった。


「か、影の中に……!?」


「……ッ」


 敵の逃亡手段に呆気に取られるパーシーの隣でアジェルが悔し気に歯を鳴らす。

 領主の執務室であのふざけた男を取り逃がしただけならず、実行犯のふたりすらも取り逃がすなど大失態も大失態だ。思わず剣の柄を握る手に力が籠る。


「───ッ!」


 だが、今は自分の力不足を嘆いている場合ではない。怒りに沸騰しそうになる頭を息を吐いて宥め、すぐに思考を切り替えた。

 未だ広場は混乱の渦中。一刻も早く民を避難させ、主要街に迫るモヴへの対応を───



「……親善大使の、せいだ」


 アジェルが率いる部下に号令をかけようとしたその時。

 そ(・)の(・)声(・)は、やけに大きく響いた。


「し、親善大使が来たから、ロシェは狙われたんだ。全部あの女のせいじゃないか……」


 それは、逃げ惑う集団の只中にいた、ひとりの男の声だった。

 

 ぽつりと零したような呟きだったのに、静謐な舞台の上で観客に見守られる演者の独白のように響き渡る。その言葉に今の今まで恐慌に陥り叫んでいた領民達はぴたりと動きを止めた。

 怒りも恐怖も忘れたように立ち止まり自分を振り返る周囲に発言した男はびくりと肩を震わせたものの、戦慄く口をそれでも止めることはせず続ける。


「そ、そうだろ?何か間違ったこと言ったかよ?ど、どこで何してんだか知らねえけど、こんなことになっても姿を見せねえし……あの放送の通り、モンスターを裏切ろうとしてるから出て来ねえんじゃないか?」


「なにを……」

 

 同意を求めるように視線を巡らし、引き攣った笑いを浮かべる男。そんなことを言っている場合か、とすぐ近くにいた魔導士がその肩を叩いて宥めようと近寄る。


 しかし、突然その背を誰かが殴りつけた。


「!?」


「い、言う通りだ。そうだよ、これも全部親善大使のせいだ!」


「そうよ!あの女が来たせいで!」


「親善大使があの方ってのに喧嘩売ったせいでこうなってんだろ!?ロシェを巻き込むんじゃねえよ!」


 さっきまで、事態に悲鳴し怒号を上げていた領民達は水を得た魚とばかりに顔を上げ、口々に親善大使を非難し始める。

 その目は異様に爛々としており、その顔は引き攣っているものの真理を得たとばかりの笑みが浮かんでいた。


 血走った目に、正気じゃないと一番近くで領民達の変貌の様を見ることになった突き飛ばされた魔導士は息を呑んだ。


「大人しくあの方の言う事を聞いていればよかったんだ……!」


「そ、そうだ!あの方はモンスターを助けてくれるって!」


「親善大使が裏切ったせいで……」




「───ふざけるな!」


 波のように広がる非難に、鋭い声が割り込む。

 非難する癖に、うすら笑いを浮かべている領民達とは比べ物にならないほどの怒りを滲ませた声の主は、わなわなとステッキを握る手を震わせながら「ふざけるな!」ともう一度叫んだ。


「ラウの……親善大使のせいな訳ないでしょう!!アイツだって今、大変な目に合ってるんだ。巻き込まれただけなんだ!必死に頑張ってただけなのに……っ!」


「パ、パーシー」


「ロシェをこんな目に合わせたのはそのあの方という者を仰ぐ一味のせいで、結界装置を守り切れなかったぼくらのせいです!!ラウは関係ない、これはラウが望んだことでも、ラウのせいでもない!!」


 制止の手を振り払い、普段の温厚さなどかなぐり捨てて羊の青年は叫ぶ。


 彼は知っているから。今悪しきざまに言われている彼女がどれほどこの魔法界の為に身を粉にしているかを。


 休息の暇も食事をとる時間も取れず、睡眠の時間すら削って駆けずり回り、目の下を隈だらけにしても『今頑張らないでいつ頑張るのって話だしねー』と気丈に微笑む彼女の姿を知っているから。

