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名付けと独白

12/19 内容を修正しました。

「アルベルサンドリティーヌ」


「長い」


「クリエコランティアンナ」


「……長い」


「ビアトリブライズ」


「………長い」


「ブリジリキャメランスターリー」


「だから長いって言ってんでしょうがぁ!ちょっとは短くする努力してもらっていい!?」


敬語も何もかも忘れ、私はバァン!と机を叩いた。


────博士が新たに私の名前を考えると言い出してから早くも1時間。

私の名付けは非常に難航していた。


誤解なきよう言っておきたいのだが、別に私が早速反抗期しているとかわがまま放題言っているという訳ではない。博士が挙げる名前のセンスがずっと酷いのだ。


私はただ「元々『ユウ』と呼ばれることが多かったから2文字3文字くらいの名前がいいな」と希望を述べただけなのだ。


なのにそれを受けて博士が考える名前が「ネコ」だとか「ウサギ」だとか「イカ」とか……もう本当に考える気ある?みたいなものばかり。


流石にそれはないわと私とロイドが反対し、ならば文字数制限を撤廃して考えてもらおうとした結果がこれだ。


何でこんなことになったんだろう……と私は遠い目をした。

よくこんなネーミングセンスで私に『名前を捨てろ』とかキリッと言えたな。


「博士のネーミングセンス終わってんな……。」


「マジで終わってる……これが父親とかさぁ……」


ロイドと共にげんなり項垂れる。もう本格的に名付けに向いていない。ペットとか絶対飼わないでほしい。


「ふたりとも酷くない!?ちょっと待って、今候補に出したの全部昔流行った歌劇の姫の名前なんだよ?良くない?」


「一応元ネタあったんかい。ちなみにハッピーエンドの劇?」


「ううん。全員悪女で全員死ぬ」


「最悪すぎるわ!」


「でも美姫だから!」


そういうこと言ってんじゃないのよ、美しければ悪女でもオッケー!って価値観まで終わってるだろ!しかも死んでるし。

ネーミングのセンスも無ければ子の幸せを願う心も無いのかこのサイコパスマッドサイエンティスト?


「はあ……もう博士に頼るのはやめよう。ロイドなんかいい案ない?」


「俺ぇ!?」


いい加減ツッコミ入れるのにも疲れてきてしまった私は、まだぶつぶつと呟いている博士を無視してロイドに助けを求めた。

まさか自分に矛先が向くと思っていなかったのか、ロイドは目を丸くして素っ頓狂な声を上げた。私は疲れた目で頷く。


多大な期待を寄せてしまって大変申し訳ないが、ロイドなら変に捻ったりしないでシンプルな名前を付けてくれそうだと思ったのだ。なんにしても博士より酷いってことはきっと無いだろう。っていうかもうこの際5文字以下で実存する動物食材の名前じゃなければなんでもいいです。


やさぐれた気持ちでロイドを促す。「ええ……」と明らかに困惑した様子を見せたロイドだったが、しかしそ(・)れ(・)は案外早く彼の口から出た。



「────ラウ……とか」


「ラウ?」


言われた音を復唱する。

らう、ラウか……二文字だし呼びやすいな。少なくとも絶対言ってる最中に噛む博士産の名前よりずっといい。


思ったよりもすぐに出たということはもしかしたらこの一時間の間に少し考えてくれていたのだろうか。ちなみに名前の由来は何だろうかと、何となくロイドを伺い見る。すると彼は少し困ったような顔をした。


「元々の名前の末尾をとった。ファーストネームとセカンドネームの末尾を取って『ラウ』」


「え……」


軽い気持ちで名付けをお願いした私だが、ロイドのその言葉を聞いた瞬間思わずポカンと呆けてしまった。


シノハ『ラ』ユ『ウ』だったモンスターだから、『ラウ』


確かに元の名前と同じような語感の名前だと助かるな、とは思っていたが。まさかロイドの……モンスターの口からそんな言葉が出るとは思っていなかった。


なんでそんな、何故。心のうちに浮かんだ疑問の答えは、すぐに自分の中で見出された。


ニンゲンを捨てる覚悟はもう決めた。もう私が『篠原優』を名乗ることは金輪際ない。私と『篠原優』は『篠原優』の死をもって決別した。これからの私は、全くの別人───モンスターとして生きていく。

