アルマリオファミリー 其の二
前回短かった分今回ちょっと長めです。
最初に口を開いたのはアルマリオだった。
「……救うたァ大きく出たもんだなァ。だが何か勘違いしてるようだが、俺らは今なーんも困っちゃいねェ。……あァ、勘違い女の処分には現在進行形で困ってるが、なァ?」
そう鼻で笑い、傍らの女の肩を抱き寄せるアルマリオ。
その顔には身の程も知らずのこのこ己の前に現れた愚かな女、即ち僕を自分に侍る女のひとりにしてやろうかと言わんばかりな下種な笑みが浮かんでいる。
アルマリオの女達は僕らの会話を聞いてるんだか聞いていないんだか、大きな体にその白い手を滑らせながらくすくすと小さく笑っていた。
その目はどこかぼんやりと濁っており、あんまり健康にいい状態でないことは一目瞭然である。
「……なるほどねぇ?」
いや僕の美貌に目が眩んで求めちゃうのは致し方ない。だけんどあのモンスター達の仲間入りは健康美を自慢とする僕としてはNGなんだわ。
という訳で、僕も言葉とは裏腹にまるで値踏みする商人のような目をしているアルマリオを鼻で笑ってやった。
「困ってない訳ないでしょ?なんて言ったって今アルマリオファミリーは誘拐事件の首謀者として憲兵隊と騎士団による家宅捜査が強行されそうになってるんだから」
アジェルから聞いた話。碌に証拠を残さない誘拐事件の黒幕を探るべく───場合によってはアルマリオファミリーを事件の黒幕とするべく、憲兵隊と騎士団は連携してアルマリオファミリーの内部調査や家宅捜査を行おうとしている。
なにせ世界を股に掛ける反社会勢力だ。叩けば埃なぞいくらでも出るだろう。それこそ誘拐事件の関与をでっち上げられる証拠になりそうなものも、だ。
今はなんとかその捜査を突っぱねられているようだが、この先事件が収束せず続けばそれも難しくなるだろう。憲兵隊と騎士団に黒幕を追う証拠が無いように、アルマリオファミリーにも誘拐事件に関与していないと主張を張れるような証拠は無いのだから。
「たとえメンツを潰す覚悟で素直に隠れ蓑にされていると訴えても、マフィアの言う事なんて誰も聞かないだろうしね。悪いことしてきたツケが回ってきちゃったね?」
「……」
「でも僕はアンタらと違って社会的信用もあるし?誘拐事件の被害者でもあるから『本当の事』を話すことが出来るよ。身内に騎士団所属の騎士もいるしね。どう?悪くないと思うけど」
我ながらマフィア相手によくもまあここまで煽れるもんだ。ペラペラ動く自分の口に内心ヒヤヒヤしながらも言い切り、余裕の笑みを崩さないようにしながらアルマリオの反応を伺う。
分かっている。これで素直に「ありがとう、よろしく頼むよ!」なんて言うタマじゃないってことは。なんて言ったって相手はマフィアのボス。この程度の脅しにもならない提案で満足する訳がない。「テメエに頼らずとも何とでもできらァ」って言われる可能性もある。
大丈夫、これはあくまで前座。本当に刺す為のカードは別にある。
「……なるほど、悪かねえ。こっちとしてもいい加減あのいけすかねえ国家の犬共に嗅ぎ回られるのも飽き飽きしてたところだ。その提案は確かに悪かねえ……が」
意外にもいい反応が返ってきて眉を上げる。
しかし次の瞬間、山羊とは思えないほど獰猛な目で僕を見上げたアルマリオの腕が僕の髪を乱暴にわし掴んだ。
そのまま強い力で引き寄せられる。痛みに顔を顰めれば、目の前に迫った顔が醜悪に歪んだ。
「それならテメエを脅して屈服させて、俺の言う事なんでも聞く玩具にしてやれば解決する話だなァ?」
「……っ、どいつもこいつも女の髪を引っ張りやがって」
咄嗟にベッドに手を突いたせいで、アルマリオの膝の上に乗り上げるような体勢になる。
何が楽しいのか、笑顔のまままるで犬のリードでも引っ張るようにくんっと髪を引くアルマリオを睨みつけた。
死んでもその膝には乗らねえ……っ!腕の力だけでなんとか抵抗し上体を支え続ける。
「安心しろよォ、俺は女には優しいことで有名だからよ。ちぃとばかし俺の好みにゃ胸が足らねえがァ……」
「ぶっ飛ばすぞテメエ」
