アルマリオファミリー 其の十一
◆
斬って、斬って、斬って、跳んで躱して、躱して、斬って斬って斬って、
「あっまずい斬りすぎた!?全員退避ーーーッ!!」
わああっと、モンスターもアンデッドも揃って女花の腕の範囲から逃れる。
地面に手が叩きつけられ、衝撃が伝播する。それを合図に噛殺花が新たに地面から這い出してきた。
「くっそー、もう一回!今度はもうちょっと控えめに!」
斬って斬って、躱して避けて躱して、跳んで駆けて、斬って躱して、
「菌糸消えかけてる!?させるかぁぁぁ『火廻(簡略版)』!!」
女花が炎に包まれるが絶叫で掻き消される。だが菌糸はまた赤くなった!よし狙い通り!
再び斬って、躱して、斬って避けて躱して跳んで駆けて、斬って剣ぶん投げて躱して跳んで避けて躱して斬って躱して───
「───ってアルマリオァ!??!もう20分くらい待ってる気するんですけど!??さっさとしてくれる!?!」
「っるせェまだ8分だ!!黙って気ィ引きつけとけェ!」
「いやまあ約束の時間は過ぎてるんだよなぁ……」
『噛殺花が復活しない程度に数を減らしつつ女花の気を5分間引きつけろ』
そんな無茶なオーダーを拝領してから約10分、一向に動かない状況に僕は遂に痺れを切らして抗議の声を上げた。
怒鳴る先は戦場から少し離れた位置。敵の無限復活を阻止する一手を打つべく準備を進めているアルマリオだ。
しかし奴は自分が指定した時間をオーバーしているというのに、悪びれるどころか尚偉そうな態度で謝罪でも応援でもなく罵倒でを返してきた。
信じられん、こんな命懸けの戦場に「おら行ってこい」と放り出したくせに約束破ってあんなに偉そうだなんて……!
っていうか何してんの彼ら。アルマリオは何やら仰々しい大きな包みを部下に運ばせているし、ロイドはロイドで魔法陣みたいなのを地面に書いて?掘って?いる。
なんだろう?前にシエルリーファ様がブライテッド相手にした儀典魔法でも行おうとでもいうのか。
準備に取り掛かっているふたりとは距離もある上、じっくり観察する暇もないし「まさかアレは……!?」とあたりをつける為の知識も無いのでさっぱり分からない。
ので、文句を言いつつも課せられた仕事に向き合うしかないのだが、
「結構大変なんだぞこれ……っ!」
ぶぅんっと振るわれる腕を紫の足場を解除し下に落ちることで回避し、再び展開した『八艘』で宙を駆ける。
女花の動き自体は緩慢で避ける事自体は容易い。だが、同時に下された『噛殺花が復活しない程度に数を減らしつつ』が厄介で、早く状況よ動けと願う要因となっていた。
女花による両手叩きつけモーションからの小花復活は、女花と小花を繋ぐ糸……菌糸が一定以上切断された場合に誘発される。
あの大質量の手が地面に叩きつけられるというだけでも大規模範囲攻撃として脅威である上、小花が増えるというのは戦況的に避けたいのは確かにその通りであり、それを防ぐだけならば攻撃せずに女花の周りをうろちょろしていればいい。
だが求められているのは小花の数もある程度減らす事。
僕以外にもアンデッド軍団もアルマリオファミリーの構成員も小花と交戦している為、全体を俯瞰して状況を把握し減らしすぎないよう調整に調整を重ねる必要がある。
これを女花の気を引きながらというのはなかなか骨が折れる作業だった。
剣を振るい『無拍子』で戦場を駆け回りながらアルマリオファミリーの備蓄から支給された魔力回復ポーションを煽る。懐かしきブルーハワイ味を噛み締めることなく飲み下し瓶を放れば僅かに魔力が戻った。
しかし既に『火廻』は二度、『無拍子』と『八艘』に関しては数えきれないほど使用しており、決して看過できない量の魔力を消費している。ポーションによる回復があるといってもその回復量は正直微々たるものだし、総消費量と比較すれば焼け石に水。
このままじゃジリ貧だ。腕も疲れてきたし。
何しようとしてんだか知らないが早くしてくれアルマリオ!ってきゃあああっ!四方八方から蔦が鞭の如くぅぅぅあああっ!
