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『愛を、証明せよ!』



「『氷枷(アイスバインド)』」


「『主の光鎖』」


 火蓋を切ったのは、パーシーとシエルリーファによる詠唱だった。

 

 ほぼ同時に響いた内包魔力への呼びかけによって氷が両手を拘束する枷となり、光が全身を縛る鎖となって使用者が敵と認定した対象に巻き付く。

 抵抗する間もなく雁字搦めに拘束されたクマールは「おやまあ」と呑気な声を上げてぱちくりと目を見開いた。


「素晴らしい発動速度ですねえ。羨ましいです。私、攻撃魔法や拘束魔法って使用できない上に唯一使える魔法もかなり手順を踏まないと発動しないから厄介なんですよ。魔道具で補助するにしても限度がありますしねえ」


「お褒めに預かり光栄だわ。アンタみたいな犯罪者を無力化するために日々鍛錬している賜物よ」


 しげしげと自分を拘束する魔法を見下ろしてはその出来に感心するクマールに、ベルリアナが冷ややかな声を浴びせる。

 その手に握るロッドの先は油断なく男の背に向けられており、収束した魔力が明滅している。氷魔法由来の攻撃魔法が今にも放たれんばかりに待機しているのは明らかだった。


 しかし、それでもクマールは焦った様子を見せない。拘束を解く素振りもなく、窓の反射越しにゆったりとベルリアナへと微笑んでいる。その飄々とした余裕にベルリアナは剣呑に目を細めた。


「随分と潔いのね。そんなにアタシの手に掛かれるのが嬉しい?」


「そうですねえ、確かに私は貴方達の大ファンなのでお会いできて嬉しいですよ。あの方より色々聞き及んでますのでね」


 微妙に噛み合わない会話にベルリアナが眉を寄せる。だが先の放送を聞く限りこの男がまともで無いのは分かり切った事であったとすぐに意識を切り替えた彼女は、背後に控える騎士達へ拘束の魔道具を使用する合図を───


「例えば……傲岸不遜、絶対的な自信家で苛烈な性格に見せかけて、その実冷静に戦況を見極める目を持っている優秀な魔導士。不倶戴天の仇であるニンゲンを目の当たりにしても暴走する部下からその命を守ってみせ、先入観にとらわれずそのニンゲンの本性をしっかり見極めようとする思慮深さを持っている貴女とか?」


「……ッ!?」


 粘っこい声が背後から響く。一瞬たりとも逸らしていなかったはずの背中が消えたことにクマールを除く全員が息を呑むと同時、氷と光、二重の拘束を解いて悠々と部屋を歩き回る男は硬直するパーシーの耳に口を寄せた。


「貴方は……ははあ、あの時点よりも既に精神が成長しているんですねえ。ニンゲンと見るなりパニックを起こして問答無用で攻撃するような浅慮が見えません。今の貴方なら勇(・)者(・)とすぐ仲良くなれるでしょうね」


「『氷枷(アイスバインド)』!!」


 耳に流し込まれる言葉の意味を考えるよりも先に氷の枷を再度展開する。

 しかしパーシーが放った魔法は、標的であるクマールの姿が幻のようにかき消えたことで不発に終わった。


「それに対して貴方はあまり変わっていないようだ。いえ、もう既に完成されているのですかね?決して取り乱すことなく自分がやるべきとを見据え、淡々と実行する。その成熟した姿や思考はきっと勇者の成長に良い影響を及ぼす。だからこそ国王も貴方を勇者の師に据えたのでしょうねえ」


「……なるほど」


 音もなく再び姿を現わしたクマール。ペラペラと好き勝手に喋り続けるその口から発せられた単語を聞いた瞬間、声から温度を消したアジェルは目にもとまらぬ速さでその首に大剣の刃を添えた。


「生かしてはおけぬ存在のようだな。貴様」


 この世界において数名しか知らない筈の『勇者(禁忌)』の名を口にする男を要排除対象と断じたアジェルは、主の命に背くのを承知したうえで何の躊躇いもなく首を掻き切らんと剣を引いた。

 

 浅黒い肌に赤い線が滲み、一瞬遅れて鮮血が



「死に損ないめ。こんな所にまで出しゃばるとは……ラウ親善大使の勝手さにも困ったものですねぇ」


「っ!?」

 

