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アルマリオファミリー 其の十二


 コロニーの壊滅、回復のための菌糸網の消失、己の首を刈り取る一撃。

 決定的な死を前にした女花が取った行動は、絶望の淵に瀕したことによる絶叫───ではなかった。

 


「ヒヒヒヒィィイァァアァァァアッ!!」

 

 ほんの数寸、あと1秒で首に到達するはずだったのに、突如女花が狂笑と共に吐き出した黒い霧によって阻まれる。爆風のように膨れ上がったそれは僕の体諸共首を斬る刃を弾き飛ばした。

 

「〜〜〜〜ッ!!」


 視界が黒一色に塞がれる。明らかに良い影響を及ぼすとは思えない霧を吸い込まないように手で口を覆いながら、突然の霧の発生と後一歩届かなかった怒りにヤケクソ気味に剣をぶん投げた。


 黒を切り裂いて銀の軌跡が一直線に飛んで行くが、すぐにキィンッという高い音を立てて弾かれてしまう。

 それどころか剣を弾いた蔦はお返しとばかりに霧の中錐もみ状態の僕に突き破る勢いで殺到した。


 散々顔の前を飛び回り、自分の配下とのつながりを断ち切った小虫は何がなんでも潰すという殺意に塗れた蔦は、正確無比に霧の中迫ってくる。


 離脱も図れない密度に歯を噛み、『八艘』を展開し体勢を立て直す。瞬時に右手に剣を再転送し応戦するも、しかし十度蔦を叩き切った所でブォッと風を切る音と共に死角から女花の腕が飛んできた。


「ぐうううっ!!」


 咄嗟に剣を滑り込ませて直撃は避けたものの、大質量による攻撃に足元に展開した『八艘』が耐えきれず割り砕かれ吹っ飛ばされる。体制を崩したのを好機とみたか、蔦が更に数を増やして襲いかかってきた。

 

 避けられない、と顔が引き攣ったその時。


「へぐぇ!?」


 ガクン、と襟首を引っ張られる。締まる喉に潰れたカエルにように呻くと同時、体が何かによって持ち上げられた。


 一瞬遅れて四方八方から飛んできた蔦が足下を通過する。しかし攻撃を回避できたと安堵する暇もなく、窒息しそうになってもがもが暴れながらも僕の体は何者かに吊るされたまま滑るように霧の中を進み、ボバッと範囲外から連れ出された。


「なにが起きて……ってアインス!?ドライ!?」


 浮遊感に目を白黒させながら頭上を見上げれば、頭蓋骨状態に戻った一番目の近衛(アインス)と三番目の近衛(ドライ)が僕の首元に巻かれたリボンを咥えているのが見えた。

 間一髪のところを連れ出せた達成感のようなものを思念で伝えてくる2体は、そのまま僕をクレーンゲームの景品よろしく地上で避難するロイド達のところまで運搬する。


「ラウ!無事か!?」


「う、うん。危なかったけどなんとかぁぎゃんっ!?」


 焦った顔で迎えにきてくれたロイドにアインスとドライのおかげで怪我はないと伝えようとした瞬間、ぽいっとばかりにすごく適当な感じでリボンが離された。数十センチの高さから落とされ痛みに悶絶する。


「いったぁ……ちょっと最後適当すぎ……アインス!?ドライ!?」


 強打したお尻をさすりながら文句を口にしようとするも束の間、僕をここまで運搬してきた二つの頭蓋骨がフラフラと地面に落ちた。

 下から見上げているときには分からなかった状態に息を呑む。頭蓋の表面は黒く変色しており、じゅうじゅうと音を立てて溶け始めていた。


「ちょっと!?大丈夫!?」


「待て、触んな」


 普段は眼窩の向こうに見える青い光は今や弱々しく明滅しており、今にも消えそうだ。その異常でしかない様子に思わず声が上擦る。

 駆け寄ってきたロイドが剣呑に眉を顰め、悲鳴を上げる僕を下がらせては表面を侵食する黒色に指で触れた。


「っ、……毒?」


 すぐさま指を離したロイドだが、触れた場所が感染でもしたかのように黒ずんでいる。爪先を侵食するそれに僅かに顔を顰めたロイドにまたも息を呑む。


「ロイド!?何してんの!?早くポーション……!」


「……」

 