 自分が生まれた世界でもないのに、自分が頑張ることで救われる命があるのならと走り続けるのを止めない姿を知っているから。


 だからパーシーは許さない。───思考を止めて、全てを彼女のせいにする者を許せない。


「救いだなんだって言ってこの都市を襲っているのは、あの方って黒幕とその一味です!親善大使が悪い訳じゃ……」


「じゃあ、誰が救ってくれるんだよ!」


 しかし、パーシーの血を吐くような叫びは届かない。

 彼らの思考を縛るそ(・)れ(・)が、届かせない。


「あの方は救ってくれるって言ったんだ!」


「お前たちが救ってくれないのならあの方に頼るしかないだろうが!」


「あの方に救われる為には、親善大使を罰しなくてはいけないんだよ!」


 訴えを遮る声には、いっそ悲壮なまでの必死さが滲んでいて。


 気を失った暴徒たちのような事を言い出す領民達。次第に声を合わせて叫び始める彼らにパーシーは息を呑み、アジェルは瞳孔を揺らした。



「───罰せよ、罰せよ、罰せよ!」


「───罰せよ、罰せよ、罰せよ!」


「───罰せよ、罰せよ、罰せよ!」


「なん……だ、これは……」


 あの方が、あの方が、あの方が。

 まるでそれしか信じられないと、それだけは絶対に裏切ることはないと、それを信じ続けていればそれは間違いなく自分達へと安寧をもたらすのだと、そう言わんばかりの様子に言葉を失っていたアジェル。


 だが気付いた。


 まるで、これは……そう、ここまで過激で絶対ではないにしても自(・)分(・)も(・)少(・)な(・)か(・)ら(・)ず(・)持(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)そ(・)れ(・)な(・)の(・)で(・)は(・)な(・)い(・)か(・)と、アジェルは思い至ってしまった。


 つまり、通常であれば上位存在への尊敬や畏敬といて発露するそれが別の者に向けられ、このような攻撃性として発露してしまっているのではないかと。



「裏切り者は、罰せよ!」

 

「───罰せよ、罰せよ、罰せよ!」

 

「───罰せよ、罰せよ、罰せよ!」

 

「嘘だろう……そんなことが、可能でござるか……!?」



 す(・)り(・)替(・)え(・)ら(・)れ(・)て(・)い(・)る(・)。



 止まないシュプレヒコールの中、そう思い至ったアジェルの頭上で空気が震えた。

 




 ◇




 

 巨大なガラスが砕ける音に、領主執務室で怪我をしたモンスターの治療に当たっていたシエルリーファはハッと顔を上げた。


「……そんな」


 思わず視線を向けた窓の外で、何かが煌めくのが見える。

 音と、その光景。そして通信機から流れ込んでくる状況に、シエルリーファは最悪の事態を悟り顔色を悪くした。


 それと同時に、視界の端で何かがぐらりとよろめく。それが何なのかを脳が理解する前にシエルリーファは駆け出していた。


「ベルリアナ様!!」


「……っ」


 倒れかける愛しのモンスターの背中を支える。魔力の枯渇により顔から血の気を引かせるベルリアナは、しかしそれでも震える手で絶叫するシエルリーファを宥め自分の力で体を起こした。


「……大丈夫、ですわ」


 そう言って懐から取り出した青いガラス瓶の口を開け、煽る。微々ではあるが魔力を回復させる効果があるポーションを飲み下したベルリアナは、額の汗と形のいい鼻から垂れる血を乱暴に拭い再び目の前で横たわるモンスターに向き直った。


「ベルリアナ、様……」


 彼女が解呪したモンスターの数は既に30を上回っている。

 並の精神干渉魔法の使い手では……少なくとも安寧魔法を用いた軽い暗示の解呪程度しかできないシエルリーファではとても対応できない、自己認識に作用する精神の深層に関わる複雑な干渉への解呪を、最少の魔力で行うベルリアナは流石は精神干渉魔法のエキスパートと謳われるだけの手腕を振るっている。


 だが、その傍に転がるガラス瓶の数は既に15本以上。

 それが示すところはつまり、それだけの回数ベルリアナが魔力枯渇に陥っているということだった。


 そもそも、精神干渉の魔法は魔力の消費が激しい魔法だ。普通、このレベルの精神干渉の解呪をしようと思えば魔導士ひとり潰すほどの魔力を要する。それをベルリアナは最大効率で魔力を回し最小の消費で抑えることでなんとかこの数を相手取っているのだ。