 血を流すどころか、かすり傷一つ負っていないクマールがシエルリーファの目の前に立つ。司教杖を両手で握った彼女は咄嗟にその頭を殴り飛ばそうと振り上げるが、まるで予知していたように伸びたクマールの手が杖を受け止めた。

 

「貴女の舞台は既に終わったでしょうに。貴女に生きていられると困るんですよ、シナリオが崩れる。……そうだ、ここで堕としてしまいましょうか!丁度アレ借りて来てますし、ここらで辻褄合わせをしましょう」


「『聖の銀……!?」


 即座に魔力を練り上げ、創り出した銀矢で目の前の敵を貫かんとシエルリーファが叫ぶ。

 しかしその寸前、クマールが懐から取り出したそれを見たシエルリーファの口が止まった。


 目の前で揺れるのは聖霊教会の司教が持つロザリオ。シ(・)エ(・)ル(・)リ(・)ー(・)フ(・)ァ(・)が(・)首(・)か(・)ら(・)下(・)げ(・)る(・)の(・)と(・)同(・)じ(・)く(・)ら(・)い(・)精緻に作られたそれをこの男が持っているという事実に衝撃を覚え思わず硬直した一瞬の隙に、中央に嵌った黒々とした宝玉が中で渦を巻いた。


「ぁ……」


「どうやら親善大使が殺したあの大司教は貴女の親代わりだったようですね?可哀そうに、本当はあの女が憎いのでは?元に戻す手段があったかもしれないのにあの女は貴女の親を殺したのですよ」


 宝玉の中の闇を見た瞬間、シエルリーファの体が硬直し彼女の意思通りに動かなくなる。

 そして否が応にも耳に流し込まれる言葉は、やけに脳内で響いて木霊した。

 

「腹立たしいのでしょう?本当は許せなくて許せなくて仕方が無いのでしょう?」

 

 そんなこと無いと、彼女は自分の代わりに大司教を救ってくれたのだと反論する言葉は、おかしな響きを以てシエルリーファの脳を埋め尽くしていく囁きによって掻き消されていく。


「こんな辛く残酷な現実を貴女に突きつけるのは、貴女が主と仰ぐ聖霊なのですよ。聖霊とはモンスターを救う存在なんかではない。聖霊は貴女を救わない。この世界には憎しみと憎悪しかない。この世界は悪意によって成り立っている」

 

 侵食していく声は抵抗の間もなくシエルリーファの心を蝕み、彼女の軸ともいえる信仰に手を掛け───


「『氷槍(アイスランス)』!!」


「はぁぁっ!!」


 クマールの腹から氷の槍が飛び出し、その首が大剣によって切り飛ばされる。語り掛ける口が物理的に無くなったことで我に返ったシエルリーファがよろめくが、その細い体をパーシーが抱き留めた。


「やった……のか……?」


「…………」


 首を失い、ぐらりとよろめく体。凄惨な光景に顔を青くしたパーシーが口にした問いに、しかし誰も答えられない。


 魔法を放ったベルリアナも、首を斬ったアジェルも確かな手ごたえを覚えた。確かに殺した感覚があった。

 だというのに、確信が持てない。油断なく武器を構え首を失い腹を貫かれたクマールの体を睨みつける。


 すると次の瞬間、正解とでもいうようにクマールの体は手品のように目の前からかき消え、代わりに楽し気な声が執務室の扉の前から上がった。


「全く、ほんの冗談じゃないですか。居なくなればいいなーくらいのちょっとした茶目っ気ですって。親善大使が居る限りこの世界がシナリオ通りいかないのは重々承知していますよ。アルマリオもどうせ生還するでしょうしねえ」


「捕らえろ!!」


 五体満足のクマールが扉の前で微笑む。アジェルの号令に騎士達が一斉に飛び掛かるが、騎士の攻撃の間を縫ってベルリアナ、アジェル、パーシー、そしてシエルリーファの前に再び姿を現わしたクマールは、幕引きとでも言うように恭しく頭を下げた。


「いいんですよ。我々の目的は悪夢の蓄積です。彼女の中で悪夢が溜まって溜まって溜まって溜まって、絶望するその時の為に動いています。そう、これはほんの前座、ちょっとした余興ですから、ね」


