最先端睡眠計測機器。またの名をプライバシー侵害ベッド
ふと傍らのロイドから何の反応もないことに気が付き、視線を墓標からロイドに移した僕は彼の顔を見てギョッと目を見開いた。
なんだか名状しがたい、苦いような悲しいような怒っているような良く分からない表情で墓を見つめている。
何となく恐怖を覚え、恐る恐る彼に声を掛けた。
「え、どした?大丈夫?なんか考えなしのバカ上司が考えなしにバカな発注したせいで、全く売り切れる見込みのない大量の在庫商品を眺める売り場責任者のような顔してるけど」
「どんな顔だよそれ。考えただけで軽く地獄なんだが。実体験か?」
どこかで聞いた話ですとは言えずに押し黙る。
ロイドはよく……というほど付き合いがある訳ではないので確かなことは言えないのだが、昨日から度々こういう顔をする。
最初は哀れにも若くして殺され、しかもその上モンスターとして生き返らせられた篠原優を悼んでいるのかと思ったが、それにしては苦々しすぎるような表情。
何を考えているのだろうか、聞いてもいいだろうか。悩んでいる内にロイドは盛大なため息をつきながらさっさと立ち上がってしまった。
「もう8時か」
既にその顔に先ほどまでの苦い色は浮かんでいなかった。疑問を飲み込んだ僕はロイドの腕に嵌められた腕時計を覗き込む。
秒針の先に取り付けられた小さな羊が時間が進むごとに文字盤の上を歩いているように見えるなかなか可愛らしいデザインの時計だ。文字盤にはニンゲン界で使っていた時計と同じように1から12までの数字が刻まれている。
聞けば1分は60秒、1時間は60分、そして12時間を2回繰り返すと1日で間違いないらしい。全く違う刻み方をされていたらちょっと絶望だったのでよかった。ほっと胸を撫で下ろす。
「暦もニンゲン界と同じなのかな?」
「月の満ち欠けで区切っているなら大体同じなんじゃないか?魔法界では約20日で1月、それを13回繰り返すと1年だ」
「ふぅん、ほとんど一緒なんだね」
魔法界には地域ごとに多少の差異はあれどしっかりと四季が存在しているらしい。大陸中央にある王都を基準に考えると、3月から5月頃までが暖かい春、6月から9月頃までが夏。秋が10月頃から11月頃までと少し短く、12月から2月頃までは冬と判別できるらしい。1年の始まりは13月1日なのだとか。
ちなみに今は5月中旬頃。魔法界全体が穏やかな気温で過ごしやすい気候の時期だという。僕が暮らしていた国とほぼ同じ季節の移り変わりなので分かりやすくて非常にいい。
とはいえ異世界だというのに暦や時間の概念がニンゲン界とほぼ一緒なのか。なんだか不思議だ。
これが昔ニンゲンとモンスターが一緒に暮らしていたという証明であり名残と言えるのだろうか。
「強いて違う点を挙げるなら……空模様かな」
頭上を見上げると爽やかな青空の中でオレンジ色のオーロラのような光の帯がゆらりゆらりととたなびいているのが見える。
美しく舞うそれを僕はしばらく眺めていた。
オーロラなんてニンゲン界では限られた地域の限られた条件下でしか見られないレアな現象であったが、この世界では分厚い雲が掛かっていなければ基本的にいつでも、それこそ日中夜問わず見られるものらしい。
昨日は生憎の曇天だったためとんと気が付かなかったが、打って変わって雲の少ない今日の空は絶好の観測日和だ。
「初めて見るオーロラがまさか異世界産のものになるとはね」
「オーロラ……ああオーリライトか。ニンゲン界では見られないのか?」
「見られないことは無いけどめちゃめちゃ寒い地域でしか発生しないんだよね。色もこんな鮮やかなオレンジじゃなくて緑とか青っぽい感じ」
目を眇めながら空を見上げる僕に倣い、ロイドも空を見上げた。
「似たような現象だけど、多分発生原理が違うんだろうな。オーリライトはざっくり言うと空気中の魔力波が太陽や月の光に当たることで特に濃い部分が光る感じ」
「へえ~、勉強になる~」
流石研究者、知識が豊富だ。それに理解がない僕にもすんなり伝わるようにかみ砕いて説明するのが上手い。
対して僕もオーロラの発生原理を説明するべきなんだろうが、うんさっぱり分からん。太陽からの磁場がどうたらこうたらって話だったと思うが文系には難しすぎる。
「それで、今日から僕は何をすればいいんでしょうか?昨日の続き?」
オーロラ改めオーリライトから目を離した僕は、大きく伸びをしながらロイドを振り返る。
携帯端末をスイスイと操作していたロイドは僕の問いに「いや」と首を振った。
「勇者関係のアレソレは大体概要理解したから一旦終わりだって。更に詳しい話は博士が陛下に報告してざっくり方針決めてから王城でするらしいぞ」
「お、王城……!?行くの!?」
「数週間後だけどな。一応ここ『王国認定』研究機関だし、博士は陛下お抱えの研究者だからな。そこそこ王城に行く機会もある」
「……マッドなのに?」
「マッドなのに、だ」
クロード王大丈夫?モンスター選間違えていない?