しかし、それでも、『篠原優』という名前は25年もの間私の名であったのだ。

捨てることに未練が無い訳ない。


きっとロイドはそれを汲んでくれたのだ。全部捨てなくていい、残していいんだと。そう言ってくれているのだ。


「………」


なんでこのモンスターは私にここまでしてくれるのだろう。

同情だろうか、憐憫だろうか。

何だっていい。今はただこのモンスターの優しさを噛み締めて居たかった。


目尻に滲む涙を隠すように俯く。


「……ありがとう」


「……」


ロイドは何も答えない。複雑すぎて読み取れない表情で私に頷いた。


「分かった!!じゃあシェリルクロイエンナ!」


「頼む、お願いだから黙って博士」


誰かこのサイコパスをどうにかしてくれ。

もはやふざけてるのかと思うほどに空気を読まなすぎる博士の発言のせいで、数秒前まで感じていた何もかもが涙と共に引っ込むのを感じた。

なんなの?わざと?わざとなんですか?と私は酷くシラけた気持ちで博士を睨む。


「もう決めました。今日から私の名前はラウです、ラウ。これ以外認めません。いいですね?」


「え?ロイドくんが決めたの?なんでよ私が決めたかった!っていうかその名前は何からとったの?出典は?」


「話聞いてなさすぎでしょ!!絶対教えません!」


いやいっそ聞いてない方がよかったかもしれない。何故なら色々と面倒臭そうだから。

嫌々と駄々をこねる博士を蹴り飛ばしたい気持ちを押し留めるため、私は大きくため息をついた。








─────わたしの名前、名前は……。


「……私、ね」


ふと、ゲームの中のワンシーンが蘇った。

あれはサーシャが初めて出会ったモンスターに名前を名乗るシーンだったか。

草原の中に佇む金髪碧眼の少女のことを思い出した私は、博士とロイドのふたりを振り返った。


「どうせなら一人称も変えようかと思うんだけどどう?文字通り新しい自分ということで心機一転」


何も気にしていないように見せかけるため、にっこりと笑ってやる。


なんとなく、サーシャと……自分を殺し、この世界を滅ぼすかもしれないニンゲンと一緒の一人称を名乗るのは嫌だと思ったのだ。

自分の中に残す『篠原優』の名残は、ロイドがくれたこの名前だけでいい。

それ以外は全て変えてやろう。それがきっと『篠原優』への供養になるから。


「一人称か……そうだね、私的には古代のニンゲンの王が使っていたという朕がいいと思うんだg」


「とはいえ一人称なんてそう候補がある訳でもないんだよなぁ。アタシ……は今までとあんまり変わらないし、どうせならガラッと変えたいけど俺じゃあちょっと勇ましすぎるし。あと思いつくのは我、拙者、妾、マロ……うーん厨二っぽい。……やっぱりシンプルに僕とかかな?女なのに変?」


「いやあの、朕……」


「むしろ色々考えすぎじゃないか?モンスターはあんまりその辺深く考えないよ。お前さんがいいならそれでいいと思う」


「朕……」


「そう?じゃあそうしようかな」


無視された博士が床にのの字を書いて泣いているのが視界の端に映るが、相手していると時間が無くなるのでそのまま触れないでおく。


そういえば前に読んだ少年漫画のキャラクターにいたなぁ。味方から敵に寝返った際に前の自分と仲間と決別するために一人称変えてたやつ。


当時は作者が飽きちゃったのかなって軽く流していたが、なるほどいざ自分の身に置き換えると良い切り替えのきっかけになりそうと感じる。


心の中で新しい名前と一人称を使うイメージトレーニングを済ませ、こほんと咳払いした僕(・)はふたりに真っすぐ向き合った。






「それじゃ、改めまして。────フリント博士の娘として今日生まれました、アンデッドのラウです。一年後に現れるニンゲンについて、勇者について、僕が知っていることは全てお話しします。僕がこの世界で生き残るために。どうか力を貸してください」