「───ッ!待ちなさい、『アタシを見なさい』!!」


 逃がしてたまるかと柘榴石の瞳に金色の光を浮かべたベルリアナが相手の精神に干渉する為の詠唱を口にする。

 最大出力で発動したその精神干渉魔法は、通常であれば対象は為す術もなく動きを封じられベルリアナへと注目してしまう強制力を持つ強力なもの。

 相手の抵抗力によってはその頭の中の記憶や思考すら断片的にだが読み取ることが出来るものだが、しかし真正面からそれを食らったはずのクマールは動きを止めることなく、それどころか片目を閉じて微笑んで見せた。


 その瞬間、バチンッ!とベルリアナの視界の中で閃光が弾ける。


「ッ」

 

「いけませんねえ。まだあの方は表舞台に出られる状態じゃないので見られるわけにはいかないのですよ。……それでは、またお会いできる日を楽しみに待っています」

 

 その言葉を最後に、男の体は糸が切れた様に力が抜けた。瞬時に「確保!」と叫ぶ騎士達によって床に抑え込まれるが、先ほどまでの理解不能な動きなどわすれたようにその体は無抵抗で、それどころか意識すら失っているようだった。


「……っ、」


「ベルリアナ様!!」


 目を抑えてふらつくベルリアナに血相を変えたシエルリーファが駆け寄る。体を支えようとする手を問題ないと遠ざけ一つ息をついたベルリアナは、そっと右耳のピアスに手を添えた。


「申し訳ございません、陛下。逃がしました。……どうやら敵は無関係のモンスターの体に精神だけを移す術を持っているようです」


 チラ、と視線を向けた先は先程までふざけた言動を繰り返していた男。赤黒く首を腫らし倒れ伏す男からは先程まで感じていた異様な雰囲気や底知れぬ不気味さは感じない。

 恐らく今の彼に危険性は無いだろう。そう判断したベルリアナは自分に寄り添うシエルリーファへ男の治療を促した。


『そうか。……ご苦労だったね』


 ベルリアナの報告に対する返答は、触れたピアス……アクセサリー型の通信魔道具を通して響いた。


 アジェルやパーシーにも共有される国王の声は言葉と裏腹に固い。

 しかしそれは部下への落胆故ではなく、敵の不可解さ故のもの。部下からもたらされた報告に僅かに思案するように沈黙していた国王だが、やがて切り替えるように玉座の背を鳴らし、重々しく口を開いた。


『あの男の言葉から少なからず情報は得られた。一先ず、今はロシェの混乱を収める方に集中しようか』


 ピリッと空気が再び張り詰める。親善大使誘拐事件およびロシェ主要街救出作戦の総指揮を執る国王の言葉を一つたりとも聞き洩らさないようにと、通信を共有する全員が居住まいを正した。


『君らにも既に事態の収拾に当たっているチームからの報告は届いているだろうが、現在複数の領民が結界装置の破壊せよと暴動を起こしている。正気を失っている様子から、恐らく強力な精神干渉に掛けられていると思われる。同時に、先の放送を聞いた領民達の様子もおかしい。半ば意識を失い、夢現状態で避難誘導に一切応じないそうだ』


 遠い玉座からロシェ主要街に迫る危機を告げる国王。最大警戒態勢としてその両脇に己の腹心である騎士団長と魔導士団長を侍らせた彼は、遣わせた精鋭達へと託す。


『ベルリアナ部隊長、アジェル部隊長。現場指揮は君らに一任する。ロシェを救ってくれ』


「「はっ!!」」

 

『領主、聞こえているかな?彼らと連携し、領民の避難誘導を頼むよ。君の処遇はこの事態が収まったら決めよう。聖女シエルリーファ、君の活躍が敵によってロシェに垂れ流された彼女の汚名を濯ぐだろう。頼んだよ』


「……承知した!」


「友の為です。全力を尽くすと誓いましょう」


 背を伸ばしたベルリアナとアジェルが敬礼を取り、意識を取り戻して話を聞いていた領主が怒りの炎をその目に燃やし、聖女シエルリーファが次こそ後れは取らないと司教杖を握りこんだ。


「ベルリアナ」


「ええ」

 