「脚が良いからまあギリ許容範囲だなァ」
何が女に優しいだ、女の敵じゃボケ。僕は平均だ小さくない。
好き勝手宣う男に勝手に手が殴りの体勢に入る。
……いや待て待て、落ち着け流されるな。まだ交渉は続いている。こう来るのは全然想定内でしょうて、ここで殴って全部おじゃんはアカン。冷静に行こうぜラウちゃん。
荒ぶる乙女心にそう言い聞かせて宥め、茹りそうになる頭を冷ますために深呼吸を繰り返す。タバコ臭い。最悪。
「……ねえ、アルマリオ」
「あん?なんだァ、早くも俺の魅力に堕ちちまった……」
「アンタの部下、アンポンタン?なんか様子おかしかったと思わない?」
寒気がするようなことを宣うアルマリオを遮り、早々にカードを切る覚悟を決める。
クッと片頬を吊り上げて至近距離の黒い目を覗き込めば、途端に愉悦が怪訝に変わった。
「あ?」
「思考を縛ってるのか、記憶をすり替えてるのかは分からないけど……明らかにあれは精神干渉を受けてるよね」
「……なんでテメエがんなこと分かるんだよ」
「アンポンタンの様子見てたら分かるって。それに騎士団から誘拐事件の概要も聞いてるんだよ?……まさか気付いてないの?」
そんな訳ないよね?微笑みでそう揶揄すれば、アルマリオは表情を消した。
アルマリオは間違いなく気付いている筈だ、自分の部下の様子がおかしいことに。だからこそ『親善大使には手を出すな』と厳命したのだから。
自分の意にそぐわない行動を起こす者を特定するために。
そして部下が勝手に動いている理由も彼は分かっている。
裏切りを考えているのではない、自分への忠誠が無くなった訳でもない。
何者かに精神を弄られ、別の者の命令に従うよう干渉されているからだということを。
そしてそんな芸当が出来るのは、ユウキエネルギーの恩恵によりあらゆる耐性を持つ僕を昏倒させ、誘拐することが出来たあの男───
「クマール」
「クマールさん、だよね」
アルマリオと言葉が重なる。目を細めれば、アルマリオは非常に嫌そうな顔をして僕の髪から手を離した。
「……僕はクマールさんに薬とか毒に頼らない方法で眠らされて誘拐された。そんで連れ去られた先はアルマリオファミリーの倉庫。鍵を持っていたのはクマールさん。……あのモンスター、自分はアルマリオファミリーの構成員じゃないってハッキリ言ってた。なのに倉庫の鍵を持ってるのはおかしいよね?」
「……」
「他の組織のモンスターなのに、アルマリオファミリーの中で鍵を好き勝手持ち出せるような立場にいるのかな?それともあのモンスターに何かを吹き込まれたアンポンタンが勝手に持ってきたのかな?どっちだと思う?」
アルマリオにとってその問いは、分かりきっていることをなぞるものであっただろう。
髪を背中に払って距離を取る。アルマリオの手は僕を追うことなく、苛立たし気に自分の膝を指で叩いていた。
僕が捕らわれていたあの倉庫。そこに乱雑に積まれていたコンテナに描かれた動物の絵は、この部屋の扉に描かれていたものと同じ山羊のエンブレムだった。
つまりあの倉庫はアルマリオファミリーが所有する倉庫───だというのに、クマールさんはその鍵を持っていた。
例え協力関係にある組織に所属するモンスターだとしても、流石に普通は大事な商品だか備品だかを保管している倉庫の鍵の管理を外部のモンスターに任せることはしないだろう。
恐らくあの鍵はアンポンタンが持ってきてクマールに渡したのだ。
精神干渉を受けて、正しい判断ができなくなった彼らが。
あの倉庫での一幕、アンポンタン達構成員はあの男の指示を疑いもせず受け入れていた。
クマールさんの存在を怪訝に思うことも無く、むしろ前々から知っている存在として話しており、クマールさんが誘拐をすることに驚きも何も出さなかった。いつもの事のように語っていたのだ。
そして今、アルマリオはあの男の名前を口にした。よく知るモンスターのように。
そう、あの男はアルマリオファミリーにとって、部外者でも単なる一時的な客でもない。
彼は、アルマリオファミリーと、誘拐事件に関与している『エン』を繋ぐ窓口役だ。