 だが、それももう限界だった。


「……っ」


 解呪を必要としているモンスターはまだまだ運び込まれている。領主や都市庁舎のモンスター達の手によって運び込まれる数はざっと数える限り50以上。

 呻く彼ら横目にシエルリーファの心には焦燥が募り続ける。無意識のうちに顔がこわばった。

 

 魔力ポーションは服用者に恩恵を与えるだけの代物ではない。過剰に摂取すれば副作用もある。

 魔力ポーションを製造し、世界中に卸しているのは聖霊教会だ。そして枢機卿であるシエルリーファはその効能は勿論の事、それが及ぼす副作用についても熟知している。

 

 異常な発汗、鼻血、手の震え、意識の混濁───今、ベルリアナは中毒に陥りかけている。

 最悪の場合、死に至る可能性すらある状態だった。

 

「大丈夫なものですか。これ以上の服用は依存性を高め中毒を起こします。一度休んで……」


「休める訳、ないでしょう」


 諫める言葉に、弱弱しいながらも怒気を孕んだ声で遮るベルリアナ。柘榴石の目に金色の輝きを浮かべた彼女は、患者へと目を逸らすことなく続けた。


「結界が壊れたんでしょう。なら、一刻も早く全員解呪しアタシ達も街に降りてモヴから街を守らなくては」


「ベルリアナ様!ダメです!!貴方が死んでしまいます!」


「うるさい!友達が罪被せられてんのよ!あの子が悪い訳じゃないって証明する為にはアタシが今踏ん張らないといけないの!休んでる暇なんか、無い!!」


 尚も無茶を押し通そうとするベルリアナを制止するシエルリーファ。しかしその声に敬語を取り払い、叫ぶようにベルリアナが怒鳴った。

 その勢いにシエルリーファがびくりと肩を揺らす。

 

 感情を揺らしたことで患者の精神に干渉していた魔力が揺らぐ。ギリ、と歯を噛んで必死に制御しながら、ベルリアナは尚も続けた。


「あの子の努力が、愛が、報われるどころか汚されるなんてこと、あっていい訳ないのよ……っ!」


 そう憤るベルリアナの脳裏によぎるのは、約半年前の彼女との会話だった。

 








『え?なんでそんな頑張るのかって?』


『そう。別にここアンタの生まれた故郷でも何でもないじゃない。なんでそんな死にそうになってまで頑張るのかしらって』



 それは、ウェルデ水上パレードの開催に向け何日も眠らずに机に向かい続ける女に、前々から抱いていた疑問を問いかけた時のことだった。



『今更ぁ?だから勇者に殺されたくないからだってば』


『じゃあ自分ひとりだけ助かる道を模索すればいいじゃない。なんで世界丸ごと救おうとしてんの?』


『そりゃそうでしょ……そんな僕他のモンスター見捨てて逃げる非道なモンスターに見える……?』


『そうじゃなくて、純粋になんでここまで頑張るのか疑問なのよ。英雄願望でも抱いてんの?』


 そこそこ良いものを持っているくせに、現状を保とうとするどころか疎かにする女の顔に、美を何よりも重んじるベルリアナは怒り混じりに化粧水やらクリームやらを塗り込む。

 顔を撫でる指から怒気が伝わったか、目を閉じ為されるがままになっていた女はびっくんと体を震わせ『そ、そうじゃないけどぉ……』と口をもごつかせた。


『…………笑わない?』


『勿論、面白かったら笑うわ』


『この性悪ラミア……そこは嘘でも笑わないって言えよ……んん、まあ、その』


 もうそろそろ日付も変わる深夜の親善大使執務室はうす暗い。

 ふたりしかいない部屋の中、自分も忙しいのにケアのために甲斐甲斐しく通ってくれるラミアへ多少なりとも感謝と恩を覚えているらしい彼女は、憎まれ口をもそこそこに、掛けられた問いにもじもじしながら小さな声で答えた。


『……好きなので、みんなが』


『は?』


『いやあのその、元々ね?ほら例のゲームあるじゃん、あれに出てくるキャラ全員好きだったの。だからっていうか』


 思わぬ答えにベルリアナの手が止まる。それに不味いこと言ったかとしどろもどろになるラウは、ケアによって潤いを取り戻した顔に手を当てては恥ずかしそうに目を逸らした。


『……元々、ゲームのファンだったんだよ。結構熱心な。で、その、ストーリーは兎も角、ゲームキャラがみんな好きで……その下地がある上で生身の皆に会ったらさ、こう、ゲームで語られてたのとはちょっと違うけど、うわーやっぱ皆好きだわーって思って』