 アジェルの短い呼びかけに、ベルリアナは分かっていると頷く。

 騎士団とアジェル率いる騎士団第二部隊とベルリアナを長とする魔導士団第一部隊は、何度も作戦と共にしてきた。何度も死線を潜り共同戦線を張ってきた隊長各ふたりの間に言葉は不要。

 視線だけで作戦を共有したふたりは普段の妖艶さなどかなぐり捨てて、あるいはビリリと鼓膜を震わせる毅然とした声で己の部下に指示を飛ばした。

 

「魔導士団第一部隊!聞こえていたわね?恐らく領民達は放送によって軽い暗示を掛けられているわ、片っ端から解呪し憲兵隊と連携して避難所へ誘導しなさい!パーシーは副隊長と共に騎士団と同行、結界装置を破壊しようとしている暴徒を拘束してアタシの元へ連れてきなさい!」


「承知した!」


「我々騎士団第二部隊は結界装置の破壊をしようとしている暴徒の対応に向かう!暴徒化するほどの強烈な精神干渉はベルリアナでないと解呪できないだろう、結界装置の守護を第一優先とし、その上で暴徒を拘束するでござる!」


「「「了解!」」」


 隊長の号令に魔導士が、騎士が主要街を駆ける。その迷いない指示に獅子領主は頼もしさを覚えるとともに、敵に良いようにされた汚名を返上して見せると己の部下である憲兵隊へと吠えた。


「憲兵隊、結界装置の守護は騎士団へ任せ、魔導士団と共に領民の避難誘導を!同時に騎士団が拘束した暴徒を都市庁舎まで運搬せよ!」


 通信機越しに憲兵隊がその命に応答すると同時、執務室に聖句が響く。カッと広がった銀の波動の中で、翼をはためかせた聖女は朗々と宣言をした。


「ベルリアナ様と共同作業……ふ、ふふふ、滾ります……ごほん。……怪我をしたモンスターも全てこちらへ。命の灯が消えていない限り、この聖女シエルリーファが必ず癒してみせます」


 銀色の光は跪く彼女の傍に倒れていた側近の首を元通りに回復させる。一瞬だけ聖女らしくない表情を覗かせたものの、すぐさま無表情に戻した彼女は使命感を帯びた薔薇色の瞳を瞬かせた。

 

 

 ───夢に堕ちた『赤の都市』主要街の救出作戦が今、決行された。







 ◇






 破壊せよ、破壊せよ、破壊せよ。


 これは裏切り者への罰だ。裏切り者を罰せよ。


 許すな。決して許すな。あの方の愛を裏切る親善大使を許すな。


 愛を、愛を証明せよ───愛よ、我らを救いたまえ。



 白亜の石碑を破壊せんと堅牢な柵を叩き続ける彼らの頭を埋め尽くすのはそんな言葉と、とある女達へと向く激しい感情であった。



 それは脳を焼き尽くすほどの憎悪、身を震わす底知れぬ恐怖、拳を振るい続けなければ呑まれてしまうほどの焦燥。

 その感情は全て、裏切り者を発端とするものであると、彼らは信じて疑わない。



 それは脳が溶けるほどの愛執、身を焦がす救いへの渇望、武器を叩きつけ続けなければ呑まれてしまうほどの帰依欲。

 その感情は全て、この身を捧げるべきあの方を発端とするものであると、彼らは信じて疑わない。



「許すな!親善大使をォ、赦すなァ!!!」

 

「愛を、愛を愛を愛を愛をォ!!」


「これは証明、愛を、救いたまえ!!」


 例え手の皮が破れようと、脳の制御が外れた力に耐えきれなかった指がひしゃげようとも、血が巻き散らされようと、喉が枯れ、声がしわがれようと、彼らは柵を叩き、叫ぶのを止めない。

 

「やめろ!!離れろ!!」


「柵から離れろ!破壊行為をやめろぉ!!」

 

 そう必死に叫び、柵を叩き続ける領民達を引き剥がそうと奮闘するのは結界装置保護のために配備された憲兵達。明らかに正気でない領民達に何とか抵抗をしていた彼らだが、配備された憲兵以上の数で向かってくる暴徒に今にも押し切られそうだ。