 骨すら溶かすそれに侵された指先に悲鳴を上げる。

 だが慌てる僕を他所に彼は何かを確かめるようにしばらく爪先を観察し、次いで僕を……厳密には僕が着るメイド服の裾へと視線を向けた。

 視線を追う。服の裾には焦げたような、フリルが一部溶けた跡が残っていた。少なくとも蔦との戦闘でついたものではないだろう。


「厄介極まりねえな……」


 近衛の状況、焦げたような服、そして己の指を見て何かを察したように目を細めながら黒く染まった指を擦り合わせる。

 すると仄かに青い魔力が指先を包んだかと思えば、巻き戻しのように黒が消えた。


 その光景にギョッと目を剥く僕の前で軽く手を振って調子を確かめたロイドは、今度は黒に侵され力無く地面に転がるアインスとドライへと手を翳し自分の魔力を注ぎ込み始めた。


「お前さんは大丈夫か?痛いところは?」


「へ!?え、あ、うん……?あ、でも言われてみればちょっと肌がピリピリするかも?戦闘に支障が出るほどじゃないけど」

 

「すげえな……滅茶苦茶強い毒だぞこれ」


 ロイドの目が達観する。きっと心内で続いた言葉は「流石はユウキエネルギー……」だろう。同感です。アルマリオがいるので口にはしなかったが。

 っていうか大体の毒は無効化できる僕のことよりも自分を心配しろ??その指大丈夫なの……?

 

 とりあえず、ほぼ無傷と言っても差し支えない僕の言葉に安堵と苦笑が混ざった顔で息をついたロイドは、今度は部下と共に避難していたらしいアルマリオを振り返った。

 

「おっさん」


「テメエ……俺ァまだ35だって」


「部下全員下がらせろ。多分だがあの霧は消化液由来の腐敗毒だ。ラウ以外が触れたり吸い込んだりしたら体が溶けて死ぬぞ」


「───ッ!」


 そう言って自分の配下も下がらせるロイドの言葉に、アルマリオと共に目を見開く。


「アンデッドモヴですら溶かす強力な毒だ。無闇に近づくのは危険すぎる」


 魔力によって完全回復したアインスとドライをロイドはすぐさま全身顕現させる。だが、再び女花に突撃させることはしなかった。

 苦々しい顔で未だ気味の悪い狂笑を上げながら黒霧に全身を包む女花を睨みつける。


 確かに、あのモヴは消化液で獲物を溶かして捕食する花系のモヴの因子が取り込まれている。消化液を攻撃に使うのも十分考えられた。

 腐敗毒の霧は建物や地面までもジュワジュワと音を立てて腐らせ始めている。確かにあんな瓦礫やコンクリートですら溶かす毒に近づくのは得策ではない。


 だが、だとしたらこの状況はあまりにも最悪となった。


「近づけねェってか……コイツ以外は」


 苛々と頭を掻きむしるアルマリオが僕を睨む。その目は「なんでお前は平気なんだよ」という疑問を雄弁に語っていたが、なんと答えれば良いのか分からないのでそっと目を逸らした。しょ、詳細はリライヴェッジ研究所第零研究室まで……。

 

「チッ、じゃああの霧なんとかすりゃいいだろ。おい、『疾風』で敷地の外に吹き飛ばせ」


「は!?何言ってんの!?そんなことしたら外にいるモンスターが……」


「んなこと言ってる場合かァ?このまま全滅すりゃ早かれ遅かれ外に出たアイツらが主要街まるごとぶっ壊すぜ?」


「う……」


 その通りだ。このまま黒い霧がキャラバンサライの敷地内を覆えば、腐敗毒で城壁を溶かしたアイツ等が餌を求めて外に出るであろうことは考えるまでも無い。

 何としてでもここで食い止める必要がある。その為にはあの霧を何とかしなくてはいけないのは確かだが……。


 アルマリオの言葉に反論できず押し黙る。アルマリオとしてもようやく突破したと思った状況が数段最悪になって再び立ち塞がった事に冷静ではないらしい。苛立ち交じりに風魔法を使える部下を呼び寄せようと手を上げる。


 だが、その言葉は金属を爪で引っ掻いたような大音量の不快音によって掻き消された。


「ヒヒヒィギギィィイイイイイイイ!!」

 