『……』


『だ、だから……好きな皆と、皆が大事にしてる世界はさ、守りたいじゃん。それが僕ならできるって言われたら張り切っちゃうじゃんオタクはさぁ……。まあ気が付けばもう後戻りが出来ない状況になってたというのもあるんだけど』


 照れを誤魔化すように両手の指を捏ねながら口を尖らし、かと思えば死んだ目で遠くを見るラウ。

 ベルリアナのその内面を見通す目は、そう語る彼女の言葉が全て嘘偽りが無い事を見抜いていた。


 ───この女は、本気で好きな奴らのために世界を救おうとしている。

 

『……恥ずい奴ね。アンタ』


『!?』


 馬鹿じゃないの、とラウに背を向けたベルリアナは口の中で罵る。

 

 好きなモンスターのために世界を救おうなんて、馬鹿だ。

 好きなやつ奴が大事にしているものまで救おうなんて、何様なつもりだ。


 ああでも、確かにそれは英雄的ではないか。

 それはどこまでも利己的で、独善的で、どこまでも───愛に生きすぎだろう。



 素直に感情を露にし表情をコロコロ変え、自分相手にも物怖じせずにズケズケものを言うその質は、知略謀略渦巻く社交界にも身を置くベルリアナにとって新鮮で。


 一目見た時からその真っ直ぐさを面白いと評価し好意を抱いていたが、まさかそれにプラスして純粋な気持ちまでぶつけられるとは思わなかった。


『……ばっかじゃないの』

 

 だから、まあ。

 馬鹿みたいだから、その馬鹿みたいに大きすぎる愛に絆されてしまったから、仕方がないからその背を支えてあげる。

 

 本モンスターに素直に言うことは絶対に無いけど、ベルリアナはその真っすぐすぎる愛を抱えて走る彼女の生き様に感銘を受けたから───

 


 


「なのに……ッ!」

 

 

 だというのに。

 ───ベルリアナは、この現状に酷く憤っていた。


 誘拐された彼女を、悪しき様に語るあの男にも。

 勝手な愛を振りかざし、彼女へ罰をと叫ぶ暴徒にも。

 何でもかんでも彼女のせいにして思考を止める奴らにも。

 友をいいように言われている自分も。

 

 許せない。ベルリアナは、許せなかった。


「……あんな真っすぐな心で、好きな奴らのために世界救おうとする奴のことを、誰が罰せられるって言うのよ……っ!」


 生い立ち故か、なんだかんだ警戒心が強いあの幼馴染の兄弟が心を開いているのも。

 あんなにも彼女を嫌っていることで有名だったこの聖女が、彼女の危機に一にも二もなく駆け付るほどの好意を抱いたのも。

 同僚の騎士が、友達のアルラウネが、彼女を助けようと奮闘するのも。

 自分の主が、彼女にこれでもかと期待を掛けるのも。

 所属も何もかも違う所から集められた補佐官達が、一致団結して彼女を支えるのも。


 全部、あのモンスターが必死に頑張るからだ。

 必死に頑張ってる姿を見ているからだ。

 

 その努力を認めないなんて、悪しき様に言うなんてこと、この天下のベルリアナが許さない───!


 


「ベルリアナ様……」


 ベルリアナの気迫に、シエルリーファが口を噤む。


 聖霊教会襲撃事件の後、親善大使を通して知り合った最愛のモンスターはこんなに目をギラつかせるモンスターでは無かった。

 

 もっと優美で、妖艶で、どこまでも余裕を崩さない。シエルリーファの憧れ。


 こんなに怒りを露にして、なりふり構わない姿を見せるモンスターじゃなかった。

 あのモンスターが、憧れが、自分の身を顧みずに立ち向かっている。化粧が剥がれることも血が顔を汚すことも厭わずに、彼女を救おうとがむしゃらにななっている。


 その自分の抱いていた姿とは、理想とはかけ離れた姿を目にしたシエルリーファは───沸き上がる感動に、ぞくぞくと身を震わせた。


 そうだ。シエルリーファが最初にベルリアナを好きになったのは、このどこまでも自分を貫き通す強さだった。


 思い出し、そして想う。……貴方はやはり、私の憧れだと。

 


