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アルマリオファミリー 其の七


◆



 床にぶっ倒した七番の上で、僕は剣呑に目を細めた。



「テメ……親善大使!なんでここに」


「……やっぱりアンタにも認識阻害効いてないんだ。なのに僕の確保を優先しなかったのはなんで?そもそも僕を狙う理由は何?あの方って誰?アンタはなんでここに残ってる?この期に及んで何を企んでるの?」


 押し倒した男の喉を膝で抑え込み、苦しさに呻く顔に矢継ぎ早に問を浴びせる。

 

「答えろ」


「……っ、……やけに、気ぃ立ってんじゃねえか……っ……なんだ?怖い夢でも見たかよ」


「……夢……?」

 

 クマールさんの口から何度となく出た単語。何かを抽象する言葉なのか、それともそのままその通りの意味なのか……少なくとも今ここで七番からもその言葉が出たということは、魘にとって重要なワードであることは間違いない。

 ───そう冷静に思考する傍らで、見覚えのある光景が脳裏に過った。

 

 血に染まったコンクリートと、夜空に浮かぶ三日月。ノイズ混じりのそれは嫌に心をかき乱し、苛立ちを募らせた。

 

 見たことがある筈なのにどこで見たか判然としない光景は、焦燥感のようなものを掻き立て胸をざわつかせる。


 冷静さを損なわせようとする焦燥を堪える為に歯を食いしばるが、そのせいで七番を拘束する力が僅かに緩む。

 その隙を逃さず七番は僕の手を払いのけ、喉を圧迫する膝を押し返した。


「っ!」


「テメェを狙う理由?あの女の正体?ハッ、あんなイカれた連中の事なんで知るわけねえだろうが。オレが聞きてえくらいだ」


 嘲るように顔を歪める七番。そこに浮かぶのは敵に情報を与えまいとする忠義ではなく軽蔑と憎しみ。

 心底自分が付き従う存在を憎んでいる。事情を知らないものでも一目見れば理解できてしまうほどにありありと浮かぶその感情に、遂に僕は拘束を保つことが出来なくなった。


「……クマールさんみたいに、魘に……あの方ってのに忠誠誓ってる訳じゃないのに、なんでそんな奴らの言う事聞いてるの?」


「……」

 

 後に残るのは疑問。忠誠がある訳でも、大義がある訳でもないのに、モンスターを苦しめる組織に属し続ける理由は何なのか。

 もしそれが七番の……彼の意思にそぐわないものなのであれば、僕はこの男を敵として見做せない。権力を持つものとして、和平を望む親善大使として救わなくてはいけないと思うから。

 

「脅されてるとか……何か理由があって、魘にいるの?……クマールさん達がやってることが正しくない事なんて分かってるでしょ?何か事情があって魘から離れられないなら……」


「ゴチャゴチャうるせえ女だな」


 理由があるなら教えてほしいと、そう言い募る僕への返答はそんな暴言と嘲笑だった。

 同時に七番が指をクッと動かす。それを視界の端に認めた次の瞬間、背中に強烈な衝撃を受けた。


「ぐっ……!?」


「正しいかどうかなんて関係ねえんだよ。救えるだなんて思い上がんなクソ女」


 予想外の攻撃に反応が遅れる。

 次の瞬間、七番を押さえつけていた体は跳ね飛ばされ、鈍い音を立てて欄干に叩きつけられた。

 

 痛みで肺の空気が一気に吐き出され咽込む。呼吸を掠れさせながら冷たい声で僕を見下ろす七番へと視線を転じれば、その足元、黒々とした影が燭台の炎と連動し揺らめいて───否。


「な……っ!」


 影が盛り上がる。影の中から立ち上がるように生き物の脚が、耳が、牙が形作られていく。

 巨大な輪郭を得たそれは七番の影から剥がれるように立ち上がり、影色の中で唯一ギラギラと光る黄色の目で獰猛に僕を見据えた。


「狼……モヴ!?なんでここに……!?」


 突如現れたエイデルと同じくらいの黒狼に思わず驚愕の声を上げる。

 主要街の外れと言えど、このキャラバンサライもモヴ避け結界の範囲内である筈だ。だというのに何故ここに……!?