そしてその裏で、アルマリオファミリーの構成員を自分の手駒とするべく精神干渉を行っている。
きっと僕を誘拐した方法も精神の干渉だ。急激に眠りに落とされるなんて、薬や毒でないならば魔法によるものとしか思えないから。
アルマリオにとってこの事態は由々しきものだろう。協力関係なのか上下関係なのかは分からないが、他組織のモンスターに自分の部下が洗脳されているのだ。
おまけに謂れのない罪を擦られたせいで憲兵隊と騎士団に目をつけられる始末。早いところ何とかしないと、アルマリオファミリーという組織の存続すら危ぶまれる事態になるのは自明の理だ。
間違いなく今の事態はファミリーのボスであるアルマリオにとって窮地。突くならここだ。
迷いの表情は全く見せないものの、黙って僕を見つめる裏社会の支配者。僕はその耳にこの手を取れば助かるのだと囁いてやった。
「僕の提案に乗ってくれるなら、騎士団所属のモンスターに『アルマリオファミリーは誘拐事件に関与していない』と口添えしてあげるし、アンタの部下に掛けられた精神干渉も解いてあげる。どう?」
「……精神干渉魔法は、同じ精神魔法に精通してる奴じゃねえと解除できねえ。テメェも多少魔法を使えるようだが、その属性は火だろうが?どうするつもりだァ?」
「僕のことよく調べてるねぇ。その通り、僕はあくまで仲介。実際に解除するのは僕の身内……さるトップモデル様だよ。知ってるでしょ?」
「……ッ」
「僕はあのモンスターと仲良しだからね。無事に帰れたら『僕に良くしてくれたモンスターを助けてあげて』って頼んであげるよ」
遠回しに僕の親友であり、対社交界の師匠でもあるトップモデル魔導士ベルリアナの存在を仄めかす。精神魔法のエキスパートである彼女であれば、きっと構成員にかけられた精神魔法の解除ができるはずだ。
容易いことだと言わんばかりに僕が出来ることを羅列してみせる。
……が、その実内心では冷や汗ダラッダラだった。
だって、こんなのベルにまた借りを作るのと同義だもの。前回は怒れるシエルリーファ様の手から逃れる為にベルへの取り次ぎを約束した訳だけど、そのせいで後々酷い目に遭ったんだから……。
つい数週間前の地獄を思い出して目が死んじゃう。
絡み合う男と男の体……ペタ塗り……黒いインク……真っ黒になった原稿……激怒するベル……ううっ、気分が悪くなってきた……。そりゃ確かに勝手に名前使ったのは悪かったけど、一週間奴隷契約は流石にやりすぎだったって……。
そしてまた今回名前を使わせていただくのであの地獄が再来する、と……。これどっちに転んでも僕に碌な未来は無くないか?いやもう今回の件は陛下経由でベルに報告してもらおう。少しはマシでしょ、知らんけど。
まあそもそも、この精神干渉の解除に関してはぶっちゃけハッタリな所もある。
ベルなら解除出来るっしょって思ってるけど、本当にできるかどうかは確認とっていないので分からないからだ。多分できると思うけど。頼むぜベルリアナ様。
……これで出来なかったらどうしようね、いやマジで。ベルにもアルマリオにも殺される光景しか浮かばんて。あはは、あははは……はあ……。
「……でェ?テメエが望む情報とやらは?」
「誘拐事件の背後関係。その事件に関わっている『エン』の情報と、クマールさんとの繋がり」
心の中で「どうしてこうなった……」と全然明るくない未来を思ってしんなりしつつも、表情にはおくびにも出さないよう取り繕って僕の望みを口にする。
何故か僕を狙っているらしい『あの方』が、果たして『エン』の何なのか。なんで僕を狙うのか。
きっとそれはこの誘拐事件を辿っていけば分かる筈。
今まで一切尻尾を出さなかった僕を狙う一派、その正体にようやく指が掛かったという予感に知らず力が籠る拳を背中に隠しながら、アルマリオと対峙し続ける。
「…………」
対するアルマリオは、僕の言葉に何を言うでもなく静かに三本目のタバコに火をつけた。
深く煙を吸い、時間をかけて吐く。
他者の事情や心境なんてどうでもいいと言わんばかりに自分の思考に耽るその姿勢は、どこまでも『自分がこの場の支配者である』と言っているようで少しばかし腹立たしい。
