交換条件
12/19 内容を修正いたしました。
博士の言っている意味が分からず、私は目を瞬いた。
「む、娘……?」
「アンタ今度は一体何を……!」
「君に発言の許可は与えていないよ、ロイド研究員。座りたまえ。それにこの話は別に彼女にとって悪い話ではない。体がモンスターになったのだから名も考え方もモンスターになれというだけの話だ。どちらにせよ今後この魔法界で生きていくのならそれは必要なことであろう」
冷たい目を向ける博士。しかし『黙れ』という上司命令に、ロイドは真っ向から反抗し博士へと更に嚙みついた。
「俺らがこいつを勝手にモンスターにしたんだろ!?それなのに信じられないからって、その在り方まで変えろなんて……まして俺らがそれを強要する資格なんてねえだろうが!身勝手すぎる……っ」
「じゃあどうする?陛下に判断を委ねるかね?陛下は慈悲深いが、危険分子に情け容赦をかけるような方ではないぞ。私の後ろ盾がない状態で王城に身柄を引き渡したらきっとリライヴェッジで監禁するよりも惨いことになるだろう」
「っ」
ギリ、とロイドが歯を食いしばる音が聞こえた。自分のことを話しているのに、二人の言葉が全く知らない言語のように思えてならない。
「名前を捨て、私の娘と名乗ればその後の生活は保障しよう。大体の状況において私の名前は大きな後ろ盾になると思うがどうかね?その代わり、少しでも怪しい行動が見受けられたら……まあ問答無用で監禁生活行きだし、残念だけど最悪の場合は始末することになるけどね」
「始末……」
フリント博士の言葉を復唱する。始末と言うことはつまり……私を殺す、ということだろうか。
死という単語が脳裏に浮かぶ。
……それは、それだけは絶対に嫌だ。
私は、死にたくないから……もう死なない為に、リリィの聖剣の話を博士に語ったのだ。
この世界に危機が迫っていると、このままでは勇者が来ると。
なのに私の言うことは何一つ信じてもらえない。それどころか怪しいから監禁する?最悪始末するだと?見た事も聞いたことも無い過去の人間達の所業のせいで、私の尊厳が奪われる?
そんな馬鹿な話があるか?そんなこと許容できるか?
────ふざけるな。私を馬鹿にするな。
私の怒りに呼応するように、胸がカッと熱を持った。その熱に背中を押され顔を上げる。
「分かりました。フリント博士の娘になります」
二本の足で立ち上がり、目の前の博士を睨みつける。
「おい……」
「大丈夫だよ。流されて返事してる訳じゃない」
ちゃんと自分で考えられる。だって私には意志を持つ一人の───一体の、モンスターだ。
博士の黒い瞳と対峙する。相変わらず感情の読めないモンスターだ。
逆に私の瞳には、きっと誰が見ても分かるくらいに燃え上がる怒りがありありと映っているだろう
よくも散々人の事悪しき様に語ってくれたじゃないかこのマッド。スパイ?悪意ある存在?残虐な人間性?
私のことを何も知らないくせに好き勝手言ってくれやがって。
名前を捨てろというなら捨ててやる。どうせ人間の私は死んだのだ。この世界でモンスターとして生きていくしかない以上、娘でも犬でも何でもやってやろうじゃないか。
でも、それでも、何でも思い通りに行くと思うなよ。
「────ただし、条件があります」
「……ほう。君は自分が条件を出せる立場だと思っているのかね?」
私の返答が予想外だったのだろう。黒い瞳が一度だけ瞬いた。
私のことを何だと思っているんだ。そんな一方的に言われて「はい分かりました」と素直に頷くような殊勝な性格だと思っているのだろうか。
さっき説教されたことも忘れたのか?鼻を鳴らした私は続けて口を開いた。
「ええ、思っています。拒否するなら、私はあなたの娘を名乗ったうえで───全力で反抗期をします!」
「は?」
「……反抗期?」
想像だにしなかったであろう単語を聞いた博士は流石に面食らった様子を見せた。成り行きを見守っていたロイドはぽかんと口空けて呆けている。
私は自信満々に大きく胸を張った。
「はい。サーシャが勇者として目覚めるような事態になったら私も絶対殺されます。私、死ぬのだけは絶対嫌です。なので私がもつ未来の知識については全力で出し惜しみなく提供しますし、全力で働きます」
「……」
「ただし!」
黙って私の言葉を待つフリント博士に指を突き付ける。
「超エネルギーの研究については別です。もし私の要求をのまないのであれば、最低限の生命維持以外、研究データなんて取れないように反抗し続けます!嫌いだから近づかないで!とか触らないでキモイ!と言って逃げますし、洗濯物一緒に洗わないでとか…………いやそれは反抗期じゃなくても嫌だな……と、とにかく!反抗期を理由に検査なんてさせませんしデータの提供なんてしません!」
一息で言い切ったせいで僅かに呼吸が上がるが、しかし視線はフリント博士から離さない。
ぶっちゃけ反抗期らしい反抗期を経験していないので、具体的な反抗期のセリフのボキャブラリーは貧相そのものであったが構わない。
大事なのは『私の言うこと聞かないなら研究に協力しない』と言う姿勢を相手に見せることだ。