 

 理解が追い付かず言葉を失う僕の前で黒い狼は低く唸る。発せられる殺意に咄嗟に起き上がり臨戦態勢を取った。


「言葉を尽くせば改心させられるってか?哀れな存在は自分が救ってやらなきゃとでも思ってんのかよ?なあ」


 吐き捨てるようにそう言い放った七番が俯いた前髪の向こうから僕を睨みつける。憎しみと怒りに呑まれた目を、その感情の矛先を僕へと向ける。


 憎々しげに、堪えようの何かを吐き出すように、激情を抑えるように彼は口を開いた。


「オレがこうなってんのは、全部、テメエが存在しているせいだろうが」


「───っ!」


『全てはお前のせいなんだからよォ。お前が魘に目を付けられたからこんな事件が起きてんだろ?』


 アルマリオに突きつけられた言葉が再び僕を襲う。

 一度は飲み込めた言葉は、憎しみの籠った目と共に振りかざされ、今度こそ逃れない傷をつくる刃となった。


「ぁ……」

 

 違う、僕が悪いんじゃない。僕のせいじゃない。僕は自分の意思でここに居る訳じゃない。違う、違うのに───。

 そんな反論を感情任せに吐き出しそうになる。必死に否定を繰り返しても、アルマリオと七番の言葉が頭にこびりついて離れない。


 心臓がわし掴まれたように軋む。自分の存在を呪う言葉が、さも事実だろうと言わんばかりの指摘が、わんわんと耳の奥で木霊する。

 再び過り始めたノイズが、その向こうで広がる赤色が、暗闇の中で立つ篠原優(私)が、明滅する視界の中でラウ(僕)を責め立てる。


 制御できない感情と記憶にないのにフラッシュバックする光景が波のように襲い思わずふらつく。黙り込む僕の様子に七番は苛立たしげに歯を鳴らした。

 

 しかし更に追い詰める言葉をぶつけるようなことはせず、冷静さを取り戻すかのように大きくため息をついては再びあのすべてを諦めたような目を浮かべる。


「……ああ、オレがここに連れて来られた理由だけは教えてやるよ」


 そう言って見せつけるかのように己の腕を持ち上げた七番は、いつの間にか逆の手に握っていたナイフで肌をバッサリと切り裂いた。

 突然の自傷に息を呑む。大きな傷からボタボタと滴る鮮血は、七番の腕を伝って床へ───床を這う影へと落ちる。

 

 それを起因として発生した現象は、脳を埋めるショックを吹き飛ばすほど衝撃的なものだった。


「モヴ避け結界っつーのはな、生物が持つ魔力の波形でモヴとモンスターを識別している」


「……っ」


 ずるりと、狼を生み出した影から新たなモノが浮かび上がる。

 それは黒々とした無数の蔦。触手のように伸び、蠢くそれは己を生かす水を求めるように七番の腕から滴る血へと伸びていく。

 うぞうぞと伸びる蔦は不気味で、一目で良くないものだと理解できた。


「一定のリズムで魔力を収束させているモンスターと違って、知能の無いモヴの魔力の波形は滅茶苦茶で不規則。その波形の差で弾く対象を識別している」


 無感情に蠢く蔦を眺める七番。その異様な光景に言葉を失っていると、不意にどこかからミシミシと不穏な音が響いた。


「だが、この魔力波形の識別をすり抜ける裏ワザがいくつか存在する」


 ミシ、ミシ、と音が大きく、近づいてくる───違う、音を発する箇所が増えている。

 床、壁、天井───至る所から響きだした音に身構えれば、七番は口の端だけ笑みの形に吊り上げた。


「例えば、影と同化する性質を持つモヴを自分の陰に潜ませ魔力を隠したり……魔力を発さない種の状態で運んだり、な」

 

 その言葉を皮切りに、背後の扉が轟音とともに吹き飛んだ。


 「!?」


 驚いて振り返れば、扉が吹き飛んだ部屋から何本も束ねられた黒い蔦が飛び出していた。

 巨人の腕のように太いそれは、うねりながら瞬く間に床や壁に絡みつく。そして砂岩を割り砕きながら生じた隙間へと無理矢理体をねじ込み始めた。

 

 枝分かれし伸びる蔦が這い回る。さながら建物を食らうかのように突き進み、一瞬で黒い蔦で覆い尽くした。


「なに……っ!?」


「発芽したんだよ。この建物には前々から取引と称して、植物系のモヴの種を仕込んだ荷物を送りこんでいた」


 床の下を、壁の向こうを這う蔦の破壊の音が響く中、七番が酷薄に笑う。

 どこか投げやりなその笑顔の向こうで、蔦の侵食に耐えきれなかった天井が崩落した。


「くう……っ!」

 