◇◆◇










「……なるほど、ならばこの時期に……ん?」


大机の上に広げられた地図に文字を書き込んでいたフリントは、正面の娘───ラウが机に突っ伏して寝息を立てているのに気付き、苦笑いを浮かべた。


「寝てしまったか」


「だいぶ前から限界そうだったよ。そりゃ3時間もぶっ通しで話してりゃ疲れるわな。しかも今日目覚めたばっかでまだ体にも慣れてないだろうし」


俺も流石に眠いと欠伸を噛み締める少年然とした部下の言葉に頷く。見ればもう日付はとっくに超えていた。


「今日はここまでにしようか。ロイドくん、ラウを部屋まで運んでくれるかい?」


「はいはい」


椅子から立ち上がった彼は、そのまま床から(・・・)一体のスケルトンを喚び出した。スケルトンはガシャガシャと音を立てながらラウに近づくと、ゆっくりと丁寧に横抱きで持ち上げた。

その様子を顎に手を当てながら観察する。


「私の時とは随分と対応が違うじゃないか」


「別に」


揶揄を含めて部下の行動を指摘すれば、酷くつっけんどんな返答が返ってきた。

彼が私に対し愛想良くすることなんて何か要求がある時以外無いのはいつものことだが、今日のロイドは更に輪を掛けて刺々しい。


良(・)い(・)こ(・)と(・)だ(・)と感情を見せる彼をにこにこと観察していると、ロイドは非常に気持ち悪いものを見る目で見返してきた。

そして大きなため息をこぼす


「起こしたら可哀そうだろ。……それに一応上司の娘なんでね」


「おや、何やら含みを感じるね」


チラ、と横目で自分を見遣った彼はそのままふいっと顔を背ける。

彼の周囲に浮く頭蓋骨達がラウを抱くスケルトンの為に器用に扉を開けてやるのを見ながら、ロイドは口を開いた。


「……名前を捨てさせたからと言って、別にコイツが危険分子でない証明にはならない。何を考えてんだ?」


「うん?そもそも私は彼女がスパイだなんて思っていないよ」


「はあ?」


剣呑な眼差しで私を振り返ったロイドに笑みを深める。


「たまたま私が拾った死体がニンゲン界からのスパイの可能性なんてかなり低いだろうさ。そもそも私が死体を拾う確証もないし、私が彼女を生き返らせに成功する確証はもっと無い訳だしね」


ニンゲンは世界を渡る術を持っているのだから、送るならちゃんと訓練されたスパイを送り込むだろう。

こんな最もスパイと程遠い……あえて良く言うのならば素直すぎる性格のニンゲンを、わざわざ死体の状態で送り込む博打を打つわけがない。


「死体の状況からして魔法界に来てから死んだとも思えないし、十中八九彼女は『何かに巻き込まれた哀れな被害者』だよ。」


「じゃあなんで……っ!」


「うーん……覚悟が見たかったとかじゃだめかな?」


「覚悟……?」


理解できない、と眉を顰めるロイド。どうやら本当に彼女に入れ込んでいるようだ。


何が彼をそこまでさせるのか。私からすれば今日会ったばかりの彼女にそこまで入れ込む彼の心理の方が謎だがね、とは思ったが口に出すことはしなかった。


その代わりに机の上の地図を片付けながら、私は彼の疑問に対する答えを述べた。


「彼女の齎す情報は有用だ。だがね、今は自分の身可愛さで正直にすべて話してくれているようだが、例えば少し落ち着いた時に『やはり同胞は裏切れない』とか思われても困る訳だよ。情報に嘘を混ぜられても困るし、妨害をされても困る。

だからニ(・)ン(・)ゲ(・)ン(・)を(・)自(・)分(・)か(・)ら(・)捨(・)て(・)さ(・)せ(・)た(・)」


もう戻れないと思わせた。

自分の居場所はこの魔法界にしかなくて、この魔法界を救うことがイコール自分の死を回避するための唯一の道だと思わせた。

そうすることで、彼女はこの先我々モンスターを裏切らせないようにする。


「……狂ってる」


「酷い言いようだね。実際もう彼女の居場所はニンゲン界には無いだろうから丁度いいだろう?」


『サーシャ』『勇者』『一週目』『エンディング』『モンスター』『ニンゲン』

様々な単語が書き殴られた紙の束の角を揃える。


きっとこの資料をまとめ、報告書にするだけで朝を迎えるだろう。

だが、この高揚感を抱いたまま休むことなどどうせできないのだから何の問題もない。


ああ、間違いなくラウは有用だ。この情報があれば勇者の侵攻を未然に防ぐことも可能だろうし、彼女自身も我々リライヴェッジの研究員の悲願である『勇者の研究』を進めるうえで大事なピースである。