◇
足を絡め取ろうとする蔦をハードルよろしく飛び越え切り飛ばし、かと思えば次の瞬間には宙で独楽のように回転しながら高速で移動する女を、アルマリオは呆れと畏怖が混じった目で見上げていた。
「バケモンかよ……」
モンスター離れした挙動に漏れ出た感想はとても褒め言葉ではなかったが、しかし正直どうかと思うドン引きな動きだとしても敵の目をこちらから離す役目を全うできているのならばなんでもいい。
アルマリオは悲鳴を上げながらも敵の攻撃を避け続けるラウから目を離し、ひたすらに地面に向かい続けるロイドへと視線を移した。
「できたかよォ、マブ。こっちはもう準備できてんぞ」
「あともーちょい……適性ねえから魔術式とか起動術式とか書くの苦手なんだよ……っと」
「こんな事ならミモザ連れてくるべきだった……」と愚痴を口にしながらも、手を止めることなく地面に赤黒い文字を書き連ねていたロイドがようやく顔を上げる。一仕事終えた達成感に息をついては、どうだ、と言わんばかりにアルマリオを振り返った。
「どう?行けそうか?」
「……あァ、バッチリだ」
地面に広がるのは一般的な成年モンスターが両手を広げたよりも大きい円形の紋様。複雑な術式が書き連ねられたそれは、魔法陣のようでありながら全く違う用途に……つまり、とある魔道具の能力を増幅させるために用いられる印だ。
幾重にも重なった円環の中でひしめき合う鎖めいた魔術式。血にも似た鈍い光沢を放つインクで書かれたそれは、まるで生贄でも捧げるかのように中心へ向かって収束していく無数の線のようであった。
見ているだけで肌が粟立つような感覚。
なるほどこれが、と以前から所有はせど使う機会の恵まれなかった『呪い』に、アルマリオの中で畏怖と好奇心が湧き上がった。
「なぁ、このインク普通じゃねえよな?書いてる最中……っていうか今もか、すげえ嫌な感じするんだけど」
紋様を書いた当の本モンスターも何かを感じているのか、顔を顰めては見本が書かれた羊皮紙とドロリとした赤黒いインクが詰められた壷を近くの構成員に押し付ける。その忌憚なき感想にアルマリオはほぉ、と顎を撫でた。
研究者というものは、とりわけリライヴェッジなんて最高峰の頭でっかちばかりを揃えている機関の研究員なんぞ、頭で考えるばっかりでそういった感覚的なものにはとんと疎いと思っていたが、どうやらこの男は違いが分かる奴らしい。
いや、それともこれが放つ異様な雰囲気は鈍感な感性すらも刺激するのか。さもありなんとアルマリオは悪い顔で頷いてやった。
「よく気付いたな。そうそう世に出回らねェ一品だぜ?何せ原材料が腑喰百足の毒嚢と腐胎蟲の産卵液、あと眼球茸の胞子と■■■の粘膜に■■の骨粉、■■■と■■■■を掛け合わせた■■と■■■■■■、■■■■だろ、あーあと■■■■■■■■■■」
「手を……っ!手を洗わせてくれ……っっ!!」
聞いているだけで具合が悪くなる原材料の数々に、知らなかったとはいえ手袋も無しに扱ってしまったロイドが泣きの入った懇願を漏らす。その様子にいい気味だと喉奥で笑いながら、さて、とアルマリオは準備の大詰めに入った。
アルマリオの視線を受けて部下が数にんがかりで大きな包みを持ってくる。赤黒く薄汚れた白布を取り払えば、中から黒鉄製の巨大な杭が現れた。
立てれば見上げるほどに長大なそれは左右から枝分かれするように副杭が突き出ており、遠目で見れば両手を広げたヒト型のように見える。
ざらりと錆びついた表面には至る所に爪痕のような線刻と文字が刻まれ、そこから錆ではない赤い何かが垂れ続けていた。
「おい。小花をこの陣の真ん中に放り込め」
「お、おお……」
どこか冒涜的で禍々しい雰囲気をこれでもかと漂わせている巨大杭に気圧されていたロイドだが、アルマリオの言葉に我に返りスケルトンへと指示を出す。