 再び黒霧が女花を纏うように広がる。十分に離れたここまで及ぶ余波にアルマリオファミリーの構成員達が下がりアンデッドがその身を盾にするように前に出た所で、生理的な嫌悪をもたらす叫びをあげる女花は新たな行動に出た。


「───っ!?」


 言葉を失う。

 狂ったように笑い叫ぶ女花は突如、呪架の呪いと女花自身が巻き散らした腐敗毒によってグズグズと身を崩し斃れる小花を手当たり次第捕食し始めたのだ。


 抵抗するように悲鳴を上げて蠢く小花。女花はその胴体にフォークを突き刺すように蔦を突き刺し、枯腐る小花を牙の並ぶ口へと次々と運んでいく。

 

 ぐちゃぐちゃと咀嚼する音が中庭中に響く。吐き気すら覚えるその悍ましさに目が離せない。攻撃の手すら止めた女花は黒霧の中一心不乱に捕食行動を繰り返していた。


「何……してるの……?」


「……菌糸ネットワークを切り離されたことで魔力の供給が出来なくなった。回復手段が無くなって焦ってんのか……?」


「それもあるだろうがよォ、キメラは複数のモヴを無理やり繋ぎ合わせているせいで異様なまでの飢餓を持っている。今までは菌糸による栄養補給で常に満たされていた飢餓感がここに来て暴走してんだろうよ。……だが」


 アルマリオの言葉を肯定するように叫び声を上げた女花は、己の根や蔦までも捕食し始めた。

 自分の体すら喰らわねばならないほどの飢餓感にゾッとしていると、女花の体が突如ビクンッと大きく痙攣した。

 そして、


「オゴェェェッ!ヒヒヒギィイイイアアアアッ!!」


「食らった花は呪架の呪いにまみれてるんだぜ?んなもん食ったら腹壊すのは当然ってなァ」

 

 体を折り曲げのた打ち回る女花。ただでさえ所々枯れた様に変色していた体が、蝕まれるようにその色を増していく。


 ボロボロと蔦を崩していくその様は明らかに自壊の一途を辿っていた。だがそれでも捕食行動を止められないのか、女花はその身に呪いを溜めこむ小花を食らい続け、枯れ始める自分の身も齧り続ける。


「こ、このままいけば勝手に自滅するんじゃ……」


 アルマリオにぶん殴られて気絶していた筈のアンポンタンの内アンが恐る恐るそう口にする。いつの間にか目を覚ましていたらしい彼らは、何やら禍々しい圧を放つ十字架を3にん掛かりで支えていた。

 

 その言葉は全員の総意であった。吐き気すら覚える悍ましく痛々しい光景に、そうであれと祈るようにポンとタンも頷く。


 終われ、終わってくれ、と、その場の誰もが願う。

 願いながら女花が狂う様を見上げ───やがてその腕が力尽きたようにダラリと垂れ下がり、皆がハッと顔を上げた時。


 

 魘の悪夢が、新たな産声を上げた。


 

「ギイ、イイイイイッ!イイイイアアアアアッ!!アヒヒヒッアアアアッ!」


 再び狂ったように叫び笑う女花。苦しみと痛みに暴れるその体は至る所が黒ずみ……そしてなんの前触れもなく、花(・)が(・)咲(・)き(・)乱(・)れ(・)た(・)。


 凶悪な牙を持つ口花が、首に、胸に、腕に、腰に、体中に現れる。唾液のような消化液を垂らし、狂笑と悲鳴を上げる新たに生まれた花は、顔のように首の上に鎮座する花程大きくはないもののモンスターひとり位なら丸呑みできるほどはあった。

 

 しかし女花に現れた変化はそれだけに留まらない。

 唯一花が咲かなかった腹部分が突然裂け始めた。

 ギチギチギチッと繊維が切れる音と共に裂けた腹の向こうに、何かが蠢いているのが見える。

 まるで腹を内側から食い破るように現れたそれは……


「う……っ!」


「ひ、ひいいいっ!」


 アンポンタンがえずき、悲鳴を上げる。

 腹からずるりと這い出してきたのは、無数の未完成の噛殺花だった。

 花が欠け、蔦は途中で千切れ、体は成長しきっておらず歪。しかし未成熟であってもその食欲は生体と同じだけ抱えているようで、呻き声をあげては地を這って餌へと向かってきた。