絶対に手放す訳にはいかない。


その為ならば、研究の為ならば、私は彼女にとって完璧な後見になろうではないか。


「…………前々から思ってはいたが、アンタは多分碌な死に方しないだろうな」


「ハッ。何をいまさら」


吐き捨てるように言うロイドに笑う。

研究者なんてみんなそんなものだろう。神を信じているというくせに、好奇心を満たすために何の躊躇もなく神の領分を犯す愚か者達。私が神ならそんな者共とっくに見放している。


だがそれで構わない。死後がなんだというのだ。今この身に宿る好奇心を満たせず死ぬ方がよほど恐ろしい。


押し黙ったロイドを顎に手をやり観察する。未だ剣呑な光を宿すその瞳の内側で何を考えているのかを推測する。


────そして私は一つの天啓に至った。


「なるほど、やけに棘があると思っていたがそうか。君も考えようによっては私の息子みたいなものだからね。妹ができたせいで父である私が盗られたと思っているんだね?全く仕方がない子だな」


「キモイやめてマジで。アンタが父親とか絶対無理です。一緒の空気吸いたくないから外に放り出していい?」


「言いすぎじゃないかな?」


本当に寒気を感じているように腕をさするロイド。彼の言葉の方が『拒否するなら反抗期』宣言したラウの言葉よりよっぽど反抗期じみている。

情け容赦ない言動に僅かに胸の痛みを感じつつも、私はふと息を抜くように笑った。


重苦しかった空気は霧散した。


「明日からはラウの世話係兼モニタリング係を頼むよ。まだ彼女の体は不安定だ。脱走時に見せたという魔力の暴走も安定していないせいだろう、上手く調整してやってくれ。その代わり今着手しているプロジェクトは一旦外れていい」


「平気なのか?」


「第一研究室から来てる案件だし、別に特秘研究じゃないから第一に手伝えっていうよ。……いやごめん、やっぱり詰んだら応援頼むかも」


「そこは大丈夫って言い切れよ」


私手づから指導したロイドは大変優秀な研究者だ。退屈な案件に対してはサボり癖があるのが玉に瑕ではあるが、のめり込めばそんなことも無く熱心に研究に打ち込むし斬新なアプローチを試みる発想力もある。


他の研究室の研究員が3人束になっても適わない彼がプロジェクトから外れるのは痛手で無いのかと聞かれれば痛手で間違いはないのだが、しかし進行形のプロジェクトよりも今なによりも我々が優先しなくてはいけないのはエネルギーに適合した奇跡の実験体……ラウの命だ。


私が長を務めロイドが所属する零課は、否もっといえばこのリライヴェッジ研究所は、彼女を動かしているエネルギー────勇者原産の『ユウキエネルギー』を解明するために存在しているといっても過言ではないのだから。


「今日名前が挙がった陛下を除く4名との顔合わせもお願いするよ。まあミモザは明日出勤だったからラウが目覚めたと分かれば呼ばなくとも飛んでくるだろうけど」


「ああまあ……そうだろうな」


「私から先んじて陛下に報告は上げるが、勇者侵攻対策を詳しく話し合うならラウも陛下も側近の方々も交えて話した方がいい。だが現在陛下はたしかアルバストスに外遊中だからどんなに早くともお目にかかるまでに2週間はかかるだろう。謁見までにみんなにラウのことを紹介してあげてくれ」


今日ラウが主要メンバーとして名前を挙げたモンスターは自分を含め全員一癖も二癖もあるモンスター達だが……彼女ならきっと上手くやるだろう。自分に創造主(親)としての責務を果たせと言い放った彼女であれば。

ラウの啖呵を思い出し、喉奥でクツクツと笑う。ロイドはそんな私に疲れたようなため息をついた。


「帰る」


「遅くまで悪かったね。妹のお世話頼んだよ」


ヒラヒラと手を振るだけで返事とした彼の背中が扉の向こうに消えていく。


「……さて、彼女は救世主になり得るのかな。……楽しみだ」


誰言うともなく呟いた言葉は、掛けた椅子が軋む音と共に消えていった。



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