この体を流れる『超エネルギー』とは正直何なのかさっぱり分かっていない。ゲーム内にもそんな激ヤバエネルギーの話なんて一切出ていなかったし。
でもこれだけは分かる。この『超エネルギー』に適合した私の体は非常に貴重なサンプルだ。その私が研究に協力しないと、彼らはこの先立ち行かなくなる……いや、全く立ち行かなくなることは無いのかもしれないが、多少なりとも打撃を与えることができる。はずだ、多分。
「じゃあ研究に協力しないならメンテナンスとかもしないから」って言われるとめちゃめちゃ困るが、まあしかしきっとそんなことはないだろう。
だってこのモンスターは、得体の知れない、危険かもしれない私を研究のためだけに傍に置くと言ったのだ。
言い方が滅茶苦茶悪すぎるが、私を娘として迎える────私の後見になるということはつまり、私が何かをしでかしたら……例えば過去の人間達のように罪もないモンスター達を虐殺しまわる等大問題を起こした場合、その責は全て博士に及ぶということだ。
そんなリスクの高いことを、彼は研究の為に……私の体を巡るこのエネルギーのためだけに背負うと言った。
それほどまでに研究が大事なのだろう。ならばこの脅しはきっと博士にとって特攻になるはずだ。
「……私を脅すということかね?」
「そうです!反抗期になるぞと言う脅迫です!要求はそう難しい内容ではありません。まず私の父を名乗るなら、ちゃんとそれなりに愛をもって……尊厳ある一体のモンスターとして接することを求めます。モルモット扱いとか実験体扱いとかやめてください」
「……ふむ?」
「今の私ってつまり人造ならぬモンスター造モンスターってことですよね?なら創造主として責任を取ってもらうのが筋だと思うんですよ。つまりちゃんと愛をもって健やかに育ててもらわないと許さないんですからねパパ!?」
「ぱぷぁ!!??」
なりふり構わず振りかざした暴論にロイドが奇声をあげて撃沈した。笑いの衝動に負け椅子から転がり落ちて咽せ続けている。
さっきまであんなに格好よかったのに……彼に対して抱いていた尊敬とか親愛とかの感情が急速に萎んでいくのを感じる。私は哀れなものを見る目でロイドを見下ろした。
対してパパらしくあれと迫られた当の博士は呆然とした表情で私を見ていた。
鳩が豆鉄砲を食らったような顔とはまさにこのことだな。反論がないなら都合がいいと、私は博士が再起動する前に次の要求を口にした。
「あと基本的にちゃんと検査とか研究には協力しますが、痛いのは嫌です」
「………………………採血とか注射とかは?」
「まあそのくらいならいいでしょう。肉体実験するとか指落とすとか腹捌くとかは絶対ダメです。反抗期します!」
反抗期に動詞をつけて話すのはきっと私くらいだろうなと思いながら言い募る。
僅かに復活したフリント博士は先程までのつまらなそうな瞳はどこへやら、キラキラと死んだ目を輝かせ始めていた。
「いいだろう。それだけかね?」
「……あとは、どうか私のことを信じてください。勇者は現れます。私たちは生き残るためにこれに対抗しないといけない。私と一緒に考えてください。そのためなら博士の言う通り名前も、人間の───ニンゲンとしての在り方も全て捨てます。今日新たに生まれたモンスターとして、貴方によって生み出されたモンスターとして今後生きていくと誓います。モンスターを裏切ることは絶対にしません。だから……」
言葉は自然に消えていった。
信じるために娘になるのだから、この要求は無効かもしれない。
だがそれでいいのだ。要求と言う体で私から、ちゃんと私の口から伝えたかったのだ。私にモンスターに対する敵意はないということを。
そしてこの体は、私が持つ記憶は、全ては私がこの世界で生き残るために────ひいては、この世界に生きるモンスター達の命を救うために使うと、そう使えと言う意思表示だ。
私も、フリント博士も口を開かない。数秒、いや数分だろうか。永遠とも思える時間が私たちの間に流れた。
「────ククク。くっくっくっくっ」
やがてロイドの苦し気な咳以外何も聞こえなくなった部屋に、そんな不気味な引きつり笑いが響いた。
音の元である博士は椅子からふらりと立ち上がり、片手で顔を抑え天を仰いだ。
そしてそのまま幽鬼のような足取りで机を迂回し私の元まで歩み寄ってくる。
ごくりと喉がなる。
博士の答えを待つ私と気味の悪い笑い声をあげる博士。
緊張が両者の間で走り……突如博士は目にも留まらない早さで私の両肩を計6本の腕で掴んだ。
「交渉成立だ!!まさかこの状況下で私に交換条件を出してくるとはね!ああ愉快、非常に愉快だ!はーっはっはっは!ああ全く肝の座った娘だ!父は誇らしい!上出来だ!上出来だとも!いいだろう、君の言うことを信じよう!君はニンゲンのスパイなんかではなく私の可愛い娘で、天が齎した奇跡の記憶を持つ天使だとも!安心したまえ、今後何不自由することなく暮らせるように計らうおうじゃないか!父は愛する娘のためできることは何でもしよう!」
「あべべべべべばばばあ!?ああああありがとうございますすすすす!?」
とんでもない力でガクガクガクガクと揺さぶられる。やめろやめて私結構車酔いとかしちゃうタイプだから気持ち悪くなっちゃいってぇ舌嚙んだァ!