「うっそだろ……っ!?おいアルマリオ!早く建物内に部下を逃がせ!全員喰われんぞ!」


「……ッ!全員下がれ!」


 動きこそ遅いものの、次々に腹から生まれる未成熟の噛殺花の数はかなり多い。

 初めに我に返ったロイドが替えの効くスケルトンを大量に顕現させ黒霧の中に突撃させる。ロイドの行動に呆然としていたアルマリオもハッと息を呑み、すぐさま全員の退避を命じた。


「ラウ、お前さんもだ!早く建物に」


「……ううん」


 僕にも避難を促すロイドに、視線は女花から逸らさないまま首を振る。

 じっと目を凝らす。黒い霧と未成熟噛殺花のせいで見えづらいが、モンスターになったことで強化された視力は確かにそ(・)れ(・)を捉えていた。


「アルマリオ」


「ああ゛!?テメエ何棒立ちして……」


「魘が作ったキメラってどこが弱点?」

 

 アルマリオが怒号を続ける代わりに息を呑んだ。顔色を変えた彼は慌てて僕の視線を辿り、それを───裂けた腹の中、まるで心臓のように脈打つ何かを見つけて目を見開いた。


「核(コア)……ッ!?あんなところに……ッ」


「コア?」


「キメラの心臓だ!複数のモヴを無理くり繋ぎ合わせる為に、魘の奴らは心臓の役割を果たす核を作って埋め込んでいる。十中八九アレがその核……アレを破壊すればキメラは複数因子を繋ぎ留められず瓦解する、が……」


「この状況でどうやってあそこまで行くんだよ!?」


 ロイドが切羽詰まった声を上げる。

 黒霧による腐敗と暴れる女花の攻撃、そして次々に生まれてくる未成熟の噛殺花によってスケルトン達は向かって行く端から破壊されており、ロイドは戦線が崩壊しないようにひたすら召喚を余儀なくされていた。

 

 いくらロイドがモンスター並外れた魔力量を持つと言っても無限ではない。このままのんびり戦況を観察していたら物量で何とか持っているこの場は瓦解するだろう。

 

 ならば短期決戦で終わらせないといけない。

 では、この場において一番その役に相応しいのは、


「僕が行く」


「ラウ!」


「僕しか行けないでしょ。あの黒霧の中動けるのは僕だけだし」

 

 残りの魔力ポーションの蓋を開け煽る。それによって僅かに魔力が回復する。

 残存魔力量は全快時の2割程度。魔力ポーションを飲んだとて回復量は微々たるもの。正直枯渇一歩手前でお腹ペコペコだが、まだ動けない訳じゃない。

 だけど、


「銃じゃあそこ狙うのは難しいし、アンデッドもあの黒い霧じゃ損耗が激しい。僕がパッと行ってパッと壊してくるよ」


「無茶だ、危険すぎる!」


「だーいじょうぶだってぇ。直線距離のよーいどんだったら誰よりも速いの分かってるでしょ?」


 血相を変えて制止するロイドに心配ないと心臓を叩く。

 僕の心臓は……僕の体を巡るユウキエネルギーは、この事態を乗り越えるための力を与えてくれている。僅かに熱を帯びた胸の奥から僅かだが魔力や気力が湧いてくるのを感じ、人じゃないが百人力だと微笑んだ。


「自分の命最優先って約束したもんね。危なくなったら逃げてくるよ。信じて」


「…………くそ」


 納得がいかない顔でギリ、と歯を鳴らしたロイドだが、やがて顔を歪ませて悪態をついた。

 言葉を探すように顰め面でガシガシと前髪をかき上げる。しかし結局見つからなかったのか、大きくため息をついては何かを放ってきた。


「!」


 反射的に受け止めた手の中には青い瓶。ロイドの分の魔力ポーションだろう。魔力消費が今一番激しいのはロイドなのにいいのかと思わずロイドを見れば、怒ったようにぷいっと顔を逸らされてしまった。

 