焦らされる感覚に襲われるも、急かせば負けだと心を必死に宥める。
「……親善大使、一個追加だァ」
「追加?」
美女を侍り、くゆる紫煙を眺めていたアルマリオが徐に口を開いた。
思っても見なかった単語が発せられて反射的に聞き返してしまう。前のめりな反応になってしまったと一瞬後に思い至り顔を顰めた。
そんな僕の反応に暗い目のまま口角をあげるアルマリオは、行儀悪く組んだ足に肘をつく。
「条件一個追加だ。これを飲まない限り、俺はオマエの条件を一切飲まねェ」
「……とりあえず聞こうか。無理難題言ってきたらはっ倒す所存だけど」
「ハッ、血の気の多い女だなァ。そういう女嫌いじゃねえぜェ?気の強ェ女を屈服させるのは楽しいからなァ」
「うげぇ……」
僕はそういう男嫌いですぅ……。ハッキリと顔に出たであろう嫌悪に愉快そうに肩を揺らしたアルマリオは、もう一度深く煙を吸い込んだ。
指に挟んだタバコを、重厚感のある黒い灰皿へと押しつけ火を潰す。それで何かを決意したらしいアルマリオは、ニイ、と右頬を上げた。
「なァに、難しい話じゃねェさ。俺らアルマリオファミリーをコケにしやがった『魘』の奴らに一泡吹かせる。それに協力しな。親善大使」
◇
───同時刻。
『紫の都市』郊外、リライヴェッジ研究所地下一階。
所長たるフリント博士が率いる第零研究室には沈痛と焦燥が漂っていた。
「やっぱりフラグだったか……」
「あわわわ、ラウちゃぁん~~~どこですかぁ~~」
「不覚です……こんなことなら大使の全身にGPSを仕込んでおくべきでした……っ」
今朝の会話を思い出して頭が痛そうに額を抑えるロイド。既に事が起きてもうじき2時間が経つというのに一向に解決の道が見えないことに絶望するミモザ。
そして親善大使筆頭補佐官であり、緊急事態につき特別に研究室への入室が許可されたユリナは、悔しそうに唇を噛みながら捜索に出ている部下たちから寄せられる情報を一手にまとめ上げていた。
彼らの目の前のモニターには、ラウが付けていたバイタル計測器からの通信がロストしたことを示唆する文言が表示されている。
加えていくら電話を掛けても繋がらないマギホ、ロシェのカフェで昏倒していた護衛達、そして護衛対象であるラウだけが姿を消していた状況から、とある真実が導き出されていた。
それは、
「まさか本当に事件が起きるとか……しかも誘拐ってな……」
「……目覚めた護衛の報告によりますと、大使が会いに行ったモンスター、クマールでしたか。彼の様子が話の途中で突然おかしくなり、尋常じゃない雰囲気に割って入ろうとした瞬間大使が倒れ、その護衛も眠らされてしまったそうです。……一体どこへ、どうやって……」
「ラウちゃんに薬や毒は効きませんからぁ、別の方法が取られたはずですぅ……。魔導士団も動いてくれてますから、魔法が使われた痕跡があれば分かる筈なんですけどぉ……」
ミモザの涙声にその場の全員が黙り込む。
現在消えた親善大使の捜索の為、国王陛下の名の下ロシェ憲兵隊・王国騎士団・王国魔導士団・リライヴェッジ研究所・親善大使執務室の5つの組織による合同の捜査チームが結成され、大規模な捜査を行っている。
しかしそれなりの時間が経っているにもかかわらず、捜査チームからは未だに発見の一報どころか手掛かりを見つけたという報すら届いていない。まるで掴めない足取りに、関係者は刻々と焦燥を募らせていた。
まず間違いなく事を起こしたのは、最後にラウと会っていたクマールという男だろう。
せめて何か情報を得られないかと男が所属していたリズウェル商会にも問い合わせたが、しかしリズウェル商会からの回答は驚くべきものであった。
「『リズウェル商会にはクマールという商会員は所属していない』ねえ……」
「信じられません。間違いなく水上パレードの際、私たちはリズウェル商会経由でクマールにゴンドラレースの司会進行役を依頼しました。存在しないなんてこと絶対にあり得ない筈なのに……」
始めは面倒ごとに巻き込まれたくないという打算の上での回答かとも思われた。