体の端々を焦がした小花はスケルトンの拘束に弱々しく対抗していたが、陣の中央に伏せられた瞬間突然激しくもがき始めた。
「うお!?なんだ突然?!」
「チッ、勘付かれたか?抵抗されたら面倒臭ェ、さっさと始めちまうぞ」
慌ててスケルトンの数を増やして拘束を強めるロイドの隣で、アルマリオは杭を抱えた部下……顔面をこれでもかと腫らしたアンベリール、ポンブス、タンザニーの3にんへ「やれ」と短く命令を下した。
「何があっても離すんじゃねェぞ。なァに、多少具合は悪くなるかもしれねェが死にゃしねェ」
「は、はい……っ!」
その怯えは自分達が抱える十字杭が放つプレッシャーに対するものか、はたまたこの役を罰として自分達に課すボスに対するものか。
事情を知らないロイドが怪訝に眉を寄せる中、顔を真っ青にした3にんは渾身の力で十字杭を持ち上げ、陣の中心で暴れる噛殺花へと突き下ろした。
「グギィィィァァア!?アァァギャァ!?」
聞くに耐えない絶叫が響く。噛殺花は己の体を穿つものの正体を本能で察しているのか逃れようと必死にもがき始めた。その抵抗の激しさに杭を支えるアンポンタンの3にんが苦悶の声を上げる。
ぐらぐらと揺れる杭を支えるようスケルトン達が組み付いた。
「『呪架』……打ち込まれた対象の魔力を封じ生命力を枯らす呪いを付与する魔道具……つーか、呪具だな」
巨大な墓標の如く聳える十字杭。無数骨の腕が取り付いていることもあってこの世のものとは思えないほどの忌まわしさを醸すそれが影を落とす場に、アルマリオの朗々とした声が響く。
「コイツらは群体にして一つのモヴだ。中心の女花を中心に菌糸というネットワークを使って全個体が繋がっている。そのせいで片方叩いてもすぐさま無事の方から魔力が供給され回復される」
何かのタイミングを測るように女花を、否、戦場を駆け回るラウと張り巡らされた菌糸を横目で見遣るアルマリオ。
その目には、この呪いを使うことへの忌避感など微塵も浮かんでいない。ただひたすらに、貪欲にこの場の制圧……この事態を巻き起こした者共の思惑を潰すことだけを考えていた。
「じゃあそのネットワークを逆手に取ろうって話だ。一体に許容量を超えたの呪いをぶち込めば、菌糸を通じて全体に呪いが逆流する。そうすりゃ一時的にではあるが動きが止まる。そこを叩くっつー寸法だ」
「……そんな便利なもんがあるならさっさと出してくれよ」
「オイオイ、これの起動術式の複雑さは見ただろォ?あんな大群とバカでけェの相手にしながら用意できるとでも?撹乱できるバケモンでもいねェと無理だっての。……それに」
必死で時間を稼いでいるラウに対しての物言いにムッと目を細めるロイド。それを鼻で笑ったアルマリオはその細い肩を乱暴に突き飛ばした。
「うわ!?」
「これはとんでもねえ魔力を要求する大喰らいでもあってな。そんじょそこらの魔導士の魔力全部叩き込んでも足りねェ。それこそ小規模魔力炉でもねェと、なァ?」
「……よくご存じで」
含みしかないアルマリオの言葉に、ロイドがひくりと顔を引き攣らせる。
魔力炉とは、生活インフラ、通信、都市機能、果ては産業や医療等、モンスターが暮らす上で無くてはならない様々な設備を維持する為に必要なエネルギーを大気中に漂う魔力から生成し、変換、供給する現代魔法界の文明を支える超重要設備。
そう、魔力炉とは膨大なエネルギーの塊。故に特定の個モンスターや組織によるエネルギーの独占を防ぐ為、また万一にも悪用を許さない為、その運用は王城によって厳格に管理されている。
───ではもし、例えばの話。
その魔力炉を一モンスターが所有できたら、何が出来るだろうか。
国一つ賄うほどではなくとも、いや、一都市を維持できるほどでなくともいい。
膨大な魔力を必要とする事業や設備を半永久的に稼働させられる程度の出力を持つ『小規模魔力炉』が存在したならば。
それは一つの資産であり、利権であり、権力そのものとなるだろう。