「……道は開く。死ぬんじゃねえぞ」


「…………うん!」


 素直じゃない激励に嬉しくなってこくこく頷く。気合十分で瓶の蓋を開けて中身を飲み干せば、黙って成り行きを見守っていたアルマリオと目が合った。


 何も言わず、僕を見つめるその黒い目を見つめ返す。言葉は無いが、何を言わんとしているのかはその目からありありと読み取れた。ふっと笑って空の瓶を押し付ける。


「安心しなよ。僕ってば強いからさ」


「調子乗んじゃねえメイド」


「どいつもこいつも素直じゃない……」


 全く、少しくらい普通に頑張れって言ってくれてもいいと思うんだけど。苦笑いを浮かべながらポーション二本分の魔力を体に回す。


 迷いはない。怖さは……少し残ってる。けど、僕の足を止めるほどではない。

 やることは決まっている。冷静な心持ちで剣を握り直した。


 目指す先は地を這う噛殺花を超え女花を隠す霧のベールの向こう。まさしく核と呼ぶべき不気味に脈打つ赤黒い球体だ。

 女花の内側に埋め込まれているそれを正面に見据え、居合の構えを取る。


 ハナガタミ流剣術『羽々斬』───歩法『無拍子』と『八艘』を会得した者だけが繰り出せるこの技は、剣に風の刃を纏わせることで一振りで三太刀を叩きこむハナガタミ流剣術最速にして最大の手数を誇る技。

 

 だが魔力消費が『火廻』のような属性技並みに激しく、今のこの残存魔力ではギリギリ繰り出せるかどうか。それにあの核を破壊するために必要なのは正面突破力と純粋な火力だ。使いどころでは無いだろう。


 ではどうするか。

 答えはもう出ている。


 即ち、


「全力で走ってぇ……ぶっ飛ばす!!」


 『無拍子』発動。三歩で一気に中庭を横断し黒霧の範囲に飛び込んだ。

 

 道を塞ぐ噛殺花をスケルトンたちが地面に引き倒し、蔦を抑え込む。

 服の裾がジュワッと音を立てるが気にしない。拓かれた道でもう一歩踏み込み、加速の勢いを殺さないままスライディング。

 頭上を女花の黒ずんだ腕が通り抜ける。強烈な風圧に襲われるが決して目は閉じない。ひたすらに前を、前だけを見据える。

 

 最悪な視界の中、前方に薄らと核が見えた。しかし剣を構える僕から核を守るように噛殺花が殺到する。邪魔だ止まるな、千切れかけの蔦を上へ駆けることで全てを躱す。

 

「お、らぁああっ!!」

 

 思い切り剣をぶん投げる。さっきは弾かれた銀の軌跡は立ち塞がる障害も物とのしない速さで霧の中を駆け抜け、今度こそ標的である赤黒い球体へと到達した。

 ズガァンッと音を立てて突き刺さる。だが浅い。硬質なそれにヒビは入れられたものの割れるほどではない。なら……っ!!


「っ!」


 僕へと呼びかける思念と共に、ひゅんと風を切る音。霧をぶち抜いて現れたそれに手を伸ばせば、完璧なタイミングで柄が無手となった右手に納まった。程よい重みに思わず口の端が釣り上がる。


「フィフ最高!バッチリナイスタイミング───ッ!」


 これこそが僕が求めた最後の一手、純粋な大火力!

 流石シゴデキ近衛ーズのひとり。期待を裏切らない素晴らしさだ、霧のせいでどこにいるか分からないけどありがとう!

 

 姿の見えない同胞に心の中で万歳しながら自分の背丈ほどのもある大槌をしっかり握りこみ、大きく振りかぶる。


「人力ならぬ、モンスター力……ッ!」

 

 飛んできた勢いそのままくるりと一回転。

 運動エネルギーを余すことなく打撃面へ伝えるべく、全力で振り抜いた。

 

「パイル、バンカーァァアアッ!!」


 空気を唸らせ、霧を蹴散らす大槌を核に刺さる剣の柄へと叩きこむ。

 凄まじい音を立ててぶち込まれた一撃は核に突き立てられた楔を容赦なく置くまで押し込み、致命的なヒビを入れ、


 そして───





 

 

「───ヒ」


 引き攣るような声を上げて女花の動きが止まった。

 強烈な一撃に耐えきれなかった核が二つに割れる。


 突き立てられた剣がカランと軽い音を立てて地面に転がった。


「ヒ………ィ……」


 ふらりと、巨体がよろめく。

 体中に咲いていた口花が次々と萎れ、閉じ、やがて音もなく崩れ落ちる。

 

