ステレオタイプの悪夢
────何かを削るような音で目を覚ました。
「……どこだここ」
起き上がって辺りを見渡す。光が一切見えない真っ暗闇な空間だ。
謎の音はまだ聞こえる。ショリ、ショリ……と金属質な何かを硬い物で引っ掻くような、どこか聞き覚えのある音だ。
暗闇の中で目を凝らす。しばらくして目が慣れたのか、少し離れたところで小さな女の子がこちらに背を向けて座り込んでいるのを見つけた。
「あ、あの~?もしもし、ここどこか分かります……?」
恐る恐る後ろから声を掛けると、女の子はコトリと首を縦に振った。
「……知ってるよ」
「本当?教えてほしい……な……?」
言いながらようやく気が付いた。例の謎の音は少女の手元からしていたことに。発生源である少女の手元をなんともなしに覗き込んだ私は、思わずひゅっと息を飲んだ。
少女の手には一振りの剣が握られている。
包丁よろしく砥石の上でショリ、ショリ、と研がれ続けているそれは、リリィの聖剣で勇者が最後に手に入れる伝説の剣で……。
「ここは……ここはね……」
ゆっくり、ゆっくりと振り返る少女。ハーフアップに纏められた豊かな金髪、そしてサファイアを嵌め込んだような深い青の瞳は非常に見覚えがあった。
普段であれば可愛らしい印象を相手に与える幼い顔はしかし今は非常に恐ろしいものに見える。
たじ、と後ずさるが何故かそれ以上足を動かせない。
少女の口が、ニイイと不気味に三日月に裂けて、そして……
「ここは……お前の墓場だよぉぉぉーーー!」
「ぎゃあああああああああ!!!サーシャああああ!?!」
絶叫しながらガバッと起き上がる。瞬間、恐ろしい少女のドアップ顔から景色が切り替わった。
目を刺す眩い光に荒い息を繰り返しながらパチクリと目を瞬かせる。
申し訳程度に小さな雑貨が置かれた部屋だ。揺れるカーテンの隙間からは暖かい光が差し込んでおり、先程の謎の暗闇空間とは打って変わって明るい。
絶叫と共に跳ね飛ばした布団には薄紫色のカバーが掛けられている。
そよそよと僅かに開いた窓から涼しい風が吹き込んできた。小鳥の鳴き声が優しく響く。
「……どこだここ」
結局見覚えのない部屋で目を覚ました僕は、夢の中と同じ言葉を口にするのであった。
「……お前さん、朝っぱらからこんな所で何を……」
目覚めてから早1時間程。手についた土をパッパッと払っていた僕は、背後から聞こえた声に振り返った。
「おはようロイド。早いんだね」
「それはこっちのセリフだよ。また勝手に抜け出して……やっぱり博士が親父とか嫌だーってまた逃げ出したのかと焦ったぞ」
「あーごめんごめん。誰かいないかなって部屋の外探検してたら庭みたいなところに出られたからつい……」
朝から疲れた顔をしたロイドに苦笑う。どうやら少し探させてしまったようだ。
見慣れない部屋で目覚めた僕は、軽く身支度を整えた後部屋を脱出して研究所の外に出ていた。
所内の廊下には至る所に所内マップがホログラムのように映し出されていために、特に迷うことなく裏口から出られた。
ちなみに昨日は全く気づかなかった。焦りすぎである。
本当は誰かが迎えに行くのを待っていた方がいいだろうとは思ったのだが、部屋に置かれていたそれを見つけてしまっては居てもたっても居られなくなってしまったのだ。
今日も今日とてロイドの傍には5つの頭蓋骨がふよふよと浮いている。よくよく見ると全部が全部ニンゲンの頭蓋骨っぽい形をしている訳では無く、犬やオオカミのような牙を持っているものや恐竜のような形のものも混じっている。
気ままに飛んでいる様子は散歩中のペットを彷彿とさせる。骨なのにちょっと可愛いじゃないか。
「そういえば昨日僕寝落ちちゃったよね。部屋まで運んでくれてありがとう」
「どういたしまして。ちゃんと寝られたか?」
「うん。あ、そうだ。部屋にあった靴勝手に履いてきちゃったんだけど大丈夫だったかな?」
本当はなんともベタな悪夢を見て飛び起きたのだが、まあ言っても詮無いことだし口には出さない。
つっかけよろしく履いてきたサンダルを指さし尋ねると、ロイドから「あの部屋にあるもんはお前さん用に用意したもんだから好きに使え」と肯定が返ってきた。
どうやらあの部屋はもう一人のフリント博士直下の研究員が僕が目覚めた時に使えるよう整えておいてくれたらしい部屋らしい。
そのもう一人の研究員に非常に心当たりがある僕はもしかして今日会えるのではないかと少しソワソワした。
「何してたんだ?」
日当たりがよく雪が積もっていない地面にしゃがみ込む僕の傍らにロイドもしゃがみこんだ。
目の前にはこんもりと盛り上がった土がある。しばらくその盛り土を見て首を傾げていたロイドだが、合点がいったのかちょっと複雑そうな顔で頷いた。
「……墓か、お前さんの。そういえばニンゲンは土の中に骨を埋めてその上に墓を建てるんだったな」
「そうそう。まあ厳密には篠原優のなんだけどね。一応けじめというか……わた、僕結構形から入るタイプなので。でも流石に骨は埋められないので代わりにスマホ埋めました」
目覚めた時にベッド脇のデスクの上に置かれているのを見つけたのだ。死体と一緒にこの世界に流れ着いたのを保管してくれていたのだろう。残念ながら1か月も放置されていた為に電源が入ることはなかったが。
しかし部屋に置いといてくれたであろう当のモンスターはスマホ?と疑問符を浮かべている。説明するために両手の指で四角をつくって「このくらいの大きさの携帯端末。黄色いカバーついてたやつ」と言うとロイドは合点がいったようにうなずいた。
かと思えばぐるんと僕の顔を見て慄いた表情を浮かべる。
「おおおお前さん、機械を土の中に……!?」
「いや充電切れで電源入らなかったからもういっかなって」
焦るロイドに苦笑いを返す。この世界の動力は電気ではなく魔力だということは昨日フリント博士から聞かされていた。発電所ならぬ魔力炉と呼ばれる空気中の魔力を機械などに使用できるように変換するなんちゃらかんちゃらシステムをどーのこーのして活用しているらしい。ならばこの先ずっとこの電気で動くスマホが充電されることはない。
「それに仮に電源入ったとしても、あれにはニンゲンの頃の思い出が沢山入ってるから」
墓標代わりに盛り土にさしたその辺で拾ってきた奇麗な石を何となく撫でながら呟く。
これは自分にとっての決意表明なのだ。
もう僕は戻れない、戻ることはない。そう自分に言い聞かせるために作った。
こんなもの、手元にあったらきっとずっと引きずってしまう。
これは今の僕には必要ない。篠原優と一緒に殺さなきゃ。
僕はもう一度、深く、深く、墓標代わりの石を盛り土に突き立てる。
後悔が掘り起こされないように、深く。