 領主からの通信では、結界装置の守護の為騎士団が向かっているということだが……しかし既に十分以上経過している筈だが一向にその助けが来ない。

 早く、早くと祈るように、はやる気持ちを抑えて暴徒たちを引き剥がすが───突然、彼らの目が、ぐるりとこちらを向いた。


「あ、いを、証明せよ?」


「ひ……っ!?」

 

 邪魔立てする者は許さない。

 怒りと愛執に燃える目で睨まれる。その矛先が己に向いたのだと気づいた憲兵達は喉を引き攣らせた。

 

 その異様としか言いようがない気迫に呑まれ、無意識の内に腰のホルスターに手が伸びる。

 都市より支給された魔法銃は本来都市を襲うモヴへと向けられるためのものだというのに、その銃口を領民に向けたくて仕方がない。銃弾を撃ち込んで、今すぐその目を自分に向けるのを止めさせたい。


「や、やめろ……こっちに来るな……っ!」


 増援は、騎士団はまだ来ないのか。

 震える手がホルスターの留め具に掛かる。狂った目に囲まれる憲兵達は、もう限界だった。

 

「あいよ、すくい、たまえ」

 

 これは、愛を証明するための正しき行いである。

 これは、救われる為に必要な行いである。

 これは、裏切りを正すための、赦されるための、偽りを戻すための───



「『氷枷(アイスバインド)』!!」


 空気を凍らせる鋭い音が両者の間に割って入る。

 同時に憲兵へと手を伸ばした暴徒の手首が氷の枷によって拘束された。


「え……?」

 

 ひとり拘束しただけでは終わらず、立て続けに発生した氷の枷は次々と暴徒の手足を捕らえ無力化していく。

 何事かと目を瞠る憲兵達の頭上に、ぬうっと大きな影が掛かった。


「遅くなってすまない。道中で暴徒に取り囲まれてしまったでござるよ」


 そう言って憲兵隊の前に立つのは大きな体の虎獣人。王国騎士団のエンブレムをあしらった騎士甲冑を身に纏う男は、率いてきた部下に命じて結界装置を守る柵に取りつく暴徒たちを引き剥がしにかかった。


「騎士団第二部隊、ただいま現着でござる」


「───ッ!」


 待ち望んでいた増援に喜色を浮かべる憲兵達。そんな彼らに、虎騎士の傍で魔導士団のローブを纏う長身の青年がステッキを構えては頼もしい表情で頷いた。


「結界装置の守護は任せてください!憲兵隊の方々は魔導士団と共に領民の避難誘導をお願いします!」


「わ……分かりました!よろしくお願いします!」

 

 慌ててその場から離れる憲兵を見送り、アジェルは「さて、」と戦場を見渡した。


 暴徒の数は数十と言ったところ。その殆どが武装を……中にはスコップや看板など、その辺で拾ってきたようなものも見受けられるが、殆どが武装をして結界装置を守る柵へと殴りかかっている。


 だがウェルデ水上パレードの際の襲撃を受けて急造された結界装置を守る柵はかなり堅牢なつくりをしており、威力の高い攻撃魔法や身体強化魔法を使用した攻撃を何発も喰らわない限り壊れることは無い。

 何の訓練もされていない領民達に壊すことは難しい。恐らくすぐにでも騎士達によって取り押さえられる事だろう。

 

 それよりも、体の損傷を顧みないその破壊行為こそ危険だ。手がひしゃげようとも構わず攻撃しようとするその異常さは悍ましさすら感じる。

 通常ならば無意識の内に働く制御すらも取っ払ってしまう破壊衝動を生み出す精神干渉とは何とも恐ろしいものだ。一刻も早く意識を奪い拘束し、ベルリアナの解呪を受けさせる必要がある。


 だが、問題はそこだけではない。

 


「アジェルさ、……アジェル部隊長」


「うむ。こ(・)こ(・)も(・)でござるな」

 

 ステッキを握り直すパーシーが場の空気に吞まれまいと生唾を飲む。それに頷くアジェルも剣の柄を握る手の中に汗を感じた。

 

 場の異様な雰囲気を生み出しているのは、結界装置を破壊しようとする暴徒───ではなく、それを取り囲む領民達。

 恐らく眠っていた所を放送で起こされ、そのまま外に出て来たであろう彼らの姿は寝巻かそれに準じるラフなもの。そしてその表情は目の前で悍ましい破壊行為がなされているというのに一切背けられることも顰められることも無く、ただひたすらに無表情で立ち竦んでいた。