 飛んでくる砂礫に咄嗟に顔を腕で庇う。

 瓦礫が落ちる轟音、そして構成員や商人の悲鳴。そこかしこで響く大きな音に、しかし七番は気にした様子もなく蔦へと血を与え続ける。

 

「オレの血はモヴを活性化させる力があってな。その血で育てられた種は通常の何倍もの早さで成長する。まあここまで巨大になった理由は他にもあるが……」


 突如、七番の血を垂らされていた蔓が端から赤黒く変色し始めた。まるで血管のように脈打つその様はおぞましいの一言。

 蔦に走る赤は瞬く間にこのフロアを、階下を、上階を、中庭を侵食する蔓にも伝播した。


「発芽一歩手前で凍結させた種をこの建物の至る所に忍ばせていた。そしてそれは、オレの血を浴びることで一気に発芽する」


「ギャアアアアッ!!たす、助けてくれえええっ!!」


「っ!?」


 欄干の向こう、中庭から絶叫が響く。咄嗟に欄干に駆け寄り───眼下に広がる光景に息を呑んだ。


 篝火に照らされる中庭の中央に、巨大な花が咲いていた。

 ニンゲン界で世界最大とされていた花、ラフレシアを更に数十倍大きくしたような肉厚な花弁を持つ花が、天を見上げるように咲き誇っている。

 中央の穴からは蕾状の突起が生えており、花弁の周囲には太い蔦が何本も這っては中庭を滅茶苦茶に破壊し回っている。


 突如現れた花を駆除しようと駆けつけた構成員達が銃火器を構える。しかしその引き金を引くより早く、赤黒い蔦が彼らへと伸ばされ───


「やめ……っ!!」


 届かないと知りながらも思わず手を伸ばす。

 だが制止虚しく蔦は手近な構成員の胴体に巻きつき、そのまま花弁の中央の蕾へ───ガバリと口のように開き、中から凶悪な歯を覗かせたそこへと放り込んだ。


「ヒィ……ッ!ば、化け物ォ!!」


「何なんだよ、何なんだよコイツはァ!?」


 咀嚼でもするかのように蠢き震える蕾に構成員達が恐怖に震えて恐慌状態に陥る。

 花はまだ足りないとでもいうように再び蔦をすぐ近くのモンスターへと伸ばし始めた。


「させるか!」


「他モンの心配してる暇はないんじゃねえの?」


 欄干に足を掛け、中庭に飛び出そうとする僕に七番の静かな制止がかかる。

 その言葉を肯定するように、視界の端で赤黒い蔦が舞った。


「っ!?」

 

 咄嗟に飛び退く。一瞬遅れて叩きつけられた蔓が欄干を破壊した。

 全身に身体強化魔法を掛けて身構えれば、吹き飛んだ扉の向こうから大きな影がズルリと這い出して来るところだった。


 ギチギチと聞きなれない鳴き声のようなものをあげながら現れたのは、全長2mはあろうかというほど大きな花。

 頭のように赤黒い花を戴いたそれは、茎の代わりに花から生えた無数の蔦を手足のように扱って僕の行き手を阻むように立ち塞がった。

 

「なに、これ……」


「噛殺花。発達した歯牙でモンスターを狩る。蔦で移動も可能だ。趣味悪いモヴだろ?だがな」


 見せつけるように花弁の中央に並ぶ牙を鳴らすそれは、あまりにも植物という概念からかけ離れた容貌をしていた。

 空腹を訴えるように醜悪な粘液を垂らして僕を見下ろすそのモヴは、ぐぐ、と体を撓ませるような動きを見せた。

 嫌な予感に意識が七番から外れる。


「その分凶悪で強力だ。……さっさと死んじまえ、偽善者」

 

 目を離した瞬間、そう吐き捨てた七番が黒狼の背にひらりと跨る。ハッと振り返った時には、七番を乗せた黒狼は欄干から外へと飛び出していた。


「待っ……っ!」


 闇夜に消えていこうとする背へと手を伸ばすが、そうはさせじと舞う赤黒い蔦に阻まれる。殺意に塗れた蔦は容赦なく僕へと殺到した。

 