そしてロイドは、そんな例え話を笑えない立場にあった。
稀代の天才、フリント・オールディスが生み出した創造モンスター。
かつてはその稀有な出自故に、そして今はその身に宿す魔導士数にん分は下らない膨大な魔力量故に。
創造主であるフリント博士の右腕としてその名を上げた現在でさえ、彼を命あるモンスターではなく価値ある設備───即ち、生きる魔力炉として見る者は決して少なくない。
尽きせぬ富を手中に収めんと、魔石を産むゴーレムを創造主とはいえたかが一研究者が独占するのは無相応だと、そのモンスターの意思を無視して手を伸ばす者は絶えないのだ。
もっとも、そんな腹に一物も二物を抱えた『お偉い方』が馬鹿正直に市民権を得ているモンスターを誘拐したり監禁を目論んだりするわけもなく。
ほとんどの場合、国王陛下の覚えめでたいフリント博士との縁を求める縁談という形で接触を図ってくる為、貴族以外でその裏にある思惑まで察せる者は早々いないのだが。
「……裏社会ってのは怖いな。今後一生関わらないでいられることを祈るよ」
「連れねェなァ。こっちはいつでも歓迎だぜ?」
それを当然のように把握している辺り、流石は裏社会を牛耳る男という訳か。
どこまでも食えないおっさんだだと、ロイドはわざとらしくため息をつく。
そして無感情に求められている小規模魔力炉としての役割を全うすべくおどろおどろしい魔道具、呪架へと手を───
「魔力量は勿論だが、豊富な知識にこんな場でも動じねえ胆力。そんでもってワンマン張れる軍団力と指揮官としての技量もあって、あのバケモンみてえな女に言う事聞かせることもできる。そんな有能なモンスター俺の下に欲しいに決まってんだろォ?顔もいいしなァ」
「───」
伸ばした手が止まる。
生きる魔力炉、魔力タンク。
そんな扱いは今まで腐るほどされてきたが、まさかここに来て突然そんな真っ当なモンスターにするみたいな評価を下されるなど。
しかもそれがよりにもよってマフィアからだなんて、誰が予想できようか。
「……そんな煽てても、アンタのとこには絶対転職しねえけど」
「おっと、手厳しいじゃねェの」
喉の奥でクツクツ笑うアルマリオ。それは振り向こうとしないロイドの心情を……悔しいが、魔力量ではなく一モンスターとしての技量を期待されむず痒い気分を覚えているのを察しているが故か。
なるほど、これが正しい上に立つ者のカリスマというものか。そういうモンスターというだけで配下を従えている己との差を痛感する。反社とはいえ学ぶものはあるのだな、と。
心情を誤魔化すようにそんな素直じゃないことを思いながらこっそり共に戦線に立つモンスターの評価を上げたロイドは、今度こそ迷いなく呪架へに手を伸ばした。
途端、黒鉄の十字架に注ぎ込まれる大量の魔力。それは青い輝きを纏って表面を流れ、地面に刻まれた起動術式へと流れ込む。鎖のような文字が、円環が青色に染まり───次の瞬間、確かな重圧と共に青色が黒に変色した。
「……っ」
「ほお、こりゃやべェな……」
周囲の、生きる者の膝を折るような淀んだ圧、手を出してはいけない禁忌に触れてしまった冒涜的な気配に、呪架を起動するロイドも、その傍らのアルマリオも、そして呪架を支えるアンポンタンも皆息を呑む。
『呪い』を内包した……否、『呪い』そのものが巻き起こした変化はそれだけに留まらない。
呪架に貫かれてもなお拘束から逃れようと暴れていた噛殺花が突如ビクリとその身を震わせた。
かと思えばガクガクと痙攣し、その葉が、蔦が、花びらが端からじわじわと腐るように変色し始めた。
「ガァッ!!ゴォォオエエッ!!」
「ヒ、ヒイイ……ッ」
ボロボロと身を崩し、苦悶の絶叫を上げる噛殺花。その上で呪架が倒れないよう支えるアンポンタンの3にんは今にも腰を抜かさんばかりだ。