「───『主よ。我が手に宿る光を分かち与えたまえ。御前にて我らはひとつなり』」


「!」


 聖句が響いた途端、ベルリアナの体に僅かながら活力が戻る。

 魔力ポーションとは比にならない回復量に目を瞠れば、銀色の光を纏い両手を祈るように組んだシエルリーファが力強く微笑んだ。


「魔力譲渡の魔法です。お使いください。こう見えて魔力量には自信がありますから」


「シエルリーファ様……」


「大丈夫です、ベルリアナ様。……倒れる時は、共に」


 決して、シエルリーファにも余力はない。何せ、主要街全域に解呪の魔法を使用している上に、次々に運び込まれる怪我人の対応をずっとしていたのだ。ベルリアナ程と言わずとも、その魔力残量は枯渇間近であった筈だ。


 だが、顔を青くしながらもシエルリーファは聖女らしく微笑んでみせる。

 

 友をいいように言われ憤っていたのはシエルリーファも一緒。ならば志を共にする同士、死ぬまで抗って食らいついてやろうと。


 聖女らしくありながら、しかしその中に強さを見出したベルリアナは呆気に取られ……そして、不敵に笑みを浮かべた。

 

「箱入り娘かと思いきや、とんだ脳筋じゃない。アタシ好きよ、そういう根性ある奴」


「ぷぇ!?!!す、す、好……!?」


「いいわ、死ぬまでこき使ってあげる。覚悟はいいわね、シエル!」


「プププププロポーズのみならず愛称呼びまで……!?!!?!!!??!」


 推しの過剰な供給に別の意味で心臓が止まりそうなシエルリーファ。

 その姿にベルリアナが頼もしさと弄りがいのある玩具を見つけた顔でやる気を漲らせた、───その時。


「───」


「どうしたの?」


 ぴく、と何かに気づいたようにシエルリーファが顔を上げた。

 その反応に怪訝な顔をしたベルリアナだが、しかしその声にシエルリーファは取り合うことなく耳に嵌めた通信機に触れ、信じられないように目を見開く。


 もしや、何か街の方で状況の変化があったのかとベルリアナも耳をそば立てるが、しかしあいも変わらず通信の向こうは領民が混乱し喚く様子が───否。



「……何よ、これ……」


 徐々に大きくなるのは、複数の……いいや、大勢のモンスター達の声。

 混乱し、泣き、叫ぶだけだった先程までと違い、統一された訴えは勢いを、音量を増してベルリアナ達に届く。



『───罰せよ、罰せよ、罰せよ!』


『───罰せよ、罰せよ、罰せよ!』


『───罰せよ、罰せよ、罰せよ!』



 ゾッと息を呑む。

 熱に浮かされたように繰り返されるその叫びは、結界装置を破壊しようとしていた暴徒達ではなく、明らかに領民達から上がっていた。


「───ッ!」


 シエルリーファが立ち上がる。懐から取り出した魔力ポーション三本を一気に飲み干し駆け出した先は、ついさっきも使った放送の魔道具。

 仰々しい機材の前でマイクを引っ掴んだ彼女は、集中するように瞑目し、大きく息を吸った。


「『御前にて偽りは許されず。聖き御光よ、その胸に宿す信を顕したまえ』」


「シエル!?」


 二度目の広域範囲の魔法にベルリアナが驚いたように声を上げる。

 流石に魔力の消費が激しいようで、ふらりとその細い体がよろめく。しかし意志の力で意識を繋ぎ止めたシエルリーファは、震える体を叱咤して強い口調で続けた。


「ロシェの民よ、答えなさい。───貴方達が信ずるものを」


 拡声された声が主要街に木霊する。何を、とベルリアナはシエルリーファの行動に眉を顰めた。

 

 シエルリーファが使用する安寧魔法は魔導士が用いる魔法とは全く別体系である為に、その魔法の意味も効果もベルリアナには理解ができない。


 何かを問うているようだが……と、ベルリアナがそこまで考えた時、そ(・)れ(・)は起こった。




『───ぁ』

 