「…………、……、…………」


「……、……………、……………」


 ブツブツと、何事を口にしながらただただ立ち竦む領民。彼らに対し憲兵達が必死に声を掛け、手を引き、背を押して避難を促すが、しかし誰ひとりとしてその指示に従うことはせず、その場から動かない。


 夢遊病患者のような表情で立ち竦む領民達。この光景は今ロシェ主要街全域で発生している。───放送を聞いたほとんどすべての領民が、同じ状態に陥っているのだ。


「副隊長」


「はい」


 アジェルの呼びかけに動いたのは魔導士団のローブを着た女。ベルリアナの隊の副長を務めるその女は、明らかに正気ではない領民達の前に立ち、その虚ろな顔を覗き込んだ。

 じっくりと目を合わせて接(・)続(・)を試みる。しばらく無言で領民達の目を見つめていた副隊長は、やがて金色の光を宿した己の目を見開いた。


「……意識誘導開始。『私の声を聞いてください』」


 不思議な音として広場に響く声に呼応するように、その足元に淡く輝く紋様が広がる。その範囲に入った領民達は続けられる破壊行為に向けていた目をゆっくりと女へと移した。


「『その声を聞かないで』『意識をこちらに向けて』そうです、そのまま……」


 静かな呼びかけに、声を聞いた領民達はゆらゆらと視線を揺らし始める。額に汗を浮かべながらも呼びかけ続ける副隊長は、目の前の少女の目が自分を捉えたのを見て更に魔力を声に込めた。


「───『目を覚ましてください』!」


 パンッ!と柏手を打つ。その瞬間周囲に居た10にん程の領民がハッと息を呑んだ。

 そしてパチリと光が戻った目を瞬かせ、何故こんなところにと言わんばかりにキョロキョロと周囲を見渡し始める。


「よかった。……ここは危険です。憲兵隊に指示に従って、すぐに避難を」


「え、え……?魔導士団?なんで……きゃあっ!?何……!?」


 ほっと息をついて困惑する領民達の背を押して避難を促す。正気を取り戻した領民達は訳が分からないと首を傾げていたものの、周囲の虚ろな顔で立ち竦む他の領民や結界装置を破壊しようとする暴徒を見て悲鳴を上げ、慌てて誘導の憲兵の元へと駆け出した。


「副隊長!」


「……まずいですね」


 駆け寄るパーシーに副隊長は頷きながらもその内心で状況の悪さに舌を打つ。

 思ったよりも領民に掛けられた精神干渉が深い。暴徒達にかけられたもののように意識を乗っ取るほど強いものでは無いが、言うなれば正常な思考に二重構造の封印を掛けられているような状況で、手間と魔力のかかる干渉が為されている。

 

 ベルリアナ率いる第一部隊は精神干渉の術に長けている者で構成された部隊だが、その数は僅か十数名。数百、いや数千の領民全員にこの時間をかけていてはいつまでたっても解呪が終わらない。


 精神干渉魔法のエキスパートであるベルリアナならば、視界にさえ収められれば恐らく一手に百近くの領民に手を掛けることはできるだろうが、しかし彼女は今これよりも厄介な暴徒の精神干渉の解呪に当たっている。頼る訳にはいかない。


 しかし、この数を何とかしようにも魔導士達の魔力が先に枯渇するのは目に見えている。

 どうにか、どうにかしなくては、何か方法は……いいや悩んでいる暇はない。魔力が尽きぬ限り、いや尽きても、解呪をし続ける。


 副隊長が決死の覚悟を決め、次の領民達の解呪を試みようとしたその時。




「───『子を見守る主よ。偽り惑わす声を退け、真を見失いし心へと光を与えたまえ。御前にて偽りは正されん』」


 

 キィンという甲高いノイズと共に、若い女の声がそこら中に取り付けられたスピーカーから響き渡った。

 拡声された静かな声が詠うのは聖霊へと捧ぐ敬虔な祈り。それはスピーカーを通じて主要街の全域に、領民達の耳に、そして天へと届いた。


 一瞬の静けさの後、はらりと何かが空から落ちてくる。


 それは温かな銀の光。次第に雪のように数を増し、羽のように柔らかく降り注ぐそれが立ち竦む領民達に触れると、虚ろだったその目に光が戻った。


「……あ、れ?なんで外に……?」


「今まで何を……?」


 静かなざわめきしか発さなかった領民達から、ザワザワとした困惑の声が徐々に広がっていく。皆その目は先程までの正気を失ったものでは無く、まだ少しぼんやりとしているものの確かな意思を宿すものに戻っていた。