しかしそれを笑う者は誰もいない。それほどまでに呪架が齎す光景は悍ましいものであった。
やがて全身を毒々しい黒に染め、原形を留めぬほどに崩した噛殺花はその苦しみから逃れようと自分と女王を繋ぐ赤い菌糸をドグリと脈打たせた。
女王が己の身を焦がす炎から逃れる為一方的に小花へと熱を送り続けていた菌糸は、まるでお返しとばかりに呪いを逆流させる。
生命維持のために張られた菌糸網は、生命を否定する枯死の呪いを女王個体へと到達させ、
「────ィ、ギィィィィイイイイイッ!!?」
今までの比にならないほどの絶叫を上げて女花が藻掻き始める。
この場において絶対的なアドバンテージを誇っていた筈の、菌糸による半永久的な魔力供給による回復術が逆に牙を剥く。
それが何故かなど、増幅された食欲に侵された本能では理解できようもない。
『女王個体である己の身の損壊を防ぐ』
本能に刻まれた危険回避のルーティンを実行すべく、女花は張り巡らせた菌糸にアクションを起こす。
それが、致命的なミスであるとも知らずに。
「ギィィ、アアアアアアッ!?」
「ゴァッ!?ギィィイイッ」
「グォアアアアッ!?」
女花を中心に中庭全体に張り巡らされた菌糸が脈を打つと同時、細い管にドス黒い水を垂らしたがごとく、全ての菌糸が一瞬で黒色に染まる。
強制的に呪いを付与された小花たちはその身の損壊の程度に関わらず悉くが苦悶の声を上げ始め、身を崩しながら苦しみ始めた。
「効果テキメンってなァッ!お前らァ!何惚けてやがる、構えろ!」
「っ!……ラウッ!」
アルマリオが場を仕切り直すように吠える。
その声にハッと我に返ったロイドは呪架への魔力供給を止め、この状況を打破する為の最後の一手を、
「全部断ち切れ───!」
───託す。
◆
『今更ですが真実を発表します』
『はい?』
それは聖霊教会襲撃事件が収束して間もない頃。
アジェルとの剣術訓練の最中、休憩中に訓練室に現れたロイドに呼び出された時に聞かされたこと。
『博士には言うなよ。知ったら何しでかすか分かんねえから』
『怖いんですけど。実は僕の体にマイクロチップ仕込んでましたとかそういう話?』
『違うわ』
それは僕の教育係であり、一番近くで僕を見ていてくれたロイドが見つけ出してくれた可能性。
『本当はもうちょっと後に言おうかなって思ってたんだけどな……』
『ハナガタミ流を極めていくのなら知っておいた方が良いと拙者が言ったでござるよ』
『え、え?何?なんなの?怖い話なの?』
『いや、───お前さんの、魔法属性についての話だ』
そう前置きされ、告げられた内容は。
「……いやぁ、びっくりしちゃうよねぇ。ラノベの主人公かってね」
『八艘』を連続して発動し、猛スピードで宙を駆け登りながら当時を思い出して苦笑い。黒く染まった菌糸と暴れる女花の腕を掻い潜り、セットポジションについた僕は夜風を頬に受けながら中庭を高みから見下ろす。
「確かに博士、このこと知ったら卒倒しそうだもんなぁ……『加護』が発現すれば〜とか言ってたし……いやでもワンチャン狂喜乱舞か?ハナガタミ流を僕に覚えさせた辺り勘づいている気もしなくも無いんだけど……」
まさか『秘密にしとけ』と言った張本モンが数時間前に暴露したとは露にも思わず、義理の父の反応を想像してぶるりと身震い。得体の知れなさで言えば出会ったモンスターの中でぶっちぎりの一位だもんな……それが義父って最悪だよなぁ……。
自分の中に芽生えていた力。
それは『なりたくない』と思っていた存在に近付いていた証左であり、しかしこの力があるからこそ『自分にしかできないこと』の範囲が広がるのもまた確かで。
正直複雑な心境ではある。なんだったらその話を聞かされた時はショックすぎてぶっ倒れた。ロイドとアジェルには盛大に心配されたし、今でも受け入れきれたとは言い難い。
だけど、
「使えるもんはなんでも使っていきましょー……ってね」