しかし今ラウが調整中のバレンタイン事業に大きく関わらせてもらっている恩義からか、当の問い合わせに対し報告を上げたのはリズウェル商会の商会長だった。
その報告によると、過去リズウェル商会は親善大使から依頼は一度も受けておらず、またクマールという商会員は在籍していないということだった。
では、リズウェル商会の商会員を名乗っていた『クマール』は一体何者だというのか。
あり得ない答えに、誰も彼もが奇妙で不気味な状況に背筋に這うような寒気を覚えていた。
───そんな中、ひとりのモンスターが場にそぐわない明るい声を上げた。
「カフェの外で張っていた護衛もひとり残らず昏倒させられていたんだよね?応援を呼ぶ間もなく歴戦の護衛を全員昏倒させられるだなんて、相手はとんでもないの能力を持っているようだ。なんだろうね、夢魔とかかなぁ?」
「博士……」
この研究室の長であるフリントだけは、状況を悲観することなくむしろ上機嫌な様子で机の上のタブレットを指で弄っては椅子をくるくる回し、蜘蛛糸であやとりをしたりと落ち着きなく過ごしていた。
自然、同じ場にいる3にんの目が危機感がまるで足りないその姿に細くなる。
「もう!博士ぇ!?ラウちゃんが心配じゃないんですかぁ!?」
「んー?心配だよねー」
憤るミモザに一応はそう返すものの、相変わらずあやとりを続けるフリント。その態度にミモザが更に声を荒げようと口を開くも、しかしため息をついた先輩研究員、ロイドによって嗜められた。
「言っても無駄だ、ミモザ。とりあえずここに居てもしょうがねえし、俺も捜査チームに協力してくるよ。アンデッド達にも主要街探らせれば何かしら手掛かりが……」
「まだいいんじゃない?」
「あ゛?」
遮ってきた声に、ミモザを諫めた当の本モンスターが低い声を上げる。
ひくりと口元を引き攣らせ振り返れば、フリントはちらと傍らのタブレットに横目をやってはロイドへとにこやかな笑顔を向けた。
「まだいいよロイドくん。もう少し捜査チームを信じて待ってみようよ」
「……もう2時間経つんだけど」
「いやね、実は前々から立ててた仮説の裏付けが出来てさあ」
「はあ?」
何の脈絡もない言葉に怪訝な表情を浮かべる3にん。何が嬉しいのか、フリントは満面の笑みで蜘蛛糸を操って先月ラウとアジェルが聖霊教会から借り受けてきた書物の一つをペラペラとめくった。
「これ聖戦の戦史書なんだけど、実は暗号になっててね。暗号を解いて読み直したら本当の内容は当時の聖霊教会教皇の日記だったことが分かったんだよ。で、この日記によると当時の教皇は戦争中にもかかわらず敵である五代目勇者と話をしたらしくてね」
ペラペラと今の状況と関係の無い話を続けるフリント。何が言いたいのかと、苛ついたロイドが口を挟もうとして───しかし続いた言葉に思わず動きを止めた。
「ユウキエネルギーの基本特性である『修復』『強化』以外の、各勇者に発現する固有特性……五代目勇者の場合は他者への特性付与能力『加護』だが、これは勇者が命の危機に瀕した際に獲得したものであると勇者は語ったらしいんだ。以前よりその可能性は考えていたんだけど、この書物のお陰でようやくその裏付けが出来た。つまり同じエネルギーを持つラウも、命の危機に瀕し続けていたらきっと固有の特性をいつか獲得できる」
「は……」
「分かるかい?それが五代目勇者と同じ『加護』であれば、我々モンスターの悲願に今一歩近づくことが出来るのだ!今は獲得前にある程度その特性を誘導できないか理論を組み立てているところでね、だがまあ獲得できるなら早い方がいいのも事実。だから少し様子見をしようかなと思っていいるんだよ。そんな訳だからロイドくんが助けに行くのはもう少し後にしてほしいんだよね。ラウが死にかけるまで」
興奮を抑えきれないのか、徐々に早くなる口で言葉を羅列するフリント。
彼は見出した可能性に、己の考えが正しかった優越に、自分が創り出した実験体の秘めたる力に酔っているようだった。
モンスターの悲願の為など口にしながらも、その顔は秘める好奇心が満たされる快感に輝いているのは一目瞭然。