「これは……シエルリーファ様の安寧魔法……!?」


「こ、この数全部に……?ははは、化け物か……?」


 信じられないというパーシーの呟きに、副隊長がローブを肩からずり下げながら引き攣った笑いをあげる。


 聖女シエルリーファ。その身に受ける聖霊の寵愛の深さは聖霊教会発足以来一、二を争うほどと言われ、彼女が扱う特別な光魔法『安寧魔法』は聖霊が許す限りの恩恵を彼女に、そして彼女を仰ぐ者達へと授けるとされている。


 勿論その力が凄まじいのは魔法に携わる者として知ってはいたが、理解はしていなかったと痛感した。一瞬で数千の領民への解呪を施すなど、規格外も規格外だ。

 うちの隊長や団長ほどの化け物はそう居ないと思っていたが……なるほど、世界は広い……。


 あの規格外な上司達に多少実力を認められ、副隊長の座を内心得意気に思っていた自分の矮小さを自覚し一周回って達観し遠い目をしていると、耳に嵌めた通信機からむすっとした声が響いた。


『……範囲の拡大を主軸に据えて発動しましたから、そんなに効果は強くありません。せいぜい気付け程度ですから完全な解呪はそちらでお願いします』


「失礼いたしました、聖女様。御助力感謝します」


 どうやらぼやきを聞いていたのだろう。慈愛に満ちた聖女らしからぬ、少々つっけんどんな物言いに年相応のそれを見つけて苦笑い気味に礼を述べる。


 ただまあ、自信はベキベキに折られてしまったが御膳立ても同時にしてもらった。このチャンスを無駄にする訳にはいかないと副隊長が気合を入れると同時に、今度は野太い覇気に満ちた声がスピーカーより響いた。


『ロシェの民よ、聞け!』


 それは、領民にとっては聞き慣れた砂獅子の声。

 この都市の頂点に君臨し、その豪胆さと確かな目を以てこの都市を導く領主のもの。都市を率いる責任をその背に負う男の声が、スピーカーによって拡大されて主要街の空気を震わせる。


 何故、自分がここに居るのか分からない領民達はその声にほっと息をつき、疑問を解消してくれと一様に三日月が浮かぶ夜空を見上げた。


 だが放送によってもたらされた事実は、安堵とは程遠い、恐ろしいものであった。


 

『今この都市は、悪意ある者によって未曽有の危機に瀕している!不届き者によって結界を破壊せんと洗脳された者達が、暴動を起こしている!』


「は……!?」


 声にならない悲鳴がそこかしこから上がる。

 悪意、聞き、破壊、洗脳、暴動。僅かに強張った顔を綻ばせていた領民達だが、その不穏な言葉のオンパレードに顔をサッと青ざめさせた。

 そしてまさか自分もその洗脳を受けていたのかと不安な顔で周囲を見渡し、今も尚放送を無視して結界装置へと向かって行こうとしている者を見てハッキリと悲鳴を上げた。

 

 同時に彼らは思い出す。意識が無くなる直前、自分たちは確かに領主とは違う男の声をスピーカー越しに聞いていたと。


「あ……そ、そうだ、さっき……!」


「なんなの……!?さっきの気持ち悪い放送、本当だったの……!?」


 困惑し、悲鳴を上げ、震える領民達。奇しくもその光景は、数十分前にこの事態を引き起こした男がこの都市を悪夢に引き摺りこんだ時と同じ光景であった。


 恐慌に陥りかける領民達。なんでこんなことに、と怯えて集団パニックを起こしかけるが、しかしその時とは違うのだと声に熱を込めた領主は吠え続けた。

 

『だが案ずるな、国王陛下が遣わせた魔法界の盾であり剣である騎士団、魔導士団が駆けつけている!聖霊に愛された聖女が駆けつけている。そして我が付いている!だから安心するのだ、この事態は必ず収束させる!』