いつの間にか自分のモットーになっていた言葉を口にすれば、不思議と肩の力が抜けるのを感じる。
『なりたくない』のは今も変わっていないけど、この力が発現したからと言って『そうなった』訳じゃないのは自分が一番知っている。
じゃあもう不安がる必要はない。胸張って使っていこうじゃんか。
今を生き残るために、自分にしかできないことをやるために。
「……ん!よし!」
思考を切り替える。見据える先は眼下の女花。
一体何をしたのだか、あの真っ黒な十字架にロイドが触れた瞬間僕と鬼ごっこしていた女花が苦しみだし、アンデッド軍団とアルマリオファミリー構成員達と戦っていた小花達が戦闘そっちのけで転げ回りだした。
きっとアルマリオの策が上手く嵌ったのだろう。ならば後は僕が僕に課された仕事を全うするだけ。
「もういい加減いい時間だしね。ここらで終わりにしてやろう」
ロイドに準備しておくように言われた技を発動すべく剣を左の腰高に構える。チキ、と微かに鳴った剣も体の一部とするように魔力を巡らし、呼吸を鎮めるよう瞑目する。
これは、一番近くで僕を見ていてくれたロイドが見つけ出してくれた可能性であり、『八艘』を会得したことで立証された力であり、本来ならばただ一つしか持たない筈なのに、この身においては複数……否、一つでありながら複数を持っていると理解した僕だからこそ成し得る技。
「ご覧しろ新技。ラウちゃんヨーヨー改め、」
気合十分、自信満々。イメトレばっちりで怖いものなしコンディション最高。しいて言えば魔力が残量が心元ない気もするが、まあこの技を発動する分くらいはあるので問題なしと見做します。
整った呼吸に目を開く。
練り上げた魔力が風に昇華し剣を纏う。不可視であるのに確かな質量を持った風が鞘となり、ひゅう、と鋭い音を発生させる。
あの時は理解も何もなく、不完全だった故に剣の技能に頼ることで無理矢理手数の多さを再現したものを、今度は理解を持って正確に再現する。
「ハナガタミ流、剣術───」
そして、待ち望んだ合図が響く。
「全部断ち切れ───!」
「───『羽々斬』」
紫の足場を蹴り砕く勢いで駆け降りる。
同時に風の鞘が剣の刃を押し出し、膂力で振り抜く以上のスピードで刀身が振り抜かれた。
一歩。
『無拍子』で加速。凶悪な牙をガチガチと鳴らす女花の眼前で横凪に剣を振るう。肉厚な花弁に横三文字の傷を残し、斬られた菌糸がはらりと宙を舞う。
二歩。
殺到する蔦に飛び込むように踏み込み、その全てを身を捩って躱す。回転エネルギーに乗せて蔦と菌糸を半ばから断ち切る。
三歩。
閃いた白刃の跡を追うように風が奔る。剣閃一太刀に対して太刀筋は三つ。女花の背後から菌糸を斬り刻む。
四歩、五歩、六歩。
駆け抜ける度に轟、と吹き荒れる風の刃によってバツバツバツッ!と音を立てて菌糸が千切れる。
七歩、八歩、九歩。
風は止まらない。
八岐の首を断った神剣の名に相応しく、不可視の刃を従えて向かうものを屠り続ける。
九歩踏み込み右手を閃かせれば、その剣筋は二十七の軌跡となって戦場を蹂躙し。
「これが、最後───ッ!」
自身の身を蝕む呪いを逃す先を失い、体をドス黒く染める女花。
その眼前に再び飛び上がり、剣を最上段に構える。
十歩。
砂漠の夜に浮かぶ三日月が紫の波紋に沈む。
ぐずぐずと枯れ崩れるその首目掛けて最後の加速。重力も味方につけた最速の一撃が女花の首へと吸い込まれる。
魔力を供給する菌糸は全て断ち切った。
もう回復はできない。新たな接続先を増やす暇は、与えない!
「落、ち」
ろ、と。
風に背を押され、迷いなく剣を振り下ろし、その首を、花を断ち切
「ヒ、ィ」
狂ったように暴れていた女花が、ふと絶叫を止め。
剣を振り下ろす僕を見上げ、ぐちゃりと、その口を笑みの形に歪めた。
「───ッ!?」
何を、と問う前に。
視界が黒一色に染まった。