一国の王に対して大変失礼なことを考えていると、ふと僕の耳に地響きのような音が入った。
キョロキョロと辺りを見渡す。おや、なにやら研究所の方角で雪煙があがっているな?
徐々に近づいてくるズドドドドという音と雪煙に目を凝らす。遥か遠くから「……ゥ~!」とかなんか聞こえる。とてつもなく嫌な予感を感じた僕はひく、と顔を引きつらせた。隣を見ればロイドもげんなりした顔をしている。うわすごい、寒さをあまり感じないはずの僕の腕に鳥肌が……。
僕とロイドが何が近づいてきているのか察してからきっかり30秒後。生身だというのに見事なドリフトを決めながら目の間に現れたのは、まあ予想通りフリント博士だった。
「らああううう!!おはようおはよう!5時間42分ぶりだね朝一の娘は非常に可愛いね!っていうかなんで外にいるの?あ、もしかしてまた抜け出そうとしたんでしょ!?んもう、悪い子なんだから、メッでしょ!そんな悪い子には後で折檻ですから……あ、ロイドくんもおはよう!」
「う゛げ……お、おはようございます博士」
「はーざいまーす」
「コラ!パパ♡って呼んで!君が望むならお父さん呼びでもいいけどねっ」
「…………………」
「こっち見るな。お前さんが決めた道だろ」
そうかもしれんがこれはキツイて。
雪煙が上がるほどの勢いで走り込んできた博士は、一切テンションも足も緩めることも無く僕にガバリと抱き着いては頬ずりをしようと顔を寄せてくる。
迫りくる顔をグイグイと押しやり少しでも遠ざけようと奮闘しながら、またも僕はこのモンスターを父と仰ぐと決めた昨日の自分の判断を後悔していた。
「博士、セクハラですから離れてください。今日から僕は何をすれば……ちょ、だから離れろって、マジで離れ……力強っ!?研究者とは思えないくらい力強い!?くっしかも腕が6本もあるから全然引き剝がせない……!」
「もがく娘もかーわーいーい~。今日はね~まずは検査だね~。研究所に戻りますよ~」
「え゛」
ギクリと体が強張った。
いや確かにね、昨日自分で言いましたけどね。僕が持つ全て提供しますって。
言ったけどさぁ……よくよく考えたらこのマッドサイエンティスト相手にとんでもないこと言ってしまったのではと実は僕は恐怖でいっぱいだった。
だって何されるか分からないじゃないか。痛いことすれば反抗期と宣言したものの「じゃあ痛くなければいいよね?」とか言って麻酔とかかけたうえで平気で指とか切り落としそうで怖い。もしくは検査と称してヤバいエネルギーまた注入されたりして……?
見るも無残な状態にされた自分を想像して冷や汗がダラダラ流れる。
「あ、あー。まだ寝足りない気がするからまた後ででいいかなぁ」
「逃げようとしてる……」
「シッ、お黙りロイド」
白々しく口笛を吹きながら博士からそろりそろりと離れる僕にロイドが呆れた顔をしているが睨みで黙らせる。
そんな注射が怖くて泣く子供を見る目で僕を見るんじゃない!怖いのは注射じゃなくてお前の上司だよ!
ジリジリと後ずさる。博士は寝足りないという僕の言葉に「ふむ?」と首を傾げ、次いで懐から取り出した携帯端末で何かを確かめた後満面の笑みを浮かべた。
「睡眠時間はまあ確かに足りていないようだけども、ちゃんと深い眠りにつけているから疲労度の回復は問題ないはずだよ。特に無呼吸状態になったり中途覚醒している記録もないし」
「いやなんで僕の睡眠状態が分かってるの?」
「君のベッドは最先端の技術が搭載された睡眠計測機器なんだよ。睡眠時間や入眠度の計測はもちろん、寝返りの数や寝言・イビキの録音までできる優れものだ」
「プライバシーの侵害ッッッ」
なんて恐ろしいベッドに寝かせとんじゃ!今日から寝辛いわ!
思わず大声でツッコミを入れた瞬間、僕の体は何本もの蜘蛛糸によって縛り上げられた。
「なぁ!?」
「さあつべこべ言わず検査に行こうじゃないか。なぁに怖いことはないから安心したまえ」
「待って待って待って絵面ヤバいって!!いややめて米俵みたいに持ち上げないでせめて自分の足で歩かせてぇぇえええ!」
ルンルン♪と弾む足取りで研究所に取って返す博士の肩に担がれた僕の絶叫は朝の澄み切った空気の中よく響いたという────。
とりあえず南無三とばかりに合掌していたロイドは後でシメるからな覚悟しておけ……っ!