 静寂の末、通信機に届くのはシエルリーファの問いに対する解。


 

『あ、い』


『愛、を』

 

『あの方、の』

 

『あの方の、愛を』

 

『あの方の愛を』

 

『あの方の愛を』『あの方の愛を』『あの方の愛を』『あの方の愛を』『あの方の愛を』『あの方の愛を』『あの方の愛を』『あの方の愛を』『あの方の愛を』『あの方の愛を』『あの方の愛を』『あの方の愛を』『あの方の愛を』『あの方の愛を』『あの方の愛を』『あの方の愛を』『あの方の愛を』『あの方の愛を』『あの方の愛を』『あの方の愛を』『あの方の愛を』『あの方の愛を』『あの方の愛を』『あの方の愛を』『あの方の愛を』『あの方の愛を』『あの方の愛を』『あの方の愛を』『あの方の愛を』『あの方の愛を』『あの方の愛を』『あの方の愛を』『あの方の愛を』『あの方の愛を』『あの方の愛を』『あの方の愛を』『あの方の愛を』『あの方の愛を』『あの方の愛を』『あの方の愛を』『あの方の愛を』『あの方の愛を』『あの方の愛を』『あの方の愛を』『あの方の愛を』『あの方の愛を』『あの方の愛を』『あの方の愛を』





 ───さざなみのような囁きに、ベルリアナの腕にゾワリと鳥肌が立った。


 これは、なんだ。一体、何が起きている?

 何故、領民達は、ひたすらに、何を言って───?



「ベルリアナ様」


 静かなシエルリーファの声に、呑まれそうになったベルリアナはハッと呼吸を思い出した。


 こちらをまっすぐに見据えたシエルリーファは、手に持つガラス瓶を握る手を震わせている。

 

 それは恐怖によるもの、ではない。

 彼女が『聖霊教会枢機卿 聖女シエルリーファ』であるが故に抱く、怒りによるものであった。


「せ、聖女シエルリーファ……一体、何が」


 聖女の二度目の全域放送に、いや、ベルリアナとシエルリーファを通して伝わる異様な空気に、忙しなく部屋を出入りしていた領主を含む全員が息を潜める。

 その場の全員の視線を受けて尚、ベルリアナを見据えたシエルリーファは激情を堪えるようにゆっくりと口を開いた。


「今の魔法は……本来、聖霊教会が対象者の司教としての適性を測る際に使用する魔法です。聖霊の力を借りて対象の信仰、信条、信念を可視化し、偽りなく暴き出す。そういった魔法です」


 この世界において聖霊教会とは、聖霊教とは一大主教であり意思あるモンスターが基本的に皆教会の教義の元聖霊を信仰している。

 なれば、今の魔法に対する魔法の問いは『聖霊』もしくはそれに準じるもの、でなくてはならない。


 

 だというのに、領民達は今、なんと言った?


 

「ベルリアナ様。聖(・)霊(・)様(・)の(・)御(・)声(・)が(・)聞(・)こ(・)え(・)ま(・)し(・)た(・)。領民にかけられているのは、暗示ではございません」


 聖霊からの寵愛を受け、聖霊信仰の頂点に立つ聖女は薔薇の瞳に憤怒の炎を燃やす。


「……いいえ。正しく言うのであれば、これは暗示の一種ではあるのでしょうが、単に暗示というだけではとても足りない、もっと冒涜的な行いです」


「───」

 

 シエルリーファの言葉に、ベルリアナがまさかと口にしようとしたその瞬間、通信機の向こうから『ベルリアナ!』とアジェルの焦った叫びが聞こえた。

 

『分かったでござる、いや今ので確信した!これはただ思考を誘導するだけの暗示では無い!もっと深く、もっと根本的な……簡単に暗示をとけばよいという問題では無かったでござる!』


 怒鳴るようなアジェルの声は、きっとシエルリーファにも届いているのだろう。

 その通りだと言うように瞑目した彼女は敵が領民に施した度し難い行いに、ガラス瓶を割れんばかりに握りしめた。



「『彼らは』」


 

 シエルリーファの静かな声と、アジェルの騒々しい声が重なる。



 

「───信仰先を、すり替えられています」


『───偽の信仰を、植え付けられている!』





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