 足首に絡みつこうとする蔦を跳んで避け、首に巻き付いてくる蔦を弾き飛ばし、大口開けて食らいついてくる歯を蹴って距離を開ける。

 しかし息をつく間はない。間髪入れず追撃が襲いかかり、気を抜けば蔦に捕まりかねない。

 とても七番を終えるような状況じゃなく、取り逃がした悔しさに歯を噛んだ。



 ……今はダメだ。切り替えろ。



 揺らぐ心を落ち着かせるように大きく息を吐き出す。


「……落ち着け、まずはコイツを何とかしないと……っ!」


 両手で頬を張り、意識を脳裏で明滅する光景から無理矢理目の前のモヴに向ける。


 よく見ろ、観察しろ、ビビるな。自分より大きい体格のモヴとの戦闘はロイドとの訓練で死ぬほどしてる!


 避け続けながらも思考は止めない。理性なんてまるで感じさせない、食欲に根付いた本能的な動きはよく見れば単調だ。切り抜けるだけなら訳ない。

 

 悲鳴や崩落の音は留まること無く、いやむしろ増える一方。脱出するにしろ、救援に向かうにしろ、このモヴを何とかしない事には動けない。


「上等だ!このキモ花、バッサリ剪定して……」


 ギャリギャリッ!とヒールを削りながらも噛殺花から距離を取る。そして己を奮い立たせるように獰猛な笑みを浮かべ、威勢よく啖呵を切り右手に剣を転送させ───


「…………………………ん?」


 出ない。パパパッと手を振ってみるが全く出ない。


 あれ?左手だっけ?なんて左手に意識を集中してみる……やはり出ない。


「あ、あれ?」


 指パッチン?違うわ。じゃ、じゃあ手叩く?全然出ない。えーとえーとえーと、あっ!横ピースウィンク☆


 シーン。


「あれ、え、あれ?なんで?え??」


 右手を斜めにシャキーンッ!して変身してみたり、月に代わってお仕置してみたり、光の使者キュアラウ!してみる。


 が、うんともすんとも言わない。


 噛殺花と僕の間に気まずい無言が落ちる。言葉も目も無いながらも『コイツ何してんの?』みたいな雰囲気を漂わせる噛殺花の前で冷や汗を噴き出して焦り倒す。


 えっ?なんで?なんで出ないの?まさか収納システム壊れ……ハッ!!


「狐面忘れたァァァアアッ!!」


 脱ぎ捨てた制服一式と一緒に置いてきた狐面の存在を思い出し絶叫。そうじゃん狐面につけたあの花紐飾り無いと剣出てこないじゃん!やばいアルマリオの私室だよアレ!


「くっ……か、かくなる上は……っ」


 『もういいよね?充分待ったよね?』とばかりにジリジリにじり寄ってくる噛殺花を睨みつける。


 覚悟を決めてグッと拳を握り、体に力を漲らせ───


「戦略的撤退ぃぃっ!!」


 すわ戦闘開始か、と蔦を持ち上げた花の前でくるりと反転。僕は脇目も振らず駆け出した。


 武器も無いのにあんなヤバイのと戦えるか!僕は武器を取りに帰らせていただきます!


「グルォォアアアッ!」


「ひえええっ!追ってきたああ!」

 

 恥も外聞もなく逃げ出した僕に暫く呆然としていた噛殺花だったが、ようやく変な動きをしていた獲物が逃亡を図ったと理解したか、一瞬の間の後猛然と蔦を巧みに使って追いかけてきた。

 

 っていうか植物のくせに声帯あるんですね!?うわあああすっごい壁破壊しながら追いかけて来てる!!怖い!普通にホラー映像です!


 とりあえず目指すはアルマリオの私室がある最上階。エレベーターは使えない。使おうものならパニックホラーさながらの状況になりかねない!ひたすら階段を駆け上がる。


「ちょ、あぶっ!あぶないっ!うぎゃあっ!?」


 動きはそこまで早くないものの、伸縮自在の蔦やら瓦礫やらが後ろから飛んでくるので肝が冷える。耳の横を掠めていった蔦に悲鳴を上げながら必死に足を動かす。


「こ、この建物、無駄に!広い!っていうか数増えてないぃ!?」


 侵入者対策か、階段の配置がフロアごと別々な為に回廊を駆け回される。


 ほとんど退避出来たのか、4階にも5階にもモンスターの姿は無い。

 しかしそのせいで餌を求めて徘徊していた他の噛殺花が、爆走する僕に気付いては悍ましい鳴き声を上げながら嬉々として追走劇に加わり始めた。


 チラ、と肩越しに目だけで振り返える。ひーふーみーよー……おいおい5体もいんの!?やけに蔦の数凄いと思ったぁ!