 崩壊と共に、胸を圧迫していた嫌な気配がふっと消えた。女花の魔力の巡回を阻害していた呪架の呪いが消えたのだろうか。


「…………ィ……」

 

 ゆっくりと、核を失った腹を変色した腕で撫でた女花は、そのまま緩慢な動きで片手を空へと伸ばした。

 吐き出され続けていた黒霧が晴れ、三日月が浮かぶ夜空へ。

 ……主要街がある方へと伸ばされる。

 

 助けを求めていたのか、餌を求めていたのか。

 それとも───


 しかし、伸ばし切る前にビクリと痙攣した女花は、枯れた植物が自然に帰るようにボロボロと崩れ落ちた。

 

 女花が崩れ落ちるのと同時に、小花達も次々と塵へと変わる。

 あるものは蔦を伸ばしたまま。あるものは口を開いたまま。

 コロニーを支配する女王に倣うように、小花達は一体たりとも残らず塵となった。


 

「…………倒し、た?」


 僕の確認に応えるように、花だったものが風にさらわれて舞い散る。

 アルマリオファミリーを襲った花はその悉くが塵となって消え───



「勝っ……ぎゃああああああっ!?」


「「「姐御ォォオオオオッ!!!!」」」」


 強敵相手に成し遂げた勝利に、期待に応えられた喜びに勝鬨を上げようと振り返った瞬間、んばっ!!と飛び込んできた3つの影によって押し倒される。

 そのまま僕を押し倒した影、アンポンタンは恥も外聞もなくヒシィッ!と縋り付いてはおーいおいおいと男泣きし始めた。


「やべえっすすげえっすマジかっこよかったっす!!舐めた口聞いてすんませんっした姐御ぉぉお!」


「流石ボスが見込んだ姐さんっす一生ついて行きますっす!!」


「マジでありがとうございましたぁぁああ!!舎弟にしてくださいっす!!!」


「やめろ離せええっ!姐さんって呼ぶな僕はアルマリオの女じゃねえええ!」


 顔面びしゃびしゃにした3にんに纏わりつかれ、というか胴上げでもせんばかりに担ぎ上げられる。うわ汚ったな!鼻水付けるな!っていうか担ぐな上げるなぁ!!話を聞け誰か助け……


「あぎぅっ!!」


「姐御!?」


 願いが通じたか、突如伸びてきた腕によってベリッとアンポンタンから引き剥がされる。

 乱暴に腰のリボンを引っ張って僕を輪から引き摺り出したのは、滅茶苦茶不機嫌そうな顔をしたロイドだった。


「…………」


「「「「ひ、ひえ……」」」」

 

 ジロリと僕らを、というかアンポンタンを睨むロイド。その冷え冷えとした眼光に睨まれるアンポンタンは勿論のこと、背に庇われる僕までビクビクと身を縮めた。


 おおお怒ってる……?なんでぇ……?こ、今回は勝手に飛び出すような無茶はしてないんですけど……?


 オロオロとアンポンタン達を睨み続けるロイドを見下ろす。アンポンタンに至っては腐ってもマフィアな筈なのに一般モンスターの睨みに怯えまくってガクガクショボショボしていた。威厳とかないんか。


「……ラウ」


「はぁ↑いっ!」


 突然呼びかけられて声が裏返る。説教かと身構えるが、振り返ったロイドはさっきまでの睨みはどこへやら、滅茶苦茶優しい顔でぽん、と僕の頭に手を乗せた。


「よくやった。偉い」


「お、うう?」


 まさか褒められるとは思っておらず奇声を上げてしまう。しかしロイドは優しい顔をやめず、それどころか小さい子にするように……いや、パーシーにするように優しく頭を撫でてきた。

 顔がボッと熱くなる。


「なっ撫でんな!子供じゃあるまいし!」


「頑張った奴を褒めてるだけだろ」


「労りの言葉いただければ充分ですっ!!」


 わちゃわちゃとロイドの手から逃れる。し、心臓が痛い……!突然見たことない顔すんな!!びっくりするでしょうが!もう!!