 思い出してしまえばいつまでも耳の中に残る悍ましい愛の告白が背筋を寒くする。ふざけるなと、頭の中にへばりつく声を掻き消したくて怒号を上げようとした領民達だが、しかし続いた領主の言葉にその勢いを弱めた。

 

『案ずるな、案ずるな!我らが付いている!必ずこの都市を救って見せる!今は我と、駆け付けてくれた彼らを信じて身を護る行動を行ってほしい!』

 

 打算も何もない、純粋に都市を思う願いが込められた声に不安でささくれ立った心が僅かに綻ぶ。今まで自分達を導いてきた領主が、誰よりもロシェの為に奔走してくれていた領主が大丈夫だと、救ってくれると言ってくれるのならきっと平気なのだと妙(・)に(・)騒(・)ぐ(・)胸(・)の(・)内(・)を(・)呑(・)み(・)こ(・)ん(・)で(・)領民達は頷く。


 その様子に第二の暴動が起きやしないかと警戒していた憲兵達が静かに胸を撫で下ろし、暴徒と化した領民達を取り押さえる騎士達が僅かに気を緩め、魔導士たちがほっと息をつく。


 誰もがこの事態は収束間近だと安堵し、力強い言葉に背を押され、希望に向かって足を進める。


 

『さあ避難を、指示に従って安全な場所へと向かってくれ。大丈夫だ!何があっても我らが───』


「どいつもこいつも、ゴチャゴチャとうるせえな」


 


 ───結界装置のすぐ傍で、そんな言葉が聞こえるまでは。



 



 


最近出番がないフリント博士の魔法雑学コーナー


「やあ諸君、久しぶりだね!数話前にロイドくんにメンタルバキボキにされて研究室で放心中のフリント博士だよ!こんな元気に振る舞っているが本編じゃ全然まだ普通にフリーズしてるから安心してね!

さて、最近色んな属性の魔法が出てきているが、読者の中には『なんか魔法によって魔法名の表記が微妙に違くない?』とお気付きの方もいるんじゃないかな?

イエスッ!よく気付いたねその通り!これは魔法の属性によって名の系統が異なっているんだ!今日はその説明をしていこうと思うよ!

最も分かりやすいのは風属性魔法だね!『飛翔』や『風刃』など、事象そのまま準えていて読み方もシンプルに『ひしょう』『ふうじん』だよ!本編には出ていないが火・土属性魔法も似たような感じだね。名付けた始祖がシンプルイズベスト思考だったんだろうね〜!

そうそうこの始祖と考えられているモンスターなんだがね、どうやら当時から既に学術都市として確立していたヴィオレットの都市立学術機関の名誉教授とされているあのモンスターが(中略)

えーと、対して水属性魔法や水属性魔法派生の氷属性魔法は基本的に漢字にカタカナの名前が振られているかなり香ばしい感じのネーミングが多い、まるで厨二びょ……おっと、これ以上は失礼だね。

で、特に特徴的なのは光と闇属性だね!これはそれぞれの魔法がどういうふうに使われてきたかが関わっていると考えられていてね、例えば光属性魔法は聖霊の寵愛深いモンスターしか扱えないことからもっぱら聖霊教会所属の司教に発現することが多い。それ故に新魔法の開発も聖霊教会内で行われるから『○の××』みたいな詩的な名前が多いんだろうね〜。

闇属性はその性能からかつては催眠術とか暗示のような使われ方をしていた名残から文章的というか、語りかけるような詠唱らしくない詠唱が用いられているそうだよ!

まあこの辺は魔法とか魔力を元にした魔導エネルギーを研究している第二研究室に聞けばもっと詳しく話してくれるるよ。紹介してあげようか?え?いらない?いやいやそんな遠慮しなくていいよ君と私の仲じゃないか大丈夫大丈夫!ちょっと私は第二の室長に殺意芽生えるレベルで嫌われてるっぽいけど心配しないで!確か今プロジェクトの締めが重なって徹夜祭りで阿鼻叫喚の地獄絵図って聞いてるけどまあ少しくらい時間取れるでしょ!ほら行こうよし行こう!そーれレッツゴー!」



───この直後、「一生落ち込んでいろこのクズ!!」という怒声と共に第二研究室から放たれた極大魔法を食らって宙を舞う所長の姿が目撃された。


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