余りにもラウの無事を考えていないその言葉にユリナは愕然と言葉を失い、ミモザは前々からこの男がラウの危機に対し悠長な構えを取っていた理由を察しては、その倫理観の欠如に苦々しく顔を歪めた。
そして、一番近くでラウを見ていた世話係のロイドは、その言葉に憤りを露に───していなかった。
「そうか、どうでもいいな。とりあえずさっきから見てるそのタブレット寄越せ。どうせそれでラウの位置情報把握してんだろ」
「……なんだって?」
ギョッと目を剥いてロイドを振り返るミモザとユリナ。
フリントは想定外の言葉に満面の笑みのまま固まり、ゆっくりと不気味な動きでロイドへと向き直った。
驚愕が立ち込める空気の中、白衣を脱いで外に出る準備をするロイドは平然と言葉を続けた。
「アンタはなんだかんだ抜かりねえからな。そんなこと言ってその固有の特性を獲得する前にラウが死んだら元も子もねえ、そんな事態にならないよう万一に備えてマギホにもバイタル計測器にも頼らない方法でラウの位置情報と生存は確認してる。だろ?」
「……」
「まあ俺も確証は無かったんだがな、大事な実験体が消えた割にやけに余裕があるのと、いやにタブレットをチラチラ気にしてんの見て確信した。大方『親善大使専用収納システム』にでも仕込んでて、そのタブレットに情報を送信させてんな。アンタが動かねえなら俺が行くからそれさっさと寄越せ」
フリントの傍らに立てられたタブレットを顎で示す。笑みを消して無表情で己の部下を見るフリントのその表情は図星とでも言いたげで。
毎度上司の無茶ぶりに振り回されている部下として、その滅多に見ない顔に日々の溜飲が少し下がるのを感じ思わず小さく笑みを浮かべながら、ロイドは頭蓋骨状態で待機している近衛達を全身顕現させた。
「そんで一つ訂正だ。その固有特性だがラウはもう獲得している」
「なに?データ上そんな変化は……」
「データでしか見てねえから気付けねえんだよ。まあ俺もあえて言ってなかったんだけど。……アンタがラウ関係になると余りにも信用ならなくて、な」
皮肉気に上司を鼻で笑う。きっと飼い犬に噛まれた気分なのであろう。ざまあみろ。
最も、こんな事態になるのだったら早めに言っておいた方が良かったかもしれないが。
己の判断に少し後悔しつつも、それはおくびに出さずにフリントへと向き直る。
そして、まるで沙汰を言い渡す裁判官のように、目を見開いたフリントへと事実を突きつけた。
「ラウの固有特性は───」
残念だったな、と。
そう付け足したロイドは、足元からスケルトンを呼び出し呆気に取られるフリントのデスクからタブレットを奪い取らせ、そのまま同じく呆然としているミモザへとそれを渡した。
「じゃ、ナビ頼むわミモザ。ユリナ、捜査チームにラウの位置情報共有して向かわせてくれ」
「はぇ!?は、はい!?」
「ほ、本当にラウ大使の場所分かっていたのですか?フリント博士……?」
急速に動き出した状況が飲み込めず目を白黒させるミモザと、信じられない思いでフリントを見つめるユリナ。
しかしフリントは黙りこくり、口を開かない。まるで予想だにもしていなかった事態を、己の創造物に一枚とられていたという事実を認められず、ただひたすらに視線をさ迷わせている。
そんなフリントを最後に一瞥したロイドは、僅かな逡巡の末、ポツリと一言だけ付け足した。
「……仮にも父親名乗るなら、ちゃんと接してやってくれ」
彼女は、そんな創造主であっても、一応父親として接しようとしているのだから。
かつて一つの意思ある生命として扱われなかった創造物は、無駄とは知りつつもそう創造主へと小さく願い──そして自らの意思を以て一歩踏み出した。
己の中で、大事になりつつある妹分を助けに行く為に。
『おまけ』
「……ウチの男どもは何でどっちもホウレンソウができないんですかねぇ……ロイくんも私にくらいは言ってくれて良かったと思いますぅ……」
「何か仰いましたか?ミモザさん」
「いいえぇ。……頑張ってラウちゃんを助け出しましょうねぇ、ユリナちゃん」
「?はい、勿論です!」
多分一件落着したらどっちも〆る