「……っ!嘘でしょ……!」


 5階を走り続けて暫く。ようやくフロアのどこにも上へと続く階段が無い事に気付く。そう言えばアルマリオが最上階に行くにはエレベーターしかないって言ってたっけか……っ!?いやいやこの状況でエレベーター乗ったら箱詰めミンチ間違いなしだわ!


 変な構造に造りやがってアルマリオのバカ!後頭部に投げつけられる瓦礫を命からがら躱しつつ苛々と舌を鳴らす。

 不味い、このまま走り続けてたら流石に体力持たない!どうする!?

 

 焦り加速する思考の中、視線が欄干、そしてその外へと滑る。

 同時に脳内でこのキャラバンサライの地図も広げた。

 生憎と入った部屋はアルマリオの寝室と執務室、あとあの恐ろしい砂薔薇の部屋なる応接室のみなので、今通り過ぎた部屋が何用の部屋なのか、何がどこにあるのかさっぱり皆目見当もつかない。


 しかし今は自分の現在位置と目的地の位置関係が分かれば十分。

 そして運が良いことに、多分今僕がいるのは目的地の真下。



 ならば───やるなら今しか!ない!!

 


「~~~~っ!!やったらぁっ!」


 僅かに残った怖気を気合いで吹き飛ばし、さらに加速する。蔦が追い縋るように背中に迫るのを感じながらも、足を緩めることなく前方に現れた曲がり角を曲がる───のではなく、


「───ッ!」


 欄干を飛び越える。一瞬の停滞の後、体が重力に従って落ち始める。

 体に打ち付けられる風の圧に怯みそうになりながらも宙で体を捻る。流石に5階の高さから落ちたらただでは済まない事を理解しているのか、欄干手前で止まった噛殺花達と向かい合う。


 逃がさないとばかりに更に蔦が伸びてくる。重力に従って落ち行く僕の体へと迫るそれに、しかし覚えたのは恐怖や絶望ではなく優越だった


「っ!追ってくるなら!ちゃんとエレベーター使ってね!」


 足元に紫の波紋が広がる。『八艘』からの『無拍子』を発動、強化された脚力で思い切り波紋を踏み締め跳躍する。

 眼前に迫った蔦を鼻先掠めるようにして避け、そのまま最上階の高さまで飛び上がった。


 必死に手伸ばす。外壁に取り付けられた装飾に指が引っ掛かった。うおお頑張れ気合いだ!耐えろ指!


 僅かな引っ掛かりが食い込む指の痛みに耐えながら勢いのまま振り子のように身を振り、最上階の回廊へと勢いよく身を投げる。


 一瞬の浮遊感に胃が浮く。気持ち悪い感覚と風圧に顔を顰める。

 最上階は唯一の経路がエレベーターのみという構造故か、至る所に罅こそいってるが蔦の侵食や噛殺花の姿は見えない。

 階下の喧騒とは切り離されたように静かな回廊へ両足着地する、瞬間。


「え?───うわあああ!?」


「あ?───どわあああ!?」

 

 突然、着地地点に大きな影にヌッと現れた。


 まさかのインターセプトに避けることもできず、ドガシャァァンッ!と金属質な衝突音を立てて僕はその大きい何かごとひっくり返った。


「い、ててて……」


 い、一体何が……?衝撃にくわんくわん目を回していると、なんだかとんでもなく久しぶりに聞く声が降ってきた。


「メ、メイド……?なんでこんな所に、っていうかどっから……?」


「え……?」

 

 体の下で何かがジタバタと藻掻く。見れば、僕が押し倒していたのは白いフルプレートアーマーの騎士だった。

 凄く見覚えのある騎士甲冑にハッと顔を上げれば、押し倒している騎士とは別のフルプレートアーマー騎士の陰から青い目が恐々とこちらを見つめており───


「ロ、ロイドぉぉ!?」


「えぇ……?どちらさまぁ……?」


 驚愕に叫ぶ僕に、彼はとんでもない不審者を見るような怯えた目を返してきたのだった。

 

 


 


 

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