なんとか博士の多腕から抜け出し口元を抑え痛みに打ち震える。頭上では博士が喜びの舞を踊り喜びの歌を神に捧げているのが聞こえた。
「ああ娘……娘かぁ。この間学生時代の同期が『娘が産まれました』ってわざわざSNSで自慢してたの見かけちゃってさぁ。その時は研究に必要ないしって鼻で笑ってたんだけど、いやぁ実際に出来ると嬉しいものだねぇ。しかも私の娘は研究に必要な娘ときている!神に感謝します!愛娘にも感謝します!」
「うわぁ心とか無さそうなコメント……」
「あの、私もノリで愛をもって育てろとか言いましたけど、普通に後見になってくれるだけでいいですし愛娘連呼しなくていいですからね」
「やだっ!パパって呼んで!」
「め、めんどくせぇ~~~」
早速判断誤ってしまったかもしれないとげんなりする。この調子で永遠と絡まれたらいつか手が出そう。
ようやく笑いの檻から解放されたロイドが同じような顔で博士を見上げていて、勝手に同志よ……と親近感を覚えてしまった。
「……ロイド。怒ってくれてありがとうね」
第一子誕生に有頂天な博士の高笑いが響く中、私は傍らのロイドにこそっと耳打ちした。
彼が私の代わりに博士に怒ってくれたことがすごく嬉しかった。
私の尊厳を守ろうとしてくれる姿勢に、たとえ椅子から転がり落ちる程の笑い上戸でだとしても感謝の念は絶えない。
「いや、俺は……」
「……?ど、どした?」
しかし、私の言葉にロイドはなぜか複雑な顔をした。申し訳なさそうな、痛みをこらえるような表情だ。
そこまで責任を感じてしまっていたのか。予想外の反応で思わずロイドの顔を覗き込んでしまった。
少しの間何かを思い出すように視線を彷徨わせていた彼だが、私がおずおずと再び声を掛けるとハッと我に返った。
「あ、いや……。お前さん正気か?あれを父親とかどうかと思うぞ?」
「え?う、うん。まあとりあえずそうする方向が一番いいかな、と不本意ながら思うので……」
何事もなかったように私を茶化すロイド。不自然な切り替えにどぎまぎとしながらもなんとか返答をする。
苦笑いで「そうか」とだけ言った彼は、そのまま私から目をそらし未だ高笑いを続ける博士の顔面目掛けて、浮遊する頭蓋骨の一体を鷲掴み全力で投げつけた。
「うるせぇ!いつまで笑ってんだ!」
「いったぁ!?ちょ、ロイドくん容赦なさすぎじゃない?血ィ出てきたんだけど!」
頭蓋骨が見事額に命中し涙目で顔を抑える博士。ぎゃんぎゃんと言い争う二人の後ろで、砲丸投げの砲丸よろしく投げつけられた頭蓋骨がふらふらふら~と床に力なく墜落した。
ず、頭蓋骨くーんっ!?
余りにも可哀そうすぎて思わず頭蓋骨に駆け寄る。仲間たちもオロオロとした動きで近寄ってきた。
人間……ニンゲンのそれよりに比べて鋭利な突起が生えてる頭蓋骨を恐る恐る拾い上げる。こ、これ投げたのか……殺意しか感じないな……。
とりあえず目立ったヒビとか欠けとかは見当たらない。ほっと胸を撫で下ろす。無事でよかった。いや頭蓋骨って時点で無事じゃないかもだけど。
「おっと、ロイドくんと不毛な喧嘩なんかしてる場合じゃなかった」
「ああ?」
ロイドのこめかみに青筋が浮かぶ。ちょっとお兄さん、顔がカタギのそれじゃないから抑えて抑えて。
頭蓋骨達と共にまあまあとロイドを宥めていると、額から血をダクダクと流した博士が私を演技掛かった動きで振り返った。
「さあ我が愛しの娘よ。さっそく今日生まれた君にふさわしい新たな名を考えようじゃないか?」