 

 まだ撫でたりないと不満げにしているロイドをふしゃーっ!威嚇する。怯えていた筈のアンポンタン達はそのやりとりに何故かほっこりした表情を浮かべていた。


「ラウ」

 

 そんなカオスな場に、低く落ち着いた声が割って入ってきた。ゾロゾロと無事だった部下達を引き連れたアルマリオだ。


 肩にかけたジャケットを夜風に靡かせ、至る所崩壊してはいるが脅威が去って静かになった中庭を眺めるアルマリオ。

 その目は一体何を考えているのか。今後のことか、過去を振り返っているのか……何を言うでもなくふっと息を抜くように吐いた彼は、僕を振り返り静かに目を伏せた。


「……どーよ。これでちょっとは借り返せたと思うけど?」


「…………あァ、そうだな」


 わざと偉そうにそう胸を張れば苦笑が返ってくる。

 そして悪者ヅラも変態性も潜めたアルマリオは真っ直ぐに僕を見据え、ゆるりと右手を挙げた。


 その仕草一つで、背後の部下達は一斉に僕とロイドへと跪いた。突然の平伏にギョッと目を剥く。


「感謝する。……まさかこんな早々に救われるたァ思ったなかったが」


 掛け値なしの感謝の言葉にぽかんと呆ける。

 あのアルマリオが、ド変態ドSM野郎の悪者山羊が素直に……お礼を……?


「ま、ままままあ!?最強親善大使ラウちゃんですから!?可愛さと強さも兼ね揃えてるサイキョーっすからこんなんお茶の子さいさいっていうか?!あいやでもそんなこと言ってもまだベルに精神干渉の解除とか騎士団への弁明とかやらなきゃいけないことは沢山あるけどね!?まだ安心するの早いんじゃないのぉ!?」


「……テメエ、パニくるとアホになんだなァ……残念な奴……」


「あ゛ぁんっ!?んだとコラっ!」


 まさかの事態に大慌てで言い募る僕を可哀想なものを見るような目で見下ろすアルマリオに噛み付く。しかしアルマリオは「あーあーうるせェうるせェ」と耳を塞いで無視してきた。そして何故かそれのやり取りを跪く構成員の皆様がほっこりした顔を見守っている。やり辛いからその顔やめてくださる!?


 ぎゃいぎゃいと騒がしくなる中庭。ようやく訪れた平穏に皆の気が緩まる。

 そんな中、随分久しぶりに聴く気がする電子音が響いた。ロイドのマギホの着信音だ。ポケットからマギホを取り出したロイドがその画面を見て「げ……」と顔を青くする。


「あー……もしも『ロイくんなんっっっっっっで全然電話でてくれないんですかーーッ!?!!』」


 スピーカーにしていないにも関わらず、全員に聞こえるような大音量でミモザの声が中庭を突き抜けた。キーンッとハウリングが響くが、大層ご立腹なミモザは全く気付くことなく矢継ぎ早に文句をぶちまけ始めた。


「いやあの、無視してたわけじゃ無くて戦闘中で……いやまあはい、勝手に切ったのは悪かった……はい、はい……仰る通りで……はい……すみません……えっ簀巻きの刑?ちょ、それは勘弁……いやあの、はい、すみません……」


 どうやら戻ったらロイドの命が危なそう。音量を絞ったマギホを耳に当てるロイドが必死に頭を下げる様子に元凶である僕はヴィオレットの方面に向かって手を合わせた。ごめんなさい……。

 


『ってそうでしたぁ!今はロイくんに説教してる場合じゃないんですぅ!今ロシェの主要街で大変なことが起きていてぇ!』


「え?」


 不穏な言葉に表情を切り替えたロイドが通話をスピーカーモードにする。

 そして告げられた内容は、予想だにもしなかったロシェ主要街の状況だった。


『今、主要街で親善大使を糾弾するモンスター達による暴動が起きているんですぅ!「あの方の意にそぐわない親善大使を罰せよ」と訳の分からないことを言って結界装置を破壊しようとしていてぇ……』

 

「は……?」

 

『しかも、ラウちゃん達が今いる場所から主要街に向かって大型モヴが猛スピードで移動しているんですぅ!このままじゃ主要街にモヴが……』


 

 ───その瞬間、ガラスが割れるような音が砂漠の空に響き渡る。


 その音の正体が、『赤の都市』を守る結界が砕けた音だと理解するまで、ほんの数秒も掛からなかった。


 

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